センチュリー21 ネイル

【098 無題】
















     「おーいし・・・ず〜っと一緒にテニスやろうな♪」
















 長いようで短かったあの夏が終わり、俺たち3年は部活を引退した。全国大会優勝を手にいれた俺達が次に目標に定めなければならないのが『進学』の二文字。このまま高等部へ進もうとする者、外部へ進学していこうとする者。それぞれがそれぞれの思いを胸に、残りの数ヶ月を過ごして行く。
 そんな中、外部入試も視野に入れていた俺だったが、いろいろ考えた末そのまま高等部へと進学することに決めていた。普段からそこそこの成績を保持していたのであえて受験勉強をする必要はなかったが、成績にムラのある英二はそう簡単にはいかず、教科によっては若干の勉強をする必要があった。
 部活を引退してしまえば、クラスが同じでもない限り、今まで毎日顔をあわせていた面子とも意識して会おうとしなければ、全くと言っていいほど会わなくなるものだ。クラスが違う俺と英二も普通にしていれば全く会わなくなってしまうのだが、これまで部活をやっていた時間に英二の勉強を見るという名目で(実際ちゃんと見てあげていたが)、今までどおり一緒の時を過ごしていた。英二も普段なら「もう飽きたっ!!」とか言ってすぐに脱線してしまうところなのだが、事今回に関しては高等部への進学がかかっていたためか、持ち前の集中力を発揮して真面目に勉強していた。



