Starry☆Sky

溶けないアイス【白鳥&月子】



 ゆらゆらと校舎が陽炎で揺れるのを白鳥はうんざりとした表情で見つめる。
 手にはアイスを持ち、首には冷やしたタオルをかけているけれど体内の温度は簡単には下がらず、弓道場脇の水道で白鳥と同じような表情を浮かべている二人――犬飼と小熊に、独り言の延長上にあるような言葉を漏らす。
「暑い〜。アイスが溶ける〜……」
 言ってるそばから、ソーダアイスのブルーの滴が乾いたアスファルトに吸い込まれていく。半分裏返っている白鳥の声に、犬飼はアイスを齧りながらこちらを見ずに呟く。
「俺らも溶けそ〜だ〜……。あー、クソ暑いぜまったく」
「あと半月で九月だなんて信じられないですよね。それに、明後日がインターハイだなんてもっと信じられません」
 小熊がタオルで額をぬぐっては、燦々と光を降り注ぐ眩しい太陽を仰ぎ見る。小熊の言うとおり、明後日はいよいよインターハイ、いわゆる高校生弓道の全国大会当日だ。これまで毎日練習してきたのも、合宿をしてきたのもこの日のためにある。
 白鳥は隣に座る犬飼や部長の金久保、同級生の宮地、一年生ながらにその実力はトップクラスの木ノ瀬らと共に団体戦に参加をすることになっている。
 弓道部に入部した原因は別にインターハイ優勝などという華々しい物を狙ったわけではなく、「ただなんとなく」。そして学園の生徒では紅一点の夜久月子が入部したと聞いたから、彼女目当てに白鳥も入部したまでだ。それが今ではインターハイに出場するだけでなく、頂上を目指そうという闘志に燃える立場にいるのだから不思議なものだ。
 元々こんな熱血じみた性格はしていなかったはずなのにと苦笑したいところなのだが、やはり高校生の頂点に立てるかもしれないというチャンスが巡ってくれば、こんな自分でも内から湧き上がる何かがあるらしい。休憩中の今はだらけていても、練習となれば自然と身が引き締まるし、雑念も飛んで集中力が増していく。
「明後日か……」
 ぽつりと呟くと、すでにアイスはなく棒だけになったものを咥えて犬飼がもごもごと呟く。
「マジで大舞台だな。今回は優勝狙えっかな……じゃなくて、狙うのみってとこだな」
「はい! 僕も皆さんのこと目いっぱい応援してますから、頑張ってください!」
 両手をぐっと握り締め、白鳥や犬飼にも負けない闘志を小熊はその目に色濃くしている。
「よーし小熊、応援たのんだぞー。俺らはその期待に応えるべく力を発揮するだけだ」
 犬飼がにやりと笑って小熊を見る。白鳥も同じようにして笑みを向けたのだけど、上手く笑えているか自信がない。言葉にすればするほど、また「頑張る」と前向きな言葉を言うほどプレッシャーを感じてしまう。メンタル的な面での弱さが今頃になって表れてくるから厄介だ。
 これじゃまずいと思えば思うほど変に胸が落ち着かなくなる。冗談でも言っていつものように笑い飛ばせればいいのだけど、そんな余裕は今の自分にはない。それこそ情けないくらいに。
「さて、と。アイスも食ったしもう一頑張りだな。……と、どうした白鳥?」
 目ざとく犬飼に気づかれてしまったけれど、白鳥は慌てて首を振って笑った。緊張感――こればかりは誰にも助けを求めることができないし、勿論、頼ることもできないからだ。
「ん? い、いや、なんでもない。てか、先に戻っててくれ。俺、口の中にまだアイスの甘ったるさが残ってるから水飲んでから行く」
 ヒラヒラと手を振ると、二人は「早く来いよー」、「わかりました」とそれぞれに返事をして道場の中へと姿を消す。
 一人残った白鳥は、ふう、とため息を吐いては燦々と降り注ぐ太陽の日差しを仰ぎ、それから瞼を閉じた。瞼には眩しい太陽の残像。チカチカするくらいだ。
 ――やるしかないんだ、やるしか! 初めての団体戦……それも全国。って、ヤバイ、ますます緊張するじゃないか……!
