ときメモGSシリーズ

ガールトーク【瑛主前提:主人公with藤堂竜子】



 話してみたら、思いのほか気さくで、何より映画の好みが一緒ということもあり、藤堂と休日に出かけることが多くなった。
 運動不足かな、と思い一人ジョギングなどを始めると、「ヒマだからつきあってやるよ、アタシも」と一緒に公園を走ってくれたりもする。そして、意外や意外、彼女はネイルやメイクの腕もなかなかなもので、ゆきのいい先生でもある。
 何より、とっつきにくい外見とはことなり、彼女はとても面倒見がいい。
 誰かが困っていると、見てみぬ振りなどはせず必ず手を差し伸べるし、またその逆も然り。相談に来る者の話を嫌な顔一つせずにきちんと聞いていやり、相手を思った上で、彼女なりのアドバイスをする。
 まさに『姐さん』という言葉がぴったりなのだが、本人は「どうだかねえ」とまるで興味のない顔をする。
 そんな藤堂が、今日はゆきの家に泊まりに来ている。
 二人揃って見逃してしまった映画のDVDが発売となり、それを手に入れたゆきが「せっかくなら一緒に見よう! よかったら家に泊まりにおいでよ」と藤堂を誘ったのだ。
 人とつるんで行動することを好まない彼女だから、断られるかなと思いきや、返事はイエス。
「アンタとなら楽しそうだし、こういう『らしい』っぽいのも、悪くないと思ってね」
 笑顔を見せる藤堂に、ゆきも満面の笑みを見せた。
 バイトをしている彼女の上がりが六時。夏休みだからこそ上がれる時間であり、普段は夜八時までしっかりバイトをしていると言っていた。
 バイトの上がりのあと真っ直ぐゆきの家に訪れ、ゆきと、ゆきの両親と共に食事を取ることになった藤堂は、最初こそ面食らった様子でいたものの、ゆきと同じくのんびりした両親と打ち解け合うのはあっという間で、笑い声さえ溢れる楽しい食事となった。
 順番に風呂にも入り、アイスティーが入ったピッチャーと、グラス2つ。そしてお菓子が乗ったトレーをでん、と用意し、柔らかいソファーも2つ。ついでに、クーラーも低めの温度で設定する。八月も末となったが、夜でもまだまだ暑さが続く。
 準備万端で今年の初めにミニシアター系で上映されたロマンチック・コメディ作品を二人揃って食い入るように画面を見つめる。
 笑いあり、ときめきあり、涙ありで最後にはハッピーエンドという、分かり易い内容。ハリウッド系のような大物出演者や、派手な演出こそないものの、シナリオが丁寧に作られており、口コミで広まり、人気となった作品だ。

 二時間と少しの間、殆ど言葉を交わすことなく静かに作品を見入っていた二人が、エンドクレジットを見終わったあと、揃って深くため息をついた。
「ハァ……。面白かったぁ……。これ、やっぱりスクリーンでみたかったなあ……」
 ゆきが既に乾ききった涙のあとを拭いながら、グラスに入っているアイスティーを飲み干す。
「ホント。これはなにがあっても見ておくべきだったよ。失敗したな……」
 藤堂もゆきと同じくグラスへと手を伸ばし、琥珀色を口に含む。
「でも……」
 グラスを持ったまま、ゆきが隣で横になっている藤堂のほうへと顔を向ける。そして、「DVDでも十分すぎるほど面白かったね!」と笑い合う。
「アタシもこの作品、買うことにするよ」
「うん、これは当たりだよね。あ、そうだ。竜子さん、ほかにもこういう感じので、なにかおススメの作品ってある?」
 映画好きの藤堂は、ゆきよりも多くの作品を見ていることもあり知識も豊富で、なにより、いい作品のビデオやDVDソフトを手元に残している。
「そうだねえ……、好みもあると思うけれど、気に入っているものは何本か持ってるよ」
 と言って、作品名、キャスト、あらすじなどを述べていく。ゆきはそのどれもが見たいと喜び、後日藤堂から借りる約束を取り付けた。
「しかし……アンタ、ここ最近こういった類のものが好みらしいけど、どうしたんだい。なにか心境の変化でもあったのか?」
 不意に、そしてずばり核心を突かれ、ゆきは「えっ……」と言葉に詰まる。それまでは、ジャンルを問わず均等に見てきたけれど、ここ最近、心境に変化が訪れたこともあり、ついつい『こういった類』が気になり、観たくなってしまう。
「……アタリ、か」
 にやっと笑い、ラグマットの上で頬杖をつきながらゆきを見る。
「う……、竜子さん、鋭いよ。エスパーですか」
「アンタがわかり易いんだって。……で?」
「で?」
 鸚鵡返しに首を傾げてゆきが言うと、眉間を寄せてため息をついた藤堂が、改めて問いかける。
「どうなってんだい、そいつとは。つきあってんのかい?」
 あまり他人を詮索しない藤堂が珍しく突っ込んでくるので、ゆきは多少驚きつつも、つきあってないよ、とブルブル首を振る。
