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■プロローグ
恒例の「月プロ(月曜日プロジェクト:懇親会)軽井沢旅行」が、今年も上天気に恵まれた5月8日、9日に実施されました。今年は諸事情があって、菅原さんと中谷さんが参加できませんでしたが、新しく坂本君に加わってもらい、本旅行の目的をつつがなく継続し、来年に向け更なる発展を期していきたいと企画されたものです。
行きの黒瀬号車の中では、もっぱらテニスについて、私(河合)と坂本君がどの程度まで持続できるか、というより、好天気の下、いかにビールをうまく飲むためには、どの程度身体を動かすべきかの話に集中していたように思います。まさか、後述するとんでもない事件が起こり、軽井沢のローカルな一羽のカラスを、我がメンバーが見えざる意図に操られた脇役を競演させられることで、一躍この旅行の主役に祭り上げようなどとは、思いもよらないことでした。
伝統を誇るこの旅行で、かつて遭遇したことのない、恐らくこれからも遭遇しないであろうこの珍事件を全員で分かち合い、永く語り繋いでいくのも意味のあることだろうと思い、二人の記憶の断片を繋ぎ、針小棒大化に駆られようとする邪(よこしま)な想念と闘いながら、その顛末についてまとめたものです。
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■顛末の第一章(偶然の幕開け)
今思えば、このとんでもない事件には、いくつかの偶然が重なっていたことが分かっており、そのどれか一つでも欠けていたとしたら、決してこのような事件には遭遇していなかったに違いありません。
しかしながら、その偶然の幕開けは、高揚したルンルン気分で山荘に到着したその時に、静かに幕が切って下されたのです。
もちろん、到着は言後さんの方が早く、すでにテニスウエアに着替え、駐車場で我々をお待ちしていました。黒ちゃんが若干あせり、車のトランクを開け放ち、私と坂本君に「早く支度をするように」との指示を飛ばし、急(せ)かすように、当日ドンチャカ遣るために仕入れておいた種々(くさぐさ)の飲食物を取り出し、「テニスより飲むことをお考えのようでしたら、これらの中のビールは冷やされて置いた方がいいのではないでしょうか」ときたのです。
もとより、言われるまでもなく私と坂本君はこのために来たようなものですから二つ返事で了解したのですが、氷をどこで仕入れるたらいいのか一瞬迷っておりましたところ、「それは当然山荘の管理人にお願いすべきでしょう」との重なる激励(にしてはトンガリのある)のお言葉を頂いたのであります。
そりゃそうだと納得し、ビニール袋にしこたま仕入れてあったビールとその他のつまみ類を入れた袋をさげ、山荘の扉を叩き管理人をお呼びしたのです。
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お客様を受け入れる時間には相当早すぎる時刻だったせいか、管理人はなかなか出てこられず、少しイライラしかけた時に、明るい声が響き管理人が現れました(我々はこの時には、この人がてっきり管理人だと思った)。
この方に、訳を話しこの袋(ビールの入った)に氷を少し分けてくれませんかと頼んだところ、想定を超える量の氷を詰めてくれたのです。
まさかこんなサービスなどしてくれるとは思ってもおりませんでした。ダメもとで頼んだのであって、もし断わられれば、これらを部屋に持っていくしかなく、この日外で飲むことは諦めるしかなかったのです。
さらに、この方が管理人であったなら、氷をこのように大量にいれてくれていたかどうか、場合によってはお断りされていたかもしれません。
後で気がついたのですが、この方が山荘のシェフだったのです。そしておそらくお酒好きな方だったのかもしれません。我々の意図を充分過ぎるほど理解され、2、30分後にはちょうど飲みごろのキュンと冷え切ったビールになるよう配慮してくれたのです。
正にこのifがなければ、このような事件は起こらなかったに違いありません。この事件が幾多の偶然が重なりあったその第一の幕が切って下された瞬間でした。そしてこの日起こった事件の顛末を予感させたものであったともいえるでしょう。
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■顛末の第二章(いざテニスだの偶然)
テニスの好きな言後さんと黒ちゃんは、颯爽とコートに入り準備運動を始めましたが、私と坂本君には、どうしたらうまいビールを飲めるかが問題であって、まずは、持ち込んだ荷物を置く場所を探すのに傾注したのであります。
