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太陽と月



君と僕とで




このそらを分け合い








そうして




万もの刻を




越えてゆく
















太陽と月のおはなし












その恵みがあんまりまぶしく熱すぎましたので、

太陽は誰にも触れてもらえませんでした。



それはそれはたくさんの命が、彼を好きでいたのです。

太陽の笑顔の光は世界にぬくもりをもらたしましたし、

穀物には年中豊かな実りを授けることができましたので、

人も星もみな彼を慕い敬い、心の底から好きでいるといったふうでした。



24の鐘が時を告げる一日の間じゅう、

太陽はあらゆるみんなの為に笑顔の光を投げつづけておりました。

時にわがままも申しましたが、

それがまた人からも星々からもよどみなく愛されて、

そして太陽もまたほんとうに彼らを愛しておりましたので、

その絆は世界一しあわせなもののように思えました。



それでも



太陽はひとりぽっちだったのです。





…◆…





ほかのあまたの星たちにまぎれて、

月は今日も、ほうっ、とため息をこぼしておりました。



がたがたと椅子を鳴らし教室を出て行った星たちは、

まあさっさと諦めることだ、とそれぞれ月の肩を叩いてゆきましたが、

それでもとうてい消せない高い高い憧れが、

彼の心を苛んでおりました。

月は思っていたのです。



(なぜ僕はひとりで輝けないんだろう)



ほかの星々と同じように、月は自分で光をつくることができませんでした。

太陽の光をその身にうけて、はじめて輝きを放つのです。

そのことが、月には身もふたぐほど罪深く思えてなりませんでした。



(あの太陽みたいにかんかんと輝く光のようになって、

この世の隅々まで照らすことができたらどんなにかすてきだろう!

そうして人や星々に恵みをもたらし、

誰かの役に立つことができたら、それはどんなにか大きなよろこびだろう!)



目を閉じてはせる想いはいつも虹の向こうまで駆けてゆきましたが、

目を開けて見えるのはふたたび凡庸な自分の姿でしたので、

月は今日も太陽を見つめながら、ほうっ、とため息をついていたのです。




…◆◆…





ある日のことでした。



鐘が23つ目の時を告げ、それでもなお空は恵みに満ち、

つよく明るく輝いておりました。

淡い窓辺で頬杖をついて、今日も太陽を見上げていた月は、

ほうっ、といよいよその日6度目のため息をこぼし、

そうして色もなくなったようになりながら、

こつこつと足踏みする時の音ばかりを追っておりました。



りん りりりり。



にわかに、憧れの遠い先から、

月はすきとおる硝子のような気配が流れてくるのを感じた気がしました。



(はて、なんだろう)



頬杖をはずして空を仰ぎますと、

つうっと一滴、光のしずくが月の面を濡らしました。



ぱつ、ぽつ、たたた。



しずくは後から後からさめざめとふりそそぎ、

月はやがて輝くしずくの正体をあまねく知りながら、

それをしづかに体ぜんたいで受けとめておりました。



(泪……だ)



それもあすこの空の向こう、

憧れの太陽のあたりから落ちてくるではありませんか!

泪なんてことがあるでしょうか?

あのかんかんと光るしあわせの太陽が、泪を流すわけがあるでしょうか?

月はたいそう驚いて、わからないといったふうに何度も首を横にふりました。



『 誰か… 誰か… 』



そのうち、月の内側のとてもしづかなその場所に、

先ほどのすきとおった硝子の気配が、

まるで自分を呼ぶ言葉のようになってきこえてきました。



「ど、うしたの?」



どきどきと途切れがちに声をかけ、そうしてすんっと耳を澄ましますと、

えっ、えっ、えっ、と、

胸をつくそれはくるしく痛々しい嗚咽が、

泪の先からこぼれてきたのでした。

そのかなしみの響きに、

月はぎしっと一度、体が軋む心地がしました。

胸はどうどうと早鐘をうち、喉などは渇いて貼りついたようになり、

なんだかこんなのは恋に堕ちたふうだと、うすく頬を染めました。



「どうして泣くの?

君はなんにもかなしいことなんてないだろ?」



『ううん、かなしいよ。

さみしいんだ、だってここには誰もいないから。』



「うそだい!

ここにいるみんなが君を好きでいるよ?

君はみんなにいっとう良く思われてるよ?

