Uta-Pri

Debut発売2日前カウントダウン
Love&Peace!【トキ春】



「っへへー、新しい携帯……っつーか、やっとスマホにチェーンジ!」
 翔が嬉しそうに高らかとスマートフォンを掲げた……のはよしとしましょう。
 けれど、何故それが春歌の部屋で、しかもレンまでいるのか。
 今日は私も春歌も折角のオフで、二人きりの貴重な時間を過ごしているというのに、突然の来訪者――もとい、翔とレンのおかげで甘い時間は木端微塵に吹き飛んでしまった。
 急に押しかけてきて何事かと思えば、なんと翔がスマホを購入したと言う。それを見せたいのだと。
 ……翔、あなたのスマホなんてどうだっていいのですよ。
「へえ、最新機種じゃないか。それ、人気機種だからどの店でも入荷待ちって聞いてるぜ?」
「そうなんだよ、そうなんだよ! だから予約して待ってたんだ。で、や〜っと手に入ったスマホだぜ〜っ!」
 またもスマホを掲げてポーズを付けている。まったく、何がそんなに嬉しいのやら。
「わあ、かっこいい機種ですね、翔くん!」
「まあな!」
 機械系があまり得意ではない春歌も携帯となれば話は別らしく、興味深そうに翔の手にあるスマホを見つめている。
 一応……私も、スマホなんですが。
 まぁ、いいですよ。
 ええ……いいですよ。
 翔より前の機種ですからね。
 最新機種ではないですから、春歌の興味が翔の機種に向くのは、その点ぐらいですよ。
「お前もスマホにすりゃいいじゃん、春歌。アプリ探せば音符書き込めるやつとかあるんじゃねーの?」
「うーん、スマートフォンかぁ。変えようとは思ったんだけど、今の携帯でさえあまり使いこなせていないからなぁ……」
 翔が画面に触れているのを春歌が興味深そうに覗いている。
 近づかないと見えないのは分かりますが、少しくっつきすぎではありませんか?
 とは言えずに、楽しそうにはしゃいでいる二人を、何故か反対側のソファーで見つめざるを得なかった。
「……クッ」
 私の隣では、何が可笑しいのかレンが肩を震わせて笑っている。
「なんですか」
 じろりと一瞥すると、レンは口元をむずむずと緩めながら私を見る。
「ん〜? いーや、なんでもない。……それにしても、ククッ、ホントに楽しいね」
 横目で私を見ながら笑うんじゃありません。不愉快です。
 どうもレンには全てを見透かされている気がしてならない。
 私は何も言っていないはずなのに、何故か心の声まで聞こえていそうな気がする。
「レン、はっきり言ったらどうです」
 不愉快を顕わにして言うと、レンは悪い悪い、と肩を竦めた。
「いや、さ。言えばいいんじゃないかと思ってね。イッチーのもスマホだろ? おチビちゃんのように、ああやって自然に寄り添えるコミュニケーションの道具として早くに使ってりゃいいのにって思ってさ」
「今更ですよ」
「まあね」
 遠慮のない言葉に少々苛立ちながらも再び春歌と翔へと視線を向けると、不意に目の前がパッと明るくなった。眩しすぎるほどではないけれど、それでもいきなり目の前が光れば誰だって驚く。
「なっ!?」
「とりあえず、写真一枚目はレンとトキヤな。ま、友達だしさ」
 スマホを横に構えた翔が屈託のない笑みを見せる。
「なんだよ、撮るなら撮るって言ってくれりゃいいのに」
「ヤダね。お前はいつだって隙がないから声かけようがなかろうが一緒だ。……と、レンは放って置いて、次は俺と春歌な!」
 ――は!?
 目を剥く私などお構いなしに翔は携帯を自分の方へと向け、春歌と頭を寄せ合っている。
「いくぞー、いちたすいちはー」
「にっ、にー!」
 って、春歌、君も「にー!」じゃないですよ。
 目を丸くしたまま言葉を失う私の隣で、レンはとうとうソファーの上で丸まりながら笑い出した。……もう突っ込みません。そんな余裕はどこにもない。
 二人は「おー、俺良く撮れてるじゃん、ピース!」、「本当ですねぇ〜」などと和んだ雰囲気を出しているけれど、私は限界だった。
「……翔」
「何だよトキヤ怖い顔して。ていうか、一緒にピースして映りたかったとか? んなら早く言えよな。よっし、じゃあ今度は三人でもう一回――」
「ブフフッ!!」
 この珍妙な笑い声はレンだ。本気で笑っているなんて……まったく!
