Uta-Pri

feline2・22【トキ春】



「は、春歌、いい加減、やめ……」
 ふぅ、と吐息がかかるたびに、ぞくぞくとするものが肩に背中に、腰にと伝わる。
 男性と女性なら力の差は歴然なのだけど、やめろと春歌に言いつつも、彼女を追い払えないままこの言いようのない感覚をどこかで楽しんでいる自分がいる。
 いつもであれば、春歌が自ら進んでスキンシップを取るようなことはないのだが、猫耳がついた今(もちろん尻尾もだ)、興味が湧いたらひたすらじゃれつくという気持ちが強いらしく、さっきから楽しげにトキヤの耳をくすぐるように撫でたり、息を吹きかけたりという動作を止めようとしない。
 ちなみに、どういう経緯で猫耳になったかはトキヤにもまるでわからない。
 夢でも見ているのだろうか。
 そうでなければ社長であるシャイニング早乙女がまた何か怪しげなことをしでかしたのか。
 ――とにかく尋常じゃないこの現状。深く考えるだけ無駄です。
 早くもそう割り切った。
 春歌にも同じ猫耳がついているせいもあるのだろう、耳を攻めれば、こそばゆいけどちょっと気持ちがいいというのを知っているだけに、トキヤの反応を見て楽しんでいる気合いがある。
 最初軽く耳をくすぐられる程度だったので、心地よさも相まってされるがままにしていたのだが、随分とエスカレートしている気がしないでもない。
 事実、息をやわらかく吹きかけられている間、彼女の唇が耳の縁に触れることがある。
 なるべく意識をしないようにと気を張るのだが、気を張れば張るほど不意に唇が触れるとびくりと肩が上がる。
 これはまずい。
 大分まずい。
 なにがまずいかといえば、下半身が重くなってきているのが、とても。
「あ、あの、トキヤくんは、イヤなのでしょうか?」
 彼女のしゅんとした声が聞こえた。
 耳の形がが変われば感度も変わるらしく、耳元傍で囁かれるだけでも腰から這い上がる疼きが止まらない。
 ――参りましたね……どうしたらいいものか。
 ふやけた顔を見られたくなくて眉間を抑えるふりをして片手で顔を覆うのだが、そんな自分の心内など彼女は知らない。
 嫌がられているのだとさらに勘違いをしたのか、申し訳なさそうにそろそろと身体を離していく。
 ――ああ、なにも離れなくてもいいのに。
「あ、あの……ふざけすぎてごめんなさい」
「いえ、別に嫌ではないのですよ」
 むしろ気持ちがいい、なんてどの顔で言えばいいのか。
「でも、困っているように見えます」
 それは勿論困っている。
 抑えきれない誘惑と引くことを知らない甘い疼きがじわじわと身体を支配しているからだ。
 これ以上触れられたら困る。
 けれどやめてほしくない。
 そんなもどかしい感情に揺さぶられながらも、結局トキヤは自ら彼女の手を掴んだ。
 逃げないでください――と。
 長く放置しておいてもらえればこの昂ぶりはなんとか抑えられなくもないが、それを選びはしなかった。
 このひと時を誤魔化せたとしても、耳に残る感覚は間違いなく何度も身体を疼かせるだろうし、そうなれば熱を逃がす方法は自らの『手』を使うしかない。
 勿論、そんなことを春歌に言えるわけがないので自分だけの秘密にしておくが。
 生理現象とは厄介なものだ。
「ここまで君にちょっかいをだされることに慣れていないものですから、多少戸惑っていただけです」
「そ、そうなんですか? じゃあ、もう一度触っても……平気、ですか」
 やはり随分と積極的だ。一瞬答えを躊躇うものの、トキヤは心で白旗を掲げた。
 どうにでもなれ、ではなくてどうにでもなりましょうというのが本音だ。
「……構いません」
 ため息のような言葉を呟くと、春歌は嬉しそうに「ありがとうござます」と声を弾ませる。