みんなの為にいつだって君はなんだってできるじゃないか。

きらきらと明るくて眩しくて、

それなのに、ひとりだなんてあるもんか!」



『うん、そうだ。

いつだって僕はみんなにいっとう好かれてる。

いつだって僕はみんなに光を与えてきた。

僕だってみんなのことが、それはほんとうに好きだ。

でも…ああ!』



そのとき、

言葉にならないかなしみが白銀のほうき星のようにそらを駆けました。

胸をつくたくさんの闇をひとり巡ってきた月でしたから、

そこから先はもう、

なにも聞かなくとも、なんだか全部わかったように思えたのでした。



「ひとりぽっち……なのかい?」



『そうだよ。うまれてからもう何十億年も、

僕はここにいて、ひとりぽっちでさみしいんだ。

12の柱にかこまれた、ここは誰もいない神殿だから』



「でも君はいつも笑ってるだろ。

ひとりぽっちでさみしいのに笑ってたのかい?」



『そうだよ。それしかないんだもの』



ずきん。



月の胸はひどくひどく軋みました。



だって空は今日もこんなに明るいのです。

人は笑い、星々はよろこびの唄に声をそろえ、

だれもかれもが太陽のおかげでひどく陽気なのです。

それなのに

彼ばかりが泪を流しているのは、ああなんとくるしいことでしょう!

ずっと見上げていたのです。

いつも仰いできたのです。

あまたの星たちとおなじように、それはほんとうに凡庸な態ではありますが、

それでもかたときも忘れず、月は太陽を見つめてきたのです。



「こっちへおいでよ。

みんなと一緒に、君もいたらいいよ」



月はやさしく見あげて言いました。



『できないよ。

だって、この体のそばには誰も寄れないんだ。

誰も触れられない。

僕はずいぶんと熱いから、誰も近づけないんだもの』



膝を抱えてうずくまったのか、

すこしくぐもった太陽の声が届きました。



「そんなこと言っても、誰かは近づいたろう?」



『はじめからネコ一匹来れやしないよ。

そうしてずっと僕は、12の柱とここにうずくまってひとりだ』



月はなんだかもう、

胸の痛みに自分も泪がにじむ心地がしておりましたが、

こうして話をすることで、すこしても太陽のかなしみが晴れやしないかと、

けんめいに言葉をつづけました。



「だったら、笑うことなどやめておしまいよ。

そうすれは僕らと一緒にいられるじゃないか」



『できないよ。

そんなことをしたら、今度は君たちが輝けない』



ああ!

それを聞いたとたん、月は幕が下りたようにぱっと目の前が暗くなるのを感じました。

太陽を助けてやりたいと夢中になるあまり、月はすっかり忘れてしまっていたのです。

自分ひとりでは輝けないのだということを。

その笑顔の光がなければ、明日生きることさえかなわないということを。



(笑うのをやめておしまいだなんて、僕はなんてひどいことを言ったろう!

太陽は僕らのためにこうして今日もひとりなんだ。

ほかならぬ、僕らのために。ああ!)



月は大きく胸を打ってかなしみました。

せめてこの身だけでもなぜひとりで輝けぬのかと、とうとう泪をこぼしました。

彼の途方もない孤独をぬぐうためなら、

自分ひとりの命など、月はすこしも惜しくはなかったのです。

けれども、

ここには彼の恵みに守られ、たくさんの命が息づいているのでした。

太陽のように誰かの役に立ちたいと願ってきた月に、

それでも笑うことをやめておしまい、と言うだけことは、

もうとてもできそうにありませんでした。



見上げれば空には今も、明るく輝く笑顔の光がありました。

その輝きを仰げば仰ぐほど、もはや月の胸はどこまでもきつく痛んだのです。

彼に憧れていたことを、恥じるくらいでした。

なにも見えずうらやんでいたことを、憎むくらいでした。

太陽の泪をその身に受けてしまったのです。

月はもう、あまたの星々とおんなじふうではいられませんでした。



「それなら、僕がそっちへ行くよ」



そらを見上げるその眸は、いまややさしい恋を宿しておりました。



『駄目だよ!

そんなことをしたら、君がどんなに熱いかしれないよ!』



太陽は弾かれたように大きな声でさけび返しました。



「かまわないよ」



『駄目だよ!いけないよ!』



(彼のためにできることなら、もうなんだってかまわない)

それは月の心の芯から湧いてきた、

うつくしい泉のようなたったひとつの想いでした。



太陽は太陽で、月の身をおおいに案じて、

そうして力のかぎりさけびつづけました。

くりかえしくりかえし、声も枯れるまでさけびつづけたのです。




…◆◆◆…





やがて、月は大きく手を伸ばして、

そらの透明な御扉をぐんっと力いっぱい引き開けました。



ごおう、ごおう、ごおおう。



あらぶる炎の波が幾重にもつらなり、月のその体をなじってゆきました。



ごおう、ごおう、ごおおう。



すすむその先は、まるで地獄の業火です。

それでも月はまっすぐにまっすぐに、太陽のところへと歩いてゆくのでした。



『来ちゃ駄目だ!

