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ゴールデン・アイズ【翼×悠里】



 夕日さす教室に向かい合うようにして机の向きを変え、悠里と翼が並ぶ。
 それは放課後、補習時の決ったスタイルで、悠里が聖帝学園高等部に赴任してきてからのこの半年、そうして日々を過ごして来たのだが、木々の葉が黄色や赤へと代わり始めたこのごろでは、窓から差し込む日差しが少し眩しい。
 翼は日差しを背に受けるような位置にいるが、彼と向き合って机を並べている悠里のところには正面から直接光が入り込む。その眩しさに先程から悠里は何度も目を細める。
 いっそのことカーテンを閉めてしまえば早いのだが、肌寒くなり始めた近頃では、日差しの緩い暖かさはとても心地がよく、光を遮断してしまうのには些か気が引ける。
 けれどこのままでは真っ白なテキストに光が反射してさらに眩しく、何ともやりづらい。
 二列ほど隣に席をずらした方がいいのだろうか。
 でも真剣に問題を解いている翼の気を逸らすのは躊躇われる。
 ならやはりカーテンを引くべきだろうか――そんな小さなことを真剣に考えていると、目の前の翼がペンを走らせながら小さく笑みをこぼす。
「眩しいなら席をずらすか? さっきからお前の眉がうごめいているのが可笑しくてたまらん。どうにかしろ」
「む……。うごめく、じゃなくて顰めるです」
「どっちだって構わない。ホラ、いいからさっさと移動するぞ、先生」
 一つ息を吐き、翼がテキスト一式をたたみ始めるが悠里は待った、とそれを制する。
「そこ、日が差してあったかいから動くの勿体無いでしょ。いい、やっぱり私が動くから。……あっ、そうだ! 翼君の隣に移動すればいいのか! そうだ、そうすればよかったんだよ。なんで気づかなかったのかな」
 翼の左隣は窓に面しているので、机を少し寄せて右側へと悠里は移動する。最初からこうしておけばよかったのだが、ちょっとしたことというのは案外気づかないものなのかもしれない。
「うん。これでよし、と」
 ぴたりと机を寄せ、椅子を前に引いたところで再び補習の再開だ。向き合う形から横に並ぶ形へと変わり、なんとなくしっくりこない気もするが、それもやがては気にならなくなるだろう。
 それに何か教える時でも、同じ向きのほうが返ってやり易いかもしれない。簡単に手元が覗けるので、便利といえば便利だ。
 ――どれどれ早速。……あ、問三の漢字が間違ってる。それは竹冠じゃなくてウ冠。って、なんなのこの『見慣れないカンジがあるので回答できない』って。この漢字は小学五年生レベルじゃないの。……うわっ、『胡散臭い』がどうして『コチョウ(ラン?)くさい』なのよ! 間違っている上に括弧とラン? は余計なのよ! あぁ、やっぱり漢字がネックなのね、翼君……。
 国語を除く他の科目は右肩上がりなのだが、どうしても国語だけはなかなか成果が現れない。これでも大分よくなりつつはあるが、平均的レベルまで達するにはあと少し時間がかかりそうだ。
 何にせよ、すべての科目が悪いわけではないので、これから国語、特に読み書き重点に課題を出せば何とか克服できるだろう。実際、今日も翼のためにいくつか問題集を用意してきている。
 ――そう、元は悪くないのよ。いい線いってるの。……なんというか、某落語番組のように、座布団をあげられる方向にね……。でも、受験に座布団は必要ないのよね、残念だけど。
 フゥ、とため息を吐くと、隣の翼は低くうなり声を上げている。
「……っの、た〜ん〜に〜ん〜っ! 思っていることをすべて言葉にするなと何度言ったらわかる! ボウガイするなら補習は終わりだ!」
 ぼきり、とシャープペンの芯を折ったかと思うと、恐ろしく鋭い目つきで悠里を睨む。
