第21回児童文学ファンタジー大賞1次通過
小学高学年向き
花雨の向こう
もくじ
第一章 小郷村
第二章 かかさまと一緒
第三章 脱鬼と楠羅
第四章 地の娘たち
第五章 大ワシが飛ぶ
第六章 闇の民
第七章 花雨の向こう
(原稿用紙二百九枚)
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一章 小郷村
都が平城京へかわろうとしていた頃、やまとの国の山あいに小郷村があった。大人,子どもあわせても百人あまりの小さな郷である。
村の中心は竪穴式住居の並ぶ広場だ。広場の南には湿地帯がある。長雨のせいで水があふれ、村人の掘った溝をつたって東の川へ流れていく。川に沿うように道がつづき、先には豊かにみのった稲田がみわたせた。
西から北にかけては深い森がある。この時期になると山桃の実がなった。小郷村では朝廷への租税としてこの山桃の木の乾燥樹皮と米を収めていた。乾燥樹皮は都で美しい布をそめあげる材料になった。納める山桃の樹皮は冬の間に整え、今は山桃の実を採る時期である。
昼過ぎから女たちは山桃採りにでかけた。ところがどうしたわけか今年はほとんど実がなっていない。年によって変化はあることはわかっていたが、こんなにも実のない年ははじめてだった。 山桃採りにでかけた女たちはあきらめて、広場に戻ってきた。ざっくりとかぶった衣から、日に焼けた女たちの顔と手と足がのぞく。足早に広場の中央の集会所へむかう。民家の何倍もの大きさの竪穴式の建物である。
入り口にかけられたござが上にあがっている。中から大きな声がした。
「みんな、きいてくれー」
女たちはその声にあわてて小走りになった。声の主は小郷村の長、沙参である。
中央にいろりが組まれて、まわりを五、六人の男たちが座していた。ずんぐりと小太りの男が立ち上がり、張りのある声で言った。
「都が変わるのだ! 小郷村からもふたりの役夫を出すことになった」
「おお」
と、どよめきが起こる。
女たちも、急いで頭から篭をおろすと片隅におき、いろりのぐるりに駆け寄った。男たちのうしろに座る。
すーと風がはいってきて上気する顔顔をなでていく。両側の入り口があいているから、風がふきぬけて涼しい。
「やっぱりうわさは本当だった。都が平城京へかわるんだ」
「都へ行けるってことだ」
「役夫だぞ」
「遊びにいくんじゃないんだ」
「一度は行ってみたいと思っていたからなあ」
「こんどの都にはどれぐらいかかるんだ」
「そうだな。倍の日数がかかるから、六日か、七日間はかかるだろうよ」
小郷村から都への道は険しかったが、そんなに遠くはなかった。納税のため都へのぼる担夫の足で、三日もあれば行って戻ってくることができた。
話が終わると女たちは家路につき、男たちも長と、細々とした打ち合わせをすると帰っていった。
長の家は集会所からほんの五、六十歩も歩いたところにあった。
集会所から外に出ると、夕焼けがあたりを赤くそめていた。
ゆっくりと歩をすすめる沙参はつくづくと自分は幸せ者だと思った。
長としての役目もつつがなく果たしている。今年もきっとそれなりの稲の収穫もあるだろう、山や野からの恵みを受け、少しは貯えもできるかもしれない。
目の前にふきあげたばかりの夕日に染まっているわが家の屋根がみえる。
ちょうど妻の桜花が山菜の干し物をとりいれていた。沙参に気がつかないまま、すぐに中に入ってしまった。
桜花は賢いと村でも評判の女性だ。その上、ふりかえってみるほどに美しい。背がすらりと高く、沙参と肩をならべると、ほんの少しだが桜花のほうが高かった。
その分充分に貫禄のある沙参は太い眉毛と力強い凜とした声が特徴だ。
入り口に立つと、自慢の声をあげる。
「おーい、もどったぞー」
中は結構広い。柱が四本組まれ、まんなかにいろりがあった。四方は盛り土で縁台がつくられている。木の皮を柴垣のように並べた壁がかこってあった。
