【Happy Goody】
青学の臨時保険医になって三週間あまり。週三回ここに通勤してくるのにも、大分馴れてきた。先生方も皆いい方達ばかりで、何くれとなく親切にしてくれる。仕事自体は思いの外忙しかったが、暇をもてあますよりはよほどいい。授業がある時間内だと、わりとひっきりなしに誰かしらが訪れてくるのだが、今はもう放課後なので、部活動でケガをする生徒がいなければここに訪れる人もなく、帰宅時間までの午後のひと時を、のんびりと過ごしているところだ。
そろそろ午後四時を過ぎようかというこの時間。
緩やかな孤独を珈琲でも飲みながら満喫しようとしていたのだが、そうそう思い通りにはならないようだ。良く知った足音が、こちらへ向かってくる。この足音は、彼に間違いない。教師なのだから自ら率先して廊下を走るなといつも言っているのに、全く改める気が感じられない。
「よう!」
予想に違わず、頭に描いた人物がノックもせずに入ってきた。
「ノックぐらいしろって、いつも言ってるだろう?」
「誰もいないんだから、いいじゃん♪」
「英二・・・今は居ないけど、いつ誰が居るかわからないんだから・・・」
「大丈夫。俺、そーいう勘、鋭いから。」
確かにこいつが来るときは、今まで誰も居たことがない。昔から勘が鋭いというか、鼻が利くというか・・・。
「あ、俺の分もコーヒーよろしく〜♪」
英二の場合、どうやら後者のようだった。
「そんなことより、今日、夜空けてあるよな?」
彼は俺の言う事など端から聞く気はないようで、淹れたてのコーヒーを一口飲んで『あちぃ!』とか言いながら、俺の予定を確認してきた。まぁ、確認というよりは、念押しなんだろうけど。
「ああ、大丈夫だよ。朝、出掛けにも確認しただろう?」
「お前の『大丈夫』程アテにならないもんねぇだろ?相変わらず、よく面倒引き受けてんじゃん。」
・・・ひどい言われようだが、否定できないのが口惜しい。昔からの性分で相変わらずいろいろな事を引き受けてしまう俺に対して、チクリと痛いところをつく。
「今日は大丈夫だよ。急いでやらなきゃならない仕事もないし、真っ直ぐ帰るから。」
「よし。何か頼まれても、余程の事がない限りちゃんと断れよな?」
ただ、仕事柄、緊急事態が発生しないとも限らない。『余程の事がない限り』とことわるあたり、その辺は英二も理解してくれているのだ。
「了解。どうしても・・・な時は、ちゃんと連絡するから。」
「ほいほい。で、時間だけど、7時より前には帰ってくんなよ?」
「ああ。それまで適当に時間潰してるから、大丈夫だよ。」
「うしっ。んじゃ俺、一足先に帰って準備しとくから。」
「何か買って帰るものあるか?」
「うんにゃ。大丈夫♪」
そう言うと、コーヒーを飲み干して一旦は出ていこうとしたのだが、何かを思い出したのか、振り返りながらこう言った。
「そうだ。お前、帰る時、テニスコートの側通るなよ?」
「なんでだ?」
「アノ人、お前の事を手ぐすねひいて待ってるから、また捕まるぞ。」
あー・・・。
「まだ諦めてくれてないのか・・・。」
テニスコートには、俺が青学に通うようになってから、再三再四テニス部のコーチを頼んで来る人がいる。ブランクがありすぎるから無理ですと断っているんだが、一向に諦めてくれないんだよなぁ・・・。
「俺も諦めてないけど?」
諦めの悪いヤツが、ここにもいたか・・・。
「何度も言うようだけど、無理だから・・・。」
せっかく頼まれごとを断ることを覚えて実行してるのに、相手が聞いてくれないんじゃ意味がない。なんでこう、俺のまわりには、俺の話しを聞いてくれない人ばっかりなんだ・・・?
「ま、その話しはまた今度。とにかくそんな訳だから、あっち通らずに帰ってこいよな。」
「努力します・・・。」
しかし、あそこを通らないと、家に帰れないんだけど・・・。
英二が帰ってから少し仕事をし、俺もそろそろ帰ろうとかといったところで乾がやってきた。乾は高等部で化学教師をやっているんだが、こうしょっちゅう中等部へ来ていて大丈夫なんだろうか?
