OFFLINE

両片想い。サンプル


 本日何度目かわからないため息をわたしは深く長く吐き出した。
「ハァ……。七月なのに部員が増えないとなると、これはもう絶望的なのかなぁ」
 放課後の家庭科室で、どろりと机に突っ伏したまま呟くと、「私は二年前から諦めてたよ」「だねぇ」と友人二人が無慈悲な言葉を投げかける。
 うぅ、そんなに早くに諦めないでよぉ……。
「ひどい。わたしはずっと希望を抱いてやってきたのに」
 頬を冷たい机に押し付けたまま、うらめしい……と呟き、ショートヘアがサバサバした性格とよく合っている友人(心の中の愛称、サバ子)を見ると彼女は肩を竦めて、揚げたてのポテトチップをぱり、と齧る。
「二年以上も諦めずにいるあんたのが凄いっての。大体、夏休み目前だっていうのに、まだ部員……っていうか、同好会メンバーが増えると信じて疑ってないなんて奇跡っしょ」
 その言葉に、ゆるふわヘアのおっとりとしたもう一人の友人が(こっちはふわ子)がそうだねぇ、と微笑む。
「あやちゃんの粘り強さは折り紙つきだねぇ。すごい、すごい」
 これ以上の粘りなんていらないから、「部」として最後の一年ぐらい有終の美を飾らせて欲しい。
「だって、折角設立したんだもん部に昇格させたいよ。活動だって真面目にしてるし、部費……費用だってそんなにかかる程大層なもの作ってるわけじゃないし! ただ……ただ、人数が集まらないだけじゃない〜!」
 そう、二年ちょっと前に設立してから、部員、もといメンバーはわたし――小波彩矢と、サバ子・ふわ子の三人から人数がまったく変動していない。部活として存続させるためには最低でも五人部員が必要なのだけど、いままで一度たりともそのラインに近づいたことがない。というか、三人から増えたことがない。
 ゆえに、万年同好会状態。なんとなくこのまま卒業まで駆け抜けそうで切ない。
「なら、同好会でいいんじゃない? ……って思われて当然な気がするけど?」
 と、ごもっともな意見をサバ子にさらっと言われて言葉に詰まる。
 わたしが部長――ううん、同好会代表を務めているはばたき学園料理同好会は、二年前の六月に発足した。ようするに、入学して二ヶ月経ったころにわたしが友人二名の名を連ねて同好会としてスタートさせたのだ。
 料理教室が流行るのは大人の間だけなのか、それともコンビニでいつでも手軽に色んなものが手に入るという時代の風潮に合わずか、部活動までして料理をしようと思う人など殆ど――ううん、全然いなかった。
 大会があるわけでもないし、人目をひくような活動ではないから人が集まらないのも仕方がないのかな、と頭ではわかっているんだけど、せっかく立ち上げたのだから、たくさんの仲間と楽しく料理が出来たらいいな、と思わずにはいられない。
「いろんな材料を使って、美味しい料理が出来上がるのってとても面白いと思うんだけどなぁ。それを自分だけでなく誰かに食べてもらって、美味しい! って言ってもらえたら凄く幸せな気持ちになるのに」
 机に突っ伏したままそう呟くと二人とも「それはそうなんだけどね」と困ったように笑う。
「美味しいって言ってもらえる領域に達するまでが大変だし、手間もかかるから敬遠されがちなんじゃないのかなぁ。今は何でも手軽に美味しいもの買えちゃうもんねぇ……」
 ふわ子にも正論を言われ、わたしはまた言葉を失った。
「あんたみたいに将来プロの料理人目指そうって子は別かもしれないけど、いまどきこういう古風でちょっと地味めでいかにも女子ー! って感じの部に入ろうって子、なかなかいないんじゃないかー」
「うぅ。地味めって……」
 痛いところを突かれて唸っていると、不意にふわ子が「あ」と声を上げる。
「見て見て。今日霧島王子来てるみたいだね、空手部」
 この家庭科室の向かい側にある小さなプレハブ別棟が空手部の部室兼道場になっていて、毎日気合の入った声がよくこの部屋にも届いている。
 その空手部の主将が同じ三年生の霧島司くん――通称、霧島王子だ。
 背が高い上に、紳士的な物腰、さらにはルックスよし、頭よし、育ちよし、ダメ押しとばかりに芸能事務所に所属しているっていう絵に描いたようなパーフェクトぶり。芸能事務所といっても、今はタレント活動ではなくモデルのお仕事をメインにしているみたいだけど、ここまで何でも揃っていると「王子だね」ということから、女子の間では密かに霧島王子と呼ばれている。
「へー、今日、授業出てたの?」
 サバ子に聞かれ、わたしはうん、と頷いて窓際に行く。
