ときめきレストラン☆☆☆

クリスマスの赤い糸【霧島×主人公】


「元栓閉めたし、電気もオッケー。お金も金庫に預けてきたから問題なし、と。あとは鍵をかけて……急いで着替えなくちゃ!」
 12月25日。今日はクリスマス。
 わたしがこの店のオーナーになってから早いことでもう9ヶ月が経とうとしている。右も左もわからない中、前マスターに助けてもらいながらなんとかここまでやってきたんだけど、昨日と今日は特に大きな山場。今までで一番忙しかった日と言っても過言ではない。
 いつもより多めに仕込んでいたクリスマスメニューがあっという間に底をつき、お昼のオープンから閉店のつい一時間前まで、ありがたいことに店はずっと満席だった。
 おかげでクリスマスはあっという間に目の前を通り過ぎようとしているんだけど、少し前に司さんから連絡を貰ってからというもの、やっとわたしにも一般的なクリスマスが到来したという感じだ。
 とはいっても、あと数時間で今日一日が終わってしまうんだけど、それでもだめかもしれないと思っていた一大イベントに参加することができてとても嬉しい。
 ――嬉しいんだけど、急がなきゃ! メイクもしないと。あと、髪だってちゃんとしたい。
 クリスマスなのに疲れた姿で会うのだけは避けたい。
 店のすぐ裏にある自分の部屋に戻り、コック服から私服へと着替えて手早くメイクをして顔を整える。
 司さんはもう待ち合わせの公園に着いているらしく、「急がなくていいから、暖かい格好でおいで」とメールが届く。
「うぅ、待たせちゃう……」
 急がなくてもいいと言われても、司さんだってハードスケジュールをこなしたあと、それもこんな夜中に待っていてくれているわけだし、外は雪が降り出しそうなくらいとても寒い。
 少しでも早く着かなくちゃ、と焦る気持ちが手元を狂わせ、ボタンを掛け違えたり髪をひっかけたりと……大変。
 なんとかして着替えて近くの公園を目指すと、公園のベンチに座るシルエットが一つだけ見える。見間違えようがない人がそこにはいた。
「司さん、お待たせ!」
 ハァ、と何度も息を吐いて駆け寄ると、司さんは小さく笑って立ち上がる。
「やあ。今日も一日お疲れさま」
「司さんもお仕事お疲れさまでした!」
 はぁ、と息を整えながら言うと、司さんは手を伸ばしてわたしの前髪を軽く整えてくれた。
「急がなくていいと言ったのが、逆に急がせてしまったみただな」
「だって、今日は寒いから。お仕事終わって駆けつけてくれたのに待たせるわけには行かないよ」
「流石にもう、このあと仕事は入ってないから大丈夫。……それよりも、メリークリスマス。って、昨日も言ったから二度目か」
「二度目でもうれしい。メリークリスマス、司さん」
 昨日は偶然事務所で会って、少しの間だけど屋上で街のイルミネーションを一緒に見た。時間にして10分ぐらいだったんだけど、まさかこんな近場からあんな絶景が見られるなんて思いもせず、そして、イヴの日に司さんに会えたことが嬉しかった。少しでも一緒にいられたのが、とても嬉しかった。
 けれど今日も会うことができるなんて。クリスマスは本当に奇跡が起きるみたい。
 嬉しくてふふっと笑うと、司さんは目元を柔らかくする。
「白のコート、君によく似合ってる」
「あ……。これ、可愛かったから買ってみたんだけど、クリスマスならアクセントに赤いものがあればよかったなぁ」
 白は汚れが目立ちそうだったんだけど、それでもフードとファーが付いている可愛らしさに負けて買ってしまった。
 お店で一目ぼれして、しかも奮発して買った一着。とても気に入っているから、汚さないように大事に着なくちゃ。
 そう思いながらも、やっぱりブローチとかマフラーでアクセントが欲しかったなぁとしげしげ自分の格好を見つめる。
「フム。赤いもの、か」
「うん、そう。ちょっとは華やかになりそうでしょ?」
 すると司さんは少し考えるような表情を浮かべたあと、ふっと目元を和らげる。
