ときメモGSシリーズ

Bitter and Sweet【瑛主】



 好きな人が料理上手というのは、どうなんだろう、とゆきはチョコレートケーキを前にして思う。
 「練習品。食べてみろ」とたまに佐伯から渡されるケーキはどれもおいしく、これ以上改良する必要などないくらいに思えるのだけど、『彼』は納得しない。
 一通り客が引いた店内には、休憩と称し、珊瑚礁スタッフ分のコーヒー――といっても、マスターと佐伯、ゆきの三人だが――が薫り高く広がっている。
 ゆきはカウンターの椅子に浅く腰掛け、何度か足をぷらぷらさせながら、カウンターの向こう側にいる彼――佐伯瑛の端正な顔をじっと見つめる。
「十分おいしいのにな。まだ何か手を加えるの?」
「そう。コーヒーとケンカをしない甘さ、苦さにするのが難しいんだ。なんか……少し甘すぎるような気がするんだけどな。……なあ、甘すぎないか?」
 言いながら佐伯は自分でもひとくち含み、神妙な顔をする。そして首を傾げ、納得がいかないといったように眉を寄せる。きっとまた改良を重ねられることは間違いない。
「そうかな。わたしはこれくらいが丁度いいよ。好きだけどな、このケーキ」
「サンキュー。ま、お子様のおまえには甘いぐらいが丁度いいんだろうけどな?」
 最後の一言は余計だが、褒められたことはまんざらでもないような顔で答える。
「もう、好みの問題って言ってよ」
 しつこくないチョコの甘さがまだ口の中にふんわりと残っている。ほろ苦さと適度な甘さ。そこにまたひとくち。
 佐伯はさらにケーキを食べることはなく、フォークを皿の上に置く。
「おいしい……」
 そう小さく呟いて、ゆきはきれいにコーティングされたチョコレート色を見つめる。
「お気に召していただけたようで、何より」
 佐伯は冗談めかして言うが、ゆきにとっては世辞抜きで丁度いい味。
 ――やっぱり、おいしいよ。
 スウィーツを取り扱っている人気店には必ず行くという西本はるひや、彼女に半ば強引につき合わされている小野田千代美たちと学校帰りにお茶をして帰ることも多くあるが、佐伯の作るケーキはゆきにとっては一番食べやすく、舌になじむ。
 けれど、食べているばかりでは申し訳なく、自分でも何かできることはないだろうかと自宅でケーキやクッキーを焼く練習をしてみたものの、それはあくまでも素人の域の美味さで、佐伯のように味も見栄えもいいというわけにはいかない。
 味見をしてもらった佐伯には「上出来、上出来」と頭をなでられた。褒められたことは嬉しいとは思うが、なんとなくすっきりしない。
 「納得いかない」と眉間にしわを寄せ、首をかしげながらも菓子作りに精を出す佐伯も、きっとこういう気持ちなのだろうか。
 だとしたら、菓子の世界は思っている以上に奥が深く、学校の勉強よりもずっとずっと難しそうだ。
「佐伯くんさ、バリスタもいいけれど、パティシエにも向いてそう。佐伯くんがパティシエだったら、わたし、毎日でもお店に通うよ」
「それはどうも。だけど、毎日なんて通ってみろ。おまえ、ブタになるぞ」
 頬杖をつき、思い切り意地悪そうな笑顔で斜めに見る佐伯に対し、ゆきは軽く頬を膨らませる。
 年頃の女性に対してブタとは随分失礼な発言だが、ゆきは悪態をつく彼に大分慣れたこともあり、ムキになって怒るようなことはしない。
「だからそれは、ブタにならないようなケーキを開発してくれなくちゃ」
「なんだそれ。大体、そんな都合がいいもんがあるのか」
「何かを口にする以上、まったく太らないっていうのはないだろうけど、でも低糖とか、低脂肪っていうのなら聞くよね。佐伯くんなら作れるって」
「まあ、な……やる気になれば、それなりに……。って、オイ。やっぱり俺に作らせるのかよ」
