Uta-Pri

不格好なステップ【龍春】



 シャイニング事務所所属タレントの主演映画が一つ決まった。
 彼はデビューして三年は過ぎ、知名度も上がり何より男性タレントにしては清潔感があり好印象ということで、純愛映画の主演に抜擢されたのだが、本人がドラマの撮影と重なっていて多忙なため、監督とプロデューサーの元への挨拶は事務所を代表して龍也が行くことになった。龍也の傍らには恋人でもあり、アシスタントでもあり、晴れて作曲家として籍を置くことができた七海春歌を同行させての挨拶となったのだが、その帰りの車中、龍也は腹の底でじりじりと燻り続けるものを抱えたまま渋滞の道をかいくぐり、仮事務所となっている事務所寮のマンションまで辿り着いた。
 そう、正直不機嫌だった。
「運転お疲れ様でした。渋滞してたから時間ギリギリになってしまうかと思ったんですけど、なんとかなっちゃいましたね」
 春歌は肩にかけたバッグを下ろしながら安心したような笑みを見せる。
 時間は午後六時を回った頃。これからの時間は仕事も入ってはいないのだが、春歌が晴れてシャイニング事務所所属になれたこともあり、腐れ縁の月宮林檎をはじめ、一ノ瀬トキヤ、来栖翔、神宮寺レンの面々とこの部屋でお祝いをすることになったのだ。
 コンペを勝ち抜いた際にも元Sクラスの三人とは祝いの食事をしたのだが、仕事で参加できなかった林檎が「アタシだってハルちゃんのお祝いしたいの! 可愛い教え子が今度は後輩になることだし、それに、事務所の事をこなしながら曲作りを頑張った彼女のことを思いっきり褒めてあげなきゃ!」と言い張り、無理やり今日という日にセッティングをしたのだった。駆け出しの若手三人と現役トップを走るアイドルのスケジュールがよくもまあぴたりと合ったものだ。
 飲み物や食べ物の類は勿論林檎が用意するようで、「アタシに任せて! しっかり買い込んでくるわぁ」と言っていたが、帰ってきても明かりもついておらずがらんとしたこの部屋。この分ではまだ姿を現しそうにない。まあ、時間まで三十分以上もあるし、ギリギリ行動が多々ある林檎を思えば納得できる。事務所に辿りつくまでの間に電話がかかってきたが、おそらくギリギリ登場を前提としたご機嫌取りの一種だろう。
 ――それはさておき、だ。
 先程までの挨拶兼打合せを思い出してはどっと深いため息がこぼれる。
「お疲れのようですね。コーヒーでも用意しましょうか」
 春歌がスーツの腕を軽くまくってキッチンへと向かおうとするところ、龍也はそれを止めた。どうせ時間も経たずに騒がしい一団がやって来るのだし、飲み物はその時で十分だ。
「あ、いや、飲み物なんていいんだ。大物目の前にしてお前も気を張って疲れただろう、今のうち少し休んどけ」
 どっしりと座り込んだソファーの隣を軽く叩く。
「はぁ……。やけに疲れたな」
 目元を手のひらで覆って天井を仰ぐ。
 疲れた原因は自分で良くわかっている。
 ――くそ、あのジジイのせいだ!