 そんな彼女を見て、改めて思うのだった。――自分の首を絞めたかもしれないと。
 けれどそれも今更だろう。
 小さく息を呑んで春歌の反応を待つと、再びそのほっそりとした指先ですっと耳を撫でられる。
 耳とは厄介なもので、勝手にぴくぴくと小刻みに動く。これでは「気持ちがいい」と言っているようなもの。
 いつもなら、彼女を良くしてあげるのは自分の役目。
 なのに今は良くされていると言ったほうがいい状態。
 いつもと逆のパターンだ、と気持ちも、態勢もなんとか持ち直そうと大きく息を吸い込むのだけど、不意にぬるり、と暖かいものが耳へと入り込んで来て思わず「……っ!」と言葉にならない叫びを小さく洩らした。
 入り込んできたのは彼女の舌先だった。
「は、春歌!」
 まさか耳を舐められるとは思いもしなかっただけに声が上ずった。
 はぁ、と熱い吐息がかかる。
「や……め、な、さ……」
 ぴちゃぴちゃと艶めかしい音がするたびに、尻尾がきゅっと丸くなる。
 ――形勢逆転。
 その言葉が浮かんだ瞬間、このままで良いわけがないと我に返り、必死になって声を上げた。
「ちょっ! ま、待ちなさい!」
「あ……。ご、ごめんなさい、つい……。トキヤくんが、気持ちよさそうだったから」
 再び恐々と身体を離していく彼女。けれど、逃がすまいとトキヤは素早く手を伸ばす。今度は腕を掴むだけじゃ済まされない。
 随分と高めるだけ高められたこの感覚と欲求を上手く鎮められる方法は一つだけ。
 逃げられるよりも早く華奢な身体の上に覆いかぶさると、自分の下で彼女は戸惑ったようにこちらを見上げる。
「まったく……君のせいですよ」
 吐息が、身体が熱くなるのは目の前にいる君のせい。
 もう余計なことを考えられなくなったのも、君のせい。
「あ、あの、えっ?」
 どうしたんですか、とでも言うようなその表情。
「同じ耳がついているのなら、わかるでしょう。何をされたらどうなるか。わからないでからかっていた、なんて……言わせない」
「と、トキヤくん?」
「こうなった責任、取ってもらいますよ」
「責任って――あっ」
 張りつめた下肢をぐっと押し付けられてわかったのか、春歌がはっとしたように目を見開き、それから僅かに頬を染めながら「……わたしのせい、ですね」と顔を横に向けて視線を逸らす。
 恥らうその姿にすら軽い興奮を覚える。
「ええ、君のせいです。我慢をしていましたが、いい加減、限界です」
 限界とは言っても、最後には当然こういう展開に持っていく気でいたのだが、もう少し持つものかと思っていた。
 けれど、赤い舌の誘惑に再度、心の中で白旗を掲げる。
 とうとう自分の中から『余裕』という文字が消えた。
 余裕が消えれば残るのは僅かばかりの理性で、それもどこまで持ちこたえられるかわからない。
 とりあえずは、今までされてきたことを彼女にお返しするまでだ。
 勿論、やめてほしいと言われてもそれを聞いてやれる自信などない。
 なにしろ、今は頭には三角の耳、腰を下へとなぞっていくと長い尻尾がついているのだから。
 無邪気な猫。
 耳と尻尾が消えるまでは、楽しんでみましょうか――お互いに。
 怯えるような、けれど何かを期待しているような上気した春歌の頬に、自分の頬をそっと摺り寄せる。
 そして、赤い舌をちらりと覗かせては、彼女の小さな耳へと触れた。
「気持ちよくしてくれたお返しです」
 ――今から、もっと気持ちよくして差し上げますよ。
 舌を這わせながら囁けば春歌の肩がびくっ、びくんと上がる。
 トキヤはそれを確認し、満足げに目を細めては尻尾をするりとしならせた。
 


End.
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