house town ワーキングホリデー 002extra

002extra

【1st stage】 side大石

 アクアリウムの水槽が放つ青白い光と、低いモーター音だけが響く世界…。キッチンからは、音もなくコーヒーの香りだけが漂ってくる。

 今日から明日へ。世界が変わろうとするこの時間帯に、わざわざ手間のかかるサイフォンでコーヒーを入れると言うのは、彼の精神状態があまりよろしくないということを示す。以前は、その心の内のモノをどうしてよいか分からない憤りから周囲に当たり散らしたりして方々に迷惑をかけていたのだが、いつの頃からかその憤りを外に向けることをしなくなり、内に秘めたまま独り不安定になるようになった。


 今回の原因は、恐らく…


 「英二…」
 不安定な彼を驚かさないように、でもしっかりと彼の耳に届くよう、彼の名を呼ぶ。
 「コーヒー、俺の分もこっちに持ってきてくれないか?」
 返事がなくても、二度は呼びかけてはいけない。大丈夫。きちんと俺の声は届いている。

 水槽の中で泳ぐ、紅い、鮮やかな熱帯魚を目で追っていると、ほどなくしてコーヒーの香りが近づいて来るのがわかった。
 「…」
 黙ったまま、俺の前に淹れたてのコーヒーを置いて立ち竦むその姿は、水槽の青白い光を受けて、いっそ儚げだ。
 「ありがとう、英二」
 さりげなく、相手にそうと気付かせないよう、名前を呼ぶ。同じ空間に、俺が居ることを理解させるためだ。
 「…うん」
 英二の意識下に、はっきりと俺が認識された。
 しかし、ここで焦って『何かあったのか?』などと訊いてはいけない。英二の側の準備が整う前に話しを促しても、上手く伝えられないもどかしさに、余計追い詰められる感覚が生じてしまうからだ。
 
 気にしない風を装って、それでも全神経を英二に向けたままで、いい香のするコーヒーを口に含む。

 カタン…

 俺が置いたのが先か、英二が置いたのが先か。コーヒーカップがテーブルに当たる微かな音を聴いて顔をあげると、それまで俺の目の前に立ち竦んでいた英二が、俯いたまま、ソファーに座る俺の膝を跨ぐようにして、ゆっくりと体をあずけてきた。

 一緒にいるようになってから、もう十年以上になる。いろいろな事があったし、俺も英二もいつまでも出逢った頃のままではない。しかし何年経っても変わらない事だって当然ある。これも、そんな変わらない事の中の一つ。自分の中の思いを上手く吐き出せない時にはこうして、母親の腕を欲しがる子供のように俺の腕を欲しがる。俺は、そんな英二を黙って受け入れる。愛しい我が子をあやす母親のように、英二の心が穏やかになることを祈りながら、ゆっくりと、鮮やかなその髪を梳く。

 しばらくそうしていると、除々に落ち着いてきたのか、英二が息をひとつついた。
 タイミングを見計らっていた俺は、それを合図にゆっくりと話し出す。
 「英二、明日・・・って、もう今日か。上のお義姉さんが水槽見に来たいって、昨日の昼間電話があったんだ」
 一瞬、英二の身体が強張るのを感じたが、気づかない振りをして話を続ける。
 「『久しぶりに英二が作ったケーキ食べたいから、忘れずに作っとくように!』って。お義姉さんからの伝言」
 「・・・そんな急に言われたって…材料…何にも無いよ…」
 「そう言うと思って、昼間買い物にいってきたから、材料の心配ならいらないよ」
 「・・・何買ってきたんだよ」
 「苺のタルトをリクエストしといてってことだったから、苺、買って来といた」
 「…後は?」
 「・・・え?」
 「え?って・・・、苺しか買ってこなかったの?」
 「だって、苺のタルトだろ?英二良く作るやつ。あれ、苺しか入ってなかったと思うんだけど、他にも何か入ってたっけ?フルーツ・・・」

