Uta-Pri

Debut発売4日前!カウントダウンSS
時間は、四時【トキ春(で音也視点)】



 HAYATOとOTOYA。この名前でトキヤと一緒に組んで仕事をするようになってから、半年以上が経つ。俺――OTOYAもおはやっほーニュースの一員として受け入れられてきたのかな? と感じるようになったのは、番組宛に届くメールにちらほらと「HAYATOとOTOYAのやり取りが好きです」とか「OTOYAが入ってからHAYATOが楽しそう」といった感想を貰えるようになったからだ。
 HAYATOメインの名義とはいえ、コンビでCDも出してもらえるようになったし、コーナーも好調で、このままOTOYA起用続行っていう話も貰ってるし、なんだかいい方に風が吹いてるっていう感じだ。
 今日はとあるショッピングモールで開かれるミニライブの打ち合わせをトキヤと一緒にしているところなんだけど、少し前からトキヤの様子が少しおかしい。
 おかしいっていっても、打ち合わせをしているスタッフのみんなは全然気づかないくらいのものなんだけど、早乙女学園で一年間同じ部屋で過ごしてきた俺にははっきりとわかる。少し落ち着かないっていうのかな。話をかっちりとたたむようにしてまとめている感じが僅かにだけど伝わってくる。いつも無駄なく打ち合わせをしているけど、今日は更にって感じだ。
「それじゃあ、最初に一曲入れたあと、MC入れて軽くと盛り上げたら、カップリングの一曲を入れて、その後、おはやっほーニュース出張版みたいな感じで企画を一つこなしてもらってラストに二曲連続って具合で行こうか。バックバンド入れて演奏するから、歌は後日改めてリハをお願いします」
 プロデューサーが進行表に目を通しながらざっと説明をしていき、それにトキヤと俺も頷いて返す。
「わかりました。リハについてはスケジュール調整もできていますから、ボクとOTOYA、二人で揃って行うことが可能です」
「そう、じゃあこっちもバックバンドの方と調整をしてから連絡するよ」
「はい、お願いします。今日は都合によりマネージャーが同席していませんけど、詳細はマネージャーまでお願いします。リハで使う部屋についても同様に」
 今日は事務所側の人手が足りないということで、マネージャー抜きで俺達二人でプロデューサーやスタッフと打ち合わせになっているんだけど、マネージャーから渡された俺とトキヤのスケジュール表を交互に確認しながら、トキヤは――というか、打ち合わせということで少し改まった感じのHAYATOは慣れた感じでスムーズに対応をしている。こういう所、流石だなって思う。だって俺、トキヤにまかせっきりだし。
 俺よりも早くに芸能界っていう場所で働いてきたっていうのは勿論だけど、アイドルとしても先輩で、考えたらトキヤって俺より一つ年上なわけだから本当に「先輩」なんだよな。
 改めて意識したことはないけど、こういう時、頼りがいのある先輩って感じでありがたい。まあ、それは本人には言わないけどさ。なんか、年とかキャリアとかで変な壁を作りたくない。トキヤとは友人でもあり、いいライバル関係でいたいしさ。
「では後日、事務所の方に……っと、時間だ。すみません、別件も重なってしまって……少々席を空けます」
 携帯を耳に当てながら、急いだ様子でプロデューサーが部屋から出て行く。
 残ったスタッフは動線やらスタッフ手配について細かな打ち合わせをしている。そのやり取りを聞きながら、手帳に細かな書き込みをしているトキヤの手元をぼんやりと見るんだけど、トキヤの手が不意に止まる。
 ――あれ。なんだ?
 そう思っていると、左手の向きを微かに変え、そこに視線を落としているようだ。
 手首には時計。どうやら時間を気にしているみたいなんだけど、確かこのあとって特に予定はなかったはずなんじゃなかったっけ。
 仕事がない分、俺、ダンスレッスン入れようと思ってたんだけど。
 トキヤは急な仕事が入ったとか?
 でも、そんな連絡受けてる感じはなかったな。
「この後、予定あるの?」
 そっと尋ねると、驚いたようにトキヤは目を丸くしている。多分、俺がトキヤを見ていたことに気づいてなかったんだろうな。ていうか、気づかないってことが珍しい。
 このあと、余程気になる何かがあるんだろう。それこそ、俺がトキヤの様子が少しおかしいって気づくほどの何かが。
「……ええ、ちょっと」
 歯切れの悪い答え。ますます気になる。
「誰かと会う用事? ていうか仕事? 何時からなんだ?」
「い、いえ――その、四時です」
 四時って、あと三十分もないんだけど。場所どこなんだろ。
「どこで?」
 聞けばここから移動するのに二十分はかかる場所だ。……となると、残り時間十分ないじゃん!