 どうやら思っていたことは、また無意識の内に言葉となり零れ落ちていたようだ。
「あ、あら、オホホ〜? 悪気はないのよ?」
「HA! どうだかな」
 ペンを放り投げ、むくれて腕を組む翼だが、問題用紙はすべて文字が埋められている。
「あれっ、それよりもう終わっちゃったの?」
「Easyだからな?」
 ――そう言う割には間違ってます。
 というツッコミは心の中だけにし、ひょい、と覗き込んでは解答欄に一通り目を通す。
「……っ! た、担任、あまり近づくな!」
「仕方ないでしょ、答え合わせしてるんだから」
「ならちゃんと手にとってからやれ! オウチャクするな」
「さっき大半見ちゃったからあと少しなのよ。えっと、ここはよくてこれはだめ、と」
「まったく、聞いてるのか!」
 ぐっ、と声を詰まらせる翼を尻目に、悠里は赤ペン片手にチェックを入れていく。
 丸印とバツ印を交互に書き記していくが、かつてのバツばかりの答案よりは断然進歩している。
 いまだに困惑してしまうような答えはあれども、丸印が日ごと増えていくのは悠里にとっても嬉しいことであり、また、教え甲斐もあるというものだ。
 上機嫌になり思わず鼻うたなど歌ってしまう。
「フンフフン、フフーン。ふふっ、丸が多くなってきた。嬉しいな」
 最後の問題に大きく丸を書き、きゅっとペンのキャップを閉めると、翼が呆れたように呟く。
「お天気にハナウタとは」
「それ、ひょっとしなくても能天気って言いたいの?」
 翼の顔を覗き込むように尋ねると、彼はばつの悪そうな顔を一瞬だけ浮かべ、視線をさまよわせる。
「う……。結局頭の中が晴れてるなら同じだろう」
「お天気だっていいですよーだ。だって、嬉しいんだもん。ちゃんと補習している成果が表れてるな、って。翼君、頑張ってるもんね」
「……フン。お前が補習、補習だとうるさいからだ」
「まあまあ。――じゃあ、さてさてあとはこの課題を……」
 クリアフォルダの中から薄手の問題集を数冊取り出そうとすると、翼はその表情を途端に曇らせる。
「Wait! まだあるのか! な、なんだそのちょっとばかり厚みのあるヤツは。一枚、二枚、三枚……クッ、まだある!」
 苦虫を噛み潰したような翼に、悠里も同じように顔を歪める。
「それを言うなら一冊、二冊、三冊! まったく、番町皿屋敷ですか!」
「貧相な上にお岩ガールじゃ幸先暗いな、担任」
「誰がお岩だ! もうっ、これは今日じゃなくていいやつなの。自宅用の課題です。一気にやらずに少しずつでいいから頑張ろうね。……あ、ちなみにこれは提出しなくてもいいからね?」
 翼に差し出したのは階級が低めに設定されている漢字の検定問題集。読み書きが苦手なら、まずはここからだろう。
「課題以外にもコレをやるのか」
「翼君、やっぱり漢字が苦手でしょ? だから闇雲に問題を解くよりも、最初の段階が一番大切かなって思って。読み書きばかりの問題集だけど、毎日少しずつやれば、きっと読解力にも繋がると思うの。葛城先生も悪くない方法だ、って言っていたし」
「葛城? ホストめ。まったく、余計なお世話だ」
「もう、そういうこと言わないの。……っていうことで、少しずつ頑張ってみてよ。他の教科の課題もあるから、根を詰めすぎないようにね?」
 はいどうぞ、と笑顔で問題集の表紙に触れる悠里に、翼は何か言いたげな表情を見せるが、特に何を言うわけでもなくその視線を逸らす。
「ほらほら、課題ばかりだからって拗ねない、拗ねない」
 明るく言う悠里に、ふん、と息を吐いて翼は口を開く。
「別に拗ねてない。……っていうか」
「うん?」
「これは、オッサンが――」
「オッサン?」
「その……葛城が薦めたから、なのか?」