「ふぅん。なにか、仕掛けたりしてんのかい? のんびりもののアンタのこった、あまり期待はできないけどな」
「し、仕掛けるって……ハンターみたいだなあ」
「フン。まあ、そんなのどうでもいいさ。で……どうなんだい。そうやってはぐらかしていくんじゃないよ。ハラ決めて言っちまいな。時間なんてまだまだあるんだから、覚悟しな」
 まさしく姐さん的なその口調に、ゆきは観念したように小さく息をつき、体を起こしては、すぐそばにある茶色の毛並みのぬいぐるみを藤堂の目の前にずいっと差し出す。
 藤堂はといえば、突然視界いっぱいにぬいぐるみの顔を寄せられ、面食らっている。
「オイ、なにす……」
 条件反射のようにぬいぐるみを掴み、まじまじとその顔を見つめる。
「なんだい、コレ……」
 眉を顰める藤堂に、ゆきは『カピバラ』と短く答える。
「ハア? なんだぁ、カピ……バラだって……?」
「うん。わたし、それに似てるんだって」
 話の流れがよく分からないといった表情で手にあるカピバラとゆきとを見比べていた藤堂だが、幾度か目を瞬かせた後、クッ、と笑い出す。
「…………それ言ったヤツ、なかなかいいパンチ出してくるね」
 肩を震わせて笑う藤堂に、ゆきは頬を膨らませる。
「パンチじゃなくて、本気でチョップだしてくるんだよ。本気で。わたし、毎回受けるのがくやしいから、こうやってぶつかる前に受け止めようとするんだけど……」
 言いながら、かつて父親が見ていた時代劇の中での技でもある、真剣白刃取りのまねをする。
「手が合わさるときには、もう頭にチョップがおりてるの」
 悔しさと痛さを思い出したゆきが眉を顰めていると、藤堂はこらえきれないといったように声を上げて笑う。
「アハハ、遅いんだって、アンタが。特訓しな、特訓。……って、そうじゃねえだろ。なにアタシもまんまと乗せられてるんだか。今はぬいぐるみなんてどうでもいいんだよ」
 言って、ぎゅっとゆきにカピバラのぬいぐるみを押付ける。受け取ったゆきは、カピバラの頭をそろそろと撫でながら言葉を紡ぐ。
「これ……ね、実は、男の子から貰ったんだ。誕生日のプレゼントに、って」
「……マジで?」
「うん」
「男……から、かい?」
 藤堂の問いに、ゆきは首を振る。
「……そいつは驚いた」
「うん。わたしも、驚いた」
 そして、ゆっくりとではあるが、同じ羽ヶ崎の生徒だということ、たまにではあるが、自分から連絡をして一緒に出かけたりもしていたということを、目を丸くしている藤堂に話していく。
「アンタ……なかなかやるね……。自分から誘うなんて……猛者だな」
「もさ!? う、うん? ……でもね、最初の頃は『この場所に遊びに行きたいな。多分、この人とだったら、この場所に行くのが楽しいんじゃないのかな、この場所、嫌いじゃないんじゃないのかな』って思って誘っていたぐらいで……実は、あまり細かいこと考えていなくて……」
 カピバラの頭の上にちょん、と自分の顎を乗せ、小さく呟くゆきに、藤堂は眉を上げる。
「ハァ!? そ、そんなんで誘っちまってるのか?」
「……うん。そうだったんだけどね。……最近、ちょっと違うんだ……」
 茶色の柔らかな毛並みの上に額を押付ける。
 ――最近は、違うの。
 自分から誘っていたのに、少し前から電話がかかってくるようになり、さらには『日曜、空いてるか?』と誘われるようになった。
 名前だって、『夏川』と苗字で呼ばれていたのに、『ゆき』と名を呼ばれるようになった。それが、ちっとも嫌ではなく、むしろ嬉しいくらい。自分の名前が愛おしく感じるのも、こうして名前を呼ばれるようになってからだ。
 けれど、嬉しい楽しいばかりではなく、デートのあと、家まで送ってくれた彼の後姿を見送るときは、また約束をすればいつでも合えるのに、胸が苦しくなる。
 最初の頃は平気だったのに。一人で帰っていても、『今日は楽しかったな』と一日を思い出しては笑顔になるくらいだったのに。
 楽しい一日なのに、楽しければ楽しいほど、帰り道も、別れ際も切なくなる。
 そして、鳴りそうで鳴らない携帯が、気になって仕方ない。便利であればあるほど、その存在はありがたくもあれば、時として疎ましくもある。
「……惚れちまってるんだね、そいつに」
 小さく笑いながら菓子をつまむ藤堂に、ゆきははにかんで見せる。
「どう、かな……わかんないよ」
「嬉しい、楽しい、切ないなんて、まるっきり惚れてるにきまってんだろ」
「へへ……。竜子さん、詳しいね。――詳しいっていうことは、やっぱり竜子さんも、そういう風に思う相手がいるんだね」