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そういえば、昨年はコートの脇にパラソルがあって、その下あたりが日陰になり、絶好の荷物置場になった記憶がよみがえりましたが、今年は、そのパラソルがどこを見ても見当たりませんでした。加えて、昨年は菅原さんが隣家の巨大犬をからかい疲れた後、ビールを自販機から求め、パラソルの下で独酌しながら我々のテニスをひやかしていたのです。つまり、今思えば昨年は、その周辺には招かれざるごときものが付け入る隙もなかったのです。
ところが、今年はパラソルもなく、独酌して招かれざるものの付け入るすきを与えない人もいなく、食堂建屋の端の日陰に荷物を置くしかなかったのです。
それでもこの時には、このようなとんでもない事件が起ころうとは夢想だにしませんでしたが、ここに明らかに、第二の偶然の重なりがあったのです。
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■顛末の第三章(素人が夢中になりすぎた偶然)
元々、人はあるものに夢中になりすぎると、本来やり遂げなければならない執着への集中心が薄れてしまうようであります。
私と坂本君がこの日やり遂げようとしていたことは、最高のお日和のもとで、最高のビールを飲むことであって、そのために適度に身体を動かすことであったのです。決して、身体を動かすことに執着するのではなく、ビールを飲むことに集中すること、そしてそれは、当然のことながら、両人のテニスの腕前を勘案すれば間違っても、テニスに夢中になるなど起り得るはずがありませんでした。
ところが偶然が重なることが、いかに恐ろしいことかということが起こってしまったのです。下手な二人が結構なラリーを続けられたという偶然が重なり、疑心暗鬼に駆られるままテニスに没頭、のめり込んでいってしまったからです。
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「おめえーさん、結構やるじゃないの」と言いつつ、ものの10分も経った頃(実際は、その2、3倍くらいの時間が過ぎていたと思われる)、言ってみれば、本来やり遂げなければならない執着への集中に欠けた時間が、あまりにも長かったことを思い知らされることが起こっていたのです。
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ラリーがヘタリ、これが当たり前の腕なのだと納得し、よろける足を引き摺りながら後ろにボールを・・・。その瞬間、我々が今日果たさなければならない目的が鮮明に蘇り、ビールに眩んだ目は、一羽のカラスが、我々の大事な荷物を物色し、スナックの袋を突っついている狼藉を見逃さなかったのです。
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■顛末の第四章(荷物の中身と、ある植物の意図を知らなかった偶然)
人間、自分の一番大事にしているものを、想定もしない輩に、想定もしない狼藉を受けると、想定もしなかった怒りに駆られ、想定もしない大声が出るもののようで、「こらあー」と何年ぶりかの声を張り上げ、そのカラス奴(め)を追い払ったのです。
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急いで私と坂本君が荷物の置き場まで駆け寄り、被害を確認したところ、大きなスナック袋が破かれているのが、目に飛び込んできました。
「ちくしょう―、カラスの野郎め」をはじめ、ありとあらゆる罵詈雑言を浴びせましたが、怒りは収まらず、過去に経験したカラスの被害を並びたて、怒りの収まるのを待つのに、少しばかり時間を要することとなったのです。
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やや冷静さを取り戻したころ、ところで被害の状況はいかがなものかと、袋の中身を全部点検することとしました。
レジ袋の外に引き摺り出されていたスナック枝豆は、袋は大きく破かれてはいたものの、中身はOKと両者で確認。
しかしながら、狡賢いカラスのことだから、と、坂本君が袋の中を一つひとつ取り出し被害の確認をさらに続けたのです。
「ビール、よし!」、「裂きイカ、よし!」、「とんがりコーン、よし!」、「煎り豆、よし!」、「ん、と、これはなんだ?」そこには、およそこの旅行にはそぐわないと思われる生の植物がありました。
「ウド? じゃないのか」「なんでこんなところに、ウドが入っているんだい」そんな会話が交わされましたが、特段気にもせずに、被害のなかったことだけは確認できました。
この植物が、後にこの事件を解くカギとなったのですが、この時点では全く気付いてはいなかったのです。
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一通り確認しましたが、スナックの袋が破かれていた以外は、特段の被害も認められず、幾分ほっとした気持ちと、カラスに対する敵愾心の入り混じった複雑な思いが口からほとばしり、「カラスめ!」、「カラスが!」、「カラスだ!」とわめきながら荷物を安全なコートの中に避難させたのです。