 あと一押しすれば、本当にレシピを考えてくれそうな雰囲気だったが、ふと我に返った佐伯はチョップをするような仕草を見せる。
「えへへ、だめかな」
 頭を軽く抱えながら笑うゆきは、冗談ぽく甘えるような声で尋ねるが、その効き目はやはりまったくといっていいほどなかった。
「却下。んな可愛い声出してもダメ。そんなの、おまえが作ればいいじゃん。そこそこ美味いの作ることができるんだから、やればできるだろ。人をあてにすんな」
 額を軽く指先で突つく佐伯に、ゆきは残念そうに肩を落とす。
「作ってもらうことに意義があるのに」
「バカ。そんなの俺だって同じだ」
「うー……。……あ!」
 唸りながら、皿に小さく残っているケーキを口にする寸前、ふとあることを思いついたゆきは、短く声を上げる。
「……なんだよ」
「なら、競争しようか?」
「は!?」
「低カロリーケーキを、二人でそれぞれに考えて作るの。で、どっちがおいしいか交換して食べ比べ。これなら佐伯くんもわたしもお互いのが食べれるよね。あ……でも、競争するわけだから、二人で食べ比べてちゃいつまでたっても決着がつかないよね。……うん、そうだなあ……、最終審判はマスターにお願いするっていうのはどうかな」
 これならお互いに作ってもらって食べるっていうのができるでしょ? とゆきはにっこり笑みを浮かべる。さらには一石二鳥のいいアイディア、と自画自賛する。
 負けず嫌いの佐伯にやる気を出させるには、「勝負」や「競争」といった強気の言葉を出すと、かなり効果的だということは、佐伯との付き合いの中で学んだひとつ。それを生かすチャンスとばかりに、ゆきは話を持ちかける。
「おまえさ、そこまでして甘いもん食いたいの?」
 あきれたように佐伯が言うが、ゆきはそれでも引かない。
「うん。……スウィーツ、大好きだもん」
 ――好きな人が作るから、余計に。
 そう心うちで呟きつつ、佐伯を見る。心の声は、まだ秘密。そっと自分の内側にしまっておく。
「それとも……佐伯くん、低カロリーとなると、自信がないとか……?」
 わざと煽るようにちら、と視線を流すと、片眉をピクリと跳ね上げた佐伯がコホン、と大きく咳払いをし、カウンターから身を乗り出す。
「自信がないなんて誰が言った、誰が。っていうか、お前誰にケンカ売ってるのか、わかって言ってるんだろうな?」
 にや、と不敵な笑みを浮かべているが、まんまとゆきの作戦に乗せられていることをきっと佐伯は気づいていない。
 日頃ゆきのことを「鈍い」と馬鹿にするが、そう言う佐伯も変に鈍いところがある。それが、まさに今のこの状況。
 おそらく少し時間が経ってから、ゆきにまんまと乗せられたことに気づくのだろうけれど、それは後の祭りというやつだ。
 ――こういうところ、可愛いんだよね、佐伯くん。
 それを言うと、ぜったいに怒るから黙っておくけど――と、ゆきはふきだしそうになるのをこらえ、小さな胸をそらして言葉を返す。
「わかってるよ。佐伯くん、わたしよりお菓子つくるの上手だけど、わたしだって負けない。だから、がんばって勝負を挑むからね」
「気に入った。いい度胸だ。よし、受けて立つ」
「やった!」
「……で?」
「え?」
「まさかただの勝ち負けじゃないだろ。勝者には何が用意されるんだよ」
 喜んだのもつかの間、楽しそうな佐伯の言葉に、ゆきは返事に困る。
「なんだよ、まさか何も考えてなかったのか? ったく……」
「うーん、どうしよう」
 思案に暮れるゆきと、渋い顔をする佐伯とは対照的に、穏やかな声が背後から静かに響く。
「随分楽しそうな話だね」
 振り返るとそこには柔らかい笑みを浮かべたマスターがいて、カウンターに空いた皿を幾つか載せていく。