 ジジイとはイコール、打合せの相手だったプロデューサーのことだ。
 とりあえず今の時点で不機嫌を前面に出しているつもりなどまったくなかった。けれど、深く吐いたため息で感じ取ったのか、春歌が遠慮がちに声をかけてくる。
「あの、わたし……何かしてしまったのでしょうか」
「ん? 何をやったんだ?」
 何のことだとネクタイを緩めながら龍也が尋ね返すと、傍らへと歩み寄った春歌が戸惑った表情を見せる。
「いえ、それが自分ではわからなくて。その……日向先生、なんだか少し怒っていらっしゃるように見えたので。打合せが終わってから口数少なかったから、わたし何か悪い対応をしてしまったのかと心配になったんです。あの監督さんってなかなか難しい方だとおっしゃっていたので、機嫌を損ねるようなことをしてしまったのかと」
 しゅんとする春歌を見て、龍也はしまったと思った。感付かれないようできる限り感情を抑えていたつもりだったのだが、それが見事に伝わっていただなんて。
 まさか気づかれまいと年下の彼女を甘く見ていた所もあるが、甘かったのは自分の方だった。
「怒る!? お前に? っつーか、そんなに機嫌悪そうに見えたんか」
「ええ。その、ちょっとだけ」
 それを聞いて龍也は頭をがしがしと掻いた。
「くそ、みっともねぇなあ……」
「や、やっぱりわたしなんですね!? あの、あの……っ、悪いところがあったら言ってください! と言っても帰ってきてしまった今じゃ取り返しつかないかもしれませんが、今ならまだ先方にもお詫びの――」
 表情にはっきりと焦りの色を浮かべる春歌がバッグから携帯を取り出す。この調子では本当に先方の事務所に連絡を入れそうな勢いだ。それを止めるべく龍也は春歌の携帯を奪い、両腕をギュっと掴む。
「お前は何も悪かねえよ! その……アレだ。逆に、嫌な思いをさせちまったんじゃないかと俺は……」
「嫌な思い、ですか?」
 まじまじと見つめられ言葉に詰まるが、このまま黙っていても彼女が余計気を使うだけだ。
「あのプロデューサーのこと、どう思った」
「どうと言われましても、特には」
 ぽやんとした表情で小首を傾げているので遠慮と言ったものはないだろう。というか彼女は気づいていなかったのだろうか。頭からつま先までじっとりと見つめていたあのいやらしい視線。一度だけじゃない、席に着いてからというもの、話の最中であろうがお構いなしにあの不躾な視線をしつこく春歌に送っていた。
「随分と若いアシスタントですな」
「ええ。つい最近正式にうちの事務所の作曲家になったのですが、何分人手が足りずアシスタントも兼任しております」
 プロデューサーにそう答えると春歌が「社会経験も乏しく、右も左もわからない不束者ですが今後ともどうぞよろしくお願いします」と深々と頭を下げる。
「ほぅ……これは色々と教え甲斐もありそうですなあ。見た感じまだ十代のように見えますが」
「は、はい。十六歳です」
「世間では高校生ってところですか。いいですねえ、このように若いアシスタントさんも。うんうん、いいねえ」
 と再度じろじろ眺めては下卑た笑みを浮かべている。このクソジジイ見るんじゃねえと龍也は心の中で思いつつもそれをぐっと堪えてなんとか最後まで話を繋ぎ通したが、春歌に向けられるあの視線が気が気でなく、いつもより随分と神経を尖らせた。その分、疲労感も今になってどっと押し寄せてきている。
「なんとも感じてないんならいいんだ。忘れてくれ」
「忘れろって言われても気になります」
「別に大したことじゃねえから、な?」
「それなのに不機嫌だったんですか?」
「いや、まあ……」
 と口ごもったところで急に顔を覗かれて驚いた。それも
「……龍也?」
 と不意に仕事モードをオフにして名前を呼ぶものだから戸惑いを隠せるわけもなく、龍也は「あああっ、くそ!」と吐き捨てて彼女のウエストを引き寄せた。腹部に額を押し付けているだけとはいえ、半ばしがみついているに等しいこの格好。
 なんだまるでこっちが年下みてえだなと気恥ずかしさを感じるものの、この年下の彼女は意識しているのかしていないのか、なんだか妙なところで「女」らしくて最近困る。今だってそうだ。なんでこう、諭すような柔らかい、だけどどこか甘ったるい声で「龍也」と呼ぶのか。
 仕事とプライベート、この二つをいっぺんにこの部屋に持ち込まないように心に決めていたのにこの体たらく。
「……あンのプロデューサー、どういう目でお前の事見てたか知ってるか!? つま先からてっぺんまでジロジロ見やがって。品定めなんてしてんじゃねーよ。それも一度じゃねーんだぞ何度もだ。セクハラだあの目! ったく未成年になんて目ェ向けてんだ」
 それを言ったら自分もか、と思うものの、自分とあの男を同類だなどと思いたくもない。
 ――俺はあんなにやらしくねえ!