この二人の行動をコートの中の言後さんと黒ちゃんが“カラス?いったい何が起こったのか?”と、不思議に思われたらしいのですが、もっともなことと思います。ひたすら健康的にテニスに没頭していて隣のコートで繰り広げられていた一部始終を一切関知していなかったお二人には、呪文を唱えている二人は、確かに異様に見えたに違いありません。
ところが、しかし、この時点でカラスの狡賢さが、一枚上手であったことには知る由もなかったのです。
もしも、袋の中身の全てを把握していたなら、また、生の植物の意図が分かっていたなら、次に続く事件は未然に防げていたに違いありません。
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■顛末の第五章(カラスの飽くなき狙い)
私と坂本君は、本来の目的である飲むことに、すっかりモードがチェンジされたのですが、想定外のトラブルに遭遇したことによって、最適な身体の状況でビールを飲むには、いささかダレてしまっていました。だから、テニスでもうひと踏ん張りしなければならなくなってしまったのです。
ところが、久しぶりに美味いものに目を付けたカラスが、易々と諦めるはずもなく、虎視眈々と、場所を変えた荷物をコート脇の木の枝から狙っていたのです。このことが気にかかり、先ほどまで続いたラリーは望むべくもない状態に陥っていきました。
後に、カラスは折角あのものを手に入れたのだから、生の植物を手に入れたかったに違いなく、だから、ずっ−と狙いを付けていたのだろう、との強引な想像が掻き立てられ、酒の肴になったことがご理解いただけるものと思います。
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■顛末の第六章(本事件の幕開け)
カラスは、我々の監視のしつこさを理解したらしく、我々の残りの荷物に狙いをつけることをあきらめ、どこかに行ってしまいました。
今思えば、彼は本日の収穫を2、3割は落としたが、そこそこの収穫に有り付けたことに満足したのかもしれません。でも、肝心な獲物を手に入れることのできなかった悔しさが、飛び立つ際の「クワアー、コノオー、アホオー」の鳴き声に滲み出ていたように思われました。
我々のしつこさが執拗を極めたのは、つまみにうるさい飲兵衛にはご理解いただけることでしょう。彼がいなくなったことに清々した気分を取り戻すことが出来、ラリーも続き、身体も快く疲れ果て、飲むには絶好のコンデイションを整えることが出来たのでした。
これが、前代未聞の事件の序章になるとは気がつく由もなく、我々二人は当初予定していた行動を開始したのです。
テニスに一心不乱に打ち込む言後さん、黒ちゃんをしり目に我々は最高の日和の中、最高のビールを飲むための、最高の場所を探し求めたということです。
ところがこの場所にも、本事件の直接的な切っ掛けを暗示する偶然が潜んでいたのです・・・天が事件の本番に導く仕掛けは恐ろしく精緻だったのです。
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■顛末の第七章(本事件の勃発)
身体を適度に疲れさせた後のビールの美味さは、例えようもなく、この世に生れて本当に良かったということを、しみじみと感じさせるものでありました。
微妙な体の疲れ具合、絶好なお天気、目に沁いるグリーンの芝生、のど越しを絶妙に刺激するビールの冷え具合等々、正に我々飲兵衛にはこれ以上望むべくもない設定された環境に、ハイな気分になっていったのは自然な流れともいえたでしょう。
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そして、ビールを口にするスピード、その量に拍車が掛ったことは言うまでもありません。
鮮やかなグリーンが映える芝生が、我々を大自然に同化させんと誘い始めたとき、極楽を満喫する溜息の連発は止まることなく、宇宙に存在する一小動物としての解放感が頂点に達したのです。
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そして、坂本君が突然、その誘いに釣り込まれ自然に同化せんとばかりに、芝生のなだらかなスロープを丸太ん棒よろしく寝っ転がり始めたのです。
その刹那、彼の奇妙な、解放感を打ち消す「なんだ こりゃあ!」の悲鳴が轟き、それが正に大事件勃発の幕を切って下ろした瞬間となったのです。
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■顛末の第八章(いったい何が起こったのか その@)
坂本君が慌てまくっている。いったい何が起こったということなのか?