 うるさく騒ぐ胸の鼓動を何とか鎮めようと、ふと思い出した深呼吸を試してみる。
 深く息を吸い込んでから大きく吐き出す。それを三回ほど試す。
 念のためにもう一度やっておこうか、と思ったときだった。右手の指先に何か液体がかかっているような感覚。そしてその指先は妙にべたべたする。見ると溶けたソーダアイスが滴り落ち、指を青く濡らしていた。
「あっ、アイスがっ! うおおお、べたべたするっ! ってか勿体なっ!」
 殆ど溶けてしまったアイスの棒を持ったまま顔を顰め、そのまま水道で手を洗い流そうとしたのだが、カランを捻ったところで見慣れない文字をその平たい棒に見つけた。
 いつもは真っ白なはずのその平面だが、ゆっくりと文字を音読して驚く。
「へ……? あ、たり……」
 焼き押しされたような薄茶の文字はそう記してある。
 幼い頃から何度となくこの手の当たりつき商品を購入しているが、今まで当たった事は数えるほどで、ガムや酢漬けのイカ程度だった。
「あ、当たり!? えっ、えっ、えっマジで!?」
 かろうじて残っている溶けかけのアイスを一気に口にし、水道でその棒を丁寧に洗う。まるで宝物でも見つけたように嬉しい気持ちになるのが子供じみてて恥ずかしくもあるが、それを上回るのはなかなかお目にかかれない三文字を見つけた喜びだった。
 インターハイを明後日に控えた今、こうした縁起が良いものを見ると単純だがやる気に拍車がかかる。さっきまでプレッシャーや緊張感でざわついていた気持ちが簡単に浮上する。
 丁寧に洗った当たり棒をじっと見つめ、それからぎゅっと手で握りしめる。
 明日も練習はあるし、天気予報では暫く真夏日が続くと言っていた。景気付けに明日交換して食べてしまおうかとも少し考えたが、当たりの棒が手から離れてしまうとご利益までなくなってしまうような気がする。
 ――よし、じゃあ試合が終わったら交換して食べるぞ〜!
 一人、にんまりと笑みを浮かべたところで道場からは「練習を再開するぞ!」と気合の入った副部長の声がする。
 首に掛けてあるタオルを外し、軽くくるくるとまとめた中にアイスの棒を隠す。
 絶対になくすもんかと心に誓い、白鳥は道場へと急いで足を運んだ。
 アイスの当たり棒で簡単に浮上する気持ち。確かにお手軽だけど、それでも不意に舞い込んできた小さな幸運に背中を押されたような気がする。
 今まで積み重ねてきた努力に加え、運が味方をしてくれるかもしれないと。


 茜色だった空がすっかり濃紺へと変わり、星が多く瞬き始めた頃、今日の練習は終了という金久保の声で弓を握る皆の手が止まる。
 気がつけば道場を開けていられるぎりぎりの時間となっており、下手をしたら夕飯を逃してしまう頃だった。それぞれが手早く片づけをし始め、白鳥も自分の弓を片付けて更衣室へと足を向けるのだが、少し歩きだしたとき背後から声を掛けられた。
「白鳥君、落し物だよ」
 白鳥にとっては鈴の音のようなその声。振り返るよりも早く鼓動が一つ大きく跳ねる。引き上げようと共にダラダラ歩いていた犬飼は意味ありげな笑みを見せて「お疲れさん」と自分の隣を通り過ぎ、小熊もそれに従うようにして更衣室へと歩いていく。
「え……俺!? や、夜久な、なんだ?」
 もともとそれほど部員数も多くないので、道場からはあっという間に人がいなくなる。
 ドキドキする胸の鼓動はそのままに振り返ると、声の主――夜久月子が小さな棒きれを手にし、腕を真っ直ぐにして白鳥へと向けている。
「これ、白鳥君のでしょ?」
 確かに見覚えがあった。当たりと書いてあるのは休憩のときに初めて見た文字だ。
 けれど、なくさないようタオルにはさんでいたはずなのに――と、手にあるタオルをバサバサと広げてみるが当たり棒はおろか糸くず一つ落ちてこない。
「な、ない! えっ、やっぱり俺かっ?」
「白鳥君のタオルから落ちてくのを見たから間違いないと思うよ」
 にっこりと笑みを向けられ、白鳥は躊躇いがちに彼女の手にある棒を受け取る。
「そ、そっか。拾ってくれてありがとな。それ……昼間アイス食べた時のやつなんだ。実は当たり出たのって初めてでさ」
 照れ隠しに笑うと月子はすごいね、と嬉しそうな笑顔で自分を見る。
「私もアイスの当たりって見たことないんだ。だからそれを見つけたとき嬉しくなっちゃった」
