ときメモGSシリーズ

【お題名:表情には出てないけど】
小さな星【瑛主】



「う〜、今日一段と寒くない?」
 海からの風を受け、ゆきはぶるっと体を震わせる。コートはもちろん、手袋もマフラーもしてるのに、この世の終わりのような顔をして俺を見上げる。
「冬は寒いんだ。しかたないだろ」
 もっともなことを言って答えるが俺だって寒い。今だって強い風が吹いてきたもんだから、寒さのあまりあやうく舌をかみそうになった。天気予報では今年は暖冬です、なんてほがらかな声で言っているけど、冬は冬。なにをどういったって寒いんだ。気休めに『暖かい』なんて言って欲しくない。
「うわ、いつも『寒っ、早くどっか店に入ってコーヒー!』なんて言う人が、やけに強気ですね〜」
 手袋の手で鼻のあたりを押さえながら、ふふふと笑いながら、小ばかにしたように言う。
「うるさい。おまえ、自分で先に言い出したくせになんだよ、それ」
 軽く睨み返すとそれもそうなんだけどさ、と楽しそうに笑っている。その横顔は白い息を吐きながら今にも雪が降り出しそうな曇り空へと向けられる。雨こそ降っていないが、低くグレイの雲は上空を厚く覆っていて、この分では明日も同じような天気か雪になるかもしれない。何しろとても寒い。
「明日雪降ったらやだな……」
 鼻先を赤くしてゆきが独り言のように呟く。
「プッ。おまえどうせ家にこもってるだけだろ?」
 明日は日曜日。ゆきとどこかへ出かける約束はしていないんだけど、ゆきの返事によっては誘おうかどうかか考えている。ヒマだって言ったらどこか室内型のところを考えよう。寒いの嫌だし。
「その顔、ばかにしてるな……。残念でした。明日は出かけるんですよーだ」
「……へえ、あっそ」
 なんだ。なんだよ。出かけんのか。よかったよ、うっかり誘わなくて。
「明日はちょっと離れたところに行くことになってるんだけどね――」
 話の途中で携帯の着信音が小さく聞こえてくる。この着信音は俺のじゃないから、電話はゆきのだ。
「あっ、鳴ってる。少しごめんね」
「ああ」
 いそいそとバッグから携帯を取り出し画面を開くと、ゆきは「あっ」と小さく声を上げる。
 誰からなんだろう。意外そうな顔してるぞ、こいつ。
「もしもし、氷上くん?」
 ――は!?
「どうしたの、明日のこと?」
 ――なんだって?
 ゆきは足を止めることなく歩きながら話しているが、一瞬足を止めたくなったのは俺のほうだった。どうして氷上なんだろう。ていうか、どういう接点があるんだよ。
 こいつ、何気に交友関係広いんだけど、たまにその接点はどこからと聞きたくなることがある。クラスだって部活だってまったく関係ないのに男女問わずいつの間にか親しくなっているんだから不思議だ。
 いや、それはとりあえず置いといて、だ。
 明日のことって何だ。さっき離れたところに行くっていってたばかりだろうが。まさか、出かけるのって氷上と……なのか?