 「ぷっ」 腕の中の英二が、さっきとは違った震え方をした。 

 「苺だけでタルトになるわけないだろ? 小麦粉とか、こないだ作ったときに使い切ってるから、買ってこないとダメだよ」
 「・・・・なるほど」
 相変わらず俺の腕の中で俯いてはいるものの、少しづつ声に覇気が戻ってくる。小さくクスクスと笑う声も聞こえてきた。
 「相変わらず変なトコ抜けてるよなぁ、大石は。いいよ。朝イチで買いにいけば間に合うから。どうせ姉ちゃん、昼飯も食わせろとか言ってたんだろ?」
 「ああ。美味しい物期待してるって」
 「しょーがねーなぁ。じゃ、明日に備えて、そろそろ寝ようぜ」

 完全にいつもどおりには戻っていないが、今夜はここまででOK。一気にいつものテンションまで戻そうとしてはダメだ。たとえ今戻すことができたとしても、無理に戻せば後で必ず反動が来て、余計に酷い状態になってしまう。人の心とはそういうものだと、俺は思っている。

 それに、今回英二を不安定にさせている原因を取り除くには、俺だけではダメなのだ。俺だけでどうにかしてやれる事なのであれば、英二をこんな状態になどさせない・・・。
 だから明日、彼の姉さんに来てもらう手はずを整えた。彼女には今更俺たちのことで隠すことは何も無いので、今回の英二の状態を話した上で、彼女の力を借りたいと言ってある。可愛い末っ子の悩みを取り除くのに躊躇はいらないとばかりに、二つ返事で来てくれることになった。もちろん、俺が頼んで来てもらうということは秘密。丁度最近、彼女がアクアリウムを始めたので、それを理由にしてもらうようにお願いしてある。

 「大石〜、まだ起きてんのか?電気消すぞー」
 「ああ。今行くよ」

 とりあえず、明日の朝まで英二が安らかに眠ることができるよう、今の俺に出来る唯一のことをするために、寝室へ向かった。 


【2nd stage】 side英二


  『英二・・・忘れちゃ駄目だよ?
   お前を愛してるのは、俺だけじゃない。
   お前の身近に居る人達みんなから、お前は愛されてるんだ。
   もしそのことを忘れてしまっているとしたら、思い出さなきゃ駄目だ・・・』



 今日は朝から大忙しだ。

 昨日の夜大石から、今日、急遽姉ちゃんが来るって電話があった事を聞いた。食い物のリクエストまで受けてるもんだから、足りない材料を買いにいくところからはじめなくちゃなんない。大石が気を利かせて買い物に行ってくれたみたいなんだけど、行った結果が『苺ご購入のみ』だったってのが、ちょっと切ない。前も ってメールでもくれれば、買い物リスト送ったのに〜っ(泣)
 まぁ、今更そんな事言ってもはじまんないので、俺は朝早くから駅前のスーパーの開店時間に合わせて買い物に来てる。大石も一緒に行くって言ってたんだけど、来ても意味ないから掃除と洗濯しといてっ!とつっぱねたら、ちょっとしょんぼりしてた(笑)

 必要な材料を手早くカゴに入れて、さっさと店を後にする。昼頃来るって言ってたってことは、時間に煩い姉ちゃんの事だから12時きっかりに来るはずだ。ここで準備ができてなかったら何言われるかわかんないから、早く帰って準備に取り掛からなくちゃなんない。だって、ランチの用意からケーキまで、あと2時間弱で 全部を一人でやらなきゃなんないんだ。こと、料理に関してだけは、大石はまったくアテにならないからなぁ…。それを自覚してるのかどうなのか、料理自体は嫌いじゃないらしく、いちいちやりたがるあたりが始末が悪い。毎日の夕飯だって、いくらやるな!!っていっても思い出したように時々作っては、俺の胃薬消費量を上げ ている。胃薬はアイツの常備薬だったはずなのに・・・。はっきり『お前の料理は壊滅的だからだめだ!』っていえないところがまたツライ。だって、本人は至って真面目にやってんだもんよ…。頑張ってる子には、否定的な叱責はいけないと、偉い教育者が言ってたし(苦笑)


 そんなこんなでバタバタしたものの、姉ちゃんが来るまでにバッチリ準備完了!
 12時丁度に来た姉ちゃんと3人で、俺お手製のスペシャルランチを食べ終え、しばらく熱帯魚の話しなんかをした。最近姉ちゃんがアクアリウムを始めたので、大石がいい相談相手になってるみたいだ。話しが一段落ついたところで、そろそろリクエストのあった苺のタルトを食べようかって事になったので、俺は紅茶を入れにキッチンに立った。