「えっ? それはどういう意味?」
 翼の言う意味がわからず何度か目を瞬かせると、彼は眉間に縦皺を一つ刻んで横を向いてしまう。
「あのホスト教師に言われたから、わざわざ持ってきたのかと言っている」
 低い声。妙に不機嫌になってしまった翼の態度に、さらにわけがわからなくなる。が、彼のご機嫌が簡単に傾くのはここ半年の付き合いで慣れたことなので、悠里は慌てることなく、なだめるようにして声をかける。
「葛城先生からはアドバイスを受けただけで、これは私が書店に行って選んできたの。いろんな問題集が並んでいるからどれがいいのか迷っちゃって、それで聞いただけよ」
 頬杖をつき、すっかり窓のほうへと顔を向けたまま翼は黙りこくっている。
 何に対してそんなにへそを曲げてしまったのかと思うのだが、今まで葛城の名前を出すたびに彼が不機嫌度が増していたことをふと思い出す。
 ――そこまで葛城先生のことが嫌いなのかな……? ずっと『オッサン』って呼んでるし。でも、最近よく職員室に来ては葛城先生のアタックからかばってくれてるのよね、翼君。徹底的に嫌いだったら、わざわざそんなことしないだろうし。うーん、謎よね。
「思うんだけど、翼君って葛城先生のことになると急に不機嫌になるよね」
「……ただ単に気に入らんからだ」
「どうして? いつも私に冗談ばかり言ってる先生だけど、いざと言うときは頼りになる先生だよ? ああ見えても私なんかよりよっぽどしっかりした先生なのに」
 首を傾げてなんとか顔を覗こうとするが、ますます顔を背けられてしまう。
「ねえ、聞いてる?」
「聞こえている」
「ならちゃんとこっち向いて話をしてよ」
「フン、面倒な」
「何よ、その態度。もー、可愛くないな!」
 わがままで横柄で癇癪もちなんだから、というのを心の中で呟き、頬を膨らませて手持ち無沙汰に机の上の教材をまとめるが、突然横から伸びてきた手に手首を掴まれる。
「わっ、突然何!? びっくりした!」
「なんでそんなにあのオッサンの肩を持つ」
 彼の手の熱さと、いつになく真剣な表情とに悠里は驚く。
「大体、なんだかんだとあのオッサンは補習にくっついてくるし、職員室でだってうっとおしくお前にちょっかいを出す。そもそも、なんでお前は平気な顔してやり過ごしているのか、俺はそっちのほうが気が知れん! 俺の目が届かない所で、あいつが何を仕掛けてくるか、いつも気が気でな――」
「え……」
 ――翼君、今、なんて……?
 真っ直ぐに悠里を見つめる目が、何かに気づいたように大きく見開かれる。それは「しまった」とでも言うような感じだ。
 色素の薄い髪や頬のラインが日の光に照らされオレンジや金色になり、夕日の色を映す瞳に、動揺の色が一瞬にして浮かび上がる。
 揺らぐ瞳から目が逸らせない悠里の胸の鼓動は、彼の動揺ぶりに煽られるかのように速まる。
 どうして彼が葛城のことでそんなに気を乱すのか。今までその原因を掴みかねていたが、今の彼の言葉を真っ直ぐ受け止めるのなら、そこには『嫉妬』という言葉が自然と浮かび上がってくる。
 まさかと思いながらも、目に見えない何かを手繰り寄せるこの感覚に、高まる鼓動を抑えきれない。
 なにより、心のどこかで何かを期待している自分自身に驚く。
「翼、君」
 なぜこんなにドキドキするのか。
 何に期待をしているのか。
 金色に光る瞳をただ見つめる悠里だが、見つめ合ったのは僅かな時間。先に逸らしたのは翼のほうだった。
「……っ、Shit!」
 短く、それこそ消えてしまいそうなくらい小さく言い捨てて翼は立ち上がる。
 乱暴にペンやノート、教科書の類を机の中に突っ込み、並ぶ机を蹴散らすがごとく真っ直ぐにドアへと向かう。
