結婚相談所 姓名判断


【001 とりあえず】



 みんなは『頼れる副部長』とか言ってるけど、俺は、大石ほど要領が悪いやつはいないと思ってる。

 確かに、頼れるヤツだってのは認める。
 俺だって、なんだかんだで頼ってること多いしさ。でも、人から何か頼まれれば否とは言えない性格ってのは良くないんじゃないかなぁ・・・。なんでもかんでも引き受けてさ。なまじ引き受けた事を全部やり遂げられちゃうってのが良くないよなぁ〜。まぁ、あいつの性格だったら、出来なきゃ端から引き受けないんだろうけどさ。

 大体何で、副部長の大石が部長の仕事までやってんだよ。おかしいだろ?!部長はちゃんと別にいるんだから、部長の仕事は部長である手塚がやるべきなんだよっ!!そうじゃなきゃ、手塚が部長でいる必要ないじゃん!って大石に言ったら、あのバカは、『何言ってんだよ、英二。手塚は生徒会の仕事もあって、忙しいんだよ。部の大事な事は手塚がちゃんとやってるんだし、雑用は俺でもできるんだから、俺がやっても大丈夫だろう?それに、手塚が部長でいるからこそ、今の青学テニス部があるんじゃないか。』なんて、爽やかな笑顔で答えやがった。

 別に、俺だって本気で手塚が部長を辞めればいいなんて思ってるわけじゃないよ。ただ、大石だって委員会の仕事もあるし、もともとある副部長の仕事だってあるだろう?その上先生からも雑用いろいろ頼まれて、十二分に忙しいじゃんか。おまけに手塚の生徒会の仕事まで時々手伝ってんの、ちゃんと知ってんだかんな?!
 でも、このこと言うと、『英二が心配してくれてるのは、分かってるよ。でも、ちゃんと自分で出来る範囲のことしか引き受けてないから、大丈夫だよ。』だって。

 大丈夫じゃねぇから言ってんだろうがっ!!

 こういうとき、大石は何を言ってもにこにことはぐらかす。ってか、本人無意識にだろうけど、怖いくらい爽やかな笑顔を振りまいて、周りを完全にシャットアウトするんだよね。ご意見無用ってやつ?だから、誰が何を言っても『大丈夫だよ』の一言でかたづけちゃう。しかも本人無意識だから、普通のやつらには、本当に大丈夫なようにしか見えないんだよ。

 しかぁぁぁぁぁぁっし!!!

 他のみんなはだませても、この、菊丸英二サマは騙されないっ!!
 あいつの、あの『超絶爽やかスマイル』が発動したときは、もう結構やばいときなんだ。本人は普段どおりにしてるつもりだろうけど(現に、みんながいる場所では普段どおりにしか見えない)、二人っきりになった途端、目が虚ろになってんだよっ!!
 この、虚ろな表情で淡々と雑務をこなしてるのが、すっごい怖い。しかも、本人気付いてないから、俺が何か話しかけたりすると『なんだい?英二。』って、いつもどおりに笑うんだよ。うつろな目でにっこり笑われてみ??すっげー怖いからっ!!不二の開眼モードとは、また違った意味で、すっげーやばいオーラが出まくりなんだよぅ・・・。

 そして、こうなった大石は、もうどうしようもない。放っておくと、行くとこまでイっちゃうんだよ・・・。
 一度、興味本位でどこまでイっちゃうんだろう?って思って、しばらく放っておいたことがあるんだけど、思い出したくも無い怖さを味わっただけだった。あれは二度と体験しなくない・・・。
 だからそれ以降は、限界にヤバくなった頃に、あいつの毒抜きすることに勝手に決めた。

 じゃぁ何で、限界まで放っておくのかって?

