『大至急帰ってこいっ!!』
”ゆく年くる年”がはじまる直前の大晦日の夜、いきなり怒鳴り声で大兄から電話があったから、親父か母ちゃんに何かあったのかと思って急いで帰ってみれば、実家のリビングでタマゴがトラに変化してた。
「遅ぇぞ、英二〜。」
「お前、少しは大石を見習えよ。電話してから30分も経ってんぞ〜。」
ビール片手に新年を寿ぐTV番組を見ていた兄達が、口々に文句をつける。トラに変化したタマゴは、リビングの隅っこの方で、物言わぬ大五郎相手に何やらクダを巻いている。
「兄ちゃん達、こいつにどんだけ飲ませたんだよ・・・。」
「そんなに飲ませたわけじゃないんだけどよぉ〜。大石のやつがいつの間にか勝手に・・・。」
ウソつけっ!!
「こいつ、酒好きじゃないから、自発的に飲んだりしないと思うんだけど?」
「ま、まぁ、とにかく、一緒に帰れ。お前、一ヶ月くらい帰ってないらしいじゃねぇかよ。」
「うん。」
「うんって、お前なぁ・・・。」
「いいんだよ、大石が悪いんだから。」
「そんな事言って、どうせはずみで出たものの、帰るタイミング無くして帰るに帰れないだけだろが。」
「そっ・・・そんなこと無いよっ!!」
「良い機会だろ?一緒に帰れよ。」
「・・・・」
「っつか、頼むから連れて帰ってクダサイ(泣)」
大石は、酒がそんなに好きじゃないから滅多に飲まない。好きじゃないけど強いから、こんなになってるところ俺も初めて見たけど、兄ちゃん達が懇願するのもうなづけるくらいの大トラだ・・・。
「ほら、おーいし。帰るよ。」
「んぁあ?帰るだぁ〜?」
やだよこのヒト、目が据わっちゃってるよ。
「そう、帰るんだよ。」
「どこへ帰るってんだよっ?!おっ俺わっ・・・英二が帰って来るまでは帰らないってさっきからっ・・・。」
「だから、その『英二』と一緒に、家に帰るんだっつってんだろがっ!!ガタガタ抜かすようなら、俺はまた旅に出るぞっ!!」
「え・・・あれ・・・?えいじ・・・?」
「そうだっつってんだろっ!帰るのか、帰らねぇのか、どっちだっ!!」
「えっ・・・えーいーぢぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
「ぐはっ!!」
やっと俺だってことが判った途端、それまで聞き役に徹していた大五郎を乗り越え、酒臭い息を撒き散らしながら、俺に突撃してきやがったっっ!!
「おっ・・・重いっ!!」
「えっ・・・・えっいっぢぃぃぃぃぃぃっっ!!!一緒に日本へかえろぉぉぉぉぉぉぅぅぅぅっ!!」
「ぶっ!!」
「ちょ・・・兄ちゃん達!笑ってないで、何とかしてよっ!」
「あれだよな。どっちかっつーと、大石の方が竪琴弾いてる方だよな〜。」
「ああ、似てるな。特に今、髪型戻っちまってるしよ〜。」
「くだらない事言ってないで、ちょっと、大石どけてっ!!」
「もう、面倒だから、お前ら今日泊まってけ。この状態の大石を連れて帰れないだろ?」
「言われなくても、そうするっ!!っつか、頼むから、大石剥がすの手伝ってっ!!」
まだワケの判らない事を叫んでいる大石を、大の大人3人がかりでなだめすかし、やっとおとなしくさせた。こいつ、こんなに酒癖が悪かったとは・・・。ひょっとして、俺以上なんじゃねぇか?
「ったく、とんだ年越しになったよな〜。」
「誰の所為だと思ってんだよ・・・。兄ちゃん達が悪いんだろ?」
「何言ってんだよ。そもそも英二が家出なんかするから悪ぃんだろが。」
「うっ・・・。」
「まぁ、大体の話は大石から聞いたから・・・。」
「ちょっ・・・聞いたってっ?!!」
「ああ、聞いた。っつか、勝手に喋りだしたよな〜?」
「ああ。酒の力って、怖ろしいな〜。」
兄ちゃん達が、ニヤニヤしながら互いの顔を見合っているってことは、コレを聞き出すために散々飲ませたに違いない。で、へべれけに酔っ払った大石が、べらべら喋ったんだろう・・・。あんの腐れタマゴめ・・・正気に返ったら殺すっ!!
「ま、良い機会だろ?早いトコ仲直りして、帰ってやれよ。大石、可哀想だろ。」
「事の成り行きを知られた俺の方が、可哀想だろが・・・。」
「とりあえず、俺らももう寝るから。お前ら、勝手に布団敷いて寝ろよ。」
「冗談抜きで、お前も素直になっとけよ。取り返しがつかなくなっちまう前に。」
「・・・うん。」
「じゃぁな、おやすみ。」
「変なコトしてないで、さっさと寝ろよ〜。」
「何にもしねぇよっ!!」
「まぁ、大石がその状態じゃ、何もできねぇか。」
「いっぺん死ねっ!!!」
がっはっはっはっ!!と、どこのオヤジだと言いたくなるような高笑いとともに、二人の兄達がそれぞれの部屋へ上がって行った。
横を見ると、胃を押さえるように丸くなって眠るタマゴが一人。
頬がシャープになっちゃってる。顔色も良くないし。
また胃を壊したんだろなぁ・・・。学校でもほとんど喰ってなかったし。
一緒に暮らすようになってから、こんなに長く家出したことなんか無かった。何かあってもせいぜい2〜3日、不二のところか実家に戻ってるくらいで・・・。でも今回は俺もムキになってたから、みんなに協力してもらって結構マジで転々としてた。って言っても、そのまま別れる気なんかサラサラ無かったから、ちょっとお灸を据えてやって、大石が反省しただろう頃合を見計らって帰るつもりだったんだけど、あまりに綺麗に家出しちゃってたもんで、兄ちゃんが言うように帰るきっかけを無くなっちゃってたんだよな。
だから、こんなんでもきっかけを作ってくれた兄ちゃん達には、感謝してる。悔しいから、口に出したりはしないけど。
ま、これでとりあえず俺も帰る理由が出来たし、やっとゆっくり寝られるや。
明日起きたら、今日の行いについて大石に説教するのは忘れないけどね(笑)