長一家には六人の子どもがいた。
上に四人の息子、鳶舞、熊撃、ふたごの鹿闘と猪闘。その下は娘で真弥と菊子と杏子。
三年前に長だった沙参の父が亡くなった。そのまま順当に長の役を引き継ぎ、穏やかな日々が続いている。いろりをかこんでにぎやかな団らんがつづく。一家で一番おしゃべり好きは長女の真弥。九歳になったばかりである。母親似で目鼻立ちのしっかりとした愛くるしい娘だ。それに良く笑う元気者だった。真弥が得意げに、
「今日は石すべらしをしたよ」
と言う。母親の桜花が、
「まさか沼地で?」
真弥は首をすくめて答えた。
「でも、兄さん、ふたりと一緒だよ」
小郷村の大人たちは沼地がどんなに危険な場所であるかをいつも話す。ぬかるみにはいるとどんどん身体が沈んでいって、二度と地上へはもどってはこられない。
だが、真弥たちにとって、危険なことはまたおもしろいこと。沼岸での遊びはどんなものよりもわくわくする。特に石すべらしという遊びは、沼地から流れた水が川となっているこの時期でないとできなかった。手前の土手にたって、沼地にむかって石をなげるのだ。真弥の兄たちもよく石すべらしをして遊んできた。
今日は偶然、ふたごの兄、鹿闘と猪闘にであい、一緒に沼地へ行って石すべらしをした。石の先がどこへいったかわからないほど遠くへなげる兄たちをみて、真弥はうれしくてたまらない。一生懸命真似て石をとばし、少しは水をきってとんだことを報告しないと気がすまなかった。妹たちはもう部屋の隅で眠りこけている。真弥自身もまぶたが閉じそうになった。それでも母親にまだ話したいことがあった。
「かかさま、それでね、沼玉がいっぱいなってたの」
「まあ、それはうれしいこと。まだ緑色でしょうね」
「はい、まだ緑色!」
沼玉というのは沼地の岸にだけできるめずらしい花の実のことである。
春、沼の岸ぞいに、いっせいに白い小さな花が咲く。沼花だ。野山に咲く野路菊とよくにていた。野路菊は摘まれて家々の軒に飾ったり、女たちの髪飾りになった。が、この沼花を摘む者はいない。というのも、この花は秋には沼玉となるからである。小郷村では沼玉は魔よけの玉と信じられていた。小郷村に生まれた者は七歳になると、沼玉飾りを身につける。男は腰帯にくくりつけることが多かったが、女は首飾りにした。
真弥の話はつきないが闇は容赦なくあたりをつつみこむ。
「もう休まないと、明日は山神さまの祠の掃除もありますからね」
長の一家も小郷村の人々も、日が沈み、闇が訪れると静かに眠りについた。
次の日、真弥が目をさました時、もう父と兄たちはいなかった。 真弥は母、桜花から使いをたのまれた。
衣を沼縁のおばばのところへ届けるのだ。沼の近くに住んでいるので、そうよばれている。きのうの石すべらしをしたすぐ近くだ。沼縁のおばばのところには白布女がいる。
白布女は真弥のふたつ年上の女の子で、大の仲良しだった。丈夫な真弥と比べ、白布女はきゃしゃで背も低く妹のようだ。すきとおるような白い肌の子で、なれないことをするとすぐに熱をだした。こんなに身体の弱い子ははやく亡くなるのではと、まわりのものが心配していたが、その子と年寄りは元気で今まで育ち、働きざかりの父母がはやりやまいでぽっくりと逝ってしまった。真弥の祖父と同じ三年前のことである。白布女はおばばとふたりきりだ。
用事がすむと、白布女はうれしそうにいった。
「ねえ、こんなにいい天気。森へ行こうか」
沼の近くからだから森へは遠い。白布女にとっては、自分の元気さや遠さからめったに森へはいることをしない。めずらしく白布女のほうから、さそってきた。元気な真弥のこと、ことわるわけもない。
「いいよ。まだまだ日がいっぱいあるからね」
北の広場までくると、四人の兄たち、鳶舞と熊撃、ふたごの鹿闘と猪闘がそろってやってきた。
真弥はめざとく、兄たちをみつけた。走り寄って、
「わあ、今日も遊べる?」
猪闘が太い声で答えた。
「沼地はもう駄目だ」
