祭の日

 明と真子の住む団地の北側に県道が走っている。
 ふたりは県道の信号をしっかりと見て渡った。県道を越えると、二、三軒の家と田んぼが続き、山道にはいる。車の音が遠くなり、道幅も狭くなった。
 明は足もとの葉っぱをむしると、空にむかってなげた。
「雨、降らんでよかったな」
「うん、降らんでよかった」
真子も同じように草の葉をちぎって投げた。
 ふたりはおじいちゃんとおばあちゃんの家へ行くところだ。峠を越えるといっても、子どもの足で三十分もかからない道のりだ。
ふたりだけで出かけるのは今日がはじめてだった。明は小学3年生、真子は幼稚園の年長組である。
 今日は村の秋祭りなのだ。
 お母さんは、仕事から帰ったお父さんと車で来ることになっている。
ふたりはルンルン気分で歩いた。峠を越えると、
 トトトン
 トトトン
  祭の太鼓が聞こえだした。神社がこの山のふもとにあるからだ。
宵宮の今日、参道には沢山のお店が出ているはずだ。
 ふたりはにやっと笑う。そしてポケットから財布をとりだした。
 明が、
「五〇〇円玉、ふたつ! 今日全部つかってもええんやで」
「くくくく」
 真子ものぞの奥からへんな声をだしてわらった。
「何、買おかな?」
 きっと綿菓子やたこ焼きやりんご飴売り場があるにちがいない。去年を思い浮かべて、鬼や妖怪の奇妙なお面やミニカーやゲーム機だって売っているだろう。
ふたりの足が速くなった。
 トトトン
 トトトン
 だんだん音が大きく聞こえる。
 トトトン!
 トトトン!
道路の左に、参道が見えてきた。石の鳥居とのぼりがしっかり見える。今まで一度も見なかった人影がちらほら動いていた。
「ちょっと、よっていこか?」
と、明。
「おそなったら、心配するで」
「電話してみよ。まだ早いんやから……」
 明はリュックから携帯をとりだし、お母さんに電話をいれた。明はにまっと笑いⅤサインをした。
 
ふたりはのぼりのある道の方にそれる。鳥居の下をくぐると、太鼓の音はますます大きくなってきた。
 五〇〇円玉がふたりの財布の中で踊っている。
  いいにおいのする、いか焼きやたこ焼きの店の前をとおりすぎたが、とうとう、とうもろこし売り場でたちどまってしまった。一個二〇〇円だ。
  ふたりはとうもろこしをほおばりながら、また店の探検をはじめた。
 二回ほどまわって、やっとおもしろい店をみつけた。
 はだか電灯の下、大きなルーレット盤の中で、白い玉が回っている。ころころと心地よい音をたてていた。まわりを五、六人の小さい子がきゅうくつそうに座ってじっと玉の行方を目で追っている。 
後ろにおばあさんがひとり立っていた。明と真子はその横に並んだ。
  ユーホー型のルーレット盤には人形、首飾り、バッグ、パトカーやトラックのミニカーなどが、しきり毎に行儀よく置かれていた。
「さあ、回すでえ」
 まん中の輪っかがくるくる回りはじめた。おばあさんの前にいる男の子が真剣な顔で白い玉をなげいれた。だんだんとゆっくりになって、とうとう白い玉は黄色い色の箱におさまる。
「ほい、よかったな。ほら、かわいいカップがあたった」
 男の子が嬉しそうに受け取ると、おばあさんとその場からはなれていった。明と真子はそのあとにすわった。
 頭の上でおじさんがさけぶ。
「さあ、どないやあ! どれでもみんな三〇〇円やあ」
 明の目に最初にとびこんできたのはレーシングカーだ。
 今、一番ほしいもののひとつ!
「わ、すごいな」
 またおじさんの声。
「たったの三〇〇円だよ。白い玉、みっつ。3回もできるんや! 怪獣、人形、それにレーシングカー、みっつもだよ!」
 おじさんは、「ほい、おまけだ!」といって、明のさっきからじっと見つめているレーシングカーの横に、トラックのミニカーをたした。
「ほい! ぼん、やってみるかい? たったの三〇〇円でこんなすごいもん、もらえるんや。まったく、こっちもどっかしてるよ。損して得とれってこっちゃ!」
 明はもうレーシングカーをもらった気分だ。
「よっし! やろう!」
 百円玉をさがして、ポケットに手をやる。お金を出してくるより先に、
「おじちゃん! これ」
真子の声がした。
 真子が赤いバッグをにぎっている。
「あれ、あれ、おじょうちゃん。赤いバッグはな、玉をころがしてからやで。三〇〇円、持ってるか?」
 真子は両手をひっこめ、明のほうを見た。
 三〇〇円を握っている明は、
「おっちゃん! 三回できるんやろ?」
 お金を受け取ると、
「ほいさ! 三回もやで。ひとーつ、ふたーつ、みっつ!」と言って、白い球を3個、明の手に握らせた。 
「みんな、応援したってやあ」
 明は弾んだ声で言う。
「真子、おにいちゃんがあてたるさかいな」
 白い玉は明と真子のはちきれそうな夢をのせて回りだす。
 コトカタ
 コトカタ
 赤や黄色やピンクや緑や白やきれいな色の部屋をくるくる回って、どんどん速くなっていった。外側の部屋の動かないおもちゃたちも、玉の行方を見て身体をゆすっている。
「それっ、回ってる、回ってる! ぼんのええとこへ止まれ。ええとこへ止まれ」
 おじさんが叫ぶ。明も、
「ええとこや、ええとこや」
 だんだん回る勢いがゆるくなる。色が見えはじめ、はっきりと区別がつくようになると、
「わあ、どきどきするね……」
 真子が言う。
 白い玉も元気がなくなってきた。そして
ふらふらっとからだをゆすりだす。
「あ、止まるでー、ええとこへ入れー」
と、おじさん。
 お目当てのミニカーのある部屋に入りそうだ。が、
カッタン!
 入ったのは赤い色。飴がいっぱい入っていた。
「残念やったなあ」
 明の手に飴一個が渡された。
 ふたつめのはいったところも赤い箱の中。
 みっつめも同じ箱の中。
「ぼん! 残念やったな。けどもう一回、どうや。このぴかぴかの機関車なんか、よう走りまっせ。こっちのマシーンはどうや。ほら、な、じょうちゃんの人形は?」
 真子が、
「あたし、あのバッグがほしい」
「そうでっしゃろ。この赤いバッグ、そらあ、上等なんやで」
 真子はさっきからにぎりこんで熱くなった百円玉、3個をさしだした。
 白い玉を渡し、
「ほいさ! しっかりあてなはれや」
と、おじさんが言った。
 こんどこそ、こんどこそと思いながら、真子は白い玉をなげた。
 けれど、ひとつめもふたつめも赤い箱の中にはいって、人形のかわりに飴一個、バッグのかわりに飴一個が真子の手にわたされた。
 明は最後の玉を真子からとりあげると、おじさんをにらみつけて言った。
「ほんまにこの玉、ええとこへ入るんかあ」
 すぐに大きな声がかえってきた。
「あたりまえでっせ。ぼん! ついさっき、でっかい人形あたった子がいるんや。それに、ぼんも見てたやろ。さっきの子、かわいいカップ、ゲットしてたやろ」
 明は最後の玉を勢いよく投げ入れる。バッグや人形、ミニカーや怪獣のおもちゃの間をなんども回って……。そのたびににぎりこぶしをつくって、はらはらどこどきして……。けれど結局は赤い箱の中に収まった。
 おじさんが箱の中から大きめの飴をみっつ、とりだし、
「特別おいしい飴や。おまけやからな、ほな後ろの子とかわってやってか!」
 明も真子もせきたてられるようにしてその場をたった。
 後ろで勢いのあるおじさんの声がする。
「どうや! そこのじょうちゃん! たった300円で、こんなすごいものが手に入るんや! やってみんと損やで……」