 にっこりと藤堂に笑顔を向けると、ゆきの腕の中にあるカピバラを奪い、特に撫でるでもなく、かといってゆきに投げつけるわけでもなく、手の中で持て余しながら戸惑いがちに呟く。
「……アンタ、時々鋭いツッコミするな」
「そうかな?」
「ああ。……まあ、いいさ。アンタの話ばかり根堀り葉堀り聞いてばっかじゃ悪いしな。……まあ、なんていうか……いる、かな。アンタがその誰かを思うみたいに、アタシにも思う相手は、さ」
 目を細め、ほんのり頬を染める藤堂が珍しく、ゆきは少しだけ嬉しい気持ちになる。こういう風に自分のことを話してくれるということが『特別な友達』と思ってもらえているようで、嬉しく思う。自分のことを必要以上にあまり話さない彼女だから、心を許してもらえているような気がするのだ。
「同じ学校?」
「……まあな」
「へえっ。わたしの知ってる人?」
「さて、どうだろうね」
「え〜……」
「えーじゃないだろ。アンタだって名前教えてくれてないんだから、アタシも言わねえよ」
 どこか楽しそうな藤堂に、ゆきはさらにえー…と軽く唇を尖らすが、藤堂はカピバラの頭を撫でながら知らん顔をしている。
「五分と五分。諦めな。まあ、もっとも、アンタが言うなら話は別だ」
「うっ……」
「言えないだろ。諦めろ」
「……え、えと……。……その、わたし、の…………好きな、ひとは……、竜子さんも、知ってる人……だよ?」
「そりゃ、同じ学校の人間なら、おそらく知ってるだろうね。同じ学年、だろ?」
「うぅ。……あたり」
「ああもう、そこまで言ったんだ、言え。言ってすっきりしちまいな。なんかこう、こっちまでモヤッとするじゃねえか!」
 両手で膝を抱えた上に、額を押付けながら、「仕方ない、言いますよう……」と弱弱しい声で呟き、すぅ、と息を吸って気持ちを落ち着かせていると、突然ベッドの上にあるゆきの携帯が、明るいメロディーを奏でながら着信を伝える。
「あっ、えっ!? わわっ、えと……えと……」
 いつになく慌てた様子でばっ、と顔を上げたゆきを見て、藤堂は目を丸くしているが、携帯と藤堂を見比べながらおろおろしているゆきの様子に、ただ事ならぬことを感じたのか、目を細めて笑う。
「……アタシのことは気にすんなって。ほら、出なよ」
「い、いいの?」
「ただし、長電話は禁止、な?」
 言って、ゴロンと背中を向ける藤堂に、ゆきは小さく拝みつつも、慌てて電話に出る。
「もしもし、瑛くん? ご、ごめんっ。…………うぅ、わざと出なかったわけじゃないよ。どうしたの、こんな遅い時間に。………………え、今度の日曜? うん、空いてるよ。…………空中庭園? うん、いいよ、行こうよ。…………じゃあ、はばたき駅で待ち合わせね。……はい?………うっ、わかってますよう、遅刻しません。はいはい、瑛くんこそね。…………うん、電話くれてありがとう。じゃあ、またあさってに珊瑚礁でね。…………おやすみなさい」
 嬉しいお誘いの電話を笑顔のままで切ったゆきがみたものは、ゆきと同じぐらいご機嫌な笑顔を浮かべている藤堂の表情。
「……聞いてた?」
 耳まで真っ赤になりながら藤堂をじと、と見つめると、聞こえてた、と笑みを含んだ声で返される。
「恥ずかしいなあ……。でも、内緒だよ。来週出かけるのは竜子さんとわたしだけの秘密だからね?」
 両手をラグの上について、神妙な顔つきで藤堂の顔をじいっと見つめると、今度は驚いたように目を丸くした藤堂が、やがてはぱちぱちと目を瞬かせながら言葉を紡ぐ。
「ハァ……、激しく鈍い。……アンタ……、突っ込むのはそこじゃないだろ。…………自分で好きなオトコの名前言ったのを、気付いちゃいないのか?」
「えっ……」
 慌てて口を押さえるゆきに、藤堂はにやりと笑ってからかう。
「瑛くん、ねぇ……? ふぅん。そうか、そうだったのか……。なるほど、ねぇ」
「たっ、竜子さん……っ!!」
「フッ。……瑛くん」
「キャー!!」
 羞恥で頬は勿論、耳まで真っ赤になったゆきが、藤堂にクッションを投げつけたことがきっかけで、その後はきゃあきゃあ言い合いながらしばらくクッションの投げ合いが行われた。
 それはまるで来月の修学旅行中に必ず行われるであろう枕投げ大会の予行演習のよう。
 ゆきと藤堂はお互いに息が切れるまで続け、終いにはぐったりと床へと倒れこむ。
 息切れをしながらも、ゆきは何度も何度も確認をした。それこそ、藤堂が音を上げるくらいに。
「……竜子さんっ、ぜったいに秘密だからね」
「ハイハイ。わかったよ」
「ホントにホント?」
「あー、もう、ホントホント。ったく、いい加減信じろ。何回このやりとりをしてんだ!」



End.
2006.09.11UP
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