 その日は丁度英二の15歳の誕生日で、今年はどうしても欲しいものがあると言う英二にせがまれ、久しぶりに一日勉強を忘れて、二人で出かけることにした。
 11月も終わりの時期だったのでそこそこ冷え込んではいたものの、素晴らしい晴天だった。ここのところ真面目に勉強ばかりしていたし、気晴らしを兼ねての外出だったこともあってか、朝から英二はいつになくハイ・テンションで、そんな様子の英二を見る俺のテンションも、自然に上がり気味だった。
 目的地の駅までの電車の中でも、終始ご機嫌だった英二は、他愛ない話を楽しそうに俺に話してくれた。俺はといえば、英二が話す内容を聞きながら時々相槌を打ったりしていたのだが、そんな俺を見て、英二はそのたびにとても嬉しそうに微笑みながら、次から次へと新しい話題を振りまいていた。あまりの機嫌の良さに少々驚かないでもなかったが、久しぶりのふたりきりの外出だし、何より英二の誕生日なのだからよほど嬉しいのかなぁくらいに考えていた。
 そんな楽しいひとときも終わり、目的の駅に着いた俺たちは、欲しいものが決まっていた英二がとりあえず先にその店に行こうと言うので、まずは真っ直ぐに目当ての店へと向かうことにした。
 人ごみを縫ってしばらく歩くと、駅から少し離れた所にその店はあったのだが、ぱっと見、普通の一軒家にしか見えないたたずまいを見せていた。白い門の側に控え目な看板があったものの、知らない人がこの店の前を通っても、とうてい何かの店だとは気づかないだろう。
 「ここ、ここ♪」
 英二は何度か来たことがあるようで、躊躇なく門に手をかけて中へと入って行く。
 「こんな所、よく見つけたなぁ。」
 俺なら何度この前を通っても、ここが店だとは、まず気付かないだろう。
 「おーいし先輩、まだまだっすね・・・」
 突然越前のセリフを真似て、英二が自信満々に言う。越前が聞いたら怒りそうなくらい全く似ていないが。
 「英二、それ似てないから・・・」
 「が〜ん!!結構似てるって評判だったのにぃ〜!」
 「どこで評判だったんだよ。」
 「桃と海堂とタカさん。」
 「・・・その三人じゃ、アテにならないだろう?」
 「なんでだよぅ!」
 「英二の物まねが例え似てなくても『似てない』って言える面子じゃないじゃないか。」
 「そっそんなことないもん!!」
 その時の様子が目に浮かぶようだ。3人とも似てないとは思いつつも、桃はたぶん『英二先輩、上手いっすね〜』とか言って、海堂はおそらく『・・・そうっすね』あたりだろう。で、タカさんは『英二。越前の特徴を良くつかんでるじゃないか。似てる似てる。』くらいは言ってそうだなぁ。で、それを真に受けた英二は、とても喜んだに違いない。しかし・・・。
 「そうだなぁ・・・。手塚、乾、不二の三人が似てるっていったら、俺も認めるよ。」
 「・・・・・・。」
 おそらく、その三人には認めてもらえなかったのだろう事がありありと分かる表情で、ぷっくりと頬を膨らませてこちらを睨んでいる。まず間違いなくこの三人は『似てない』とはっきり言ったんだろう。英二に対して正直に事実を伝えられるのは、俺以外だったらあの三人くらいなもんだ。まあ、もしその場に越前がいたとしたら、彼もはっきり言っていただろうけど。
 「まぁ、英二の物まねは後でゆっくり聞かせてもらうとして、早く中に入ろう?」
 このままこの話を続けていたら、本格的に機嫌を損ねてしまいそうな雰囲気になってきたので、話題転換とばかりに英二に当初の目的を思い出させる事にした。
 「・・・うん。」
 思いっきり不満そうな表情で『ほんとに後でタップリ聞かせちゃるからなっ?!』と言いながら、英二は玄関横のチャイムを鳴らした。この分では、家に帰ったら英二が満足するまで、本当に『たっぷり』と彼の物まねレパートリーを披露されるに違いない。そうなったら俺も、タカさんの事をどうとか言えないくらいに、英二を誉めちぎらないといけないんだろうか・・・。
 今後の予定を考えながら遠い目をしている俺とはうらはらに、すっかり機嫌を直したらしい英二は、ピンポンピンポンと二回ほどチャイムを鳴らすと、扉から少し下がって中の人が出てくるのを待っている。
 ここは、店とは言えいきなり扉を開けるのではなく、普通のお宅に訪問するような手順を踏むシステムになっているらしい。しかしこうなってくると、ますます普通のお宅のように思えて少し心配になってくる。
 「なあ、英二。本当にここで合ってるのか?」