 お茶の用意をしているとふいに背後に人の気配がしたので、大石かと思って振り返ると、そこには満面の笑みをうかべた姉ちゃんがいた。てっきり大石とアクアリウムの話しの続きをしてると思ってたんだけど、どしたんだろ?
 「何、どしたの?」
 そんな俺の問いかけには応えずに、俺の顔を見てニコニコ笑ってる。
 「何?なんか良いことあった?」
 「ん?英二、幸せそうだな〜と思って」
 相変わらずニコニコしたままの姉ちゃんが言う。
 「はぁ?何だよ突然。」
 「あんたは小さい時から、ときどき急に不安定になるトコがあるから、大石君と暮らすって言い出した時、実はちょっと心配してたんだけど、楽しくやってるみたいで安心したわ。」
 「え…?」
 何でいきなりそんなこと言うんだろ・・・。何か、まるでもう永遠に逢えなくなっちゃうんじゃないかって気にさせる言い回しに、俺はわけのわからない不安を覚えた。そんな気持ちが表情に出てしまったのか、あわてて姉ちゃんがこう言った。
 「あははw あんた、また変なこと考えたでしょ?!ばっかねぇ。なんて顔してんの?」
 「・・・だって、姉ちゃんが変なこと言うから・・・」
 「何よ。変なことなんて言ってないでしょうが。今日、久しぶりに二人でいるあんた達を見て、誰かと一緒に生きていくのも悪くないなぁって思っただけなのになぁ〜」
 「え・・・?」
 「ふふふw 実はね。あたしこないだ、付き合ってる彼からプロポーズされたのよ。」
 「ええぇぇぇぇぇっ?!」
 ずっと一人で生きて行きそうな姉ちゃんだったのに、実はちゃんと彼氏がいたのか・・・。
 「でもね、いろいろ考えちゃってさ、ずーっと返事、保留にしてたのよね・・・」
 「あ・・・」
 頭からスーっと血の気が降りていく感じがした。背中にイヤな汗を感じる・・・。


   返事を保留にしてたって・・・やっぱり俺のせい・・・・?


 様子がおかしくなってきた俺を見つめながら、今までニコニコしていた姉ちゃんが急に真面目な顔になって、俺との距離を縮めてこようとした。そんな姉ちゃんがとても怖くて…俺が犯した罪をを糾弾されるんじゃないかっ…て、俺は一歩後退る。そんなに広いキッチンじゃないから、一歩下がっただけですぐにシンクにぶつかった俺は、シンクのふちを、指が折れそうなくらいの力でぎゅっと掴んだ。そうでもしないと、今にもみっともなく倒れてしまいそうだった・・・。
 そんな俺の状態に躊躇することなく、更に距離を縮めてきた姉ちゃんの手が、不意に俺のほうに向かって来た。
 『ぶたれるっっ!』
 咄嗟にそう思ってしまった俺は、顔を姉ちゃんからできるだけそらして、ぎゅっと目を瞑った。
 「なんて顔してんの・・・」
 もちろん姉ちゃんが俺を殴るようなことはなく、伸ばされたその手は、そっと俺の頬に添えられた。まるで大石が俺にそうするように、優しく、ゆっくりと頬をなでる。
 「英二。あんたが今何を考えたか当ててみようか?」
 「・・・」
 「『もしかして姉ちゃんがプロポーズを受けないのは、俺が大石と一緒にいるからじゃないか?』」


  一番聞きたくなくて、でも一番確認しなきゃいけなかった事を、姉ちゃんが言った・・・


 それを聞いて、俺はどこか安堵していた。やっと言ってくれた・・・って。
 聞きたくて、でも聞きたくなくて・・・この事は、いつも俺を不安定にさせていたから・・・
 結果は最悪だったけど、でも、どう思われてるかが分からない不安は、少なくとも無くなったから・・・