「やあ、大石。ちょっといいかな?」
普段ならここでコーヒーの一杯も出して乾を招き入れるところなのだが、今日は事情が違う。だが、緊急の用事だったらまずいので一応それを確認しないと・・・。
「すまん乾。今日はちょっと用事があるから、緊急の用じゃなければ明日でもかまわないかい?」
俺の言葉に、乾はちょっと逡巡してから右の眉をくっと上げ、ニヤリと笑った。
「あ、そうか・・・。これは俺としたことが、すっかり失念していたよ。俺の用事は急でもなんでもないから、また明日出直すとしよう。」
「すまないな。」
「いや。ここで無理やり大石を引き止めれば、明日菊丸が高等部に乗り込んでくる確立100%だからな。」
「あははは・・・。」
「それじゃ、気をつけてまっすぐ帰れよ。」
「ああ。明日は旨いコーヒー入れておくから。」
「それは楽しみだな。」
そう言って乾は医務室から出て行こうとしたが、何かを思い出したように、振り返りながらこう言った。
「そうそう。できればテニスコートの側は、通らないで帰ったほうがいいぞ。」
先ほどの英二と全くおなじ事を言われ、思わず苦笑いしてしまう。
「ここへ来るときに側を通って来たが、あの人絶妙な位置に立っていたから、あれはお前が通りがかるのを待っているな。」
「英二にもそう言われてるんだが、あそこを通らないと帰れないからなぁ。」
「まぁそうなんだが、一応そういう状況になってたことだけ知らせておいたほうがいいかと思ってな。」
「ありがとう、乾。何とか頑張って振り切ってみるよ。」
「ふむ。大石も大人になったな・・・。」
「あのなぁ・・・今更”大人”って、一体俺の事幾つだと思ってるんだよ。」
「俺より一つ上になったんだろう?」
『誕生日、おめでとう。』と言って、今度こそ乾は帰って行った。英二や乾の中での俺って、いつまでも中学の時のイメージのままなんだろうか・・・。
さていよいよ帰ろうとしたとき、二人から忠告されていたにもかかわらず、お約束通りテニスコートの脇で『あの人』と呼ばれる当人に捕まった。ここを通らないと家に帰ることができないのだから、仕方ない・・・。
万が一逃げ切れなくて帰宅が遅れた時、後できっちり言い訳できるようにと、無駄だとは思うが精一杯急いでいる風を装い頑張ってみる。
「大石君。今から御帰りですか?」
「や、大和先生、お疲れさです。」
「おや?今日は少々お急ぎのご様子ですね。」
「え、ええ。ちょっと用事があって、急いで帰らないといけないで・・・。」
なるべく視線をあわせないようにと気をつけながら、失礼にならない程度に俯きがちに返答する。別に嘘をついているわけではないのだが、どうもこの人の前にでると、何もかもを見透かされているようで恐縮してしまう。
「あははは。そんなに警戒しなくてもいいじゃありませんか。」
やっぱり・・・。俺の努力も虚しく、相手にはバレバレだ。
「大丈夫ですよ。今日はいつものように引き止めたりしませんから。」
今日はと謂わず、これからも引き止めていただかなくてもいいんですよ、大和先生・・・。
「あ、別に、君のコーチ勧誘を諦めたわけではありませんから、がっかりしなくてもいいですよ?」
諦めてないことに、がっかりですよ。
「今日は、菊丸君から、『今日、大石を見つけても、いつもみたいに引き止めないでくださいねっ?!』ときつく言われていますので。」
英二・・・。ありがたいんだか何なんだか、微妙だぞ・・・。
とりあえず『関所』を無事通過した俺は、注文していた本が届いたとの連絡をもらっていたため、その本を引き取りに本屋へ向かった。目的の本を無事入手したものの、まだ少々時間があったのでそのまま本屋をぶらつくことにした俺の視界に、ふと一冊の絵本が飛び込んできた。『太陽と月のおはなし』と書かれたその本は、どうやらこの本屋の絵本コーナー担当者一押しの本らしく、絵本の側に置かれたPOPには、
【太陽の孤独と月のやさしさを感じられるお話。大人の方にも是非読んでいただきたい一冊です。】
と書いてあった。
