Uta-Pri

Debut発売3日前!カウントダウンSS
永遠だって足りない【トキ春】



 わたしの楽しみは、一ノ瀬さんが出演されているドラマを欠かさず見ること。
 それこそ、おはやっほーニュースの時のように正座をして見ているのだけど、そうした楽しみの中で、ふと疑問に思ったことが一つ。
 一ノ瀬さんと共演している女優さん方は皆さんとても美人さんだったり、可愛らしかったり、とにかく見目麗しい方ばかり。それこそ、テレビの画面から見ていてもほうっとため息が出そうなくらいなんだけど、お綺麗だったり、可愛らしい方と演技をしている中で、心を奪われる瞬間などはないのだろうかと思うことがある。
 恋愛ドラマともなれば甘い台詞は勿論だけど、喜怒哀楽をぶつけるともなると、いくら演技とはいえ、ドキッとする瞬間があるのでは――なんて、素人視点で思ってしまう。
 それは悲観や嫉妬や不安という意味ではなくて、女性のわたしから見ても皆さん素敵な方ばかりなので、毎日のように顔を合わせ、役柄とはいえ恋人同士の演技を続けていたら、感情が入ったりはしないのかな、と疑問に思うのです。
 なので、素直に一ノ瀬さんに聞いてみることにしたのですが――。
「心を奪われる、ですか?」
 目を丸くして驚かれてしまいました。
「は、はい。あれだけお綺麗なので、ドキドキしたりすることはないのかなぁ、と。だって、役では恋人同士ですよね? 甘い言葉を交わすだけじゃなくて、手を握ったり、寄り添ったりと凄く近い距離にいるのに、ドキドキはしないんですか?」
 丁度最新話を一緒に見終えたばかりなんだけど、今回も一ノ瀬さん演じる男性と、恋人役の女優さんの接近度は高くて、なにより二人のやり取りがとても自然で思わず見入ってしまうくらいなんだけど、そういうのって、やっぱり何かしら惹きあうものがあるからなのかな。本当に役者という立場だけなのかな。
「ドキドキはしませんよ。これが私の仕事ですし、仕事のたびにドキドキしていたら話になりません」
 一ノ瀬さんはこともなげにさらりと答える。
 そうか……確かにそう言われてしまえばそうですね。
「まぁ、中には本当に恋愛感情に発展する方もいらっしゃるでしょうけど。そもそも、私が他の女性にドキドキしたら君は困らないのですか? 嫉妬は? 苛立ちは感じないのですか?」
「えっ? ええと……そこまで深く考えたことがなくて」
 質問をしていたのはわたしだったのに、いつのまにか質問攻めにあってしまった。
「では今考えてみてください。そうですね、相手役の彼女と私のラブシーンがあったらどうしますか」
「ラブシーン、ですか」
「ええ。お芝居ではなく、心からの気持ちが入った、『本物』だとしたら? 私が春歌にしていることを、他の誰かにするということです」
「本物……」
 ドラマの中での二人の姿を想像することは簡単だった。そこからさらに進んで……彼女が一ノ瀬さんのことを役名でなく「トキヤ」と呼び、キスシーンなども考えてみたところで、想像の場面は一瞬にして真っ暗になった。
 ――あれ?