 と思うものの、いつかは一線とやらを超える日が来ると思うとますます複雑な思いが絡んでいく。今はまだいい。恋人とはいえど、「未成年」という枷があるから理性が我慢の限度を超えずに済んでいる。……まあ、かろうじて超えずに済んでいるだけだが。
「そ、そんなに見られてるという意識はなかったんですが」
「いーや見てた。こんなことならスーツの仕立てをスカートじゃなくパンツスーツにすりゃよかったか? いやいやそういう問題じゃねえよな」
 だからと言って連れて歩かないわけにはいかないしな。そうだよな仕事なんだからな、仕事じゃねーかと自分自身に言い聞かせるように呟いていると、笑い声と共に彼女の腹部が動いた。
「そうですよ、お仕事なんですからわたし、それぐらい我慢できます。大丈夫です。というか心配性なんですね、龍也」
「おい、お前なぁ、人が本気で心配してんのに何笑って――」
 顔を上げて軽く睨んでやろうと思ったその瞬間、不意に額に唇の感触が。
 何をされたか理解するのに時間を要したが、どんなに考えても額にキスをされたという答えにしか行きつかない。
 目を丸くして春歌を見つめると、彼女は照れくさそうに笑った。
「なんか、ちょっとだけ可愛いとか思っちゃいました。……すみません」
 いいか日向龍也、こいつにはまだ手を出すな。
 相手は未成年で自分より年下だぞ。
 第一テメエはアイドルで、どこからどう見たっていい大人だろ。
 彼女が心だけでなく体も育つまで待つ、育てていくと言ったのはどの口だ。
「きゃ……! ち、ちょっと、龍也!?」
 ――どの口もなにも、この口だ。
 あっという間に我慢のメーターが振り切れる情けない理性だが、体面など気にしてなどいられる余裕などどこにもなく、あっという間に組み敷いた彼女の唇に、自分の唇を少々乱暴に押し付けた。
 下手に怖がられでもしたらと躊躇っていたけれど、いつもより長く深い口づけをすると、息が持たなくなったのか春歌の手が懇願するように龍也の背中のシャツを引っ張る。
「りゅ、や、……っは」
 それに応えるように一瞬だけ唇を開くが押し当てたのはそのままだ。もう一度柔らかい感触を確かめ吐息を絡ませる。少ししか息ができなかったからか、潤んだ目が自分を少しだけ非難するように見つめる。
「く、苦しかった……のに」
 荒く息を吐いてその表情は反則だ。おまけに丁寧語がすっかり抜けている。たったそれだけなのに理性がまたグラグラと激しく揺れる。
「大人を可愛いなんて言った罰だ。……子供のくせに」
 気取って、それもなんとか大人の体裁をぎりぎりのところで保って言ったものの、本当ならこのまま先を続けたいくらいの衝動が熱を帯びたまま体の中に残っている。
「あ……。またそれですか」
「まんまのことだろーが」
 子供のくせに、とは我ながらいい逃げ口上。その子供にどれだけ翻弄されているだろう。子供だとばかり思っていたけれど、気がついたら一人の女性にしか見えなかったくせに今更何が子供だ。
 頬を上気させた春歌は、珍しく拗ねたようにこちらを見上げる。珍しいもんだと見つめると、彼女は視線を逸らさず宣言する。
「い、今は子供でも……いつか絶対に龍也を誘惑できる大人の女性になって見せます! キスだって、今よりじょ……上手になるんです!」
 言って恥ずかしいのか、顔をばっと両手で覆い、さらに宣言を続ける。
「今は子供ですけど! どこもかしこも子供でそれは否定できませんけどっ! でも、なるって決めたら、なりますっ! 見ていてください!」
 大人っぽい女の人にもなって、龍也に歌ってもらえるような作曲家にもなって、ちゃんとした彼女さんになるんです。
 と春歌は続けた。
 少女の夢はどうやら限りなく続くらしい。彼女が夢を叶えて行く様を誰よりもそばで見られると思うと、それだけで頬が緩む。彼女の夢の焦点が自分にあるのだと思うと、この宣言が愛しくてたまらない。
 ――ああ、本当に駄目だなこりゃ。
 本当の自分を見せても逃げなかった春歌。そんな彼女を好きになってしまうだろうと観念したのがほんの最近のこと。
 そして今回だ。時間をかけてゆっくりと、だなんてきっと無理な話かもしれない。
 日向龍也はこんなに情けないはずじゃなかったんだけどな、と心うちで呟きつつ苦笑する。
「良い啖呵だな」
「ケンカ上等です!」
 顔をくしゃっと崩して笑う春歌が本当に可愛かった。
「バーッカ! キスぐらいでふにゃふにゃしてるやつがナマ言ってんじゃねえよ」
 体を起こし、春歌の額を指でノックするように軽く小突くと、「痛いですよ〜」と彼女も体を起こす。乱れた髪を指で梳いてやりながらも、最後に一つ唇を奪う。
「子供だろうが大人だろうが、ずっとお前のそばで見守っててやるよ」
「龍也……」
「お前の全部を見ていいのは、俺だけだ」
「……はい」
「それと、こういう世界で互いに生きていくんだ、今日みたいな野郎も現れるだろうし、姑息な手を使ってくる奴だっているはずだ。そういう時は一人で立ち向かおうとしないで、俺を頼れ」
 今はまだアシスタントとして共に行動をしているが、やがて一人前になれば単独で現場に出向き、社会人として、何より業界人としての立ち振る舞いが必要となる。