私の素朴な疑問に、「Tシャツに黄色いしみがくっ付き、変な匂いがする」との第一声が上がった。そしてすかさず「なんか、酢味噌の匂いがする」との第二声が続いた。
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「そんなバカな!」と返しつつ、「その辺をよく調べたらどうか」とも言ったように思う。
二人で周りをよく見ると、透明なトレイの入った空の袋と、ジュースパックみたいなようなものが発見されたのです。
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よくよく調べてみると、ジュースのパックもどきのものは、酢味噌のパックであることが分かり、しみの正体が酢味噌であることが確認されたのです。が、なんでこのようなきれいな庭に、このようなものが落ちているのか理解に苦しむ事態に陥ったのです。
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さんざん話し合った結果、恐らく、マナーの悪い輩がこの庭に、ゴミを捨てていったのだろうとの結論が一番妥当性の高いものに思えました。
そしてこの結論を少しも疑うことなく、「トイレに行って、直にTシャツのしみを洗い流したらどうか」と、アドバイスをしたことを思い出します。
この時、もう少し冷静に分析をしていたなら、この事件が大きくなってはいなかったであろうと思うのですが、アルコールが入り、躁の状況に陥っていた我々には、これが限界でありました。こんなきれいな手入れのいき届いた庭に、このようなごみが捨ててあること事体不思議なことで、もっと疑うべきだったのにと悔やまれるのですが、天の精緻な仕掛けを見破られなかったのです。
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■顛末の第九章(いったい何が起こったのか そのA)
坂本君は、急いでトイレに駆け込み、Tシャツを水洗いしたようでした。
もとより、全てを洗うとは思ってもいませんでした。しみのついた部分だけを洗い落とし、その後は、それを羽織ながら、更なる飲み会を続けようと思っていたからです。(品の良い庭で、裸で飲むことはあまりに品性に欠けるとの常識はかろうじて保有していた積りです)。
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ところが、坂本君がしみを洗い落としたばかりのTシャツに腕を通しながら上半身裸でトイレから出てきたことがまたひとつの事件を生んだのです。
コートの中でテニスをしていた、言後さん、黒ちゃんはコートの中から坂本君の裸姿を見て、いったい何事が起ったのか、びっくりしたとのことでした。
そりゃそうでしょう、その行動が、二人にあらぬ想像をさせてしまうには充分すぎていたからです。
曰く、彼は、素っ裸でトイレに入る奇癖があるのだろうか、果ては、トイレで凡人の思いもつかない行動をすることが好きなのだろうか、等々邪推をたくましくしてしまったとのことでした。
加えれば、品性高い軽井沢にまで来て、裸で闊歩するなどありえませんから。
しかし、被害者の坂本君にしてみれば、このような誹謗よりも、「なぜだ!」 「なぜだ!」の疑問が優先したことだけは間違いないところだったのでしょう。
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■顛末の第十章(入浴が事件の解を解くカギとなるのか?)