淡い色調で描かれた表紙が気になって、何とはなしに中を見てみると、それは中学の時に英二と二人で図書館で読んだ本が絵本になったものだった。当時読んだ本は絵本ではなく、図書館の中でもかなり古い本だったが、最近絵本として新しく発行されたらしい。この本の中に出てくる『太陽』と『月』が、それぞれ『太陽』は英二に、『月』は俺に見えると言って、お互いわんわん泣きながら読んだのだが、後にあのときの状況を越前に見られてたと知って、ものすごく恥ずかしかった記憶がある。まあ、今となっては微笑ましい思い出なのだが・・・。
そんなことをつらつらと考えている間にも、数人の大人達がこの本を手に、レジに向かって行った。最近、大人が絵本を読むというのが流行っているらしいが、その影響もあるのだろうか。出版社側もそれを意識しているのか、『子供が楽しく読むための絵本』というよりは、大人向けの装丁になっている。全体的に淡いパステル画で描かれているが、甘すぎない色使いで、とても落ち着いた絵本だ。これなら大人の男性が手にとっても、違和感がない。もう、話し自体はソラで言えるくらいに覚えている本だったが、懐かしさに後押しされるように、俺も一冊手にとってレジへと向かった。
玄関の前で使い慣れた腕時計を見て時間を確認すると、7時5分過ぎという丁度いい時間。普段は、英二が先に帰っていることが分かっていればチャイムを鳴らすところなのだが、きっと今日は忙しくしているのだろうと思い、めずらしく鍵を使って家に入る。
「ただいま。」
「おかえり〜!いいタイミングだよ、大石♪丁度セッティング終わったとこ〜。」
返事とともに、奥から英二が顔を出した。言葉どおり準備万端なようで、片手にワインを掲げている。
「ワイン開けちゃうから、さっさと着替えてこいよ〜!」
「了解。」
お言葉どおり、とりあえず部屋に入って一通り着替え、食卓へ向かう。するとそこには、テーブルの上に乗り切らないくらいの料理が並んでいた。
「毎年思うけど、すごいな、英二。」
「ふふ〜ん♪」
ニヤリと笑って、開けたばかりのワインをグラスについでくれる。
「あれからすぐ帰ったとして、3時間くらいしかなかっただろう?」
「俺の腕前をみくびってもらっちゃこまるな。2時間もあれば十分だよん♪」
普段料理をする様子を見ていても思うんだが、英二は料理をする際の手際がとてもいい。作るのが早いのはもちろんのこと、おおかた片付けながら料理をするので、食事が出来上がる頃にはキッチンも綺麗になっているし、もちろん味もすこぶる良い。
「ぼーっとしてないで、さっさと座れよ。早く食べようぜ♪」
料理を目の前にして、俺も空腹を思い出してきたところなので、英二の意見に異論はない。もうすっかり準備は終わっているので、英二とともに、それぞれ席についた。
「んじゃ、グラス持って!」
いい具合に冷やされたワインの入ったグラスを、お互いに持つ。出会った頃はジュースだったグラスの中身が、いつのまにかアルコールに変わって行った。俺たちがそれだけ長い間一緒にいた証拠だ。
「おーいしくん、おたんじょうびおめでと〜♪」
「あー。毎年ありがとう。」
この掛け声だけは、昔のままだ。俺が照れるのを面白がって、英二はわざとそうしているようだ。
「英二・・・。そろそろその言い方、やめないか?」
「なんで?可愛くていいだろ?」
ニヤニヤ笑いながら、英二がこう言うってことは、まだ当分、この掛け声を続けるるもりのようだ・・・。
「んじゃ、そろそろケーキ切るよ〜。」
「あ、俺、少しでいいぞ。」
英二が作ってくれた御馳走を一通り食べ終え、居間のソファでTVを見ていたところへ、キッチンから英二が声をかけてきた。
「かなり甘くないの作ったからさ。まあいいから、騙されたと思ってオススメサイズで食ってみろよ。食いきれなかったら残せばいいから。」
「でも、もったいないじゃないか。」
「小さく切ると、バランス悪いんだよ。残ったら俺が食うから平気♪」
「じゃ、英二の好きなサイズで切ってくれ。」
「ほいほい。」
英二がケーキを準備しているのをTVを見ながら待っていたが、夕方本屋で買った本のことをふと思い出して、部屋から持ってくることにした。あの懐かしい本を、はたして英二は覚えているだろうか。