鹿闘が、
「祠まわりの草刈りは済んだからな」
真弥は左に見てきた山神の祠がとてもよくみえたことを思い出した。まわりの雑草が刈り込まれたからだ。
祠は西の山、小郷連山の山神を祭っていた。人がおおいかぶさればかくれるほどの小さな祠だ。だが姿は美しい。都の御殿をまねて作ったのだという。木組みの寝殿造り、屋根は山形で四隅がびっと天を向いている。先の長の時代に作り替えられた。
前には、篭を三つのせるといっぱいになってしまう石台があった。
その石台がきれいに磨かれていたこともまた、真弥は思い出した。
白布女がうれしそうに両手を頰にあてて言った。
「これから森へ行くの」
色白の白布女とは対照的に日に焼けてたくましい鹿闘は目を細めて白布女のほうをむいた。横には猪闘。ふたごだし、同じように日焼けしているのにまるで違う感じだ。面長ですらりとした鹿闘と、顔がまるくて頑丈な猪闘。鹿と猪の名のとおりに、ちがいがはっきりとしていた。
細いのは鹿闘だけではなかった。長兄の鳶舞はその上に顔色が悪い。生まれたとき、泣き声をあげることができない赤ちゃんだったという。だが、十九歳になった今では長をよく助けていた。
十七歳の次兄、熊撃は一家で一番の大食家、一番の力持ち、一番の働き手でもあった。彼が獣をねらって、打ち損じたことがないと言われるほどだ。
ふたりの兄たちは片手をあげてくるくるとまわすと、
「集会所に用事が残ってるからな」
と言って歩き出した。ふりかえって熊撃が、
「森にはいってどこへ行くんだ?」
「見晴らし岩までいってみたくて」
と、白布女。
「そうだな。こんな良い天気だときれいな景色が見えるだろう」
ふたりは大股で集会所のほうに歩いて行った。
残ったふたりの兄は同時に、「ようし!」と言う。
「今からだとゆっくり行ってかえってこれるぞ」
と、鹿闘がはずんだ声で言った。
真弥の一番仲良しは鹿闘だ。いつもゆったりとした、やさしい目をしている。白布女も鹿闘が好きだった。
四人は森に入った。
木々の密生している中に人の踏みこんだ跡がある。その跡をたどるとやがて一人ならゆったりと歩ける道にでた。
真弥はぶるるんと首をまわした。森にはいった時から妙な感覚がしている。誰かが自分を見張っているように思うのだ。いや見つめている気がする。こんどはゆっくりと身体を一回転させる。元の位置に戻ったときだ。風がひゅうと吹いてきた。
「え?」
それはまるで誰かが肩をたたいた感触だ。
ふりむいてみるが、だれもいない。歩きはじめると、また風が髪をゆらす。
「だれ?」
木の葉が足もとで踊る。風は衣のすそをまきあげてきた。ふっといいにおいがする。照りつけた日のにおいだ。真弥はふっと顔をほころばせる。今日の真弥の服は洗いたてだ。頭からすっぽりかぶり、腰を布紐でくくっていた。先をいく白布女の上衣も真弥と同じように洗い立てのようにきれいだ。それにくらべて兄ふたりは、ごわごわとしたつた紐を腰にまきつけ、うすよごれてすりきれた衣をきていた。
さっきよりも強い風が真弥の足もとに吹いてきた。
「う、もおー!」
うつむいて、衣のすそを両手でおさえる。顔をあげると、先をいく白布女の後にもうひとり、少年が歩いていたのだ。
「あれ?」
その子がたちどまり、ふりかえった。みたこともない子だ。奇妙な衣装をつけていた。村の子の一枚の布とちがって、上衣と下衣がわかれていた。色も空に溶け込むような藍色だ。頭にどんぐり袴のような黒い帽子がのっている。すずしげな目でほほえんでいる顔がまぶしい。帽子と同じ黒い沓をはいていた。首にまきつけた薄い青色の長布が風にふかれている。そこからふわっといい香りがした。
ぽかんとしてみつめていると、いきなり、
「おまえ、かわいいね。名前は何というんだい?」
と言う。
真弥は目を大きく見開いた。どきんどきんと心臓がなり、身体が縛られたように動けなくなった。
――だれ? どうして? どういうこと?
