第4章 洞窟漫遊

朝食が済むと、
「さあ、洞窟の面白い所へ案内するか!」
といって、太郎は立ち上がった。
 食堂を出て、もうすっかりなれた通路に出た時、安奈は周りがいつもより明るくなっているのに気がついた。あたりをきょろきょろみていると、太郎が言った。
「ああ、きっと外はもう夏なんだろう。ちゃんと光が教えてくれている」
「光が? どこから光がはいってるの?」
光のもとが見えない。通路を歩いているのに、外の世界にいるようである。
「おい! いくぞ」
太郎は「いちいち感心していたらすぐに日がくれる!」と言うと、勢いよく足を速めた。
ふたりは並んで歩き、いくつもの部屋にはいる玄関ドアを通り過ぎる。
部屋ごとに微妙にちがうドアに気がついた安奈。その中はどうなっているのかと思って歩くので、太郎との距離が少しづつ開いていった。
「安奈! なにしてるんだあ!」
安奈はあわてて駆けだした。
先に昨日と同じ形のエレベーター見えてきた。鉄の帯がぐるりを囲い、両開きになっている。あちこちに人の顔のようなものがはめこまれた、古い重厚な感じの鉄のエレベーターだ。
今朝はほんの数秒乗っただけで、エレベーターは止まり、ドアが開いた。
昨日とは違うホールに出た。
落ち着いたえんじ色のじゅうたんが目にはいる。同じ系統の淡い色のソファーと大理石のテーブルがみえる。
一瞬、安奈はホテルのロビーを思いだした。
一度だけこのようなじゅうたんの引かれたホールを歩いた記憶がある。叔父さんの結婚式の時だ。だけど、そこはやたらと人が多かった。きょろきょろしていて、お母さんから頭をこつかれた気がする。
だが、安奈が今立っているところには人影がない。
不思議になって、太郎に聞いてみた。
「誰もいないの?」
「そうでもないよ。結構兄貴たちや友達もきているよ。けど顔をあわすことはないさ」
「どうして?」
「優秀な脱鬼がいるからね。ちゃんと時間調整をしてくれている。知らない同士が出会わないようにね」
「へえ、そうなの」
「おれたちは優秀、その分脱鬼たちも優秀だからね。なにせおれは鬼臣村の鬼臣家の・・・」
 とたんに、安奈も言ってしまった。なんだか連鎖反応がくせになってしまったようだ。
「キシンムラの、キシンケの、キシンタロウ!」
 太郎は目をほそめ満足そうだ。
太郎はもう夏の服装だった。白の半袖シャツに黄と黒のチェックの半ズボン。それに、今日は黄色のスニーカーをはいている。安奈が着ているのは長袖シャツに長ズボンだが、身に着けているのがわからないほどに軽くて涼しかった。
 太郎はじろじろと安奈をみてつぶやいた。
「安奈もだんだんこの村になれてきたなあ・・・。気に入ったら、いつまでもここにいればいい!」 
 安奈は小首をかしげる。
「ここに住む・・・」
考えもしなかったことだ。
「ここはいいぞ。安奈の願うことは何でも思う通りにできる。それが鬼臣のすごいところなんだ。まだまだ、いっぱいおもしろいことがあるぞ」
安奈はぐっとあごをつきだし、勢いをつけるようにして言った。
「わたし! 赤い蛍のことが気になる! 赤い蛍をさがしだしてから考える!」
安奈は何かをうちけすように言い放った。というのも、安奈はどんどん自分の家や家族のことを思い出せなくなっていた。太郎の言うようにここにきてからというもの、ワクワクドキドキの連読だ。脱鬼のつくる食事もおいしいし、出会った人たちも面白い。それに心強い案内役、太郎がいる。
安奈は自分に言い聞かすように、太郎にむかって言った。
「太郎! わたし、今、すっごう楽しい。けど・・・、早く赤い蛍をみつけないといけない気がするの・・・」
太郎がうなずいた。
「そうだったな! 安奈は赤い蛍の正体をつきとめないと、先に進めないんだ!」
太郎の足が速くなった。
広間のぐるりを水玉模様の壁がおおっている。どこにも出入りの出来そうなドアも空間もない。まわりが壁ばかりだというのに、太郎は指さして言った。
「洞窟へは、あのドアから入ると一番美しいところに止まるんだ」
先には壁しかない! 「あのドア」らしいドアはどこにもない。
近づくと、
「ほら、このドアだよ」
と、太郎が言った。
「え! わああ」
 安奈は変な声をだす。
太郎の指さした一か所だけがほんの少し色が濃くなっている。安奈の目には同じ水玉模様に見えていた。
「ここをポンと叩くと・・・、開くんだ!」
「うっそー」
 甲高い声と同時にドアが開いた。
「なんで?」
「これもみな優秀な脱鬼たちがおれたちを助けてくれているんだ。なにせ、おれは鬼臣村の鬼臣家の鬼臣太郎!」
「・・・」
 安奈はいつものように、一緒になって言うことができなかった。
―どうしてこうなるの? 脱鬼って何者なの? それに鬼臣がなんでこんなに楽ができるの?
 太郎は驚いている安奈を見るのが楽しくて仕方がないようだ。
「まだまだびっくりすることがあるぞ」
と言って、カッカカッカ笑った。
「なんで笑うん?」
安奈のけげんな顔をみて、また太郎がにやっとした。
「とにかく、この先が一番新しい洞窟世界だからね」

                 (つづく)