 今度はぎゅっと目を瞑り、もう一度そのシーンを考えてみるのだけど、「トキヤ」と彼女の唇が動き、一ノ瀬さんも彼女の名前を呼ぶ。そして、二人の顔が近づいたところでまたも目の前は真っ暗。黒以外に何も映し出さない。
「……考え、られません」
 おかしいな。
 ドラマの続きと思えば浮かんできそうなのに、どうしてあと少しという所で目の前が真っ暗になっちゃうんだろう。
 そのあと、何度試してみても展開はどれも一緒で、わたしは戸惑いを隠せなかった。
 本当にどうしちゃったんでしょう。
 なんで何も浮かばないの。
「二人が、仲良くしているシーンまでは浮かぶのですが……ラブシーンとなると、目の前が真っ暗になっちゃってだめです」
 不思議な話、言葉にしたら胸がズキンと痛んだ。
 その痛みにぎゅっと瞼を閉じると、真っ暗な瞼の裏に一ノ瀬さんの相手役である彼女の唇だけが浮かび、再び「トキヤ」と動いた。その瞬間、わたしは目を見開き、思わず叫んでしまった。
「……っ! だ、だめですっ!」
 自分でも驚くほどの大きな声に唖然とし、口元を手で覆う。
 一ノ瀬さんも流石に驚いたらしく、目を丸くしたままわたしを見つめている。……恥ずかしい。本当にこのままどこかに隠れたいくらい。
 でも、一つだけわかったような気がした。
 今まで悲観や嫉妬もせずにただドラマを楽しめたのは、頭の中でちゃんと「これはお芝居だから」と分かっているからなのだと。
 わたし自身、特にそういうことに頓着せず作品として見てきたから、どんなに綺麗な方が一ノ瀬さんの恋人役でも平気だったんだ……。
 だから、役名ではなく本名である「トキヤ」と口にされるたび、そしてそこから先に場面が切り替わるたび心がサインを出したんだと思う。それ以上は駄目だよ、って。
「……ごめんなさい、一ノ瀬さん」
 わたしはそっと手を伸ばして、一ノ瀬さんの腕のシャツを小さく掴んだ。
「やっぱりだめです。……ときめいちゃだめです。他の人には、ドキドキしないでください。馬鹿なことを聞いて、すみませんでした……」
 お芝居以外で――本気の気持ちで、一ノ瀬さんが他の誰かと仲良くしている姿を想像できない位に好きになっていることに気が付くなんて、本当に馬鹿だ。今更過ぎるよ……。
「とっても素敵な女優さんに囲まれているのはわかります。見た目だって、才能だってわたしが敵う所なんてないことぐらいわかってます。よく……わかってますけど、それでも他の誰かにドキドキしないでください」
 こう思うことは、やはり心が狭いのでしょうか。
 でも……誰かに咎められようとも、この気持ちだけは変わりません。
 だって、わたしは一ノ瀬さんがとても好きだから。誰かと仲の良い姿なんて想像できないくらいに好きだから。
 ――でも、同時に思う。こんなに心が狭いなんて情けない、って。いつからこんなふうに欲張りになってしまったんだろう。
 俯き、自分の狭量さに落胆していると、不意に一ノ瀬さんがわたしの頭を引き寄せた。身体が自然と傾き、こめかみが一ノ瀬さんの肩先へと触れる。
「それを聞いて安心しました。どうぞご自由にときめいてくださいなどと言われた日には、どうしたらいいのかわからなくなってしまいますからね。……大丈夫、安心してください。君ほど私の心を惹きつける人はいませんから」
「美人じゃ、ありませんよ……?」
 顔を振り仰ぐと、一ノ瀬さんはおや、と言って困ったように眉を寄せた。
「春歌は何を基準に美を決めているのです? 私には君が一番美しく見えますよ。正確には愛らしくも可愛らしくも、時には艶やかにも見えますが」
 言って、すうっと細められた目にドキンと胸が高鳴った。今の一ノ瀬さんの方が、絶対に色っぽいのですがっ。
「つ、艶って! わっ、わたしがですかっ!?」
「ええ。たとえば……」
 伸ばされた指に顎を掴まれ、くい、と持ち上げられたかと思ったら、一ノ瀬さんの顔が近くなる。唇には柔らかなな感触が押し当てられ、わたしは自然に……本当に自然に瞼を閉じた。
 すると、くすっと小さな笑い声が。
「え……」
 見れば、一ノ瀬さんは楽しそうに笑っている。ど、どうしたんだろう。
「キスをするときのその表情。春歌は自分がどんな顔をしているかわからないでしょうね。キスをする私にしか見えない表情が、とても艶やかで……それ以上のことをしたくなるのを、君は知らないでしょう? 私はこれでも我慢しているのですよ」