「もう一回じゃありません! いいですか、今日は貴重なオフなのですよ。私と春歌の、貴重なオフなのです! あなたのスマホのお披露目会に付き合わされている時間などないのですよ! わかったら気を利かせて出て行きなさいっ。さあ、さあ早く! なんなら音也にでも見せてきなさいっ!」
 私の剣幕にたじろいだ翔は、半腰の状態でじりじりとソファーから離れ、レンの方へと移動をしていく。
 レンはこういう所は流石というか、あれだけ笑い転げていながらも、やれやれと肩を竦めて席を立った。
「ま、確かに初々しい恋人たちのスウィートな時間を邪魔しちゃ悪いよね。イッチーはともかく、レディに不快な思いをさせたくはない。何より、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られてなんとやら、だろ? さ、おチビちゃん、写真が撮りたいならいくらでもオレを撮っていいから、とりあえず場所を変えようか」
「お、お前の写真なんていらねぇよ! ……っつーか春歌、邪魔して悪かったな。また今度な!」
 私には何のひとこともなしですか。
「あ、はい。あの、何のお構いもしませんで」
「ん? いいって、こっちが急に押しかけたんだしさ。んじゃな!」
 「コラ、押すな!」、「ハイハイ」と言いながら玄関口へと向かう大小二つの背中。台風一過。
 賑やかな声が玄関のドアの向こうにやっと消えたとき、私はあの二人が来る前からそうしていたように、春歌の隣へと腰を落ち着けた。
「まったく、何事かと思えばスマホですか。……それだけのために来たのですかあの二人は」
 はぁ、と深いため息を吐いて手を組み、それを眉間へと押し当てる。
「でも、翔くんが喜ぶ気持ちわかります。実は……ちょっと前まで、わたしも欲しかったから」
 見れば、もじもじと照れくさそうに指を組み、視線をテーブルの上にある私のスマホへと向けている。
「トキヤくんが、機種変してスマートフォンに変えた時、実はわたしも変えたいなぁ、って思ったんです。その……同じ機種に」
「え?」
 それは初耳だった。なぜなら、そんな様子は一度も見せたことがなかったからだ。まぁ、私も翔のようにスマホを掲げて喜んだりしなかったから、彼女も言い出しづらかったのかもしれないけれど。
 それにしても、ひとこといってくれればいいものを。
 控えめなところは彼女らしいと言えばそうなのですが、すこしばかり水臭いですね。
「携帯電話だったら、トキヤくんもいつも持ち歩いているでしょうし、お揃い……だったら嬉しいな、いつでも一緒みたいでいいな、って思ったんですけど、店員さんの話を聞いていたら、何が何だかわからなくなっちゃって。そうこうしている間に、お仕事も舞い込んできたから、お店でゆっくり説明を聞くことができなくなってしまったんです。気が付いた時には、入荷できない状態になってて」
 本当はトキヤくんとお揃いにしたかったです。
 と恥ずかしそうに、けれど少しばかり残念そうに小首を傾げる。
 なんでしょう――この気持ち。
 今、とても嬉しくて、気を抜いたらうっかり声にして笑ってしまいそうだ。
 口元を手で覆い、なんとか頬が緩むのを堪えているけれど、角度によっては笑っているのがはっきりとわかるくらい、今の私の表情はかなりだらしがない。
 でも、それぐらい嬉しいのだから仕方がないでしょう。
 こんなふうに愛らしく「お揃いにしたかった」なんて言う彼女がそばにいたら、胸の奥をくすぐられ、笑い出したくもなる。
 それに、説明を聞いていたらわからなくなった、という春歌の言葉がさらに威力を増している。
 きっと店員も一生懸命機能の説明をしてくれていたでしょうし、春歌も真剣に耳を傾けていたはず。それでもわからないなんていかにも彼女らしく、そして申し訳なさそうにしていたであろう表情が簡単に浮かぶ分――。
 愛らしくて本当に、参る。
 馬鹿みたいに弾むこの気持ちをなんとか少し抑え込もうと黙っていると、どう受け止めたのか彼女が何故か謝り始めた。それも身振り手振り、懸命に。
「あっ、あの、流石にお揃いは鬱陶しいですよね! わ、わかります! でも、この際だからいっそ全部言ってしまいますが、ストラップとかもお揃いにしたら凄くいいなって実は思ってました! ごっ、ごめんなさい! 買い逃してしまって、正解ですねっ!」
 まったく。
 待ちなさい。
 どうしてそうなるのです。