「あ、マスター。ええと、今度佐伯くんと低カロリーお菓子作り対決をするんです」
「対決言うな」
 自分が使った分の皿と、カウンターに載せられた空の皿とを下げながら、ボソッと呟く佐伯に、マスターは目を細める。
「いいライバルが現れて、瑛もうかうかしていられないねえ」
「ライバルって、こいつが?」
 眉を顰めとても嫌そうな顔をする佐伯に、ゆきは少し口を尖らせる。
「失礼な。そんなに嫌そうな顔をしなくても……」
「そうだよ、瑛。女性に対してそういう態度はよくないな」
 二人にそろって言われてしまい、佐伯は面白くなさそうに口を閉ざす。息をついた後、小さく「悪かったよ」と呟くその声に、マスターとゆきは目を合わせて笑う。
「……まあ、絶対に俺が勝つに決まってるけど、とりあえず挑戦だから受けておくんだ。じいちゃん、……いやマスター、審判頼んだからな」
「審判?」
 驚いたように聞き返すマスターに、ゆきが答える。
「あ、はい。二人で食べ比べてるだけじゃ絶対にお互い譲らないと思うんで、マスターに審判になっていただけたら、と思ったんですけど……だめ、でしょうか?」
 知らん顔をして皿洗いをする佐伯と、心配そうな表情を浮かべるゆきとを見比べながら、マスターはふっと優しい笑顔を浮かべる。
「……こう見えても、わたしは甘いものにはうるさいよ? 好きが高じてこういう仕事をしているっていうのもあるしね」
「じゃあ……」
 目を輝かせ、マスターを見上げるゆきの声が自然と明るいものになる。
「引き受けましょう、わたしでよければ」
「やった! よかったね、佐伯くん!」
 椅子から腰を浮かせて、佐伯に満面の笑みを向ける。足が高い椅子に座っていたので、途中よろけて佐伯に驚かれはしたものの、それでも笑顔を崩さない。
「べつ、に……俺は……。ていうか、絶対に俺が勝つから、構わないけど」
「うん、わかってるけど、わたしだって頑張るもの。目指せ逆転勝利! 打倒佐伯くん!」
 佐伯に向かってブイサインをするゆきの指を無理やり閉じさせるように、佐伯は笑顔のまま片手でゆきの指を軽く握り締める。
「なんだって? 逆転勝利……? んなの、ぜったいにありえない。意地とプライドと名誉にかけて、ぜーったいに俺が勝つ」
「え、どんな名誉なの」
 無理矢理閉じさせられた指を広げようと、佐伯の手を解こうとするゆきが、目を丸くして尋ねる。
「ウルサイ。変なとこつっこむな」
 空いている片手でチョップかと思いきや、水を触って濡れたままの手で、ゆきの顔に向けてぴっと水をはじく。
「わっ、反則! チョップじゃないなんて」
「ほぅ。チョップのほうがいいのか、おまえは。そうか……なら」
 楽しそうに身を乗り出す佐伯から逃れるべく、ゆきはカウンターを離れる。
 そんな二人のやり取りを笑顔で見ていたマスターだが、穏やかな口調でストップをかける。
「はいはい、そこで終了。二人がいいライバルなのはよくわかった。仲がいいのもよくわかったけれど、まだ仕事中だということを忘れてはいないかな?」
「あっ……。す、すみません! ついはしゃいじゃって……」
 ちらと店内に目を配り、しまった、といったように肩を竦めてマスターに謝るゆきに、佐伯はそうだそうだ、と自分のことはさておきで突っ込む。
「お嬢さんだけじゃないよ。瑛、お前も一緒。反省の色が見えないようじゃ、勝負はお嬢さんに分がありそうだ」
 ゆきに目配せをし、ね? といった風に同意を求める。
「え、そんな冗談じゃ……」
「そうそう、反省したまえ、佐伯くん」
 いつもこてんぱんにやられていることもあり、ここぞとばかりに胸を張り、佐伯をぴっ、と指差す。
 嫌な顔をされると思いきや、少しの間の後、思っていたのとは正反対の笑顔を向けられ、ゆきは少なからずとも驚き、怯む。
