第七話
           護り木

                                    畑 中 弘 子

        ー作者のつぶやきー
        
やりおおせたのは自分の力ではない。もっと大きな力が働く  



 鬼たちの住まいは洞窟だ。
 鬼の志伊もまた洞窟の中で生まれ育った。洞窟の上に草木がおおい、まわりには森や草原が広がっている。自然豊かな村だった。
 その村に「護り木」という古い言葉があった。赤子が生まれると、親はすぐ近くの森から木の実や苗木をみつけてきて、家の近くに植えるのだ。もしその実が芽をだすと、生まれた赤子の「護り木」となるという。芽がでてこないことが多く、でてきてもそのまま枯れてしまう。植えるのはいいのだが、ほとんどの親は木を育てるといった面倒なことはしない。しないばかりか、植えたことも忘れてしまう。芽が出なくても、枯れてしまっても、鬼たちはいっこうに気にかけない。それでも風習はつづいていて、山桜や椿やもみじや山桃や椎の木が育ち、村を美しく彩っていた。
 うれしいことに、鬼の志伊の護り木はしっかりとした芽をだした。はじめての赤子であった両親は大喜び。近くの森から椎の木の苗をみつけ、洞窟のすぐ近くの地に植えた。根が伸びるように、石地を砕き、土を足した。毎日の水やりもきちんとする。ていねいに囲いをつくって目印に大きな石をおいた。それはまるで背をまるめてねそべる狼のようだ。
 両親は、志伊が泣いても笑っても怒っても、「さすが護り木が芽をだしただけのことはある。りっぱだ。賢い。すばらしい」とほめそやす。
「この子が大きくなるまで元気でいようぞ。どんなにすばらしい鬼になることだろう」
 だがそんな両親が志伊の七歳の夏にはやり病でぽっくり亡くなった。親戚もなく、ひとりになった子鬼は、あちこちの洞窟をめぐっていたが、秋風が吹くころ、都からきた商人と一緒に村をでていった。
 それから30年の歳月が流れた。

 小高い丘の上にはつごつとした岩が並んでいた。さんさんと太陽がふりそそぐ秋のある日 突然岩と岩との間に色鮮やかな一団が現れた。どんどんこちらにやってくる。
 先頭を歩く大鬼は30年前、村を去った志伊だ。
 一目見ただけで、志伊が集団の長であることがわかる。金糸銀糸を横糸縦糸にしておりあげた羽織を着、頭の二本角は太く高く、太陽の光を受けて神々しいまでにかがやいている。太い金色の眉毛と大きな丸い目、きゅっと結んだ口から象げ色の牙が出ている。はおりの下は真っ白な絹の下着と紫色の上着。袴は朱色に黒い横縞が入っていた。
 両側に赤い身体と青い身体の鬼を従えている。上半身は裸で縞柄のパンツをはいている。それぞれが自分の足と同じ太さの金棒をもっていた。
「おう、このごつごつとした岩に見覚えがある。父さんと来たことがある」
 赤鬼がどんと金棒を地面にうちつけると、
「やっと到着ですね! 志伊さま。あなた様の古里に」
と言った。志伊は口をおおきくあけ、太い牙をぬっとみせ、
「ああ、この先の森のむこうがおれの古里だ。おれはりっぱになってもどってきたのだ。村鬼たちはおれをみて驚くだろう!」
「そうですとも、だんなさま。都一の大金持ちになられたのですから。それどころか、この度は都の役人にとりたてられたのですから」
と、青鬼が答える。
 志伊たち大鬼のうしろにもさらに二鬼がいた。上半身は裸で、パンツは薄汚れた茶色に消えかかった黒い縞模様がついていた。荷をひいている。その上にたくさんの品物がならんでいた。果物や海産物、さらに鮮やかな色の布や木製品だ。横目でその荷物をちらりと見た青鬼は感嘆の声をあげる。
「ああ、素晴らしい贈り物揃いです」
「そうだろう! おれはこんなに沢山の贈り物をもってきたんだ。自分でも、なんとりっぱな鬼だろうと思う。こんなすごい鬼は他にはいない!」
「そうですとも! そうですとも」
と、赤鬼が相槌をうつ。
 たちどまった志伊はふうと大きく息をして、
「おれは出世鬼だからな!」
というと、
「エーッヘン!」
と大きく咳ばらいをする。
 洞窟があちこちに口をあけていた。志伊がおとうとおかあと過ごした洞窟はこれではないかな? いや、むこうかな? と思いめぐらす。さらに声を大きくしていった。
「村の衆! よくきけ! おれはここで生まれ育った志伊だあ。このりっぱになった姿を見せにもどってきた」
 村中くまなく聞こえる大きな声だ。実際、岩々から鬼たちが顔をだした。一様に志伊たちのほうをみた。
「さあ、みんな、出世鬼の志伊が村にたくさんの土産をもってきた! 村長はどこにいる! 出世鬼の志伊がもどってきたぞ!」
 ところが志伊にとって思いもかけないことが起こったのだ。洞窟から顔を出した鬼たちは、ちらと志伊をみただけて、中にはいってしまう。外に出てきたものも忙しそうに、出かけていく。背中に大きな袋を背負ったり、両手で木の箱をかかえ、いそいそと出かけていく。
 いくら呼んでも誰もこちらにやってこない。こんなにたくさん、貴重な品、珍しいものをもってきているというのに、どうしたものか!
 志伊は想像していたのだ。
 村の衆は大喜び。志伊を歓迎して、熊の肉をふるまい、どぶろくを出し、大歓迎の宴会が開かれる。商売に成功した鬼、都の御殿にまで上がるほどに出世した鬼を迎えて、ほめたたえ、うらやむのだ。
 だが何故なのだ?