「へぇ……そ、そうなのか?」
「うん。前も部長たちとそんな話しになったんだけど、梓君は『僕、よく当たるんです』ってなんともなさそうだし、宮地君は食べてる数も多いみたいだから何回か当たった事があるんだって。部長は食べるたびに当たってるっていうから……神わざっていうのかな?」
「毎回っ!? さすが部長だ……」
 仏か菩薩かというような金久保の笑顔が浮かび、一瞬拝みたい気持ちになる。
「ふふっ、だよね。でも私は全然だめ。去年の夏も食べるたびに期待してたんだけど当たらなくて、今年も全然。だから羨ましいよ」
 当たりの他に何が書かれてあるの? と手元を覗き込まれ、急に近くなったこの距離に更に胸の鼓動が早まるが、平然を装って彼女と共に小さな棒を見つめる。
「大当たり! 幸運のおすそ分け! ……だってさ。なんか縁起がいいよな」
 白鳥が小さく笑うと、月子は「うん」と頷く。
「インターハイ、明後日だもんね。きっとご利益あるよ」
「えぇ〜、アイスのか〜?」
 真面目に言う月子の横顔がなんだかやけに可愛らしく、ついつい吹き出してしまう。
「あっ、笑った! でも馬鹿にできないかもよ?」
 少し恥ずかしかったのか頬を赤らめている月子に、白鳥は目を細める。
「インターハイだもんな。運でもご利益でもなんでもいいや、勝ちたいよな。夜久もずっと頑張ってきたんだ、優勝狙っていけよ」
「うん。今までやってきたことを信じて頑張るよ。いい成績残して男子の団体戦に繋げるから、白鳥君よろしくね」
 いつものように明るく笑う月子を見て、白鳥は昼間の自分が少しだけ恥ずかしくなった。メンタルに弱いなどと理由をつけてどこか逃げ腰でいた。誰も置かれている立場は同じだし、月子に至っては女子一人ということもあり個人戦になるというのに。
 ――怖くないのか、夜久は。
 ふと思い、彼女に問い掛けてみる。
「なあ、怖く……ないのか? 緊張とか、上手くいかなかったらどうしようとか、周りのプレッシャーとかさ」
 去年のこの季節、彼女があまりいい成績を残せなかったことは白鳥も覚えている。休むことなく毎日ひたすら練習をし、遅くまで頑張っていた姿は白鳥だけでなく他の部員も良く知っていた。けれど弓道を始めて間もないこともあり、技術は勿論だが、気負いや焦りといったメンタル的なことも影響してか、予選では敗退。良い記録を残すことができなかった。
 皆の前では無理をして笑っていたけれど、次の日少しだけ腫れている目元を見て気づいた。彼女は誰も見ていないところできっと悔し涙をたくさん流したんだろう、と。
 それでも結果を受け止め、投げ出すことなく練習に精を出すその姿勢に白鳥はいつも目を奪われていた。
 彼女はただ可愛いだけの女の子じゃない。穏やかそうに見えても実は案外負けず嫌いなところがあったり、意外と根性があり打たれ強かったりもする。部活という限られた時間だけど、一緒に過ごしていてそれに気がついた。
 勝手に思い描いていた彼女像が面白いようにどんどん変わっていく。そして、学園唯一の女子生徒という物珍しさからくる興味本位の視線は、いつの間にか恋というものへと名が変わり、彼女を目で追う回数が日増しに増えていったのだった。
 そんな頑張り屋の彼女が掴んだインターハイへの切符だ。無事に予選を突破したとはいえ、去年の敗退のことも多少は頭に残っているのではないだろうか。
 言葉にしないそんな気持ちを読んだのか、じっと白鳥を見つめる月子が、瞳にある光を僅かに揺らして静かに言葉を紡ぐ。
「……うん。いろいろ考えちゃうこともあるよ。去年が散々な結果だったし、それにインターハイとなったらやっぱり特別だもん。全国大会って誰もが努力してきた人ばかりでしょ? 簡単に勝てるとは思っていないよ。でも、他の人がたくさん練習をしてきたように私だってインターハイ目指して頑張ってきた。だから、あとは自分を信じて頑張るだけだと思う。思い描いている弓を自分なりに表すだけかな」
 真っ直ぐな目をして凛と言い切ったあと、月子は小さく笑った。
「それと、神頼みならぬアイス頼み……かな? ちょっとかっこいいこと言いすぎちゃったけど、私にもちょっとだけ白鳥君の当たり運分けてね。実は――」
 神妙な顔をした月子がちょっとだけ顔を寄せる。
「う、うん?」
 ――ちょっと顔が近いだけでドキドキすんな俺!
