第八話
    長寿鬼
                           畑中弘子

   ー作者のつぶやきー
     長寿への道は自分ひとりの努力でたどりつけるものではないのですね。
  


 
 鬼の永蔵は角を大事にする村にうまれた。村の鬼たちは輝きの強い角をもつ者は必ず長生きすると信じていた。
 普段から鬼たちは角の手入れをする。細かい砂を混ぜた泥を直接角にあてて、両手でぎこぎこ磨く。気味悪い音も髪につく粘りも鼻をつく焦げた匂いもがまん、がまん。しばらくすると表面がつるつるになってくる。水を頭からかぶるか、川へとびこむ。そうすると角はまるで宝石のようにかがやくのだ。
 ところが永蔵は角のことを気にしないで大きくなった。角のことより、角を輝かせてうれしそうにする仲間の鬼をみるのが好きだったからだ。一緒に遊んでいて、どうしたら、あの鬼は楽しいだろう、何をしたらみんなは喜ぶだろうと思った。だから永蔵のまわりには仲間の鬼たちがいっぱいだ。その鬼たちが永蔵の角をさわったり、なでたりしたので、いつも美しい照りを保っていた。
 永蔵は生まれた時から病気をしたことがない。元気なよく働く大人鬼になった。だが相変わらず自分の角を磨く間もない。
 そんな永蔵にかわいい奥さんがきた。
 永蔵は村の一番はずれの岩に住まいをもうけた。奥さんはなかなかの美形鬼。角だけでなく目がまるく、大きく、水晶玉のようにきらきらして美しい。
 自慢の奥さんと次々生まれた子鬼たちにかこまれ、永蔵は毎日忙しくぎやかにすごした。
 やがて子鬼たちが一人前になって村をでていった。奥さんとふたりぐらしになり、十年たったある秋のはじめ、あっけなく奥さん死んだ。
 子どもの鬼たちは角をうまく磨けない永蔵のことが心配だ。
「ひとりで大丈夫かい?」
「もう近くで角を触るものもいないんだから」
「ちゃんと角を磨けるかなあ……」
「おとう、角を大事にしないといけないよ」
「長生きしてほしいからな」
 一番年上の子鬼が、
「そうだ。おとう、おれの家にくるがいい」
 永蔵は胸を張って答えた。
「なあに、ひとりで大丈夫! わしの角は丈夫にできている!」
 末の娘鬼がのどをつまらせて、
「おとう、お願いだから、ちゃんと自分の角を磨いてね」
「わかった!」 
と答えた永蔵ははたと気がついた。
「そういえば、自分の角のことを考えたことがなかったなあ……」
 村でも一番という太い大きな一本角だ。この角をつかって、猪をしとめ、木を倒し、木の根を掘った。けれど、大事な角のことを意識したことがない。まして、磨き上げないといけないと真剣に考えたこともなかった。
 よくもここまで生きてこれたものだと思う。
 永蔵は自分にいいきかすように、子どもたちに言った。
「みんなの言う通り、これからはしっかり角を磨くから、安心してくれ」
 だがそれからも角を磨くことはなかった。
 
 空はすきとおるように青い。どこまでもすんでいる。山々の木々は黄色や緑や赤と色とりどりの華やいだ紅葉をみせている。
 永蔵は久しぶりに洞窟の外にでた。朝ごはんの残りのごはんをおにぎりにした。右手におにぎりを持ったまま山の景色をみつめる。
 チュチュチュ
 チチチ
 小鳥のさえずりだ。
 永蔵はふと顔をあげた。
 ぽとっ
 つめたい何かが頭に落ちてきた。ちょうど右手に持ったおにぎりを口にはこぶところだった。驚いて手を動かして、おにぎりが地面に落ちた。すぐに拾って口にほおりこむ。
 その手で頭の上の異物にさわった。ぬるっとして生暖かい。
「なんだ?」
 おかしなものが一本角に直撃したようだ。一本角をつたって髪の毛にとどき、永蔵はその場所をさわった。
 ねちっとした感覚は泥のようだ。
 チュチュチュ
 チチチ
 またも声といっしょうに、
 ぽとっ!
 それは小鳥の糞だった。
 小鳥が二羽、永蔵の頭の上をとびまわる。
「こらあ、なにをする」
 ぶつぶつ言いながら、永蔵は近くの草をちぎって髪の毛と角をふいた。
 小鳥がよってくる。永蔵の落としたおにぎりのかけらをついばんでいた。米粒をきように食べている。
 小鳥は二羽になり、三羽になり、五羽にもなった。
 永蔵は丸い目を細めて、
「かわいいもんじゃのう」
 その日、家にもどった永蔵は久しぶりに洞窟の奥をながれる川に身体を沈めた。小鳥の糞のかかった角も洗う。さっぱりとして、角をふいていると、永蔵はなんだか力がわいてきた。 次の日、洞窟の前の岩に腰をかけて、ぼんやり外をながめていると、
 チチチチ
「あれ、昨日の小鳥かな?」
 永蔵は家にはいって、昨日と同じおにぎりをつくってきた。半分食べると、半分を米粒がみえるようにそこここに落とした。
 チチチチ
 やってきた最初の小鳥が永蔵の真上で、
 シャー
 小鳥の小便が永蔵の角の上にかかった。
「こらあ、なにをするー」
 小鳥が昨日よりもたくさん集まってきて、きたものたちがそれぞれに、
 シャー
 シャー
 小便をかけ、
 ぽとっ
 ぽとっ
 糞を落とした。
「しかたがない」
 角をふきながら、永蔵は目を細めた。小鳥が楽しそうに米粒をついばんでいる。
「かわいいもんじゃのう」 
 朝、永蔵は小鳥の声で目をさます。のそのそと洞窟から顔を出すと、まってましたとばかりに、永蔵の頭の上を跳んだ。おきまりの角洗いだ。小鳥の数はふえ、永蔵の角もますますみがきがかかった。
 小鳥の声にさそわれて、リスが顔をだした。からすが飛び、夜にはふくろうがやってくる。
 木枯らしがふくと、野うさぎがひょっこりあらわれた。きつねやたぬきもやってくる。
 永蔵は一生懸命、森の動物たちの好物を考えたり、用意しているうちに、自分の角の手入れもわすれてしまった。
 小鳥たちもあいかわらずとんできたが、いつのまにか永蔵の頭に糞や小便をかけることもなくなった。だが永蔵の角は磨き上がったばかりのようにぴかぴかひかっている。
 奥さんがなくなって一年、子鬼たちが永蔵のもとへやってきた。
「おとう、おれの家でにぎやかにくらそう。おれの洞窟を広くしたぞ」
 永蔵は首をたてにしなかった。
 それからも毎年子や孫の鬼たちが永蔵のもとへやってきた。いそがしく動きまわる永蔵をみて安堵して自分たちの村にもどっていった。
 永蔵の洞窟界隈は、森の動物たちのたまり場になっている。永蔵の角は色つやもよく、村一番の長寿鬼になった。                        
                              完