 けれど、全てを一人で背負い込む必要などないのだ。一個人を守るために会社があり、上司がいるのだから。その上司とは、もちろん自分だ。勿論、そこには恋人としての色も混じってはいるが。
「いざとなったら飛んで行ってやる」
「本当ですか?」
「ああ、どこにでも行く。お前のためにな」
「ありがとうございます」
 嬉しそうに目を細める春歌の髪を撫で、もう一度キスをしようと柔らかな頬に手を伸ばした――その時だった。
 「今よッ!」という言葉と共に突如、「パーン!」という何かの破裂音が四回ほど立て続けに鳴った。
「うおッ!? な、なんだっ!? なんなんだよっ!」
 咄嗟に春歌を胸に抱き庇うと、階段の踊り場のあたりから四つほど頭が見えた。階段からずるずると延びているのは、さっきの音の正体であろうクラッカーの残骸。こんなもの用意したからには何かを祝おうとしていたのは明らかで、となるとどの面子が揃っているのかも容易に想像がつく。第一この事務所の鍵を自由に開けられる人物は数えるほどしかいない。社長であるシャイニング早乙女と龍也、春歌、そして――。
「林檎ッ、お前だろ! 今すぐ出てこいッ! つーか残り三つの頭は、一ノ瀬、神宮寺、来栖かっ! お前らもまとめて出てきやがれっ!」
「ええっ、み、みなさんいらしてたんですかっ!?」
 龍也が怒号を発すると、階段の陰から「きゃはっ」と笑いながら出てくるロングヘアーの見あきた顔――林檎と、罰悪そうな三人組が「……どうするつもりですか」「どうするっていってもねえ?」「み、見つかっちまったし!」と口々に現れる。
「んもう、龍也ったらぁ! あのまま何かおっぱじめたらどうしようかってハラハラしちゃったじゃないの〜! キャー、やだぁ!」
 口調はまるっきり乙女だが、バシーンと叩かれた背中は思い切り痛い。さすが男の力なだけはある。
「おまえ〜っ、い、つ、か、ら、そこにいたんだよ!」
 握りしめた拳が怒りでわなわなと震える。ちらっと春歌を見れば、恥ずかしさからか耳も顔も真っ赤にして俯いている。
「えっとぉ?」
 とぼけた風に視線を一ノ瀬へと向けると、それを受けた一ノ瀬は渋面で「お二人が帰って来る前から。つまり最初からです」と簡潔に答えた。それを繋げるようにして神宮寺が笑みを浮かべる。
「まさか、龍也さんとレディのラブシーンが見られるとは思わなかったな。だってここ、仮にも今は事務所なわけだしね。まさにオフィスラブ?」
 ウィンクと、指先で描くハートマークなど今は無用だ。
「そうだよなぁ……って! おっ、お、おおおおおお俺はあんま見てねえし! つか、でっかいのが二人いて見られなかったし! そうだ、そう! 見られなかったんだ!」
「でっかいのとは私とレンのことですか? 失礼な。私はそんなに身を乗り出した覚えはありませんね」
「嘘つけ、イッチー。いつかの参考までに、なんていかにもなこと言って食い入るように見てたのをオレは見逃さないぜ? それにおチビちゃんも隙間から一生懸命見てただろ」
 見てねぇえええ! いーや見てたよな? 見てましたよ、とわあわあ喚いているのはこの際やかましいので放っておくとする。そんな龍也の横腹を林檎がとがった肘で派手に突く。
「油断も隙もない」
「いてッ!」
「一度電話入れたでしょ、アタシ。あれはね、アンタたちを驚かそうと思って現在地確認をしたんだけど、その時点でおかしいって気が付かなかったのぉ?」
 言われてみれば事務所に向かう途中、林檎から「今どこなの?」と連絡があったことを思い出す。けれどあの時はプロデューサーの一件が頭にあったので気にも留めていなかったのだ。
 思い出せば出すほど、あの時の林檎の声はいつも以上に弾んでいた。それも、悪だくみをする前のあの浮かれた声とまったく同じだった。
「言われてみれば、あの浮かれた声……っ! くそっ!」
「龍也、アウトー!」
「アウトじゃねえよ、このバカ!」
 その頭を小突こうと拳を振り上げたのだが、いや〜ん、と春歌の背後へと回り込む。
「まあ、でも……色々あったみたいだから、龍也の気持ちもわからなくはないわね。ね、ハルちゃん」
「えっ!? は、はい?」
「それにこんなカーワイイ恋人ができたらメロメロになるのはとーってもよくわかるけど」
 だ、け、ど、と人差し指を立てて左右へと振る。
「龍也がっつき過ぎ! んもう、本当にハラハラしたんだから! あのまま何か始まっちゃったらどのタイミングで出たらいいかわからないじゃない」
 その言葉を聞いて、龍也は最後にひとかけら残っていた自分の理性を称賛したい気持ちになった。あのまま自分に負けて欲情のままに走っていたらと思うとゾッとする。
 一ノ瀬をはじめとする三人へと鋭い視線をくれてやると、三人はぎこちなく視線を逸らして誤魔化そうとしている。
 元々は事務所で春歌を押し倒した自分が悪いのだが、彼らと同じ男だからよくわかる。おそらく、いったんそういう場を目の当りにしたら止めるタイミングもくそもなかっただろう、と。
 ――んなの一部始終見学されてたまるかッ! あぶねえ……マジであぶねえ……。っていうか、やっぱり段々腹が立ってきたぞコイツら……!