本を持って居間に戻ると、準備を終えた英二が、先にソファに座って切り分けたケーキを食べていた。見るとそのケーキはとても濃い色のチョコレートケーキで、ケーキの三分の1くらいに真っ白なゆるめの生クリームがかかっていた。見るからに甘そうなそのケーキを見た瞬間、俺の顔が引きつったのを、英二は見逃さなかった。
「そんな顔すんなよ。だいじょーぶ。俺様が作ってんだから、味の調整はばっちりだからさ。とにかく食ってみろよ。」
「あ、ああ・・・。」
まあ、残したら英二が食うと言ってるから、とりあえず一口だけでも食べてみるかと思い、なるべく生クリームが付いてないところを選んでフォークを入れようとしたのだが、
「おい。生クリーム除けんなよ?」
そう釘を刺されてしまった。
「それ、ケーキだけで食うより、生クリームちゃんとつけたほうが、絶対美味いから。」
「そ、そうなのか・・・?」
そこまで言われては、一緒に食うしかない。覚悟を決めて、言われた通りに生クリームをちゃんと付けてから、一口食べた。
「あ・・・美味い。」
英二が言ったように、本当に甘くなく、チョコレートの苦さが生クリームによって緩和されていて、丁度いい加減になっている。生クリームも、俺が予想していたような舌にまとわりつくような甘さがなく、さらっとしていた。
「だろ?このケーキは、生クリームあったほうが、逆にサッパリするんだよ。ためしにそのまま食ってみ?チョコレートの味が濃すぎてくどいから。」
言われた通りに生クリームをつけずに食べてみたら、英二の言う通りチョコレートが濃すぎて、甘くはないんだが、これは美味しくないな・・・。
「ほんとだ・・・。」
「そんじゃ、ケーキも美味しく食べてもらえたところで・・・はい、これ。」
「ん?」
「あらためて、Happy Birthday 大石♪」
「え・・・?プレゼントはいらないって言っといただろ?」
ここ数年、俺の誕生日には、英二からプレゼントを貰う代わりに、俺の好きな食事を作ってもらうことにしていたんだけど・・・。
「今年はトクベツ。これ見つけて、どうしても大石に持ってて欲しくて買っちゃったんだ。だから、これは俺の我が儘ってことでさ♪貰って?」
まあ、くれるというもの対して、絶対に受け取らないということではないので、ありがたく貰っておくことにする。
「ありがとう、英二。開けてもいいかい?」
「おう♪別に高価なもんじゃないんだけど、俺にとってはトクベツなものなんだ〜。」
ケーキをパクつきながら、嬉しそうに言う。英二にとってトクベツなものを、俺に持っていて欲しいといってプレゼントしてくれるということ自体が、俺にとっては最高の贈り物になるから、こう言ってはなんだが、中身はある意味何でもいいのだ。
綺麗に包装されている包みを開けていくと、現れたのは、淡いパステル調の絵だった。
「これ・・・。」
「それさ。俺らが中学んときに、図書館で一緒に読んだ本のリメイク版なんだよ。大石、覚えてる?」
覚えてるも何も・・・。
その本は、俺がさっき本屋で買って、これからまさに英二に渡そうと思ってた絵本だった。そうか・・・。英二もこの本のことを覚えていて、特別なものとして、心の中に置いてあったんだな・・・。
包みから開けた本の表紙をじっと眺めたまま、一言も口を訊かない俺を不審に思ったのか、英二が不安そうに俺に声をかけてきた。
「大石・・・覚えてなかったかな・・・。ま、絵本なんてあんまり嬉しくないかもしれないけど、邪魔になるもんでもないからさ。それ、大人が読んでも結構面白い話だと思うから、一回くらい読んでみてくれよ。」
「なあ、英二。俺も英二にプレゼントがあるんだけど、受け取ってくれる?」
「え・・・?なんで?っつか、俺の話し、聞いてる?」
英二の問いかけには答えずに、いぶかしげな表情の彼に向かって、俺が買ってきた本を差し出した。
俺が英二からたった今貰ったものと同じ本・・・。
これを見たとき、はたして英二は、どんな表情を見せてくれるだろうか。
「聞いてるけど、まずそれ、開けてみてくれよ。俺にとってトクベツなものだから、英二に是非持っていてほしくて買ってきたんだ。」
わざと英二と同じ言い回しで言った俺の言葉に何かを感じ取ったのか、英二があわてて包みを開く。
「大石、これ・・・?」
「うん。英二から貰った本と、同じ本。」