 という心の叫びを懸命に押し隠して耳を傾けると、月子は途端にその表情をふにゃっと崩す。
「すごく緊張してる! アイスの神様にもすがりたいくらい!」
「え……あ、アイスの神様?」
 思いもせず登場した神様の名前に目を丸くすると、彼女は「……だめかな?」と小首を傾げる。その可愛さにまたも目を奪われたのだが、ハッと我に返り、慌ててぶるぶると首を振る。
「へっ!? い、いっ、いやいやいやいや、ダメなんかじゃない! も、勿論っ! こんな俺の当たり運でよかったらいくらでも夜久に!」
 言葉にも、ぎゅっと握った掌にも力を込めた時、手の中にある某の感触を今更ながらに思い出す。
 そして、ふと思いついたことが一つ。
「えっと、あの……さ」
「なあに?」
「夜久、こんなんでよかったら、その……お守り代わりに持っててくれないかな」
 握りしめた小さな棒を月子の前に差し出す。
「えっ、白鳥君……それってどういう――」
 この突然のことを把握し切れていない風にぱちぱちと瞬きを繰り返していた彼女だったが、徐々にその目が大きく見開かれる。
「もらってくれよ、夜久」
「で、でもそれは白鳥君が当てたものだし、私がもらうわけにはいかないよ」
 断られることは明らかな様子。いっそのこと冗談にしてなかったことにしたい気持にもなったが、そんな自分を奮い立たせて言葉を続ける。
「そ、その、何か少しでも夜久の役に立てたらいいな〜なんて思ったりして、さ。部長みたいにこまやかな気遣いができるわけでもないし、かといって宮地のように力強く励ます言葉も見つからない。それに、木ノ瀬みたいに上手なアドバイスができるわけじゃないけど、でも……俺も夜久が頑張ってることすっごくよくわかってるし! 俺、そんな夜久のことすっごい応援してるし! イヤ、それしかできないっていうかさ……」
「白鳥君……」
「今年こそ、夜久が嬉しそうに笑うとこ見たいんだ! 俺、正直何ができるか自分でもよくわかんないけどさ、俺の小さな運一つで夜久の力になれるなら、これ、持ってて欲しい。いや、持っててくれないか」
 一気に言ったあとで『何を言ってんだよ俺! 意味不明だぁ〜! 時間よ戻ってくれぇええ〜!』と頭を抱えたい気持ちでいっぱいになったが、遠慮がちな月子の声がかすかに聞こえ、押し寄せた後悔の念が一瞬ぴたりと止まる。
「貰っちゃうことはできないけど、それ……借りてもいいかな」
「へっ!?」
 今度目を丸くしたのは白鳥で、照れくさそうに笑っている月子をまじまじと見つめる。
「それをお守り代わりにして個人戦頑張るよ。先陣切って頑張るから、そのあとは白鳥君が持ってて。当たりを団体戦まで繋げるから、必ず!」
 白鳥の手から小さな当たり棒を受け取り、月子は明るい笑顔を見せる。その笑顔は本当に勝利を手にできそうな程眩しいもので、白鳥もつられて笑顔になる。
 やっぱり彼女は太陽のようだと思う。真夏のじりじりと照りつける厳しい太陽じゃなくて、明るく心を照らす太陽。
「……凄いな。夜久が言うと本当にそうなりそう」
「えっ? そ、そうかな?」
「うん。だから、それ夜久に預けとくよ。お前に持っててもらえるならなんでもいいかな、なんてさ!」
 本当はあげてしまってもいいと思っていた。自分の小さな幸せが彼女の励みになるのなら構わないと思っていたのに、彼女は勝利を繋げると笑った。
 ――なんか、凄く嬉しいや。
 胸の奥が妙にこそばゆくて照れ笑いを浮かべると、目を細めて笑った月子が、その笑顔と同じくらいに無邪気な言葉を言う。
「ありがとう! じゃあ、優勝したら二人で祝杯ならぬ祝アイス食べようね」
「おう! ……って、はあっ!? ふ、ふふふふ二人でって俺とっ!? こっ、ここここの俺とかっ!?」
 驚きのあまり声が裏返る。それだけじゃなく思わず自分自身を指さして確認してしまったくらいだ。
「あ、ごめんね。二人が嫌ならみんなで――」
「ちょ、ちょっと待ったぁ! 二人でいい! っていうか二人がいい! 是非夜久と二人でっ! ……あ」