 「うん。俺、何度もここに来てんだから。ここで間違いないから、心配すんなって♪」
 心配そうな俺に向かって『にゃは♪』と笑って言う英二だったが、ほどなくして中から出てきたのは、お腹の大きな綺麗な女性だった。ますます『本当にここが何かの店なのか…?』と疑問を深くした俺だ。
 赤ちゃんがいるのだろう、その女性は大きなお腹を守るかのようにエプロンをしていて、少し赤味がかった長い髪を、淡い色のリボンで緩く後ろでまとめている。意志が強そうな少しきつめの大きな瞳が、どことなく英二の上のお姉さんに似ている感じがする。
 「わざと分かりにくくしてあるんです。それでもここを見つけて来てくださる方のみに、うちの商品を見ていただきたくて。」
 「あ、そ、そうなんですか・・・。」
 俺たちの会話が聞こえていたのか、玄関を開けてくれた女性がにっこり笑ってこう言った。なるほど。わざと分かりにくくしているのか。ならば、見つけた英二がすごいってことか。雑誌か何かでみつけたのかな。
しかし、こんな分かりにくいたたずまいの店で売ってるものって一体何なんだろうか。英二が欲しがっているものについては、何度聞いても『見てからのお楽しみ♪そんなに高いものじゃないから、安心してよ。』とここまで教えてくれていないが、一体何を欲しかったんだろう?
 「英二君、いらっしゃい。」
 「たかちゃん、こんにちは!」
 え?名前で呼び合うような仲になるくらいに、英二はここに通ってたのか?
 「さあ、上がって。今日は英二君が来るって聞いてたから、英二君の好きなお店のケーキを用意してあるのよ。」
 「わ〜い♪たかちゃんやっさしぃ〜♪」
 一人状況が飲み込めずにキョトンとしている俺を置き去りにして、英二はさっさと靴を脱いで、上がりこんでしまった。
 「さ、お友達もどうぞ、上がって?」
 「あ、は、はい。」
 「たかちゃ〜ん!そいつがおーいしだよ〜ん♪」
 一人で奥まで入り込んでしまっている英二が、大きな声で俺を彼女に紹介する。でも『そいつが』ってどういう事だろう?彼女に俺の話しでもしてたのだろうか。
 「あら、まあ!貴方が・・・」
 想像通り、どうやら俺の話を英二から聞いていたらしい。どんな話しをしていたのか気になるところだけど、なんとなく確認しないほうがいいような気が・・・。
 「おーいし〜!早くあがってこいよ〜!」
 「大石君。どうぞあがって?英二君、お待ちかねよ。」
 「あ、はい。それじゃ、お邪魔します。」
 「後でケーキと紅茶持って行くから、ゆっくりしていってくださいね。」
 「は、はい。」
 そう言って、とても綺麗に微笑む彼女に真っ直ぐ見つめられると、ヨコシマな気持ちがなくても何だか顔が赤くなってしまう。にっこり笑った顔が、英二のお姉さんというより、英二本人の笑顔に良く似てるんだ。そんな表情で見つめられたら、どうしたってドキドキしちゃうよ。
 いつまでも玄関先でモタモタしている俺を変に思ったのか、こちらまで迎えに来た英二が、そんな俺の赤い顔を見て、こう言った。
 「あっ!おーいしってば、や〜らし〜い〜♪人妻相手に、何顔赤らめてんだよ〜。」
 「なっ、何言ってんだよ英二!!俺は別にっっ」
 「たかちゃんもダメだよ〜。裕一さんがいるのに、俺のおーいし誘惑しないでよね〜?」
 「お、俺のって、英二っ?!」
 彼女に俺のことをどう話してるのか、ますます確認するのが怖くなった。というか、確認したくない・・・。
 「あら。たまには若い子とって思ったんだけど、ダメなの?」
 ええぇっぇぇぇぇ?!
 「ダメダメ!若い子がいいなら、今度もっと若いの紹介するから。おーいしはダメ♪」
 紹介って・・・英二、どこから調達してくる気なんだ・・・?まさかテニス部の連中を紹介する気なのか?!!
 「それは残念ねぇ。大石君みたいな子、結構タイプなんだけどなぁ〜。」
 「残念でした。おーいしは俺のなの♪」
 「え、えいじっ!!」
 「大石君、英二君に飽きたら、いつでも遊びにきてね♪」
 「え、あ、いや・・・」
 どこまでが本気で、どこからが冗談なのか・・・。俺はほんと、この手の会話に上手く乗れない。
 「おーいしも、たかちゃんのいう事、本気にしなくていいから。ほら、行くよ?!」
 「え、英二、まって・・・まだ靴脱いでないっ・・・。」
 「うふふ♪ ごゆっくり〜♪」
 英二に後ろ手に引っ張られてオタオタしている俺を見て、彼女が小さく手を振っている。顔は英二のお姉さんに似ている彼女だが、性格はどうやら不二に近い感じだな・・・。