 今度は額にちゅっと音を立ててキスをされ、わたしは唇が当たった場所に指先を当てた。
「あっ、あっ、あ、あ、あの……我慢って、何を!?」
「……知りたいですか?」
 にっこりと微笑み、さらにはその微笑みを湛えたまま顔を覗き込まれ、わたしは思わず肩を上げた。
「まっ、まだ知らない方がいいような気がしましたっ! あっ、あの、いつかの時にお願いします」
「ほぅ、いつかの時……ですか。今ではない、と。……わかりました。では、そのいつかのときには、ちゃんと覚悟をしてください」
「は、はい。……はいっ!」
 間近で見つめられたままなのが恥ずかしくて、とにかく何度も頷いた。それこそこういう人形があったなあ、なんて思いながらガクガクと首を縦に振った。
「本当に可愛いですね。その反応……いつでも、いつまでも見ていたくて、ついつい苛めたくなります。毎日でも足りないくらいに」
 毎日でも足りないなんて、そんなに面白い反応してるかなぁ。
「う〜ん、きっと毎日となったら三日で飽きちゃうんじゃないですか? 美人さんは三日で飽きると言いますが、面白い人も三日で飽きちゃう……というか慣れるのでは? なんでもそうですけど、耐性がつくというか……」
 すると、一ノ瀬さんはじっとわたしを見つめて言った。それも、少しずつ表情を曇らせながら。
「そうなると、君はもう私に飽きてしまったという話になりますね。三日どころか学生時代には一年間君と顔を合わせていましたから。……そうですか。私にすっかり飽きてしまったんですね」
「ええっ!? どうしてですか? 一ノ瀬さんに飽きるなんて、絶対にありませんっ! 毎日ドキドキしっぱなしですよ。今だって、凄くドキドキして、なかなか顔を上げられなかったのに」
「ですが、耐性が付くと言ったのは春歌でしょう」
 悲しいですね、と続けられてしまった。
 うっ。拗ねた目で見つめられると弱いです。とても弱いです……。
「一ノ瀬さんは……一ノ瀬さんだけは例外ですっ! 一年経っても、いえ、何年経っても一ノ瀬さんにはドキドキが……ときめきがとまりませんっ!」
 悲しげな顔を覗き込み、わかっていて欲しくて必死になって言うと、それまで斜め下に視線を下げていた一ノ瀬さんが、真っ直ぐにわたしを見つめ、それから急に――本当に急に頬を傾けて唇にキスをした。
 ――えっ。
 あまりに突然のことで、頭の中を真っ白にさせていると、一ノ瀬さんがにっこりと笑った。
「今のはお芝居です」
「ええっ!?」
「言葉で君の気持ちを聞きたかったし、言わせたかったんですよ。……春歌、いつでも私にときめいていてください。君のことを全力でドキドキさせてあげますよ」
「ぜっ、全力って」
 まじまじと見つめるよりも早くわたしを抱きしめ、耳元で囁いた。
「全力は全力です。そして言ったでしょう、その反応見たさに苛めたくなる、と」
「……ずるいです」
 とん、と胸元を叩くと、一ノ瀬さんは楽しそうに笑った。
「ずるいですよ、私は。君のことをとても好きですから、どんどんずるくなる」
「わたし、一ノ瀬さんのこと三日で飽きたりなんてしませんよ? ずっとときめいてると言ったのは本当ですよ? それでもですか?」
 そう尋ねると、わたしを抱きしめる腕にさらに力が込められた。優しく、そっと。
「それは私も同じです。この世のどんな美しい人であろうと三日で……いえ、そもそも最初から特別な目で見ることなどできませんが、君だけは別です。飽きる飽きないの問題じゃない。……特別で大事な人ですから」
 ――本当の私を、歌を一緒に見つけてくれたのが君なのですから。
 ため息のように囁かれ、そっと髪を撫でられた。
 その手の優しさと心地よさにうっとりと瞼を閉じながらわたしも一ノ瀬さんの背中へと腕を回した。
「見つけてもらったのは、わたしも一緒です」
 こんなにも誰かを好きになれるなんて思いもしなかった。
 友達もいなくて、周りになかなか馴染めずにいたこんなわたしと手を取って歩いてくれた初めての人。
 だから三日なんてとんでもない。
 それこそ永遠だって、きっと足りないくらい。
 そう、永遠だって足りないくらい好きで、好きで――。
 
 大好きです。



End.
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