 だって、あいつはちゃんとやれると思ってやってる事なんだから(そして実際引き受けた事は完璧にやってるし)、いちいち俺が、ちまちまと気にかけてやるのって、あいつに対して失礼じゃないか?なんか見くびってるようでさ。でも、俺はあいつを信用してないわけじゃないし、あいつの親でもないもん。イライラはするけど、あいつの考えを否定したいわけじゃないから、ダメになったときには手を出す程度でいいんじゃないかなぁ〜って思ってんだよね。だから、限界になるまでは、放っておく。でもさ、限界になるまでのあいつを見続けるのも、結構しんどいんだよ?だから、あいつの毒抜き方法は、俺にとってもメリットがある方法でやることにしてんだ♪







 放課後の部活終了後、一旦帰ったフリをした俺は、頃合を見計らって戻ってきた。少し開いている窓から中を覗くと、虚ろな目つきで黙々と日誌を書いている大石以外誰もいない。この状態の大石ってば、いつ見ても怖いよな〜なんて思いながら、入り口の方へ回って、中に入る。
 俺が入ってきたことに全く気付いてない大石をびっくりさせないように、声を掛けてから、その背中に抱きついた。
 「おーいし〜!」
 おんぶお化けよろしく背中に張り付いた俺に特に驚くこともなく、大石は淡々と日誌を書き続けたままだ。
 「なんだ、英二。帰ったんじゃなかったのか?」
 「うん。ちょっと付き合って欲しいトコがあるから、戻ってきた。」
 「そうか。もう少しで書き終わるから、ちょっと待っててくれな?」
 「ほいほ〜い♪」
 普段なら、日誌を書いてるときにこの格好は書きづらいとかクレームが来るのだが、今の大石には、俺が背中に張り付いていることに気付いているのかすら怪しい。それをいいことに、べったり張り付いたまま、大石が書いている日誌をちらっと見たら、完璧なまでに、今日あった事を全て書いているようだ。こーいうところを見ちゃうと、ちょっと悲しくなる。自分のことにはほんと無頓着なのに、部活中のみんなのことは、しっかり見てる。もっと自分の中で起こってることにも、耳を傾けて欲しい。でも、それが出来ないのが大石なんだよなぁ・・・。
 「よし、終わった。竜崎先生に渡してくるな。」
 「んじゃ、俺、ここで待ってるねん♪」
 相変わらず虚ろな目つきでにっこり微笑んで、職員室へ向かっていく。
 ほんとはコンテナあたりで毒抜き〜とか思ってたんだけど、こりゃここでこのまましたほうがいいかな・・・。


 「英二、お待たせ。」
 「おかえり〜。」
 程なくして戻ってきた大石は、なお一層虚ろさ加減に拍車がかかったようだ。部活のことで、スミレちゃんになんか言われたのかな?
 「で、どこに寄るんだ?ファストフード店?ペットショップ?」
 まだジャージだった大石が、着替えるためにロッカーを開けながら聞いて来る。
 「んーん。」
 「違うのか?じゃぁ、どこだ・・・?」
 「着替えたら教えるから、さっさと着替えちゃえよ♪」
 「あ?ああ・・・。」
 どこ行くんだ・・・?って感じに首をひねりながらも着替えを終えて、出口近くのベンチに座る俺のところにやってきた。
 「お待たせ。すっかり遅くなっちゃって、すまなかったな。」
 俺が勝手に戻ってきて勝手に待っていたのに、自分の所為のようにして誤るのが、大石だ。いつもなら、『俺が勝手に待ってたんだからいいの!』とか言う俺だが、今日はこれを利用させてもらう。
 「俺を待たせて、悪かったと思ってるんだ?」
 「ああ。もっと早く終わらせる事ができればよかったんだけど、ごめんな?」
 今日に限って言えば、ほんとに大石は悪くないから、ちょっとかわいそうな気もするけど、最終的には大石のためにもなるはずだから・・・。
 「じゃぁさ。俺のお願い聞いてくれる?」
 「どこかへ行くってのが、お願いなんじゃないのか?」
 「あ、それナシ。」
 「え・・・?」
 「寄り道しなくていいから、今、ここで、俺のお願い聞いて?」
 「あ、えーっと・・・。英二がそれでいいならいいんだけど・・・」
 じゃぁ、何で今まで待ってたんだ?といった風の大石を無視して、俺は座っていたベンチから腰を上げた。そして、いきなり立ち上がった俺にちょっとびっくりして一歩下がった大石を、俺の変わりにベンチに座らせる。
 「俺が座ることが、英二のお願いなのか?」
 きょとんとした顔で、大石が、座った位置から俺を見上げる。いつもは身長差の関係で、俺より若干目線が高いから、こういう構図もちょっと新鮮だ。そんな大石の問いかけを、にっこり笑ってあしらいつつ、座っている大石の膝をまたぐ格好で、俺が正面から抱きついた。
 「ちょっ・・・英二?!!」
 普段から、部室でこーいうことをしたがらない大石だったので、案の定、俺の突然の行動に難色を示し、引き剥がしにかかる。が、そんなことはいつものことなので、俺は俺の要求を通すために、こう言った。
 「お願い聞いてくれるっていったじゃんよ〜。」
 「英二・・・。」
 言質を取られた大石は、自分で約束した手前、それ以上は何も言えなくなってしまったようで、しょうがないなぁと言った風に、俺の背中に手をまわしてきた。
 「そうそう。とりあえず大人しく抱っこしとけ♪」
 「はいはい。仰せのままに。」
 大石の部屋では良くする体勢だったので、いつも通りに背中にまわした手で大石は、ゆっくり鼓動にあわせるように、俺の背中をぽんぽんと叩く。
 俺はもともとスキンシップが好きな方だけど、大石とこうやって向かい合ってぎゅってしてるのが、一番好きだ。この体勢が、お互いの鼓動を最も近くに感じることができるからさ♪
 はじめはお互いちょっとどきどきして、それぞれがてんでバラバラに早いリズムを刻んでいる鼓動が、時間が経つにつれ、徐々にゆっくりと一つのリズムに変わって行く。ふたり、別々の個体なのに、まるで一人の鼓動のように、お互いの鼓動が一定のリズムを刻むようになるとき、間違いなく俺たちは一つの『個体』に変化している。大石の思考や感情が、一瞬にして俺の中に流れ込んで来て、同時に俺の思考や感情が、大石に流れ出していく感覚。上手く言い表せないけど、この瞬間、俺はキクマルエイジであるだけじゃなく、オオイシシュウイチロウでもあるんだ。