「ならば、こういうのは? ……たくさんの人に夢のある美味しい料理を振舞うサンタは、あちこち忙しく駆け回っている間に、大事な洋服から赤の色を落としてしまいました。さて、その赤は一体どこにあるのでしょう」
 絵本でも読み聞かせるような口調。それにどこか楽しげな司さんにわたしは目を丸くした。
「えっ? ど、どこだろう?」
 クイズ? それに、なにかのひっかけ問題なのかな。ぜんぜんわからない……。
「わからない?」
「うん。ちょっと上級問題?」
「ハハ、そうかも。では教えよう。答えは……ここに」
 司さんはそれまでコートのポケットに入れていた手をわたしに差し出して、ゆっくりとその手を開く。するとそこにはラッピングによく使われる真っ赤なリボンがひとかたまり、ふんわりと乗っていた。
「わ。真っ赤なリボン。これがサンタの落とした赤なの?」
 なんだか可愛い答えだなぁと思い、ふふっと笑うと、司さんはすっと人差し指を口元の辺りに立ててわたしを見る。
「その通り。……でも、肝心の中身はこっち」
 もう一度ポケットに手を入れた司さんは、ラッピングされた小さな箱のようなものをわたしの手の上に乗せた。
「えっ? これって……もしかして」
 手にあるのはどう見てもプレゼントの包み。
「さっきのリボンはこれに付いていたものなんだ。済まない、勝手に外してしまって」
「でも、どうして……? お仕事で忙しかったはずなのに」
 移動、ロケ、スタジオ収録、そして移動。クリスマスはそれが幾つも重なっているって言っていた。休憩する時間だって殆どないって言っていたはずなのに……。
「やっぱりクリスマスなのに何もないのはどうかと思って。街なかのロケで少し待ち時間があったんだけど、近くにあった店で偶然目にして、これならどうだろうかと急いで包んでもらったんだ」
 本当はもっとゆっくり選べればよかったんだけど、と司さんは照れくさそうに笑う。
「でもわたし……今日も忙しくて、全然プレゼント用意できていないのに」
 昨日だってそう。なにも持っていないまま司さんと偶然出会った。
「君が笑ってくれるなら、それで。今日もとてもいい笑顔で……やっぱり可愛いな」
 そう目を細められて恥ずかしくなる。
 冗談でもからかう風でもなく、こんな風に言ってくれる人は司さんだけで、可愛いと言われるたびに本当に可愛くなれそうな気がするから、不思議。
「……う。は、恥ずかしいけど……ありがとう。え、えっと、じゃあ遠慮なくプレゼント、いただきます。その、今開けてもいい?」
 両手で箱を包んで訊ねると、どうぞと返される。
 そっと包みを解いていくと、小さな木箱から現れたのはスノードーム。
 透明なガラスの中ではわっと雪が舞っていてよく見えないけれど、中心に小さく白い天使らしきが両手を天に広げて立っている。その横には小さなスノーマン。
「わぁ、スノードーム! ええと、雪で見えないけれど、スノーマンと天使かな? ……ううん、フードをかぶった――女の子! って、あれ……?」
 白いフードをかぶった女の子。それって――今のわたしの格好と同じだ。フードこそかぶっていないけれど、服装がぴったり。
 そのあまりの偶然に瞬きを繰り返して司さんを見ると、司さんは「こうすれば完璧かな?」とわたしの頭にそっとフードをかぶせる。
「俺も君が走ってやって来るのを見て驚いた。これと同じ姿で現れるんだもんな」
「……わたしも、びっくり。ふふっ、いっそ真似しちゃおうかな! ……ええと、こんな感じ?」
 手にはスノードームを持っているからそんなに高くは上げられないけど、笑顔で両手を軽く空に伸ばす。すると、不意に両手を掴まれ、あっと驚く間もなくそのまま唇にキスをされる。
「つ、司さん!」
 ここ、外なのに!
「済まない。愛らしくて、つい。不可抗力……かな」
 そう言うけれど、言うほど済まないとは思っていないみたいな笑顔にわたしは頬を軽く膨らませる。
「……もう。雪を掴むはずだったのに、逆に手を掴まれちゃった」
