第4章 洞窟漫遊 ④

洞窟の外にでると、目をあけておれないほどのまぶしさだ。
かげろうのたつコンクリートの道に、太郎がこちらをむいてたっている。
大きな目がぎらぎらとひかり、唇が赤くはれっぽったくなり、笑っている口から真っ白な歯がみえた。
 太郎がこちらに走ってきた。近づいてきた時、安奈はうっと鼻をつまんだ。
「わあ、太郎! へんなにおいがする! 何のにおい?」
「あはっ、そうさ! さっきおいしいもの、吸ってきたからな」
「吸うって?」
「食ってきたってことさ」
「ずるい、ずるい。何食べたんや、太郎!」
「おまえにもそのうちわかるさ」
 ふうと息を吸うと、にまりと太郎は笑った。
「それにしても、お前はやっぱりいい客人だ。あれもこれもと好奇心旺盛!」
 安奈は目の前のことで気になることはすぐに聞かないと済まない性格。するとその前のことが薄れてしまうのだ。このときも、太郎の異様なにおいのせいで、滝つぼで手を振っていた河童たちのことを聴くのがわすれてしまった。
その上、太郎が言った次のことばに、わっと気持ちが跳ね上がった。
「こんどはほら! 遊園地で一番人気の観覧車だな!」
 安奈は太郎の指さす方をみあげた。
美しい観覧車が目にうつる。
―門から、あんな観覧車みえなかったのに!
 そう思いながら、
「わあ、うれしい!」
安奈は歓声をあげていた。
安奈はゴンドラの入り口で立ち止まる。
 見上げると丸い形のゴンドラがつらなって上へ上へと動いていく。
「わあー、この観覧車、すごう高くまであがるんや」
真っ青な空をひとりじめしている。
 ここでも音楽とアナウンスだけで、係りの人は誰もいない。
「ようこそ、ゴンドラへ。あなたの思いのままに楽しんでください」
 やさしいリズミカルな音楽が流れている。ピアノ、バイオリン、時々タンバリンやパーカッションの音も混じった。
安奈たちは次にゆっくりやってきたゴンドラにのることにした。
近づいてくると勝手にドアがあいた。まるでどこかで誰かがふたりの動きを見ているようだ。
ゴンドラの中は安奈の家の浴室よりも大きい。対面するように長いソファがあった。
 安奈は太郎よりも先にとびのった。太郎も続いて入る。
ゴンドラ全体がぐらっとゆれた。
と、その時、誰かがドアの取っ手をもって、ぬっと顔を出したのだ。
「あたしも乗せてくれないかね」
 安奈はぎょっとしてみる。ものすごい年寄りに見える。だがどこか変なのだ。それが何かを考えるよりもさきに、安奈は太郎の方をむいていた。どうしたらいいのかわからなくなると、頼るのは太郎しかない。。
 太郎は女の人をみて、
「やあ! やっぱりあんただ。やまんかかあ! 観覧車に乗ると、たいていおまえがやってくる!」
「すまんことだねえ」
と言った時にはもう中にはいっている。
ドアが閉まった。
 「やまんかかあ」と呼ばれた人はソファーではなくいきなり床の上にすわった。目が奥にひっこんでいる。上を向いた小さな鼻がぴくっと動き、うすい唇が開く。
「太郎、ありがとよ!」
くるっと身体をまわし、背中をむけると外の景色を見始めた。
太郎は背中に向かって大きな声をだした。。
「やまんかかあ! 一周だけだぞ。客人と一緒だからな」
 外を見つめたままで、
「わかったよ! 太郎も客人も優しいね。感謝するよ」
と言った。
安奈はこの人も鬼臣の住民ならば、きっと何かものすごいことの出来る人なのだろうと思う。
だが、やっぱり少し変だ。
髪の毛が鳥の巣のように頭に乗っかっている。木綿のごわごわとした袖口の広い上着に、先のすぼんだズボンをはいていた。その上から薄汚れた割烹着をはおっている。
しばらくすると、顔を窓にくっつけてぶつぶつ独り言を言いはじめた。
「見えるんだよ。あの子たちが・・・」
安奈は気になってしょうがない。少しずつ外の景色がかわっていくのだが、それよりも「やまんかかあ」と呼ばれた人の方が気になった。
 じっと下を見下ろしているやまんかかあ・・・。安奈からみえる横顔の頬に、涙がながれ
ていた。
安奈はますます気になってくる。
口元がかすかに動いて、なにか歌っているようだ。
それは小川のせせらぎのようなやさしい響きをしていた。
「 
おまえは いいこ
 わたしの たから
 あのひと このひと
 よくして もらえ
  
おまえは いいこ
わたしを わすれ
あのひと このひと
 よくして おやり
           」
安奈ははっとした。
この人の歌声はなんときれいなのだろう。
むかえにすわっている太郎がうなずく。
「やまんかかあの歌声は鬼臣村の宝さ。おばばがそう言っていた・・・」
 美しい声にうっとりしていると、途中でいきなり歌が止まった。
「あたしはここで降りるからな。太郎、客人、ありがとう。今日もみんな、元気に暮らしておった! よかった、よかった」
 やまんかかあはドアの窓をぐっと片方に引くと、ほんの10センチほどの隙間をくぐり抜け、飛び降りた。
やまんかかあは突き出た岩にむかって白い割烹着をなびかせて降りていく。鳥の巣の髪と、大きな帽子が二つのパラシュートのようになっている。
岩にとびおりると、両手をあげ、こちらを向いて手を振った。
「あ」
安奈は一瞬、絵本で見た山姥(やまんば)の顔に似ていると思った。
「太郎・・・。ここって、ほんまにいろんな人が住んでるんだ・・・」
「ああ、そうさ。だけど、安奈。おまえの赤い蛍はみつかったかい!」
「わああ、わすれてたあー」
「もう一度、まわってみるか!」
「うん」
 安奈は、やまんかかあがしたように、床にべったりとすわり、窓に頭を押し付けた。
一番高くにあがった時、安奈は真っ青な空に色とりどりの鳥をみた。いや、鳥のように浮いている物を見た。その中に赤い色もある。
 安奈はたちあがり、太郎に言った。
「ああー、なんか赤いのがみえる! 赤い点点、ほれ、あそこ?」
 安奈には遠くの山の上にかすかに赤い点点がみえている。
 太郎が言った。
「鬼臣の羽衣だな」
「羽衣?」
「力のあるものがショールをはおると、羽衣になって飛ぶことができるんだ」
「え、空に飛ぶってこと?」
「ああ、力のあるものが、はおるとだよ」
「太郎はできるの?」
「当たり前だ! おれは、鬼臣村の鬼臣家の鬼臣太郎だ」
「そうなんだ! あたしもやってみたい! ねえ、太郎、ここから遠い?」
「ああ。今日は無理だな。明日、行ってみよう。やる気満々のおまえなら、飛べるかもしれん! そうすれば、みんなの前で鬼臣の証明が出来るというものだ」
 安奈は目を線にして、またガッツポーズをした。
ふたりは意気揚々とホールにもどり、太郎の家行きのエレベーターに乗った。

                    (つづく)