 ガタガタとうるさく音が立つ中、慌てて立ち上がった悠里が広い背中に向かって声をかける。
「ちょっと翼君! 待って、どこに行くの!?」
「うるさい、俺は帰る! 補習はもう終わりだ!」
「か、勝手に終わらせないでよ! 待ちなさいっ」
「Leave me alone!」
 悠里の言葉半分は翼の怒声とバン、と勢いよく閉められたドアの音に消されてしまう。
 ぬるい温度の教室に残るのは、二つ並んだ机に一人取り残された悠里と静寂だけ。
 まだ落ち着かない気持ちを抱えながら、へなへなと崩れ落ちるように椅子に腰を下ろす。
「……なんだったのよ、もう」
 やけに身体が熱い。
 頬が熱い。
 耳なんて痛いくらいだ。
 こんな風になるのが自分でもわからないが、翼が葛城に対して嫉妬をしているからではないかと気づいた瞬間から、なぜか胸の奥が甘く締め付けられるように苦しくなった。
 ここ最近、翼も真面目に補習を受けるようになり、彼との心の距離が近くなったのかもしれないと喜んでいたが、その心の距離は生徒と教師の枠から微妙にはみ出しているのではないかと思う瞬間がある。
 それは彼が悠里に見せる優しさや言葉であったり、見つめる視線からであったり。
 自惚れ、勘違い、思い上がり。きっとそうに違いない、と思いつく言葉を並べ、精一杯否定していたが、さっきのように感情のひとかけらを見せられてしまっては他に逃げ道がなくなってしまう。
 ――翼君は生徒なの。私の生徒なんだから。
 何にも気づいてしまっては駄目。もし気づいてしまっても、意識をしては駄目。
 ――こんなにドキドキするのは、きっと、今まで見たことのない美形の男の子だから私の神経も麻痺しちゃってるだけなんだ。たとえ見慣れてきたとはいえ、美しいものには心を動かされるものが人って言うものでしょ。……不意を突かれただけよ。そうに違いない。
 翼に掴まれた手首を握り締めるようにして息を吐く。心を落ち着けるようにしてしばらくの間、ぼんやり窓の外を見つめていると、静寂を破るように突然ドアの開く音が響く。
 驚いて振り返れば、戸口から真っ直ぐにこちらに向かって歩いてくるのは教室から飛び出ていった翼で、その表情はやはり不機嫌のまま。
 なにかが不自然だと感じたのは、どことなく彼の頬が赤く、照れているようにも見えるからだろうか。
「つ、翼君、どうしたの?」
 悠里の目の前まで近づいた彼は、決まり悪そうに一言だけ呟く。
「……忘れ物をした」
「えっ?」
 彼が手を伸ばした先には、悠里が用意した問題集があった。
 あちこちに角が向いているそれをトン、と整えて手にする。
「これは……悲壮なくらい貧乏臭漂う先生が、なけなしの金をはたいて俺のために用意したものだ。忘れるわけにいかないだろう」
 不貞腐れた子供が言うように、ぶっきらぼうに紡がれる言葉。表情こそ怒っているものの、口調がちぐはぐしている。
 悠里は些か面食らいつつも、そのいつもの彼らしい言葉とやけに可愛らしい反応に、思わず笑みをこぼす。
「そこまで貧しくないわよ。問題集ぐらい買えます。失礼ね」
「そうか?」
「そうです。でも、翼君のために買ったんだから、どうせなら大事に使って欲しいな。その、たとえ面倒だとしても。きっと翼君の役に立つはずだから」
「わかった。……Thanks」
 そして、「大事に使う」と一言。ここ最近になって「アリガトウ」の言葉を耳にするようになったが、やはりまだ耳慣れず、思わず聞き返してしまう。
「えっ!?」
「馬鹿。ありがとう、と言ったんだ。それより早く帰れよ、先生。そのうち日も沈むだろう。これでも、一応心配しているんだからな。……いろいろと」
 かすかに笑った横顔に目を奪われるが、平静を装って悠里は笑って返す。
「うん。ありがとうね」
「……こ、今度こそ俺は帰る」