 「ねぇ、英二。もしそうだって言ったら、あんたどうするの?」
 「・・・っっ」
 そう聞かれたけど、俺にはその問いには答えられない。心から申し訳ないと思ってても、姉ちゃんの…みんなの望むような答えは出せないんだ!
 だって、あの日俺は自分の意志で選んだんだから。こんな日が来ると想像したけど…それでも俺は、大石と居る未来を選んだんだっ…。
 「もうっ!!あんた一体いくつになったのよ? 大の大人がぼろぼろ泣くんじゃないって、前にも言ったでしょ?!」
 俺は、自分でも気付かないうちに泣いていたようだった。
 「・・・っく」
 「ほらっ!もう!! これじゃあたしがあんたをいじめてるみたいじゃないの!!」
 だって姉ちゃん・・・。大石がらみの事になると、俺の涙腺は途端に制御不能になるんだ…。アイツに関わることだけが・・・アイツだけが俺をこんな風にできるんだよ・・・。
 そんな俺を見かねた姉ちゃんが、困ったように、でもちょっと乱暴に俺の顔にタオルを押し付ける。
 「あのね、よく聞きなさい!あのとき・・・あんたが家を出て大石君と暮らすって言い出したときに、あたし達言ったでしょう? 賛成だって。」
 言ったよ。確かにそういってくれたけど、不安はずーっとぬぐえなかった・・・。真っ白なテーブルクロスに落ちた小さな紅茶のシミのように・・・。とても小さいけど、もとても気になるそれのように、この事は、俺の心の中にずーっと在ったんだ。
 「あたし達は、今もその気持ちは変わってないし、これから先も変わらないのよ? だから、そんな不安を抱いてるってのは、あたし達家族に対して失礼じゃない?だって、あんた、あたし達を信用してないってことよね?」
 「・・・っち・・ちがっ」
 「違わない。信じてないから不安になるんじゃない。」
 「だっ・・・だって・・・」
 「あのね。あんた達の事があるから、姉ちゃん達結婚しないんじゃないのよっ?! 本当にしたくないからしなかっただけ。まぁ、中には単純に縁がないのもいるようだけど?(笑)。
 今回、あたしが彼からのプロポーズの返事を渋ってたのだって、全然別の理由なんだから。」
 「別の理由…?」
 「んー。いやさぁ、ほら・・・なまじ身近にめちゃくちゃ優しくてマメな男性を見てるじゃない?だからさぁ〜。つい比べちゃうんだよね(苦笑)」
 「優しくてマメな男性・・・?」
 「あんたの『大石』君しかいないじゃない。あれだけ我儘し放題のあんたにあのフォロー。あれを中学生の時から自然にやってのけてたんだから、凄いわよ・・・。」
 「・・・・・」
 確かに優しくてマメですけど・・・。俺の我儘に散々付き合わせましたけどねっ!でも、みんな気付いてないけど、本当はアイツの方が頑固で、自分がこうって思ったことは絶対譲らないし、結局は何でも自分の思い通りに必ずしちゃうんだよ?!って、姉ちゃんの良い男性の基準って、大石なのっ??
 「でさ、そんな英二たちをずーっと見てきてるから、自分の彼氏がこう・・・痒いところに手が届かない様な態度ばっかりとると、ついイラっとして…(笑)」
 ・・・えーっと。俺は何て答えればよろしいんでしょうか・・・。
 「そんな彼氏にイライラするくらいだったら、いっそ一人のほうがいいでしょ?だから結婚までいかなかっただけ。」
 「・・・・はぁ」
 あまりの事に返す言葉もない。今まで止まる気配すらなかった涙さえ乾き切る程の衝撃だ。
 「でもね、今日、久しぶりに二人を見て、二人でいることでこんなに幸せになれるんだったら、あたしもその幸せを掴む可能性にかけてみようかなぁと思ったのよ。人生チャレンジあるのみだしねw」
 「・・・じゃぁ、本当に、俺の事じゃなくて・・・?」
 「何度も言わせんじゃないのっ!大体、本当に英二達の事がイヤなんだったら、最初からきっちり反対してるって。」
 「…そっか・・・そだよね・・・。」
 「そうよ。だからあんたも、いつまでもぐじぐじ悩んでないで、もっともっと幸せになることだけ考えてなさい。」
 「うん…うんっ!…ありがと、姉ちゃん」
 「お礼を言う相手が違うわよ。」
 「それ・・・どういう事?」
 「な・い・しょ♪ ココからは自分で考えなさい。」
 もしかして・・・大石が姉ちゃんに何か言ったの・・・?
 「じゃ、あたしはそろそろ帰るわね。」
 「えっ?!ちょっ、ちょっと姉ちゃん。ケーキは?食べてかないの?」
 「また今度にするわ。さっさとプロポーズの返事しないと、彼に逃げられちゃうわw」
 「い、今から返事しに行くの?」
 「そうよ〜。思い立ったが吉日って言うじゃない?それに、チャンスには前髪しか無いんだから、通り過ぎる前に捕まえとかないとね。英二だってそう思ったから、大石君の触角掴んで抜いちゃったんでしょう?」
 「姉ちゃん…あれ触角じゃないから・・・・。」
 「あら。てっきり英二が引っこ抜いたから、大石君あの髪型出来なくなっちゃったんだと思ってたのに…」
 真面目な顔してそういうこと言わないでよ…


