薄桜鬼

てのひらに星【原田×千鶴】



 風間さんたち鬼の一族が屯所に現れ、私を攫おうとしたあの日から、新選組幹部のみんなが、新しい屯所に移るまでの間、夜毎交代に私の部屋で見守りをしてくれていたことなど、私はこの日まで知らなかった。
 その夜、なんとなく寝付けなくて布団の中で寝返りをうったり、無理やり眠ってしまえと目を瞑ってみたんだけど、全然だめ。
「……少しだけ、外の空気でも吸えば、気がまぎれるかな」
 小さく一人ごちて廊下へと続く襖をそっと開けたときだった。
「……ん? どうした千鶴」
 声をかけられるとは思わず、私は声も出ないくらいに驚いた。だって、私の部屋に見張りの人が付いていたのは、新選組にご厄介になり始めたばかりの頃で、それも半年もあるかどうかだったのだ。あれから大分時は流れた。何の力になれなくても、少しは信頼してもらえていると信じていた。なのに――。
 ――まさか私が知らないだけで、ずっとそうだったのかな……?
 月が出ていない夜だったけど満天の星々が煌き、とても綺麗な夜空のもと、部屋のすぐ前の廊下に原田さんはいた。
 私が驚きのあまり大きな声を出す前に、原田さんは自分のくちびるに人さし指を立てて押し当てた。静かにしろ、という意味だ。
 その仕草を見て、私はなるべく声を落として声をかける。
「あ、あの……原田さん」
 どうしてここに? と私が尋ねるより早く、原田さんは淡く笑う。
「こうしておまえの部屋の見張りするのなんて、随分久しぶりだな。……あん時はおまえが逃げ出さないよう見張っていたのに、今じゃ鬼の野郎どもに攫われないように見守りだなんて、時が変われば随分変わるもんだ」
 ずっと見張られていたわけじゃないことを知り、私はほっと安心した。けれど、まさか攫われないために守ってもらっていたとは思いもしなかった。
 今日は原田さんだけど、それまでみんなが交代でこうして部屋の前にいてくれたことを思うと、申し訳ない気持ちと、不謹慎この上ないけれど、嬉しい気持ちの二つが胸の中でいっぱいになる。
 私はそっと足を進めて原田さんの隣に腰を下ろす。
「おい、寝てろって。ちゃんと見張っててやるから安心しな」
 その言葉に私は首を振る。
「いえ、その……寝つけなくて。何度も寝返りを打って過ごしてたんですけど、やっぱりだめみたいです」
 気恥ずかしくて小さく笑うと、原田さんも笑い返してくれた。
「じゃあ、少しだけな。夏の始めとはいえ、体を冷やすといけねえし」
 そう言って星空を軽く見上げ、その後ちらっと私を見る。
「はい! ありがとうございます」
 原田さんの言葉に弾んだ声で返事をすると、驚いたように目を丸くした原田さんは、今度は私のくちびるに人差し指を当た。
「元気いいな、千鶴。だが、夜の逢瀬は密やかにってのが決まりだろうが」
「お、逢せっ!?――」
 どきっとした私はもっと大きな声を出しそうになり、さっきよりもっと驚いた顔をした原田さんが、その大きな手で私の口を塞いだ。
「むぐ」
 はぁ、と盛大なためいきを吐いた原田さんは、それから少しだけ困ったように笑った。
「格好は多少色っぽいんだが、あと一つってとこだな。しかし……あの鬼の頭領も随分と面白い趣味をしてやがる」
 ふっと息を漏らすようにして笑っているけれど、私の胸中は複雑だった。
 面白い趣味って……それって、どういう意味でしょう――私は心うちでそう思ったけれど、ふと思い出したことが一つ。
 言われてみれば、格好が格好だった。
 ――寝間着……!
 口を塞がれたままの状態で、私は強く握った両手を胸元に寄せる。もう、どうしたってこの格好見られてるし、今更なんだけどそうせずにはいられなかった。
 ――は、恥ずかしい!
 明るければ耳まで赤くなっているであろう私に、原田さんは口から手を離し、そのまま大きな手を私の頭の上に乗せる。
 ぽん、ぽん、と二回軽く撫でるように触れられ、私は恥ずかしさが抜けきらない表情のまま原田さんを見上げる。
「暗くて見えねえから、まあ、気にすんなって」
「ほ、本当ですか?」
 詰め寄らずにはいられない。
「まあ……多分な。と、ほら、空見てみろ。今日は星がひときわ綺麗だ」
 多少ひっかかるものの、原田さんに促されてもう一度空を見上げる。月がない今宵は小さな星まで良く見える。ちゃんと外に出て見上げれば、おそらく頭上をぐるっと取り囲むように星が私たちを包んでいたんだろう。
「綺麗ですね。辺りに何もないところで見上げたら、もっと綺麗なんでしょうね」
 膝を抱えたまま、思わず空へと手を伸ばす。うんと手を伸ばせば星に手が届きそうな気がしたのだけど、気がつけば隣には原田さんがいたのだった。
「あ……」
 ちょっと恥ずかしくなって手を引っ込めると、原田さんは目を細めて、私がしたように手を伸ばす。
 原田さんの手の上で星が瞬く。少しの間二人で黙ってそれを見つめていると、ふと原田さんが残念そうな声を漏らす。
「隣におまえがいて、綺麗な星空があって、ここに酒がないのが心底惜しいな」
 少年のような横顔が可笑しくて私はくすくす笑う。
「なんだったら、持ってきましょうか?」
「……いや、やめとくわ」
 苦笑する原田さんに私は小首をかしげて尋ねる。
「私、黙ってますよ?」
 土方さんにばれたら間違いなく大目玉を食らうことになるだろう。勿論、いつも優しくしてくれている原田さんなのだから、私は告げ口など絶対にしないけれど。
「酒を飲むと、感も腕も鈍る。あいつら……鬼の奴らが来たとき、酔っておまえをちゃんと守れませんでした、なんていったら洒落になんねえだろ」
 目の前でおまえが連れて行かれるなんて真っ平ごめんだ、と原田さんは空を真っ直ぐに見つめる。
 その瞳の強さに、私は目を奪われたまま逸らせないでいた。
「……誰が嫁になんてさせるかよ」
 ちらっと私を見つめた目が、淡く甘く光る。
「俺が、守ってやる。何があっても絶対に」
 急に胸が騒ぎ出す。
 私はこの人のことを特別だと思い始めていたけれど、それはやっぱり気のせいじゃないみたいだ。お千ちゃんに想う人がいるの? と尋ねられたとき「違う」といえなかったのは、きっとこの思いのせい。
 ――どうしよう、目が離せない。
 優しい瞳。温かい言葉。
 私を守ってくれると言うこの人から、心が離れないような予感がした。

 こんなに星が綺麗な夜なのに、私は今、この人だけを見つめている。




2009/04/19UP
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