いったい何時、こんな子がやってきたというのだ。
「……」
「名前はあるだろ?」
真弥はあわててうなずく。
「真弥……」
「マヤ、うん、いい名だ。ここはなんていう村だ?」
「小郷村です……」
身体がかたまっているというのに、口だけはすんなりと動く。初めて出会った子だというのに、すらすらと答えている自分に驚いていた。先をいく三人は全く気がついていない。どんどん進んで行く。
少年は、まるで女の子のようにつるんとした肌をし、輪郭の整ったきれいな顔をしている。
「おまえは小郷村のマヤというんだな。そうだ、マヤ、山桃をとりにいこう。おれ、いいところをみつけたんだ!」
どことなく鹿闘とにていた。だがあのやさしい兄よりももっと目がすずしげだ。張りのある声で、
「マヤ、山桃の実をとりにいこう!」
その声が心地よく響く。
だが、真弥は小首をかしげて言った。
「山桃はもうないよ。かかさまが言ってた」
「そんなことない。おれがとっときの場所をみつけたんだから」
黙っていると、
「うれた実は山神の好物のはずだよ。山神の祭の準備をしていたんだろう。うん、山桃はすてきな供え物だ」
と、少年が言う
真弥は山神の祭が好きである。特に祠の前にある石台にいろいろなものが供えられると、まるで全部が自分のもののように思える。稲はもちろん栗や葛や桃や芋や猪肉や兔肉。山盛りになった山の幸、野の幸をみるのがうれしかった。そこにみごとな山桃をいっぱい加えることができたら、村人たちはきっとおどろき喜ぶだろう。満面の笑みをうかべる人々の顔を想像した。
そのころには、真弥と少年のぐるりを、ふたりの兄と白布女がとりかこんでいた。
猪闘が聞く。
「まだ山桃がなっているっていうんか?」
「そうさ、じっくりじっくり熟したでっかい実。そりゃ、甘いおいしい実なんだ」
少年は得意顔だ。白布女が、
「遠いの?」
少年は首をふって、
「すぐそこさ」
真弥も元気よくいった。
「みんな、行ってみようか!」
「そうだな。まだこんなに日が高い。村の人たちもよろこぶぞ!」と、猪闘。
「行ってみよう」
と、ふたりの兄が声を揃えた。
「決まりだな。おれについてきな」
真弥は白布女の目をみた。ふたりは顔をみあわせ、くくくと笑った。
道は細く登り坂になっている。それまでふたりで手をつないだり、ふざけあったりして歩いていたものがひとりずつ歩くことになる。先頭をいく少年に、鹿闘がいった。
「おい! あんまり遠くへはいけないぞ」
「この道の上だよ。ほら、もうみえてるんだ」
自信たっぷりの声に、だれもがもうすこしだ。いってみよう、という気になった。それに少年はときおりたちどまり、山桃の実の大きさ、おいしさを身ぶり手ぶりで話すのだ。
上り坂がきつくなり、汗が額を流れはじめたとき、
「ついたぞー」
少年の声だ。
みんなは少年のところへはしった。坂をのぼりきったところに広場があった。
横一列になって、眼下をみおろす。青々とした木々がはるか下までつづいていた。
「わ、山桃の木!」
真弥は目をみはった。
白布女が歓声をあげる。
「実がなってる。すごうなってるー」
鹿闘が、
「わおー、ぎっしりだ」
猪闘が、
「すげえ! まるで山桃畑だ」
少年が満足そうにわらう。
「そうだろ。とれるだけとっていいよ」
枝がたわわに張って、地面すれすてまで下りてきている。かしの実のように大きく育った山桃の実。つやのよい赤紫色に、だれもがおもわずつばをのみこんだ。葉をよけると、みんなを待ってでもいたようにつぎからつぎへと実が顔をだした。
おなかいっぱい食べた。たわわに実をつけた枝を折りはじめる。折っても折っても、まだたくさんの山桃の枝がつづく。
少年が真弥の耳もとで、
「むこうにもあるから」
といった。てまねきされるままに、木々の間をぬっていく。
ぱっと視界がひろがった。尾根にでたようだ。
「ここが一番景色がいい! とっておきのところさ」
その声と同時に、真弥は、
――ああ、なんてきれい……。
声もなくたちつくした。
眼下に、壮大な緑の原がひろがっていた。まるで線引きをしたように濃い緑と淡い緑が交錯している。濃い緑は森で薄いところは平地のようだ。平地には茶色の四角い建物がいくつかみえる。はるか銀色に輝く帯は川である。川のむこうに高峰が連なっていた。
真弥の一度もみたこともない景色だった。
少年が真弥の横にきてささやく。
「もうこれから先はね、君にはいくことができないよ。鳥のように羽があったら別だけどね」
その声はやっぱり耳に心地よく甘くやさしい。うっとりとききいっていると、少年は、