 ――う。笑顔……。なんか、コワイ。
「夏川。おまえ、帰り送ってやらない。暗い夜道、一人で帰れよー?」
 嫌な予感は的中するものだ。
「ええっ!?」
 日が暮れるのも早くなったこの頃。女の子一人で夜道を歩かせるには危険だというマスターのはからいで、夜九時以降の上がりのときは佐伯に家まで送ってもらっているのだが、佐伯はそれを逆手に取った。
 遊園地のお化け屋敷は勿論怖いが、所詮は人が作った物。必ずどこかのポイントで驚かされるなにかがあるとわかっているからある程度気持ちにも覚悟ができるが、外ではそうはいかない。
 誰かがいるような気がして、途中何度も振り返りながら夜道を歩いていたゆきにとっては、佐伯が一緒にいるというだけで心持が随分と違っていたのだった。
「なーに、怖くない、怖くない」
「うぅ、ひどい」
 じと、と佐伯を見つめるゆきだが、佐伯はまだにっこりとしている。
「ひどくない」
「…………ごめんなさい」
 結局こうなるんだ……と、しゅんとしながら小さく謝るが、聞こえない、とにべもなく返される。
 笑顔で皿洗いをしながらも、つんとした態度の佐伯に、ゆきはもう一度カウンターに近付いて背伸びをし、のりの効いたシャツを軽くつまむ。
 ――怖いの、嫌だ。だって、最近変な人見かけたって学校で噂になったんだもん。
 ただでさえ、物騒な事件が多くある昨今。自ら進んで危険の中に身を置く必要などないし、自衛策があるなら、それをしておくに越したことはない。
「な、なんだよ」
「……変な人出るって」
 小さく呟くゆきの様子が少し違うことに気がつき、佐伯は目を瞬かせる。
「え?」
「最近、変な人見かけるって聞いたの」
「……マジで?」
「うん。だから……その、途中まででもいいから、送ってください……。……だめ、かな……?」
 ここで断られたら本当に一人で帰るほかないや、と一人夜道を歩くことを半分覚悟しつつも、どうしても不安がつきまとう。ついつい眉も下がりがちになるし、声も小さくなる。
 反応がないのが気になり、ちらと視線を上げると、同じくこちらを見ていた佐伯と視線が合う。
 複雑な表情を浮かべながらも、慌てて目を逸らした佐伯が、瞼を閉じて短く呟く。
「ち、ちゃんと送るから、そんな顔するな」
「……本当?」
「本当。――ずっと送ってやるから、安心しろ」
「よ、よかったあ。ありがとう、佐伯くん。ちょっと……ううん、かなり怖かったからそう言ってもらえると、すごく嬉しい」
 ほっと胸をなでおろしながら、笑顔で顔上げると、顔を横に向けたままの佐伯が、視線だけをこちらに向けてため息混じりに何かを呟くのが聞こえる。
「……反則だ、マジで」
「え?」
「なんでもない!」
 強く言って、佐伯は再び皿洗いを始める。そして、それまで二人のやり取りを黙って見つめていたマスターも、笑いをこらえきれない様子で肩を震わせている。
「お嬢さんは最強かもしれないねえ」
「じいちゃん!」
 精一杯トーンを落としながらも佐伯が真っ赤な顔で声を荒立てる。店ではマスターと呼ぶのが決まりのはずなのに、それをすっかり忘れてしまっているようだ。
「はいはい」
 二人のやり取りの意味がわからないゆきは、楽しそうなマスターと、真っ赤な顔をしている佐伯とを見つめながら、首を傾げたのだった。


 後日予定通りスウィーツ対決が行われ、思いのほかゆきが健闘したこともあり、マスターの下した結果は、両者とも「一位」というもの。
 その判断に驚くゆきと佐伯の二人にマスターが渡したものは、遊園地の招待券。目を丸くする二人に対し、賞品だよ、とマスターは微笑む。
「じいちゃん、これ……!」
「うん。一位をとった二人への賞品だけど、ご不満かな」