 「裕一さん、入るよ?」
 ずんずんと俺の手を引いて家の奥まで来た英二は、重そうな扉の前に立ち止まると、目の前にある扉をノックしてこう言った。
 「英二か。入れよ。」
 扉の中からくぐもった声がする。
 英二が部屋の主の了解を得て扉を開けるとそこは、何かのショールームのような部屋に見えた。
 その部屋は壁一面にガラスのショーケースが張り付けられており、その中には様々なアクセサリが綺麗に飾られていた。それ以外にあるのは、こじんまりとしたソファとガラスのテーブル。窓から差し込む初冬の光が、ケースに飾られているアクセサリに反射してきらきらと輝き、部屋の中はとても明るい。余計なものが置かれていないので、実際にはそんなに広い部屋ではないと思うのに、とても広く感じる。そしてその光の渦の中に、この部屋の主人がゆったりとした微笑をたたえながらスっと立っていて、一瞬違う世界に迷い込んでしまったような感じがした。
 「こんにちは♪もう、出来てる?」
 部屋の様子に半ば呆然とする俺を先に押し入れるようにして、英二が『裕一さん』と呼んでいる男性に声をかけた。
 「は、はじめましてっ。こんにちは。」
 とりあえず初対面の男性に向かって、挨拶をする。下げた頭をゆっくり上げて、よくよく男性の顔を見ると、これまた先ほどの女性に負けず劣らずの美青年で、こちらは見た目が不二に似たタイプだった。
 「こちらこそはじめまして。僕は叶裕一。君が噂の大石君?」
 う、噂って、どんな噂話をしてるんだ英二・・・。
 「そそ。こいつがおーいし。イイ男だろ♪」
 「あははは!確かに、あと5年もしたら、そこいらの女共が放って置かないだろうな〜。ま、でも今のところは、俺のほうが上だな。」
 「えー?!今だって、おーいしの方が、イイ男だよぅ!」
 「ま、大石君と俺じゃ、それぞれ違うタイプだからな。そういう事にしといてやるか。」
 「何だよそれっ!」
 話しの話題になっている俺を置き去りに、誰が一番イイ男かで盛り上がっている二人だった。って、英二・・・。この人達に、俺のこと、どう説明してたんだよ・・・って、ここまで来ると説明されている内容が容易に想像つくが、俺は自分のその想像を認めたくない・・・。
 「もういいよっ! それより、出来てるなら早く見せて!」
 「はいはい。まったく、相変わらずワガママに育ってんなぁ〜?」
 「そんなことないもん!!ね?おーいし?」
 「え?あ、う・うん。」
 一人ぼけっとしていた俺は、急に話しをふられたものの全くふたりの会話を聞いていなかったので、何と答えていいかわからなかったのだが、とりあえず相槌を打ってみた。
 「ほらね?おーいしがそういうんだから、間違いないもん♪」
 肯定して正解だったようで、にっこり微笑む英二が見える。
 「あー。大石君、苦労してそうだなぁ・・・。」
 「どういう意味だよっ!!」
 「もちろん、そのままの意味だけど?」
 「おーいし〜!!」
 裕一さんがいぢめるよぅ〜!!といいながら英二は、いつものように、俺に助けを求めるかのごとく抱きついてきた。
 「えっえいじっ?!」
 「ほら。苦労かけてるじゃないか。」
 あははと顔に似合わず豪快な笑い声を上げながら、彼は更に奥の部屋へと入っていった。英二が見せてと言っているものを取りにいったのだろうか?
 「おーいし、俺といて苦労してんの・・・?」
 大きな瞳をうるうるさせながら、何を今更な質問をしてくる。
 「苦労なんてしてないよ。ほら、今日は英二の誕生日だろ?そんな顔してないで、な?」
 ちょっとしょげてしまった英二を安心させるように、外からの光を受けて更に赤みを増した綺麗な髪をやさしく梳いてやる。すると途端に安心したのか、うっとりと瞳を閉じて俺の肩に頭を持たせかけてきた。
 「うん・・・。」
 英二の他愛ない我侭や、ちょっとした時に出る気まぐれ。どれも俺にとっては苦労などではないことを英二自身も知っているだろうに、ときどき不安になるのか、こうやって確認してくる。まぁ、こんなところも可愛いんだけどね。
 「うっわ〜・・・。べったべたに甘やかしてるなぁ・・・。」
 自分たちが置かれている状況をうっかり忘れて、二人の世界にどっぷりと浸っていた俺たちだったんだけど、いつの間に戻ってきたのか、そんな俺たちの様子を裕一さんにばっちり見られてしまっていたらしい。
 「大石君の所為で、英二はいつまでたっても甘えたちゃんなんだな。」
 「おーいしがそれでイイって言うんだから、いいの!」
 「大石君も、まぁ、程ほどにな・・・。」
 「あ、あははは・・・。」
 とりあえず笑うしかない・・・。
 「二人の世界は、あとでゆっくりふたりっきりでやってもらうとして・・・英二、ほら。出来上がったから、見てみろよ。」
 当初の目的を忘れそうな俺だったが、裕一さんは、奥の部屋から持ってきた手のひらに乗るくらいの小さな箱を、英二に渡した。
 「わーい♪ 見せて見せて♪」
 彼からその小さな箱を受け取った英二は、まず自分でその箱の中身を確認して『うん♪』と一つ肯くと、今度は蓋を開けたままのその箱を、俺の方に向けて見せた。
 「見て見て、おーいし。これが俺の欲しかったものだよん♪」
 そういって俺に見せた箱の中には、シンプルなデザインの、銀色に輝く指輪があった。
 「裕一さん、彫金やっててね、俺、どうしても今年の誕生日に指輪が欲しかったから、作ってもらったんだ〜♪」

 指輪・・・。
 この部屋の中を見て、英二が欲しがっていたものがアクセサリだった事には気づいていたが、まさか指輪だったなんて・・・。




To be continued.