 まるで聞いていないような態度で装って、俺は通り過ぎていく車を何台も見送る。視線はまるでゆきのほうを見ていないけれど、耳は違う。思いっきり聞き耳を立てている。……我ながら情けないけど、仕方ない。気になるんだから仕方ないだろ。
「……うん。うん、それ聞いてるよ。ふふっ、了解です」
 そんな俺の隣ではゆきが楽しそうに氷上との会話を楽しんでいる。にこにこして、何なんだよ。
 すごく嬉しそうなんだけど、その顔。
 ――なんっか、腹が立つ。面白くない。
 奥歯を軽くかみ締めながら、それでも俺は知らん顔をしなくちゃいけない。
 絶対に気になっているような顔してやらないからな。意地とプライドにかけて、絶対にしない。
 ああでも、男と話してるってわかってる分、本当に面白くない。
「じゃあ、明日は九時にはばたき駅ね。何かあったらお互いに連絡とろうね。……うん。それじゃあ、ありがとう。また明日!」
 それこそとても嬉しそうな顔で電話を切る。
 こんな笑顔あんまり見たことない。
 それがなんか、余計にむかつく。
 ふぅ、と笑顔のまま息を吐くゆきが、「楽しみだなぁ」と呟く。それを聞いたら、黙ってなんていられなかった。……ちょっと、限界。
「なあ」
「うん?」
「明日出かけるのって、氷上と一緒なんだ?」
 声のトーンはいつもと同じだと思う。すっごくおもしろくないけど思い切りボルテージ上げて平常心用の声を出してるつもりだ。
「うん、そうなんだ。氷上くんとプラネタリウムを観に行くんだ。前ははばたき市にもあったみたいなんだけど、おととし閉館になっちゃったんだって。でもね、隣の市に小さいけれど新しいプラネタリウムができたみたいなんだ」
「ふーん」
 それと氷上と一緒に行くのとどう関係があるんだよ。……と言ってやりたいところだけど、それをぐっとこらえる。
「そんな話を何日か前に氷上くんとしてたんだけど、興味があるなら行ってみないか、って誘われてね」
「氷上に!?」
 意外。女を誘うようなタイプに見えないんだけど。
「うん。最初は驚いたんだけど、みんな揃って『行きたい!』って即答して決定したの」
「へえ……。って、みんな? なんだそれ。氷上と二人じゃないのかよ?」
「違うよ。千代美ちゃんと密ちゃんとクリスくんも一緒。でも、クリスくんは夕方から別の用事が入っちゃってるから、途中で別れることになっちゃうみたいなんだ」
 なんだ、二人きりじゃなかったのか。……そっか。よかった。
「それにしても、なんで星を見るのにそんな大勢で……。小学校の遠足か何かか?」
 ホントは大きく安堵の息をつきたいところだけど、わざと憎まれ口をきく。我ながら損してると思うけど、しょうがない。
「その時たまたまみんなで話してたんだよ。いいでしょ、別に。みんなで星を見てロマンチックに浸るのも悪くないじゃない」
 軽く頬を膨らませるゆきに、俺は顔をしかめてみせる。
「ロマンチック……ねえ。うわ、そういうの遠慮したい」
「言うと思った。じゃあ、もし誘ったりしても……」
 顔をそっと覗き込むようにして聞いてくるゆきに、俺ははっきりと言う。
「行かない」
「みんなと行くと楽しいよ、きっと」
「寒い。疲れる。行きたくない」
 今だってこんなに寒いのに、どうして休みの日までわざわざ。第一、なんでその他大勢に愛想よくしなくちゃいけないんだよ。みんなでなんて絶対にパス。
「みんなでだとだめ?」
「当たり前。その理由、おまえわかってるだろ?」
 営業スマイルの理由、おまえだけしか知らないんだからな。そこんとこ、ホントにわかってんのかよ、まったく……。
「なら、わたしと二人だったら?」
「まぁ、それなら……。って、ちがっ! そ、それでも嫌だ」
「それじゃあ、もし、わたしと氷上くん二人だったら?」
「ヤダ。絶っ対行かせたくな――」
 テンポよく質問を続けられ、俺は思わずさらっと本音を言ってしまったけれど、はっと気がついたときには遅かった。
 ゆきの奴、妙に嬉しそうな顔で聞いてくる。
「続きは?」
「う、ウルサイ。続きなんてない。つーかなにニヤニヤしてんだよ」
 思いっきり睨んでもまるで効き目なしといった感じだ。
 吹く風が冷たすぎるのか、手袋の両手で口元を覆いながら妙にニヤけた視線だけ俺へと向ける。
「べつに? なんでもなさそうな顔してたけど、実はちょっとだけやきもち妬いたりした?」
「ハッ? やきもち!? なんで俺が。どうして俺が?」
 思わず足を止めてしまった。
 平常心装ってなんでもない顔していたのに、どうしてなんだ。なんでバレた?
「さあ。……わかんないけど。なんとなく、かな? って、ちょっと瑛くん?」
 なんとなく、というゆきの言葉に、かっと耳が熱くなり、俺は足を止めて方向転換する。
 少し遠回りでも、ゆきを家の近くまで送ってから帰ろうと思っていたけど、やっぱ気が変わった。
 『なんとなく』なのに、あいつに気付かれてた。――ポーカーフェイス。
 つか、なんで『勘』でわかるんだ?