「正解、なのですか?」
 口元を覆う手はまだ外せない。笑いを堪えようとするとつい、表情が険しくなってしまうし、それを見て春歌も少し怯えた顔をしている。
 けれど、怒っているわけではないのです。
 断じて違う。
「だって、そういうのは好まれないのかと。誰かに見つかったらいけないでしょうし」
「そうなると、同じ機種を持っている人は全員ただならぬ仲になってしまいますね」
「そ、そうではないですけど……」
「なら、私と同じ機種を持つことに異存はありませんね」
「へ? あ、はい」
「お揃いのストラップも付けたいのでしょう?」
「……は、はいっ! でも、トキヤくん、今もストラップを付けていないですよね。あの、嫌なら無理しないでください」
 無理をしているのはどちらですか。
 確かに私のスマホには何もつけていないけれど、春歌が選ぶとしたら、おそらく私の好みを考えながら、自分の好みとも近づけて選んでくれるはず。
 どちらが本体なのかわからないほどの大きなマスコットは全力で阻止しますが、春歌のセンスはそこまでずれてはいないので信頼しています。
 なのに、私が拒むとでも?
「君のことですから、小さな小物とはいえ限りなく……それこそ、自分の好みをできるだけ私に近づけて選んでくれるでしょう? なら、好きな物を選んでもらえると嬉しいです」
「つまり、それって?」
 じっと見つめられ、私は思わず目を逸らしてしまった。けれど、気持ちは正面しか向いていないから本音が素直に言葉となり零れ落ちる。
「お揃いにしたいのは私だって同じなのですよ」
「ほ……本当?」
「嘘をついてどうするのです」
 ちらっと視線を彼女に向けると、瞬間、表情をぱっと明るくさせた。それからふにゃりと顔を崩し、それはとても嬉しそうに笑った。
「よ、よかったぁ〜! 嬉しい! すっごく嬉しいです! じゃあ、トキヤくんが次に機種変更する時には――」
「いつがいいですか」
 と聞くと、春歌はきょとんとした顔をした。
「今日は流石に無理ですが、次にオフが合う日に一緒に選びに行きましょう」
「ええっ! でも、そのスマートフォン、購入してから半年ぐらいですよね? それに、一緒に買いに出かけては、流石にバレてしまうのではっ!?」
 目を丸くした彼女が、ぶるぶると首を振る。
 バレるといっても、そこまで私の知名度は高くはないし、ある程度の変装をすれば大体誤魔化せる。それに、他人に興味を示して歩く人間も多くはないでしょう。
「今まで何度もデートをしてきましたが、バレたことは?」
「な、ないと……信じたいです」
「私も事務所から注意を受けたことはありません。ということは、今の所は安心というわけです」
「は、はい」
「なら、特に問題はありませんよね。……まぁ、もし購入時に多少人目に付いたとしても、悪い効果はないでしょう」
「そうなんですか? だって、騒がれたりしたら大変なんじゃ……?」
「むしろ話題に取り上げてもらった方が、タレント的にもメーカー的にも良い宣伝になるでしょう。もっとも、今後、私の人気がとても高くなれば、ですが」
 クスッと笑うと、春歌も気づいたのか「なるほど、トキヤくんはあのメーカーを使っている、っていうイメージ戦略ですか!」と感心したように頷いている。
 まあ、実のところぱっと思いついたことを言ったまでで、そこまで仕事色にまみれるつもりはない。
 ただ、春歌とお揃いの物を持ちたいだけなのだから。……一度口にしたにも関わらず、二度は言えなくて少々格好つけすぎただけです。
「じゃあ、スケジュールちゃんと確認しておきます! なるべくお仕事が滞らないよう、頑張らなくちゃ!」
 楽しみだなぁ、と嬉しそうな春歌だけど、私はどうしてもすっきりしない最後の一つを口にした。
「機種変をする前に、一つだけ納得できないことがあります」
「はい?」
「翔とだけなんて、ずるすぎると思いますが」
「へっ? ずるいと言いますと」
「君とのツーショットですよ。私はこのスマホで一度も春歌とのツーショットを撮ったことがない。というか、君を撮ったこともないのにもかかわらず、何故翔が真っ先に君と……っ」
 信じられませんよ。
 というか、これは言い出せなかった自分が悪い。タイミングを伺いすぎて逃し、間抜けにも今に至ってしまったわけですからね。
 なので、この機を逃したら、これから気軽に写真など撮れやしない。それだけはなんとしても避けなくては!