これ以上近くはほんとうに君が焼けてしまうよ!』



「かまわないよ」



『そんなのは僕がいやだい!

戻らなきゃいけないよ!今ならまだ間に合うよ!

御扉が閉まる前に、さあ、はやく!』



いまや月の踏み出すそのひと足づつが、赤い炎に巻かれておりました。

太陽はもう声も出ないようなありさまになって、なんとか炎を弱めようとするのですが、

やっぱりどうにもできないまま、火はますます月を焼いてゆくのでした。

さあ戻れ、さあ帰れとさけぶたび、

太陽は自分の胸がまるで反対の言葉を紡ぐのを知りました。

(ここへきて… ここにいて…)

月がくるしいのはもうほんとうにいやなのに、

それでもかなしいことに、

太陽はもういっときたりとも、ひとりぽっちに耐えきれなかったのです。



ぱあち、ぱちち。



火のはぜる乾いた音ばかりが、そこらここらで鳴りわたっておりました。



『駄目だったら!!』



さけぶ太陽の声は掠れていたので、

もうなにひとつ聞こえる声にはならないのでした。







そのときです。







ぱあああああああ。



とつぜん見たこともないつよい光が、あたりを覆いました。

光は太陽と月のまさにそのあたりから輪をなして広がって、

やがてやわらかな黄金の輝きで、世界を染めてゆきました。



月が大きく手を広げ、

とうとうその身に太陽を抱きしめたのです。



ごおう、ごおう、ごおおう。



太陽の炎は月のすべてを燃やし、じうじうと焼きつくしてゆきました。

きつく抱きとめた胸のあたりから、次から次へと入りこむ業火は、

月の心をあまねく恋で焦がしてゆきました。



抱きしめられた太陽は、

うまれてはじめて自分じゃないものの熱を知りました。

それはほんとうにあたたかく、ふるえるほどやさしい命だったのです。

ひとりぽっちだったことの全部が、消えてゆくようでした。

誰にも言えなかった言葉のすべてに、答えをもらえたようでした。

月のその胸に抱かれて、

太陽はほうっ、とひとつ、あついあつい吐息をこぼしました。



その黄金色の光はあまりにうつくしく輝きましたので、

そこいら一帯、ぜんたい何も見えないといったふうになりました。



まぶしくて、まぶしくて、

太陽には月しか見えなくなりました。



まぶしくて、まぶしくて、

月には太陽しか見えなくなりました。



ごごごごごおおん。



そらの透明な御扉が、いよいよ重く閉まる音がひびいたのでした。





…◆◆◆◆…





さて。

世界に夜と昼がうまれたのは、

このときからなのです。



月は、

いとしい太陽がせめてひととき重荷を下ろせますようにと、

一日の半分の時間、その胸に彼を抱いて、

月待夜の子守唄などを唄い、

そうして安らかな眠りをあたえました。



月の穏やかな唄声は、

暗闇のそらに乳白色の慈愛をそそぎ、

こうして世界に『夜』ができました。



人々は闇を知り、かなしみを知り、

愛を知り、やがて恋を知りました。





月のかいなに抱かれて、

太陽は、いつしか月のためだけに笑うようになりました。

わがままな太陽と頑固な月のことですから、ふたりはやっぱり喧嘩もしたのです。

笑って、泣いて、怒って…

こうして世界にきまぐれな『四季』と『天気』ができました。



人々は冬を知り、夏を知り、

春の訪れを喜び、秋の実りに感謝をささげるようになりました。



星々は雨と曇りの夜をたいそうくやしがり、

晴れわたる蒼い夜には、

月の唄に合わせて楽しげにそらをぐるりと行進しました。

もっとも、

月に怒られてしまうので、

太陽をおこさないようにそれはそれはひっそりと、ですけれど。







さあ、みてごらんなさい!

東の空が黄金色に染まります。



「ほら、もう起きないと遅刻だよ」



太陽のおでこに月がふわりと綿毛のキスを落としたら、それが合図。



ふわああああ。



夜明けまで、もういっときもありません。











-おしまい-





『太陽と月のおはなし』  かたくちいわし/著

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