 そりゃ最後の言葉はミスったけど、それまでは普通にしていたつもりだったのに。
 なのに、それも最初からあいつは全部わかっていたみたいで、なんか悔しいし、むかつく。
 俺一人でバカみたいじゃないか。
「……帰る。じゃあな。おまえここから一人で帰れ」
「ええっ! なんなの!?」
 それはこっちが聞きたいよ、と心の中で強く思いながらも俺はちらっとゆきを振り返る。
 あっけにとられている、というか驚いている顔へと悔し紛れにひとこと言い捨てる。ガキみたいだっていうのは俺自身が一番よくわかってるよ。でも、なんか言わなきゃ気持ちがおさまらない。
「明日、絶対に雪降る!」
「な、なにそれ! ちょ、ちょっと瑛くん!」
「ウルサイ。じゃあな!」
 バーカ。
 なにそれ、はこっちの台詞だ。


 月曜日、ゆきは朝早くからひょっこりと俺のクラスに顔を出した。
 学校ではあまり呼び出すなって言ったのに、何のつもりなんだか。
 興味深げな女子の視線を受けつつも廊下に出ると、突然「手をだして」とゆきは言う。
 人目につくとことであまりゴネても余計に好奇の目を向けられるだけだから素直に手を出してみると、手の上に小さな小瓶を乗せられた。
 よく見るとその小瓶の中には星型の小さな飴らしきものがぎっしり詰め込まれている。
「……オイ、何だこれ」
 声を潜めて尋ねると、ゆきも同じように声を潜め、そして満足げに笑う。
「昨日のプラネタリウムのおみやげ。拗ねちゃうと思って買ってきたよ。かわいいでしょ、星型」
「なんだよ、拗ねるって。大体、飴なんて――」
 飴なんていらない、と言おうとした俺の言葉は、ゆきの明るい声に遮られてしまう。
「まあまあ。……コホン。――ということだから、よかったら食べてね『佐伯くん』!」
「なっ!?」
 バカ、なにでかい声出してんだ、と睨みたいところだけど、ゆきがわざと大きく声を出した本当の理由に気がついた。
 あいつ、突き返されないようにわざと言ったな。いつも『瑛くん』って呼ぶくせに、こういうときだけ『佐伯くん』なんて呼びやがって……。してやられた。
 けどそれを今面と向かって言うことができない。チョップだってできない。
 イライラが妙にたまっていくけれど、俺は精一杯笑顔を作っては愛想よく返事をする。
「ありがとう、夏川さん。大事に食べるよ」
「受け取ってもらえてよかった。佐伯くん、それじゃまたね!」
 満面の笑み。だけど少し照れたように小首を傾げて言い、それから小さく手を振って廊下を走っていく。
 その笑顔が妙に可愛くて、一瞬ドキッとした。あいつも明らかによそ行きの笑顔なのに、不覚にも心を奪われてしまった。
 ――……むかつく。かわいかったから余計にむかつく。
 おまけにこの手にある小さな星型のお土産。
 『拗ねちゃうと思って』って、俺は子供かよ。
 ガキ扱いされてつまんないしイライラする。……はずなのに、なんでこんなに顔が笑うんだ?
 たかが飴なのに。
 こんな小さなお土産一つなのに。
 こんなんで機嫌取れたなんて思われたら、なんか、ちょっと癪……なんだけど、でも、だ。
 ――癪だけど、あとでもう一回ちゃんと礼言っておいたほうがいいのかな……。
 本当は、少し――いや、かなり嬉しい……なんて思ったりして。
 作り笑顔が張り付いたままとうとう離れなくなったかと思いたくらいだけど、そうじゃないみたいだから。
 だから、今だけは無理してポーカーフェイス作るのやめた。
 嬉しくて口元が緩むから、そのままにしておこう。
 あいつももうここにはいないし、今なら素直に表情に出したって、かまわないよな。



End.
2007.06.02UP
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