 とりあえず、春歌の肩にさりげなく手を回し、こちらへとぐっと引き寄せると、僅かに頬を染めてたじろぐ。
「と、トキヤくん?」
「撮りましょう、二人で」
「あっ。……は、はい」
 耳まで真っ赤にさせた春歌が俯き、小さく頷く。
「ほら、俯いていたら撮れませんよ。顔を上げて」
 私は片腕で春歌の肩を抱き、もう片方の腕を精一杯伸ばしてはカメラとの距離を測った。
 購入した時ぐらいしかカメラモードは触れていませんが、きっとこのぐらいの感覚のはず。
「行きますよ」
「どっ、どうぞっ!」
 シャッターを押すと、取って付けたような機械音が流れる。
 どのように映っているのかと春歌と二人で覗き込めば、サスペンスドラマの宣伝材料の如く、やけに難しい顔をしている私と、あきらかに緊張をし、俯き加減の春歌が映っていた。
「こ、これは……」
 思わず言葉を失ってしまう。
 なんです、この堅苦しさしか感じられないツーショットは……!
「え、ええと……撮り直し、でしょうか、ね?」
 翔と二人で撮ったものを確認をしている時は、彼女はとても楽しそうだったけれど、流石にこれを見て朗らかに笑いあったりなどはできないだろう。それぐらい、強張っている二人なのだから。
 私の硬い表情は、アイドルの意地にかけてもなんとかするとして――いや、意地では自然な笑顔を撮れはしないはず。それに春歌だって随分と強張ったままの様子だ。
「さて、どうすれば良い写真が。角度でしょうか。いえ、お互いにもっとこう、口角を上げないと――」
 あれこれ考えていると、春歌がぽつりと呟いた。
「翔くんと撮った時、合図をしたんですけど、そういうのじゃだめでしょうか」
「合図……。いち足すいち、ですか」
「はいっ! にー、って」
 口を「に」の発音形にすると、確かに笑っているように見える。ぎこちなさはあるけれど、今撮ったものよりははるかに良い。
「なるほど……」
「頑張りましょう、トキヤくんっ! にー! ですっ。目指せ笑顔の初ツーショットですっ!」
 先ほどまで頬を染め、俯いていたのが嘘のように、春歌の目にはやる気がみなぎっていた。
 可笑しなものですね。アイドルは笑顔を見せてなんぼのものなのに、仕事以外となるとなかなか上手くいかないのですから。
 私は緊張しているのでしょうか。
 だとしても、折角の春歌とのツーショットを無駄にするわけにはいかない。彼女だってやる気なのだから。
「……わかりました。本気でやりましょう」
「わたしも頑張ります!」
 両手を握り、ぐっと力を込めている春歌と頷きあう。そして瞼を閉じ、すうっと息を吸い込んだ。
 ――こうなったらなりふり構ってなどいられない。
 私は一つの決断をした。
「……え、あの、トキヤ、くん?」
 春歌も何かを感じ取ったのか、目を丸くして私を見つめている。
 そうです。春歌が思っている通りです。
 今は『彼』の力を借りるよりほかない。
 ――久しぶりのHAYATOです!