 ちょっと怖い顔をするつもりだったけれど、おかしなことに途中から段々笑顔になってしまう。そして、もう一度わたしたちはそっとキスをした。
「寒くはない?」
「うん、少しだけ。でも……まだ大丈夫。司さんは?」
「俺も同じ。少しぐらい平気だ」
 人が見ていたらどうしようとか、こんなに寒い中ずっといたら司さん風邪引いちゃうよね、と頭ではわかっているんだけど、もう少しだけこの場で一緒にいたい気持ちが「場所を変えよう?」という言葉を躊躇わせる。
 互いに近づいたまま、わたしは小さく息をする。白い吐息がふわりと暗い空に消えていく。
「プレゼント、ごめんね。昨日も素敵な夜景見せてもらったのに、わたし、なにもしてあげられないね……」
 してもらうばかりなのがちょっと惜しい。
 司さんはゆっくりと首を横に振りながら淡い笑みを浮かべる。
「さっきも言ったけれど、何かが欲しくて君にプレゼントをしたわけじゃない。……いや、違うな。少しでも笑顔が見たかったから、ただそうしただけだ」
「でも、それじゃ貰ってばかりで――」
 と言いかけたところでふと気が付いたことが一つ。今は本当に何も持っていないけれど、司さんにあげられるものが一つだけあった。
 手の中にある赤いリボン。
 司さんはさっき、忙しく駆け回っているときに赤の色を落としてしまったと言っていた。だったら、こういうのはどうだろう。
「ん? どうかした?」
 わたしはそれを自分の襟元に通し、きゅっとリボンを結んだ。真っ白のコートの上に赤いリボン。うん、なんだかプレゼントっぽい。
「よし、できた、と」
「え……」
「王子様のプレゼントにより、忙しかったシェフサンタはようやく赤を取り戻しました! しかしながら、シェフサンタは王子様にお返しできるものを何も持っていないのです。出来ることと言えば、美味しいと喜んでもらえる料理を作ることだけです。あとは……えっと、王子様が好きだと言ってくれる笑顔をいつも絶やさずにいること、かな?」
「君……」
 司さんは驚いたように目を丸くしている。そんな司さんにわたしは精一杯の笑顔を向ける。
「それでも……それでもよかったら、この気持ちを受け取ってもらえますか?」
 わたしにできることは本当に限られていると思う。
 ただの女の子だし、地位も力もお金もない。でも、ひとつだけ胸を張って言えることがある。
 司さんの好きな味を知っていて、好きな料理も知っている。そして、それらを作れる技術がわたしにはある。それがわたしの誇れること。
 ただそれだけなんだけど、他の誰にもそう簡単に真似できるものではないんじゃないかな、って思えるんだ。
 あとは少しでもリラックスできるよう、あの店でいつでも迎えてあげること。
 ――あとは……あとはなんだろう?
 上手く思いつかないけれど、両てのひらに何かをのせるような形をとって司さんへと差し出した。
 この気持ちだけは本物。形が見えないけれど、たいせつなもの。
 この手のひらにある見えない気持ちを受け取ってもらえたら、いつかちゃんとしたプレゼントを贈りたい――いつも忙しくしているあなたに。
 スポットライトやペンライトみたいにキラキラ光るものと比べたら派手さはないかもしれないけれど、お店からこぼれる暖かい光のようなものなら、いつでもそっと贈りたい。
「本当に、君は……。参ったな……。凄く嬉しい」
 ――ありがとう。
 司さんの囁くような声と、暖かくて大きな掌がわたしの手を包む。そして、こわれものでも扱うように、そっとわたしを抱きしめた。
 さらに、耳元で優しい声を聞いた。

 ――君と出会えた。それこそが一番の贈り物だ。尊くて……勿体無くて、このリボンは簡単には解けない。

End.




End.

2013/12/25 初出:ついった:Twishortにて


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