 ひとりだけどふたり。
 ふたりだけどひとり。

 この瞬間、すっごく気持ちよくなって、すっごく落ち着くんだ。こうやって、二人の鼓動を合わせているときに感じる俺の感覚は、まんま大石も感じている感覚になるわけで。だからきっと、大石も今、すっごく気持ちよくて、すっごく落ち着いてるはず。
 「英二・・・」
 「ん?」
 「ごめ・・・ちょっとねむ・・・い・・・・」
 ほらね。今まで張ってた気が自然に緩んで、眠くなってきたみたいだ。
 「だいじょーぶだから、このままちょっと寝なよ。」
 「う・・・・・ん・・・・」
 俺の返事を聞いているのかどうか、直ぐにすーすーと気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた。
 「ふ〜。」
 破裂しそうな風船は、誰かが口から空気を抜いてやらないと、中から膨れ上がって割れてしまう。その誰かに俺が適任なんだったら、俺が空気を抜いてやらなきゃだよね。今回も上手く抜けそうだから良かったけど、いつか、こうしてずーっと大石を見ている事が出来なくなったとき、俺以外の誰かが、俺がやるように風船の空気を抜いてやるんだろうか・・・。

 うわっ・・・。やだな、それ・・・・。

 自分で自分の想像にイラっとしてきた。
 「え・・・いじ・・・?」
 あ、やべっ!折角気持ちよく寝てた大石を、俺のイライラが伝染って起こしちゃう・・・。
 「な、何でもないよ?大丈夫だから、そのまま寝てて。」
 お、落ち着け俺っ!!とりあえず今は、イラっとしてる場合じゃなくて、穏やかな気持ちにならなきゃじゃん!!
 「えい・・・じ・・・だいじょ・・・ぶだ・・・から・・・・」
 「え・・・?」
 「し・・・ぱい・・・・・・らな・・・い・・・・・・」
 「・・・おーいし?」
 いよいよ起こしちゃったのかと思って、お互いの肩口に埋めていた顔をあげて、大石の顔を覗き込んでみたんだけど、大石は相変わらずすーすーと気持ちよさそうに眠っている。寝ぼけてたのかな?とも思ったんだけど、多分大石のことだから、俺のイラつきに反応して、無意識に俺を心配したんだろうなぁ・・・。でも、大丈夫って、何が大丈夫なんだろ??そこんとこはっきり聞いて、俺も安心したかったんだけど、今は大石の安心の方が先だから、とりあえずゆっくり休んで。でもって、いつもの大石に戻ったら、思いっきり甘やかしてもらおうっと♪

 数時間後のことを想像して、さっきとは打って変わってうきうきしてきた俺の気持ちが伝わったのか、寝ている大石の顔にも笑顔が戻ってきた。


END