坂本君が、半身裸で濡れたTシャツを羽織りながら戻ってきたこともあり、そして、疲れがどっと押し寄せ、外で味わうビールのうまさが峠を越し始めたこともあって、ここらで一息入れることとしたのです。
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すなわち、今晩のノミュニュケーションを楽しく過ごすために、夕食までに体力を回復させることを念頭に、若い彼らより一足先に風呂に入り英気を養うこととしたということです。
思えば、この風呂の効用がこの大事件の解(怪)を解くカギになろうとは、誰が知っていたことか。偶然が偶然を呼ぶ顛末に驚くばかりです。
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■顛末の第十一章(次々と明らかになる事件の顛末とその推理)
風呂から上がった二人は、驚くほどの速さで体力の回復をみせ、何かをせずには居られなかったのです。早い話が、のどの渇きを癒さなければとの、身体がアルコールを求める誘惑に抗うことが出来なかったということです。
二人は早速荷物を広げ、中の冷え切ったビールで再度の乾杯をし、つまみのスナックに手を伸ばした時、カラスに破かれた袋のそばに、例の生の植物が目に入ったのです。
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「これはなんなの?」という再度の問いかけが、正に、この事件を推理する切っ掛けの一言となったのです。
「これはウドですよ」、「なんでこんな場所にウドがあるの?」、「黒ちゃんが持ってきたようですよ」、「なんでも、どこぞのスーパーかどこかで仕入れてきたらしい」とか、「誰かにもらったもののようだ」とかの話しになったのです。
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「それにしても、何でこのようなところに持ってきたのだろう?」「???」、見れば見るほど新鮮でしなやかな、大きなウドで、ちょっとやそっとでは手に入れられないようなものでした。
「こんなに良いウドならば、お家で食した方がいいのに・・・」などなど、ウドを巡っての話に関心が高まっていったのです。
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「ところでウドってものは、どうやって食べるのだい?」との一言に、「それは酢味噌を付けて食うのが、一番うまいと聞いていますよ」、「飲み屋で出されるのは、酢味噌が定番ですよ」。
この発言が、決定的な一言となったのは言うまでもありません。
「そう言えば、君のTシャツについていたのは、酢味噌だったのではないか?」、「その通りです」、「でもまさかそれは考え過ぎでしょう!」
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「黒ちゃんが、我々にウドを食べさせようとして、酢味噌を持ってきたのではないか?」、「まさか、あそこの庭にあった酢味噌がそれとは思えませんね。しかも、だとしたらカラスがあそこまで引っ張り出して突ついたということになりますが、カラスが酢味噌を好むだなんて聞いたことがないですよ」。
会話が、事件を推理する核心に迫っていきました。その推理の原点は、体力を回復させたひと風呂にあったというのは言い過ぎでありましょうか。
血の巡りが良くなり、適度のアルコールの刺激が、益々その推理力を高めていったことを決して忘れることはないでしょう。
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「それでは、黒ちゃんが戻って来てから、酢味噌を持ってきたかどうかを確かめてみようじゃないの」、「もしも、その通りであったなら、我々にとっては、珍発見でもあり、大事件になるね。カラスが酢味噌を強奪したなんて、想定を超えているよ」、さらに「そうであるなら、酢味噌の傍らに、トレイの入った空の袋があったのは、我々が気付かなかった重大な食料品が強奪されたとい
うこともいえるのではないか?」・・・・・
我々の推理は、アルコールの量に比例して精緻を極めていったのです。