「えっ、間に合うの? ていうか、先方に連絡した? 仕事だったらまずくない?」
 なるべく小声で話すと、トキヤは小さく息を吐いて僅かに眉を寄せる。
「打ち合わせ中に連絡などできるわけないでしょう。それに、相手には遅れるかもしれませんと最初から伝えています」
 だから、大丈夫です。
 と言いながらも、苦い表情は変わらない。ちっとも大丈夫じゃないと思うんだけど、その表情。
 そして、「相手には」っていうことは仕事じゃないんだろうな。
 ――いや、もしかして。
「女の子待たせておいて大丈夫、なんて言葉はひどくない? 待つ身にもなれって。七海、待ちぼうけになるよ」
「それは……そうなんですが、でも打ち合わせが終わらない限りは――って!?」
 あからさまにぎょっとした表情をされて、俺は心の中で「ビンゴ!」とぐっと拳を握りたい気持ちになった。うん、やっぱり七海か。そうだろうな、トキヤがこういう反応するのって七海がらみぐらいだよな。うん、やっぱり七海か〜!
 俺は笑い出したい気持ちを堪えながら自分の唇に人差し指を当てた。
「しっ。聞こえるよ、HAYATO」
 ここでわざとHAYATOと言うと、トキヤは思い切り眉を跳ね上げて顔を強張らせた。
「音也……ッ!」
 トキヤって、カマかけると案外引っかかりやすいんだ。しっかりしてるはずなんだけど、基本的に真面目だから、反応が素直っていうか。
「まあまあ、怒らない怒らない」
「……っ! 怒ってなど、いませんよ!」
 うわ、嘘だね! だって声がぷるぷるしてるし! ……コワイ。
「ていうか、打ち合わせっていっても、ある程度まとまっているし、残すところ別日のリハ関係だけだろ?」
「それはそうですが、プロデューサーが戻らない限りは話は終わっていません。これは仕事なのです。遊びとは訳が違うんですよ。私用など後回しになるのは当然のことです」
 それに、遅れるのはこれが初めてではありませんから。
 とぽつりと呟いた言葉が切なげに響いて、俺は言葉を失った。
 俺には恋人はいないし、大事な誰かも当然ながら現れていない。
 だから、恋人同士のアレコレっていうのは良くわからないけど、でも、好きな女の子を待たせたくないっていうのは例え彼女がいなくたってわかる。責任感が人一倍あるトキヤならば余計なんじゃないかな。
 でも、トキヤが言うとおり、今は仕事の真っ最中だ。
 ――どうすればいいんだ?
 七海はHAYATOとOTOYAの曲の作曲家でもある。どんな難題を吹っかけられても一生懸命応えてくれて、すっごいかっこいい曲を作ってくれた。それが彼女の仕事と言われればその通りなんだけど、それでも頑張ってくれた七海には恩を感じている。
 トキヤと七海。
 パートナー同士だった二人が恋人同士になることは驚きだったけど、でも、二人が話をしている姿を見れば簡単に納得できてしまう。
 トキヤが自然に笑う顔なんて俺、殆ど見たことがない。
 七海が変に構えずに心から誰かを信頼している姿って、トキヤ以外に見たことない。
 そんな二人が付き合わなくてどうするんだよ、って今なら思える。
 さあ俺、どうする。
 こうしている間にもどんどん時間は過ぎていくし、プロデューサーだってまだ戻ってこない。
「……ちょっと、トイレ行ってくる」
 トキヤにそう言って、スタッフにも「すみません、トイレに行ってきます」と頭を下げた。
 実際それほど用を足したいわけじゃないんだけど、事情を知ってしまったらあの部屋でただじっと待つというのがどうにも重く感じたからだ。
「ふぅ……。時間ばかり過ぎてく」
 携帯を取り出せばもう三時四十五分。
「どの道遅刻になっちゃったのか」
 今すぐ出たとしても移動の二十分を考えるとすでにアウトだった。
 小さく呟いたあと、そのまま七海に連絡をしようかとも考えた。けれど、部外者の俺がそこまで口を挟んでいいものかと思うと、流石にそれは躊躇うものがあった。
 言い訳はトキヤからちゃんと聞くべきだろうし、トキヤにはその義務がある。だって、七海の彼氏なんだから。
 ゴボゴボと音を立てて水が流れていくのを聞いて、廊下を歩いていると、正面からはプロデューサが急ぎ足でこちらに向かってくるのが見えた。
「あ……」