 明は真子の前を足早に歩く。気持ちはいらいらしていた。むしゃくしゃする。自分が玉を入れてうまく入らなかったのだから仕方がないのだ。だがどうしても納得がいかない。大事な大事なお金、三〇〇円がたった三個の飴玉になってしまった。真子とあわせて、六〇〇円がちっちゃなちっちゃなあめ玉になってしまった。
―おまけの飴かて、何も大きいないわ! いらん、いらん! ああ、6回もしてひとつもゲットできないって、もしかしたら……、あの機械、おかしい! 何か細工されてたかもしれん……。
 後ろでクスンクスンと鼻をならしながら、真子がついてきた。
「うるさい!」
 はああと大きく息をすうと、真子が泣き声で訴える。
「あたし……、赤いバッグがほしかったんやあー、クスンクスン」
 ふりむいて、真子をにらむ。今にも大泣きしそうな真子に向かって、明が拳固をふりあげた。
と、その時だ。
 ココロン
 ココロン
 聞いたことのない不思議な音がしたのは。
明は振り上げた手を下ろし、音のほうをみる。音は真子の横に広がる林からだ。
 真子がピタッと泣きやんで、明にくっついてきた。
「おにいちゃん! なんか音がする!」
 ココロン
ココロン
笛のような、人のささやくような優しい響きだ。
ココロン
ココロン
 音のする林の中は薄暗い。その中でひとつ所がほっと明るくなっている。足もとから照らされるようにして、男の子が立っていた。近くの木にもたれかかっている。
「誰や!」
「何してるん?」
 明と真子が声をかける・
ココロン
ココロン
口をぱくぱくさせなら、その子は道に出てきた。
背丈は明の胸ぐらいしかない。両耳が頭の先まで届くほどに長い。目が大きく、瞳が黒くきらきらしている。緑色のとんがり帽子をかぶり緑色の服を着ている。とんがった靴をはき、どこかの雑誌で見た西洋の妖精のようだ。
「おれ、オニロン! あーあ、ふたりにいっぱい鬼がいる。イライラ鬼にゲッソリ鬼に落ち込み鬼……。おっぱらってやるか! 魔法の唄をうたって……」
だが、二人の耳には、
ココロン
 ココロン
としかきこえない。
オニロンは優しい声で唄う。
「
ココロン
ココロン
輝く大空
煌めく星
ここに
ここに

ココロン
ココロン
広がる大地
深い海
ここに
ここに

ココロン
ココロン
喜び踊り
楽しみ唄い
ここに
ここに

ココロン
ココロン
君は愛されている
君を愛している
ココロン
ココロン
           」
その音に重なるようにして、
ポロロローン、ポロロローン、ポロロローン!
携帯電話の音がなった。
ココロン
ココロン
ポロロローン
ポロロローン
明はあわてて腰のポケットから携帯を取り出した。
「わあ、お母さんからや」
耳に当てると、真子のほうをむいて言う。
「お父さんと一緒みたい。おばあちゃんちにもう着いたんやって!」
「わあ、そうなん! はよ、いこ!」
 真子が駆けだした。
明も後を追う。

オニロンは驚いで二人の姿を見つめた。
―う? あの電話の音が鬼たちをおいはらった? イライラ鬼も落ち込み鬼も泣き虫鬼も消えてしまった?
オニロンはさらに声を大きくして唄った。自分に言い聞かせながら。
―いや、いや! おれの魔法の唄のせいなのさ!