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■顛末の第十二章(大事件謎の解明)
言後さんと、黒ちゃんがふろから上がってきました。二人の顔にはテニスを思いのたけやり尽した満足感が表われていました。
二人が、我々に加わりビールをうまそうに飲み始めたとき。「ところで黒ちゃん、今日は何でウドなんか持ってきたの?」と、謎解きの最初のジャブを放ちました。「友人からもらったもので、なかなか質のいいものだから、皆さんに食べてもらおうと、苦労して持って来たんですよ」との返事が返ってきました。
「これはどのようにして、食べる積りなの?」、二発目のジャブが放たれました。まさか酢味噌とは言わないだろうと疑心暗鬼の中、さも当たり前のように、「酢味噌で食べるんですよ。その袋の中に、酢味噌のチューブが入っているはずなんですが」。
その瞬間、私と坂本君が「ええっ!」と絶句してしまったのです。それは我々には、あまりにも強烈なノックアウト・パンチを象徴する返事となったからにほかなりません。即ち、我々の推理が当たったということは、未だかつて経験したことのない珍発見であり、大事件と言わざるを得ないからです。
本当にこのようなことが起こるのか、信じられない気持で、ほかに強奪されたものを確認すると、案の定、魚(鯵)の干物がやられていたのです。
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何とにっくきカラスめ、あとから思えば、あのほんのわずかの時間にレジ袋を物色してまず鯵の干物の袋を引っ張り出し、芝生まで運んですっかりたいらげ(ほんとに袋の中は滓も残さず見事に空っぽだった)、それでも飽き足らず次の獲物とねらったのが酢味噌のパック。これは恐らく、突ついて中身が出てきたところで放り出したのでしょう(それとも適度の酸味で口直し???)。さらに取って返して3番目の獲物である枝豆スナックの袋を引き裂きにかかったところを(カラスの立場に立てば)運悪く我々に発
見された、ということだったのでした。
それにしても、時間対成果という意味では、カラスながら天晴れ見事なパフォーマンスと我々元・現サラリーマンとしてもただただ感服脱帽せざるを得ません。
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恐らく、テニスに没頭していた言後さんと、黒ちゃんには話が見えず、理解に苦しんだことでしょう。彼らは、我々が「カラスめ!」、「カラスが!」、「カラスだ!」とわめきながら荷物を運ぶ姿と、そして、坂本君のトイレ事件を現認して、何か変だ、一体何が起こったのだろう、との素朴な疑問は持ったことだろうとは思いますが、まさか、これが密接に繋がり、珍事件の伏線になっていた、だなんて、思いもよらなかったに違いありません。
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■顛末の第十三章(謎が解けて)
当初ばらばらとしか思えなかった四人それぞれの事実と記憶の断片が、思いも寄らぬ因果の糸ですっかり結び合わされていたことが分かってすべての謎解きが終わった時、我々が無意識のうちにこの珍事件に組み込まれ、そして、憎々しい敵であるカラスを主役に祭り上げ、引き立たせるために迷脇役の競演を強いられたことを思い知らされたのです。
それは取りも直さず、天が月プロの面々に与えた悪戯に込めた恩恵なのかもしれません。
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主役(敵)が引き立てば引き立つほど、本旅行の思い出が深く、尊いものになっていくという不思議で、そして、かつて経験したことのない異質な感情と充実感に揺さぶられたときに、何年かぶりの大笑いを添えるしかありませんでした。
思えば、別荘地のあのきれいな庭のしかもあの場所に、ゴミを播き散らすものなどいるわけがなく、もっと早めに疑問を持つべきだったのです。
しかしながら、カラスが我々の荷物を物色し、その中からめぼしいものを強奪し、少し離れた庭の芝生の上で、食い散らかしたということを推理し、一つひとつ証明していけたのは、近年にない快挙とも言えるのではないか、そんな気がしてなりません。
それにしても、カラスが酢味噌を好むなんて信じられますか?