「今度こそ、って……じゃあ、今までずっと学校にいたの?」
「バカサイユで……その、頭を冷やして――ったく、そんなのどうだっていいだろう。しつこく聞くな。か、帰る! See you、先生」
 問題集を片手に、翼は踵を返す。その頬が教室に入ってきたときよりもさらに赤く染まっているのに悠里は気づく。
「ふふっ、また明日。気をつけて帰ってね」
 悠里の言葉に、翼は軽く片手を上げ教室を後にする。
 ドアが閉まる音のあと、仏頂面を下げたままバカサイユのソファーに佇む彼の姿を想像しては、思わず声にして笑ってしまったのだが、肩を揺らしたその瞬間、再び教室のドアが開かれ、悠里は二度驚く。
「ひゃっ、翼君!? 今度は何?」
 教室には入ってこず、戸口に背をもたれるようにして彼は何か言いたげにこちらを見ている。
「……あとどれぐらい時間がかかるんだ」
「はっ?」
「お前の今日のショクムとやらは何時までなんだ?」
 つい先ほどまで悠里が描いていた仏頂面のまま、彼はその頬を赤らめて尋ねる。
「どうしてそんなことを聞くの?」
 なぜ彼がそんなことを聞くのか、もう尋ねるまでもなくわかっているが、色々と確かめたくなるのはなぜだろう。
「今は俺が聞いている」
「もう、わかったわよ。……えっと、今日は職員会議もないし、私はクラブ活動の顧問もやってないし……。あっ、でも小テストの採点が途中――」
「回りくどい!」
 一蹴、それも鋭く睨まれ、悠里はうっ、と言葉に詰まる。
「多分、二時間後ぐらいには帰れるかも。これ以上何も用事がなければね」
「二時間か……よし。万が一雑務を押し付けられたら、他のヤツにノシでもつけて送り返せ」
「そんなことできるわけないでしょ。一番下なんだから」
「ヒラメは大変だな」
 ――今の絶対に『ヒラ』って言いたいのよね。でもツッコミ無し。
「余計なお世話です。辛い世の中を泳ぎ切って見せるわよ。……それで、なあに?」
「え?」
「帰る時間が、どうかしたの?」
 そう呟きながらも、口元がむずむずする。どうしても笑いそうになってしまう。彼なりのやり方で帰りを誘っているつもりなのだろけど、不器用さが年相応に可愛らしくてさっきからくすぐったい。
 我ながら少しばかり意地悪かもしれないと悠里は思うが、いつもやられてばかりなのでたまにはこういう風に彼を問い詰めるのも悪くはないだろう。
 背の高い翼をやや上目遣いにして見上げると、彼は視線を逸らして「クソッ」と小さく呟く。それから大きく息を吐き、目の端で悠里を捕らえる。
「……これから二時間ほど、バカサイユでお前がくれた問題集を解こうと思う」
「えっ、それ本当!?」
 意地悪を仕掛けておいて驚かされるとは思いもしなかったが、翼の言葉が本当ならこれ以上ないくらいに嬉しいことだ。
「ああ。だから……」
「……うん」
「一緒に帰るぞ、先生」
 目の端ではなく、今度は正面から悠里を見つめる瞳はとても優しい。
 夕暮れ時の日の光。それは髪も頬もすべて金色に縁取り、息を呑むくらいに彼を輝かせる。
 理由や理屈を超える感情。抗おうとしても到底無理なもの。その悔しいくらいに甘美な誘惑を前にして、悠里の鼓動は再び高まっていく。
「返事はどうなんだ? まあ、イヤと言わせるつもりはないが」
 苦しくて、息も出来ないくらいにその笑顔は眩しく、ただ、黙って頷くしか出来ない。
 ――生徒なのに。翼君は私の生徒なのに……。
 なのに、どうして惹かれてしまうのだろう。
 どうして頭と気持ちは、違う方向を向こうとするのだろう。
 彼は、生徒なのに。



End.
2007.12.14UP
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