「よ〜っし、じゃあ春歌ちゃんとのツーショット、張り切っていってみよ〜っ!」
「とっ、トキヤくん!? というか、ははははHAYATO様っ!?」
「いい、春歌ちゃん、さっき言ってたみたいに、ニ〜ッ! だからね。練習練習、はい、ニ〜ッ!」
 首を傾げて私が笑うと、春歌が固まってしまった。まだまだHAYATO効果は絶大のようで、嬉しいのは嬉しいのですが……些か複雑です。
「は、HAYATO様の笑顔……っ!」
「こら〜っ、見惚れてないで、君もニ〜ッ!」
「は、ははははいっ、に、にー……」
 二人で首を傾げあっている姿はおそらく、いえ、間違いなく滑稽なのでしょうけれど、私は真剣なのです。
「うんうん、可愛いにゃぁ。さすが、ボクの彼女さんだねっ」
「かっ、かっ、彼女……っ!」
 春歌は頬を両手で押さえ、潤んだ瞳で私を見上げている。
 おやおや……HAYATOだとその反応ですか。頬を赤らめて、仕方のない『私の彼女さん』ですね。
 私は少しだけ吹き出したくなる気持ちを抑えて、HAYATOのテンションを――というより、すっかり楽しんでいる「トキヤ」としての気持ちを維持する。
 右手にはスマホ。左腕には春歌の肩を抱き、ファインダーを見つめながら、春歌に声をかける。
「……準備はいい?」
 耳元で囁くと、一瞬春歌の肩がびくりと上がった。
「ひ……あ、は、はいっ!」 
「ふふっ、緊張しないで。ね? ボクは……いえ、私は、君の笑った顔がとても好きなのです。笑っている写真を、いつでも大切にしたい。……心の支えにしたい」
 これは心からの言葉。
 写真を撮りたいのも、翔にただ嫉妬したからではないのです。
 私の隣で笑っている君をいつも見ていたいから。
 簡単には会えない夜も、君の笑顔が恋しい時も、二人で撮った写真があるなら、いつでも幸せな気持ちになれそうなのです。
 力が湧いてきそうだから、なのですよ。
「トキヤくん……」
「……と。それじゃあ〜春歌ちゃん、いくよっ。いちたすいちは〜っ?」
「は、はいっ。……に、にーっ!」
 とん、と軽く画面に触れると、シャッターの音。
 今度こそは! と二人で画面を見つめると――。
「ほぅ……」
「あ……」
 自分でも今まで見たことのない笑顔がそこにあり、そんな私の隣で幸せそうに――楽しそうに笑うのは、『私の彼女さん』。
「驚きました……。私は、こんな風にも笑えるんですね。シャッターを押すまではHAYATOの勢いが必要でしたけど、まさか、ここまで笑えているとは思いもしませんでした」
「わたしも、ちょっと笑いすぎっていうくらいですね。それに、ついピースなんてしちゃって。……なんだか恥ずかしいです」
 春歌は照れくさそうに肩を竦めているけれど、くしゃっとした笑顔に控えめなピースが本当に可愛くて、この一枚を見ているだけでとても幸せになれる。
「なんだか、嬉しいですね」
 ふふっと笑う春歌に、私も笑みが零れる。
「ええ。この写真を見るたび、そして、これに至るまでのことを思い出しては笑顔になれそうです。随分と時間がかかりましたからね」
「確かにそうですね。……あっ、これ、わたしのアドレスに送っていただいてもいいですか? わたしも、トキヤくんに会えないときはこの写真を見ていっぱい頑張ります! なんて言ったって、トキヤくんのとっても、とーっても幸せそうな笑顔ですからっ」
 そうやって言う目の前の笑顔は、この手の中にある一枚よりも本当に嬉しそうで……なにより、輝いて見えて――私は思うのです。
 今度撮るときは、笑顔にプラスして、彼女と同じように二本の指でサインを作ってみてもいいかもしれない、と。
 ガラにもないのは分かっています。
 けれど、もっと、もっと幸せで嬉しい気持ちになれそうなら、年相応にやってみるのも悪くないでしょう? 春歌と二人で、ピースサインとやらを。
 その写真は誰にも見せることなどできないけれど、二人だけの笑顔がそこにあるならば最高。
 いつだって君と笑っていたい。
 こんな風に、心からの笑顔を君にだけ届けたい。



End.
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