でも、その話題だけで、今回の旅行が大いに盛り上がったことを考えれば、この憎たらしいカラスに、感謝の気持ちを捧げなければならないのかもしれません。
■顛末の第十四章(結び・事件を振り返ってみて)
冒頭で記述した通り、この事件にはいくつかの偶然の重なりが見えます。
改めて本事件を振り返り、前代未聞の珍事件へと涵養させていった偶然の介在について整理し、記録にとどめて置きたいと思います。
即ち、もしも、1.山荘のシェフが氷をくれなかったとしたら、荷物は部屋に運ぶしかなかった。2.コートの外にパラソルがあったら、荷物を隠すことが出来た。3.菅原さんが参加していたら、カラスは恐れて近づかなかった。4.私と坂本君がテニスに夢中になっていなかったら、カラスに付け入る隙を与えなかった。5.飲む場所がもう少しずれていたら、酢味噌や殻の袋を発見することが出来なかった。6.坂本君が寝っ転がらなかったら、Tシャツにシミはつかなかった。7.荷物の中身を把握していたなら、事件は成り立たなかった。8.風呂上りに飲まなかったら、話題にもならなかった。 等々、これらの偶然の一つでも欠けていたなら、このような、切なくもドンキー(間抜け)な珍事件には発展・遭遇しなかったに違いありません。
そして、我々はカラスと競わされる迷脇役を演ずることもなかったはずです。 なかんずく、坂本君が言後さんと黒ちゃんに裸を見せずに済んだはずだし、何よりも、奇癖の持ち主ではないか、と、誰何もされなかったことでしょうから、名誉や品性を疑われることもあり得なかったはずです。
ところが現実は、起こりそうもない確率を超越し、我々に想定外の事象を突き付けてきたということになります。そこに、月プロに何か見えざる天啓の意図が感じられてなりません。であるならば、今後もそのことを大事にしていくことこそが、その意図に沿うことなのではないでしょうか。
皆さん、これからも大いに楽しんで旅行を重ねていきましょう。それが天啓の意図に沿うことなのですから。
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■エピローグ(その後のウドは・・・、事件の償いの思し召し)
事件が解明され、その過程は、心底からの大きな笑い声と共に、一つひとつ追認されていったのですが、その場をさらに盛り上げたことについても記述しておかなければなりません。
それは、酢味噌を取り上げられてしまったウドの登場にほかなりません。
ベストな食べ方は酢味噌に限る、というのが定説なのだそうで、酢味噌の調達が直面する課題となったのは言うまでもありません。
しかしながら、これは議論するまでもなく、昼にどっさりと氷をくれた親切なシェフにお願いすれば何とかなるとの確信があり、我々の我儘なオーダーをお願いすることとしたのです。
案の定、彼は快く応じてくれ、特性洋風酢味噌をブレンド調整してくれたのです。こうなれば、黒ちゃんが腕を振るわないわけにはいかなくなり(元よりその積りだったようだが、持参の酢味噌が強奪され、落ち込み加減になった気持ちがシェフの心意気に発奮し、料理人の気持ちを取り戻してくれたからだと思います)、持参のナイフで、手さばきも良く調理してくれたのです。
生のウドのえぐみと、カラスのほろ苦い思い出、そしてシェフの温かい心意気がコラボしたこの味を決して忘れることはないでしょう。正に絶品でした。
そして、このウドの登場がなければ、本珍事件の結びは書けなかったかもしれません。誠にエンデイングを飾るに相応しい登場であったと思います。
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夜も更け、ウドの味が焼酎に麻痺し想い出の味覚へと変わり始めたとき、事件の償いをして差し上げたいとの、カラスの思し召す声が聞こえた気がしたのです。その声に導かれるまま、カラオケ部屋の扉を開けたとき、カラスのあまりにも行き届きすぎた恩返しに絶句してしまったのです。
あのような幸せそうな家族と一緒にカラオケをさせていただけるなんて、そのような恩返しを用意して頂けていたなんて、本当に思いもよりませんでした。
それにしても、奥様が大変素敵な方でした。もしかしたら昼間のカラスの化身だったのかもしれません。彼の憎いまでの恩返しに感謝しつつ、もう少し、騙し続けてもらいたかったとの想いを、来年につなげることとしました。
今年の旅行は珍事件に巻き込まれましたが、そのお陰で、カラスやシェフ、そして幸せそうな家族との一期一会を極めたものとなったように思います。
来年もこのような出会いを楽しみにしたいものです。
この事件の顛末記で、皆さんと末長い交友の証を共有できればこれ程嬉しいことはありません。駄文に長々とお付き合い頂き誠に有難うございました。
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