序 オニロンの唄

オニロンという妖精が遠い星の世界からやってきた。
 長い耳をふりふり、その内側に丸まった角のような飾りをつけ、大きな目はキラキラひかっていた。
はじめての宇宙の旅の途中に人間界の星にたちよったのだ。
オニロンは人間界の子どもたちをみて驚いた。多くの子ども達に異様な形の生きものがくっついていたからだ。肌の色が赤や青や黄や緑とまちまちだ。服装は縞模様のパンツ一枚。肩や腰やふとももの筋肉が隆々と盛り上がっている。
太い眉毛に大きな丸い目と鼻。笑った時、口の両端からにっと象牙色の牙がみえた。
そして、頭にりっぱな二本の、或いは一本の角が生えていたのだ。
「あ! もしかしたら、こいつは鬼ってやつ!」
 オニロンはその者をまじまじとみつめた。
ある子は頭のてっぺんに、ある子は背中に、ある子は右肩に、乗っかっている。奇怪な鬼はどこから現れたのかわからない。子どもの身体からか、それともどこか他のところからかわからない。けれどオニロンにはしっかりとわかった。
「ばあばが言っていた! こいつが鬼なんだ」
 胸がどきどきしはじめた。
 この鬼が子どもにくっついて暴れ出すとどうなるかを祖母から聞いて知っていたからだ。その子はいきなり怒ったり、泣いたり、わめいたり、ねたんだり、ひがんだり、悪口を言ったり、暴れたりするのだ。
 みていると、どの子にも祖母から聞いたとおりのことが起こった。荒れる子どもたちの様子に、オニロンの胸は痛くなった。
「ばあばが言ってた通りだ。本当にいたんだあ。鬼ってやつが!」
 
 昔はオニロンの住む妖精国でも鬼が沢山いたという。身体にいつの間にかくっついている鬼たち。みんなから「鬼心」と言って疎まれた。特に育ち盛りの子どもたちにくっつくことが多く、けんかが起こり、いざこざが絶えなくなって、はては命を落とす者もあったという。
 今はめったに、鬼に出会うことが無くなった。
鬼の恐れる「魔法の唄」が発見されたからだ。
魔法の唄を、誰かが優しい声で唄う。現れた鬼はその唄をきくと、あわてて耳をふさぎ、どこかへ消えていくからだ。
「ああ、唄を教えてあげたいなあ……。唄が届くといいのになあ、ちゃんとわかるだろうか? ちゃんと聞こえるだろうか?」
どきどきはらはらしながら、オニロンは子どもたちに声をかけてみる。なんとか気づいてほしいと思う。
だが、オニロンの声に気づく子が少なかった。
それでも唄い続け、語りかけていると、ちょっと気づくそぶりの子がある。
 ふりむいた子が小首をかしげる。
ココロン
ココロン
美しい鈴のような音色だ。
ココロン
ココロン
子守歌のように優しい。
ココロン
ココロン
その子についた鬼は驚き、いつのまにか消えてしまった。
ほっとし、心嬉しくなったオニロンは、しばらく人間界にとどまることにした。

この頃、人間の子どもたちは不思議な音を聞くことがあった。
それは決まって、どうしたらよいのか分からなくなったり、いらいらしたりする時だった。ふと音のする方を見ると、決まってそこに奇妙な服をきた小さな子が立っていた。
緑色のとんがり帽子をかぶって、両側に長くとがった耳が見えた。その後ろに太い丸まった角のような飾りをつけている。緑の半ズボンと半袖シャツ。白いわたげのようなえりをつけ、シャツの中央に星型の色とりどりのボタンが7個ついていた。
 黒く大きな目をキラキラ光らせ、口をとがらせている。
姿がしっかりと見えはじめ、何かを話しているのがわかる。話しているのではなく、唄っているのだ。
 奇妙な小さな子が唄い続けている。
「
ココロン
ココロン
輝く大空
煌めく星
ここに
ここに

ココロン
ココロン
広がる大地
深い海
ここに
ここに

ココロン
ココロン
喜び踊り
楽しみ唄い
ここに
ここに

ココロン
ココロン
君は愛されている
君を愛している
ココロン
ココロン
           」

いつどんな時にオニロンに出会えるのか? 魔法の唄を聞くことが出来るのか? 誰も想像ができない。
 オニロンは、今も人間界に留まって、子どもたちに語り、唄い続けている。