 とっさとはいえ連呼してしまったことにふと我に返るがすでに遅かった。月子は驚いたように白鳥を見上げ、それからちょっとだけ頬を赤らめて笑った。
 ――じゃあ、二人で。
 そう付け加えて気恥ずかしそうに首を傾げて。
 小さな当たり棒を胸の辺りで大事そうに握りしめた月子は「き、着替えなくちゃ、閉められちゃうかもしれないね!」と照れくさそうに言ってはそそくさとこの場を後にしようとするが、道場を出ていく間際に足を止め、白鳥を振り返る。
「えっと……約束だよ、白鳥君」
 幸せすぎて思考が追い付かない白鳥は、ぼんやりとした声で「うん」と返すが、彼女がいなくなったあとの誰もいない道場で「約束……。夜久と……俺……」と呟いたとき改めて幸せを実感した。
 じっとしてなんていられなくて思わずぎゅっと自分の体を抱きしめた程だが、それでも足りなくて言葉にならない歓声を上げては喜びをあらわにした。
 すでに着替えを終え、戸締りの確認をしに戻ってきた宮地には怪訝な顔つきをされたが、今はそんな宮地さえも抱きしめたくなるくらいだった。
「やった! やったぁ〜! インターハイ絶対に優勝するぞ〜、宮地ー!!」
 実際、本当に宮地に抱きついて早くも勝利宣言をする。
 突然抱きつかれた宮地はわけがわからないこの状況にうろたえ、「離れろっ、白鳥! うっとおしいから抱きつくな!」と声を荒げているが、そんな宮地の声もどこか遠くに聞こえるほど白鳥は喜びをかみしめていた。
 ――マジで勝つ。絶対に勝つんだぁあああ!
 弓道を始めた動機は不純。今でもさしてそれは変わらないが、勝ちたいという気持ちを持った今では始まりの意味などどうでもよくなる。
 やる気のスイッチは人それぞれ違うと思うが、白鳥にとってのやる気スイッチは間違いなく彼女だ。
 傍から見ればそんな理由で? と呆れられるかもしれないが、「そんな理由」が今の白鳥を動かす大事な動力なのだ。
 事実、二日後のインターハイでは見事に団体戦にて優勝を飾ることができた。勿論、女子個人戦に臨んだ夜久も優勝を得て、男女揃って全国制覇を成し遂げたのだった。
 練習に練習で明け暮れた夏休みだったが、今年の夏は間違いなく特別だ。
 それを強く実感したのはインターハイで優勝したあの日と、夏休みも残りあと僅かと迫った今日の日だ。
 すべてが茜色に染まる時間帯、学園内のベンチに座る影が二つ。勿論その影は白鳥と月子のものだ。
 改めて二人きりになると何を話していいのか戸惑うばかりだが、何かが変わっていきそうだと感じたのは、彼女も自分と同じように少し緊張して見えたから。
 白いシャツも制服もすべて夕陽が赤く染めている中、心なしか彼女の頬も僅かに色づいているように見えたのがなんだかこそばゆく、なによりそれぞれの手にある約束のソーダアイスがさらに胸の奥をくすぐる。
 彼女の分を奢り、二人きりで肩を並べて時を過ごす。
 アイスの神様とやらがもたらした至福のひとときに、白鳥は瞼を閉じて大きく息を吸い込む。
 胸に広がるのは独特のむっとした熱気だったけれど、そのあとに喉を通るのは冷たいアイス。
 ――このまま溶けなければいいのに。そうすれば、ずっと夜久と一緒にいられんのにな。
 そんなことを思うけれど、隣には美味しそうにアイスを食べる彼女がいる。
 こんなに近い距離に、すぐ。
「まぁ……いっか。……うん、今のままでも十分幸せだしさ」
 小さく小さく呟いた独り言は月子の耳にも届いていたみたいで、ふと彼女はこちらを見つめる。
「ん? なあに白鳥君。なにか言った?」
 幸せそうな笑顔。それがこんなに間近にある。
 今まで少し離れた距離にいたのが嘘みたいに近い。
 ――これ以上ねだったら、罰があたるよな。
「……いーや、なんでもなーい」
 笑って最後の一口を頬張ったとき、今までで一番の甘さが口に広がったような気がした。
 ひんやりとした冷たさはすぐに消えてしまったけれど、甘いソーダの味は心の中にいつまでも残るのだった。



End.
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