「久々にキレた……」
 声を震わせて言うと、林檎を筆頭に男性陣の「へっ?」という間の抜けた声が揃う。
「頭にきたつってんだよ! ……愛は見せモンじゃねえんだよ、ンの野郎共ッ!」
「ま、待って龍也! そ、そうっ、おなかがすいたからキレやすいのよっ! ちょっ、ちょ〜っと待ってて!」
 ただならぬ気配を感じたのか林檎が慌てて階段へと走り去り、それから腕一杯に荷物を持って降りてきた。
「え、えっとぉ〜、龍也っ、ピザよピザ! それも超〜特大林檎スペシャル! あとはお肉も買ってきたし!」
「お前……俺を餌で釣ろうとすんなっ!」
「バランスよくサラダもあります」
 真面目な顔で一ノ瀬がさらりと言う。
「ビ、ビールも買ってきたぜ、日向先生っ! な、何なら俺がお注ぎします〜!」
 来栖もびくびくしながらご機嫌伺いをする。
「オレからはワインを。あとはレディのためにスイーツも買ってきたよ」
 龍也の背後にいる春歌へとウィンクを一つ。
 ――駄目だこいつは。俺だけじゃなく春歌の気を引こうとしてやがる。
 本来なら有難い持参品を口ぐちに並べて言うが、それでもけじめはけじめだ。
 大きく息を吸い込み、久しぶりに腹の底から声をだした。
「っの、バカ野郎どもがーーーーッ! 表に出ろゴラァーーー!」
 ――なんで、こうなった! どうして最後の最後に邪魔が入るんだチクショウ! 折角良い雰囲気でまとまりそうだったのに!
 その情けない言葉たちは心のうちに秘めつつ、怒号を合図に賑やかな宴はこれから始まる。






End.


******************
…と本文は↑までで終わりだったのですが、以下は入れようか入れまいか迷ったエピソードです。
【リューヤサーンと春歌はいつ一線とやらを越えられるか】がテーマだったのですが、まとまりがなくなるためカットしました(笑)
途中からなので、なんとなくの雰囲気で察して頂ければ幸いです。


「私は、七海君のあの愛らしさからすると半年が限度かと」
「へえ? イッチーは案外我慢できないタイプなのかな?」
「な、なぜそこで私の話になるんですか。日向さんのことですよ」
「まあいいから。イッチーの我慢の導火線は案外短いということで置いといて。オレは一年と見たよ」
「うーん、あの日向龍也だろ? 俺は二年! 先生ならそれぐらい余裕だって!」
 なんとなくハードルを上げられている気がしないでもない。というか、それまでお姫様に触れてくれるなというわけか。
「おまえらな……」
「アタシは、ハルちゃんのハタチの誕生日までっ!」
 ピッと挙手をして林檎が活き活きと答えると、不意に場がしん、と静まる。それぞれの表情を見ると明らかに同情の色が浮かんでいる。
 ――あと少しで十七としても……二十歳、ですか。
 ――いくらなんでもそれは長すぎやしないかい?
 ――お、俺もそう……思うかな。
 そんな空気が流れる中、林檎が明るい声で続ける。
「大丈夫よぉ、龍也! まだ男としてなんとかなるわよ、なんとか! 枯れてない枯れてない!」
「人をジジイみたいに言うなっ!」


という流れをもうちょい肉付けして入れようと思っていました(笑)
お付き合いくださりありがとうございました!

End.
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