「大屋敷があるんだよ、真弥。君の村がすっぽりはいるぐらいの大きな屋敷さ。いってみたくないかい? 都よりももっと美しいのさ」
「いけるはずがないわ。わたし、鳥じゃないもん」
「いけるさ! 鳥になったらいいんだから」
と、わけのわからないことをいう。
少年はずっと真弥の山桃採りを手伝った。ちいさな口から「君、ほんとにかわいいね」という言葉と、沼玉をころがしたような軽やかな笑いと一緒に。
真弥は左右にもっていた山桃の枝をあわせ、ひとたばにした。少年が、
「もってやろうか」
「いい」
兄の声が尾根の下、山桃の林の中からきこえた。
「真弥ー、どこにいるんだー」
夕焼けがせまってきていた。あたりが山桃の実のような赤紫色にかわっていく。
「そろそろ帰るぞー」
真弥は少年にむかって、
「帰らないと、かかさまたちが心配します」
「そうだね」
真弥と少年は兄の呼んだ方へ走った。
白布女が赤紫の空をみあげて、たっていた。
カアーカアー
カアーカアー
カラスが数羽とんでいくのがみえた。
猪闘が真弥の姿を確認すると、
「帰ろう!」
「そうだね。とうさんやかあさんにしかられるよ」
と、鹿闘。そばで、白布女があいづちをうつ。
猪闘が、
「おい! つれて帰ってくれるんだろな」
と、真弥のうしろにつったっている少年にいった。
「ああ」
と、少年。
近くで、
カアー
カアー
またカラスが鳴いた。
突然、
「あれ、もうこんな時間だ。おれ、かえらなきゃあ」
と、その子がいったのだ。広場で遊んでいた子がひとりで帰っていくように。
猪闘が恐い顔になって、
「帰る道、おしえてくれるんだろな!」
「空をとぶのが一番の近道なんだけどなあ……、君たちには無理だろうから、この道をいくといいよ」
と、もとの道とはちがう道を指さした。
少年以外のものは両手に山桃の枝をもっている。
「ここをおりていくのが近道だよ。村の祠の裏につくからね」
少年はあっというまに山桃の林のほうに消えていった。消えるようにいなくなったのだ。
四人は一瞬のうちにとりのこされた。
「ちくしょう! あのこわっぱ! どこの郷だ!」
と、こぶしをふりあげる猪闘。鹿闘は自分の顔をバシバシと二度ほどたたくと、
「落ち着くんだ! とにかく急いで下りよう! 暗くなるぞ」
と叫んだ。
下山をもときた道にするか、少年の示した道からかを考えることになった。もときた道を行くと、確実に夜、山の中で野宿しないといけない。
あの少年のいう道をいったほうがいいかもしれない。だが、確かに近道だという保証もない。
白布女が泣き出した。鹿闘の衣のすそをもってくしゅん、くしゅんと鼻をならす。猪闘が、「泣くな!」としかる。白布女は真弥の背にかくれて、またくしゅん、くしゅんとまるで妹のように泣いた。
白布女の泣く姿をみても、兄たちのうろたえる様子をみても、真弥はなぜか、村に絶対に帰れると思った。あの少年がうそをいうはずがないのだ。
だが、兄たちをさておいて、先に歩くこともできないでいた。
と、その時だった。
少年の歌声が聞こえた。なぜかなつかしく、胸がきゅっとなった。
きた道とは反対側からきこえる。その子が教えた道の方向からだ。
「 まわる
まわる
郷まわり
一粒ほどの
勇気があれば
まわる
まわる
宙まわり
一粒ほどの
愛があれば 」
かすかにきこえてくるあの歌。歌のほうにむかって進んでいこう。きっと村にもどることができる。
あの少年はわたしをみているのだ。
真弥は全身を耳にして、歌声をさがした。
異様な様子を、最初に気がついたのは真弥と一番のなかよしの鹿闘だった。
「みんな、静かに……。真弥が何かをさがしているふうなんだ」
猪闘がごくんとつばをのみこむと、
「助かるかもしれん!」
白布女が青白い顔を真弥のほうにむけた。
その時、真弥はきっぱりといった。
「こっちでいいと思うわ。あの子の声がするの」
真弥はゆっくり坂をくだりはじめる。
「真弥のあとをつくのだ!」
と、鹿闘が叫ぶ。
すっかり日が落ちた。こうこうと月の光が照っている中、四人はただただ道を急ぐ。いつのまにか大事にもっていたはずの山桃はなくなっていた。
四人がやっと祠の裏手にもどってきた時、
コケコッコー
遠くて一番鶏が鳴いた。
そのまま石のようにねむりこけた。
真弥たちにとってはたった一日の冒険であった。だが、彼らは三日間も行方不明だったという。小郷村の人々は、昔からの言い伝えの「山神かくし」にあったのだと語り合った。
それから二回の山神祭がすぎ、真弥は十一歳の春を迎えた。
(つづく)
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