 別件の用が終わったのだろうか。だとしたら――。
「あのっ!」
 俺は後先考えずにプロデューサーに声をかけた。
「おお、OTOYA、待たせて悪かったね」
「いえ、こちらこそお忙しい中すみません。あの、打ち合わせの件ですが、トキ――じゃなくて、HAYATOに急用が入ってしまって、彼も同席が必要な内容があったら、先に打ち合わせして頂ければありがたいのですが」
 こういうの、本当は良くないってわかってる。遊びじゃない、これは仕事なんだから――って。
 でも、今までトキヤにまかせっきりだった分、今度は俺が少しでもサポートしたい。
 それに、事情を知ってしまったら知らないふりなんて出来やしない。
「おっ、そうか、彼も予定が詰まってるのか。いや、実のところ打ち合わせは大体済んでいるから、あとは細かなところの確認と調整だけなんだ。OTOYAもこれから仕事が入っているのかい?」
「いえ、俺はこの件だけです。なので、もしよければこれからは俺が打ち合わせの続きを」
「ああ、そうだね。じゃあOTOYA、続きはこれからということで」
「はいっ! ありがとうございます!」
 ドアを開けて中に入ると、プロデューサーの顔を見て、トキヤは幾分ほっとした表情を見せた。時間も過ぎてるし、やっぱり焦るのは当然だよな。俺はトキヤの隣に腰掛けて声をかけた。
「HAYATO、時間なんだろ。あとは俺が担当するから、次の現場急いで」
 他のスタッフにも聞こえるようにそういうと、トキヤは目を丸くして俺を見つめる。
「えっ?」
「あ、でも今からだとあの現場は道が混むからタクシー使わない方がいいよ。地下鉄使ったほうが早い」
「HAYATOは次の仕事が入ってるのかな?」
「え、いえ。あの――」
 トキヤが何か言い出すよりも早く俺はスタッフに笑顔を見せた。話がこじれたら面倒なことになる。
「そうなんです! そういうことなので、すみません、これからはOTOYAが担当します! ほら、HAYATO早く。あとでマネージャーにも打ち合わせの件連絡するから」
 皆の視線を受けたトキヤは席を立たざるをえない状況になり、複雑な笑みを浮かべながら立ち上がった。
「え、えっと……それじゃあ、みなさんすみません。打ち合わせの途中ですが、HAYATO退出します! 詳しいことはOTOYAから聞かせてもらいますので、どうぞよろしくお願いしまーす!」
 明るく言ってはいるものの、戸惑っている感はぬぐえない。
 というか、この妙な反応が可笑しくて俺は笑いを堪えるのに必死だった。
 ――トキヤ、めちゃくちゃ顔ヘン! ていうか、引きつり笑いしてるしっ。
 思わず肩を揺らすと、目ざとく気づいたトキヤが、皆にわからないようにして、俺が座っている椅子の足を蹴った。
 ごん、という鈍い音が尻に響くけど、俺はトキヤに笑顔を向けた。
「お疲れ様でした、HAYATO! 『先方』にもよろしくっ!」
「うっ……りょ、了解にゃ」
 ――にゃ、だって。……にゃだって! HAYATOだと精神削がれるんじゃないか? ホントにお疲れ様、トキヤ。そして七海によろしくな!
 背後でぱたんと閉じるドアの音を聞きながら、俺は気を引き締めるべく、よし、と頷いた。
「では、改めて。みんな、お待たせして申し訳ない。再び打ち合わせを始めます」
 プロデューサーの合図で打ち合わせが再開される。俺は聞き漏らさないようペンを忙しく走らせながら思った。
 トキヤの時計、あれ、七海とお揃いだということ。俺、どこかで見たことあるなと思ったら、七海の手に同じのがあったことを忘れていたよ。
 そして、きっと今頃猛ダッシュしながら七海の元へと向かっているであろうトキヤのことも思った。慌てて走ったりなんてしなさそうだけど、七海のこととなったら別なんだろうな。
 ――ていうか、遅れるってこと、少しでも早く電話で伝えてやれよ。
 ちらっと壁掛け時計へと目をやれば、時間は丁度四時を指していた。
 急げ、急げ。
 約束の時間は過ぎているけれど、七海はちゃんと待っててくれるはず。
 だって、『あのトキヤの彼女』なんだからさ。
 ――頑張れ、彼氏!



End.
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