 向かいの窓際には、胴着を着て練習を見ている霧島くんがいた。さらっと癖のない黒髪が白の胴着に映え、凛々しさが際立つ。その姿を見ているとやっぱり絵になるなぁ、と思う。
 霧島くんとは今年――三年生になって初めて同じクラスになった。それまでは別々のクラスだったんだけど、家庭科室と空手部の部室が真向かいということもあってか、霧島くんと話をする機会が少しだけあった。
 話と言っても他愛のないことをひと言、ふた言。
「いつもいい匂いがするな」とか「この前のリクエスト料理、とても美味しかった」と声をかけられれば、わたしも「ありがとう」、「空手部も予選大会頑張ってね」とありふれた返事をするだけ。それだけだ。
 霧島くんに想いを寄せるファンから羨ましがられるものの、正直、このありふれた会話のどこが羨ましいのかよくわからない。
 そんなに「いつも霧島くんの姿が近くで見られてずるい! 羨ましい!」って言うのなら、うちの同好会に入ればいいのにと何度も思う。そうすれば差し入れとかこつけて近づくことだってできるのに。
 実際、わたしは部員にならない? っていろんな霧島くんファンに声をかけてみたんだけど、迷いつつもみんな首を縦には振らなかった。
 なんでも「王子様」に無意味やたらと近づくのは厳禁らしく、ファンの子たちの間では暗黙の了解になっているとサバ子から聞いた。ファンも色々と制限があるみたい。
「男子が言ってたぞ。こないだ出たばかりのメンズ雑誌に霧島王子載ってたって。なんだか仕事忙しいみたいだね」
「そうだね。たまに半日出てこられないときとかあるし。……二束のわらじか。なんか、同じ高校生なのに凄いな」
 わたしがぽつりと呟くと、ふとこっちを見た霧島くんと目が合う。
「あっ! 王子様こっち見てるよ〜」
 くい、とふわ子がわたしの制服の袖を引っ張る。
「おーおー、間違いなく見てるねぇ。霧島王子ってさ、結構彩矢のこと見てるんだよ。知ってた? 何かにつけ注文頼むときも必ずあんたにだし、最近ちょくちょく声かけてくるじゃん」
 確かに、話しかけられる機会は少しだけ増えた。前はそれほどでもなかったのに、四月に入ってからなんとなく視線を感じて振り向けばよく目が合うし、話しかけられる回数も以前より多い。でも、それは同じクラスになって接点が増えただけだからだと思うし、あまりふわふわした考えはどうかな、と思う。
 わたしは見た目は勿論、成績も運動神経もごくごく普通の人間なのに、自意識過剰から変な方向に感情を色づけしたら霧島くんに失礼な気がする。
「それは料理の感想とかありがとうって言葉なだけで、それ以外は何もないよ」
「でも、それだけでしょっちゅう見てたりはしないよねぇ?」
「そー思うね。第三者が見てもわかるんだぞ?」
 ふわ子やサバ子は彼のファンと言うより、彼とわたしのやりとりに色を染めて勝手に盛り上げて楽しんでいるだけなんだけど、こういう風にはやし立てられるのって少し胸のあたりが変にジリジリして……落ち着かなくなる。
「そーれーはー! うちらが見てるからでしょうが! ささ、片付けしよう! 油の処理しよう! そしてチア部からご依頼のお菓子の差し入れメニューを考えよう!?」
 確かに霧島くんはカッコいいけれど、こうして放課後にも顔を見る機会があるただのクラスメイト。窓ごしで存在を確認する程度だ。なんだかテレビの中のアイドルとお茶の間の関係のようだけど、それに近いかも。近いようで遠い。
 ――ほんと、それだけだよ。
 胸の中でポツリと付け足して、最後にちらっとだけ霧島くんの方を見ると、まだこっちを見ていた彼と目が合い、瞬間、何故かドキッと心臓が跳ねた。まさかまた目が合うなんて思わなかった。
 じっとわたしを見たまま軽く笑みを浮かべる彼に、わたしも軽く笑って見せるけれど、なんとなく上手に笑い返せていない気がした。なんだろう、変な感じ。きっと二人がからかうからだ。
「王子、笑ってるぞ。なんだあの幸せそうなはにかみ笑顔は!」
「うん、今あやちゃんに笑顔向けてた。ちょこっとラブ光線です?」
 ふふふふ〜、と楽しげな二人に「こらっ! そういう話に持って行かない!」とどやして背中を押す。
 ぎゅうぎゅう背中を押しながらも、最後にもう一度だけそおっと窓を見ると、向かい側の霧島くんはすでに部活に専念していて、部員に向け真剣な表情で指示を飛ばしているようだった。




本文へと続く


 Back to “OFFLINE” Menu