「べ、別に不満なんて……。っていうか、店どうするんだよ」
「あ、そうか。わたしたち二人とも抜けちゃったら、お店のほうが……」
 ゆきが眉尻を下げると、マスターは心配しない、と明るく笑う。
「臨時休業も必要だろう。わたしも老体なんでね、たまには息抜きもさせてもらわないと。それに、このシーズンだったら、一日ぐらい大丈夫だろう。……というわけさ。二人とも行っておいで。賞品というのは勿論だけど、いつも手伝ってくれているお礼とでも思ってもらえればいいよ」
「お礼って……そんな、わたしちゃんとアルバイト料をいただいてますよ」
「俺だって、別に金が欲しくて手伝ってるわけじゃない」
「おや、忘れたのかい? これは賞品も兼ねていると言ったはずだよ。素直に受け取ってはもらえないのかな?」
 目配せするマスターに、ゆきは少し間を置いたのち、深く頷く。
「じゃあ、遠慮なく頂きます。マスター、本当にありがとうございます」
「夏川?」
 目を丸くしたままの佐伯にも小さく頷き、笑顔を見せる。
「佐伯くん、一緒に行こう。せっかくマスターが用意してくれたんだもの。……ね?」
 最初はためらっていた佐伯だったが、マスターとゆきの笑顔を交互に見比べて、ため息混じりに答える。
「ああ。……そうだな、行くか。せっかくだし、な」
「行っておいで、二人で」
 マスターの言葉に、佐伯が小さく笑みを浮かべたとき、来客を知らせるドアベルの音が柔らかく店内に響く。女性の楽しそうな声が聞こえてくる。
「……おっ、いいタイミングでお客様がいらしたようだね」
「はいっ」
 笑顔のゆきが、カウンターの席から立ち上がり、さっと人数を確認する。
 そして、カウンターの上に置かれてある食べかけの皿を下げようとしたとき、佐伯に手で軽く制される。
「ここは俺が片付けておくから、オーダー、頼むな」
「あ、うん! じゃあ、こっちはお願いね」
「ああ」
 手早くトレーに人数分の水を用意し、テーブルへと向かおうとするゆきに、佐伯は声をかける。
「あ……、夏川」
「うん?」
 軽く振り返るゆきに、佐伯はそれぞれの手作りスイーツが載った皿を軽く持ち上げる。
「あとで、ゆっくり食べるか、これ。――おまえの、すごくうまかったから、作り方教えて欲しいし、さ……」
 後半、少し照れたように言う佐伯に、ゆきは息を呑む。
「えっ……」
 ――佐伯くん、今、『すごくうまかった』って、言ってくれた……?
 作っている途中、酸味が強すぎたり、きちんと固まらなかったり、しつこい甘さになったりと、苦労をしながらつくったベリーのババロア。
 母親に呆れられようが、頑張りすぎて明け方になろうが、それでも練習を続けた分、マスターから両者一位と聞いた時には、すごく嬉しかった。
 気遣いがあっての判断だとしても、とても嬉しかったのだ。
 けれど、もっと嬉しいのは、やはり目の前にいる人物からのたったひとこと。
 たったひとことが、自分を笑顔に変える。
「うんっ! 一緒に食べよう」
「よし。じゃあ、オーダー行って来い」
「はーい」
 明るい返事をし、最後に佐伯の手にあるレアチーズケーキと、自分の作ったベリーのババロアとを見つめ、そして佐伯を見つめる。
「ん? なんだ?」
 軽く眉を上げる佐伯に、ゆきは思っていることを改めて口にする。
「やっぱり、わたしは佐伯くんが作ったお菓子、大好きだよ」
 ――本当に、だいすき。
 言葉に詰まっている彼を背に、話で花を咲かせている女性客のもとへと向かい、いつもよりも明るい笑顔と声とで対応をする。

「いらっしゃいませ。喫茶珊瑚礁へようこそ」



End.
2006.09.03UP
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