 姉ちゃんはその後すぐ、来たときと同じように慌ただしく帰っていった。帰りぎわに、今日のお礼の意味も込めて『頑張れよ!』って言ったら、『今にあんた達も砂吐くくらいの夫婦になってやるから、覚悟しときなさいね(笑)』だって。どういう意味だよ…


 どうやら今日の姉ちゃん訪問は、大石の企てだったらしい。多分、俺が時々、思い出したように不安定になる原因に気付いてて、だけど自分で解決しようとしてた俺を、手を出さずに見守っていてくれたんだろう。でもあまりに時間がかかってたから、これは放っておいても俺一人じゃ解決できないと判断して、今日の行動に至ったんだろうな…。
 アイツは昔から、俺より俺のコト良く見てる。アイツはアイツで、そんな風な俺を何度も見て、こっそり胃薬の世話になってたに違いない。そばにいる人が苦しんでるのを、只じっと見守るだけって、かなりキツイと思う。特に大石のような性格だったら、それこそ大石の方が先に参っちゃっててもおかしくないよな・・・。それなのに、ぐっと我慢してくれてたんだと思うと、やっぱり大石にはかなわないと、あらためて思うんだよ。

 そんなことを考えながら、俺がいつまでも玄関先に突っ立ってると、姉ちゃんの見送りから一足先にキッチンに戻ってた大石の声が聞こえた。
 「英二、このケーキどうする?俺たち二人じゃ食いきれないだろう?」
 甘いものがあまり得意じゃない大石にはものすごく大きいケーキに見えるかもしれないけど、実際はそんなに大きくない。もともと三人で丁度食べ切れる予定で作ったんだから(笑)
 「やっぱり、お義姉さんにお土産に持って行ってもらえば良かったかなぁ…」
 一人でぶつぶつ言いながら、後片付けをはじめようとしている背中に近づいて、後ろからコトリとその肩口に頭を持たせかけた。
 「英二。これ、明日学校に持って行って、竜崎先生と一緒に…」
 「なぁ、大石…」
 大石の言葉を最後まで言わせずに、俺は口を開いた。
 「ん?」
 大石は、そんな俺に気を悪くするでもなく、優しく続きを促す。
 「俺って…みんなに愛されてるよな…」
 「…ああ。英二はいつも忘れがちだけど、お前は、お前の周囲にいる人達からものすごく愛されてるんだよ。」
 前から回された大きく暖かい手のひらで、小さな子供にするように頭をぽんぽんと叩かれる。
 「うん…」
 「だから、その事を決して忘れないようにして。もし忘れてしまったのなら、きちんと思い出さないといけないよ。」
 「うん…」


 俺はかなり幸せな人生を生きてると、改めて思う。

 優しいだけじゃなく、俺の事を愛して、そして信頼してくれてる家族がいて…

 俺たちをありのまま受け入れて、変わらず付き合ってくれてる友人達がいる…

 そして…

   「でも、英二の事を一番愛してるのは俺だって事は…絶対に忘れるなよな?」

 情けない声でこんな事を言うコイツが俺の隣に居てくれる限り、俺の幸せはこれから先も永遠に続くんだ…


end