中身を確認してはじめは驚いていた英二だったが、その表情が驚きのそれから徐々に微笑みへと変わっていき・・・
「ぶっっ・・・・っあっははははは!!なんだよ〜!俺ら、別々に同じこと考えてたのかよ?!」
ついには全開の笑顔になっていった。そんな英二の表情を見て、俺の顔も自然とほころぶ。
「そうみたいだな。」
「なんだかなぁ〜。」
お互い笑いながら、それぞれが贈り合った絵本をめくってゆく。
あの頃は、お互いを思いながら、その思いを涙に変えて読んでいた俺たちだったが、10年以上経ってまた一緒に読む事ができた今、懐かしさとともに、その思いを笑顔に変えて読む事が出来るようになっていた。
「この本、はじめて読んだときは、この『月』が大石そっくりでさ〜。太陽に会いに行くところで焼けちゃってんの読んで、可哀相すぎるっ!!とか思って、すっげぇ泣いたんだよな〜。あの頃の俺ってば、純真だったよなぁ。」
「俺も、この『太陽』が英二に見えて、可哀相だっ!!て泣きながら読んだんだよ。」
「お互いオトナになったよな・・・っつか、オトナにされたよな?おーいしに。」
「・・・・・否定はしませんが。」
「あっははは!うそうそ。 俺ら、一緒にここまで来たんじゃん♪お互い、全く知らなかった俺たちが中学で出会って、ダブルス組んで、全国優勝して・・・。その後はそれぞれの道を進んできたけどさ。今、こうやって一緒にいられるだろ?それって、お前が俺んとこに近寄ってきてくれたからだと思ってるんだよ。俺のわがまま聞いてくれて、俺の癇癪を諭してくれて、俺の寂しさ判ってくれて・・・。ほんと、この本の『月』みたいに、お前がいるから、俺が『俺』でいられるんだよ。だから、俺にとってこの本って『俺と大石の本』って感じで、すっごくトクベツなものなんだ。」
この本を読んだ当時、俺達は丁度将来の事をいろいろと決めていかなければならない時期で、そんな中俺は、この先ずっと英二と一緒にいるにはどうしたらよいのか、とても悩んでいた。そういう時期に出会ったこの本に、俺はとても救われた。
本の中では、孤独な思いを抱える『太陽』をなんとか助けてあげたいと、燃え盛るその炎のもとへと『月』が向かって行く。『太陽』を英二、『月』を俺自身にそれぞれ当てはめて読んでいた俺は、この本を読んで、自分もこの『月』のようになりたいと思った。
燃え盛る太陽に焼かれてしまうかも知れないのに、
そんなことはおかまいなしに真っ直ぐに太陽に向かって突き進んで行く『月』────。
その揺るぎ無い思いと強い行動力に、『俺も英二と居たいと強く願って、その思いをずっと忘れずに、その時その時で出来うる限りの事を少しずつやって行けば、きっと大丈夫。絶対に諦めてはだめなんだ!』と決心することができたのだ。そして、この話を心の中にずっと仕舞っていて、つらい現実にくじけそうになった時にはいつも思い出して、支えにしていた。
だから本屋で偶然この本を見つけたとき、俺の中でずっと一緒に生きてきたこの本を、これからもずっと一緒にいたいと願う英二に見せたいと思った。
一方、英二は英二で彼自身の思いがあって、あの頃からこの話を心の中に仕舞っていて、ずっと一緒に生きてきていたのだ。そして俺と同じように相手に見せたいと思ってくれていた・・・。
「俺の方こそ、俺が『俺』でいられるのは、英二がいてくれてるからだと思ってるよ・・・」
俺達は『太陽』と『月』のように、決して同じモノではないけれど、違うからこそ互いに足りないところを補い合ったり、互いを支えあったりして、ここまで来ることができたのだと思う。同じだから良いこともあるが、違うからこそ良いことも多いのだ。
「お互い、いつまでも、そう思ってような。そしたら俺たち、これからもずーっと一緒にいられるだろ?」
最高の笑顔を見せて、英二がそう言った。
違う人間の俺達だが、互いに思い続けていることは、あの頃から変わらずたった一つの同じ事・・・。
『ずっと一緒にいような・・・』
それに応えるように俺は、英二に向かって大きく手を広げ、こう言った。
「そうだな。俺たちの思いを信じよう。」
その言葉にニヤリと笑った英二は、広げた俺の腕の中にその身を預けると、今日最後のプレゼントとばかりに、俺の唇に軽いキスを贈ってくれたのだった。
END