 村鬼たちの誰もがいそいそと村の奥へと姿を消していく。
 村鬼たちは誰もがひとつの方向に向かっていく。
 志伊は近くの小さな岩に腰をかけ、「どこへいくのか確かめよ」と青鬼赤鬼に言った。ついていった二鬼はしばらくして戻ってきた。
「村のはずれの広場で宴会をしています」
 志伊は驚いた。
「なに? 宴会だと! おれよりも立派な者がいるというのか?」
「いえ、村鬼ばかりが集まって、飲んだり食べたり踊ったりしています」
 志伊も広場にむかう。岩が多かった所から、少し木々がめだつようになった。
 そこは村のはずれ、大きく口をあけた洞窟前の日陰になった広場だった。涼しい風がふいている。
 宴会の真っ最中だ。赤い甚平をはおったり、前掛けをしている者がいたが、男はパンツだけ、女も色とりどりのパンツに色とりどりの胸当てをつけている。志伊が想像していた通り、肉や野菜や果物を食べ、酒や汁をすすり、笑い、踊っている。ただその中心に志伊はいない。自慢のきらびやかな服装がなんとも奇妙にみえてくる。志伊は、さらに力をこめて叫んだ。
「おれは都で成功した大金持ちの志伊である」
  夢中で食べたり飲んだり話したりしている鬼たちの耳には戯れ言に聞こえるらしい。老鬼が、
「そんなに大声ださないで、さあ、若いの! 一緒に飲もうぞ」
 はじめて関心をよせてくれた老鬼に、志伊は聞いてみた。
「この宴会は誰のためなのじゃ」
 老鬼はカカカと歯をならしながら、言った。
「誰のため? そうだな。この木に感謝するためかな?  いや、みんなが楽しむためじゃ、おう、若いの、もっと飲め」
 横から少し若い女鬼が口を出した。
「そうですよ、ほれ、あの太い幹! でっかい狼石もあんなに小さく見える……」
 志伊はどきんと胸がなった。
「狼石だって」
とつぶやく。もしかしたら、あの椎の木? 小さい時、おとうやおかあがいつもいっていたおれの「護り木」ではないか!
 女鬼が指さした方向に確かに狼の形をした石がある。そうだ、そうだ! おとうが目印においてくれた石だ。
「おれの護り木だ」
 そびえたつ大木をみて、大鬼は目がくらむ。ザザザと葉ずれの音がそのまま胸に入ってきた。胸を押さえるとその場にすわりこんだ。
「おれはこの大きな護り木に守られていたというのか……」
 
 志伊は村に土産を残し、都へ戻っていった。