「なぁなぁ。」
「ん?どうした?」
「大石の、その面倒見のよさって、やっぱりお兄ちゃんだから?」
部活終了後、いつものように日誌を書く俺を、机にぺたーっと頬をくっつけて大人しく待っていた英二が、突然こんなことを言い出した。
まぁ、英二が突拍子もないことを言い出すのはいつものことなので、俺は別段気にせずに、日誌を書き続けながら答えた。
「なんだい急に。」
「いいから答えてっ!」
やれやれ。まだ誰かに何かを吹き込まれたらしいな。
仕方ない。日誌のほうは一時中断して、英二の相手を先にするとするか。
「どうかなぁ。妹の面倒は、普通に見るけど、だいたいどこの兄妹でもこれくらいはするだろうって程度だよ?」
「ふむ。」
「英二の家と、そう変わらないだろう?」
「えー?!うちは、ダメダメ。大石みたいに優しく面倒見てくんないもん。」
「そんなこと無いだろう?」
「ううん。大石みたいに、俺のことだけをかまってくれないし、俺の言う事を一番にきいてくんないもん。」
「あはははは・・・・。」
英二が俺のことをどう思っているのかが、垣間見れた瞬間・・・。
思わず乾いた笑いをもらしてしまう俺だった。
「で、なんでそんなこと聞くんだ?」
「んー、今日さ、不二から『英二は、大石を見習ってもうすこし大人になったほうがいいよ』って言われたんだよね。」
不二もまた、余計なことを・・・。
絶対に面白がって言ってるだけだから、英二もいちいち不二の言う事を真に受けるなってあれほど言ってるのに、ちっとも学習してくれないんだよなぁ。
「それが、なんで面倒見のよさってとこにつながるんだよ。」
「だって、大石を見習えっていうからさ。大人になるってのが大石を見習うことなんだったら、面倒見がいいとこから見習ったほうがいいの?とか思って。」
「今だって、英二は下級生の面倒を見てやってるじゃないか。それで言ったら、十分大人なんじゃないのか?」
「不二には、そうは見えないらしいからさぁ〜。っつか、それだけじゃなくても、俺もそろそろ大人のオトコになりたいんだよね♪」
「ぶっ!!」
「そこ、笑うトコじゃないだろっ?!!」
「だって、大人のオトコって、意味違うんじゃないのか?それ。」
「いーのっ!!俺は今日から大人のオトコになるのっ!!」
やれやれ。
不二のやつ、絶対こうなることを予想して言ってんだよな。というか、今、部室の外で聞き耳を立ててるっていっても、俺は驚かないよ・・・。
「で?手始めに面倒見を良くするのか?」
「うん。でも、俺、末っ子だから、弟とか妹とかの扱いが、良くわかんないんだよなぁ〜。」
「越前あたりだったら、英二より小さいし、弟みたいな感じじゃないか。」
「おちびはヤダ。」
ヤダって英二・・・。まぁ、英二がその気になっても、越前のほうがヤダって言うだろうけどな・・・。
「何でだよ?いつも楽しそうにかまってるじゃないか。」
「うちの子じゃないもん。」
「はぁ?」
「どうせならさ、弟みたいじゃなくって、本当の弟がいいじゃん♪」
「いいじゃんって、英二ん家、弟なんかいないじゃないか。」
「うん。だからさ、今日家に帰ったら、かあちゃんに頼むんだ〜♪」
「英二・・・。頼んだからって、今日明日中すぐに出来るもんじゃないんじゃ・・・。」
「それくらい判ってるよぅ。だからさ、ほら。長期計画で行こうかなぁと思ってんだ〜。」
長期にも程があるぞ、英二・・・。
というか、前に英二の家にお邪魔したとき、英二のお母さんが『もう5人も子供がいるんだから、これ以上はいいわよ』みたいなこと言ってた気がするんだけど・・・。
とりあえず、大人になるってのはいいとして、弟計画のほうは阻止しておくかな。手のかからない英二も見てみたいけど、それじゃぁ俺が寂しいじゃないか。なんてコト、英二には聞かせられないけどね。
「そうか。まだ先の話しだとしても、もし本当に弟ができたら、英二もお兄ちゃんになるんだな。」
「うんうん。大人のオトコへの第一歩だよな♪」
「お兄ちゃんになるんだったら、英二はもう、甘えたじゃいられないよな。」
「そうだよ?だって弟の面倒を見なきゃいけないんだから。大石の面倒見の良さなんか目じゃないくらいになるんだぜ!」
もし本当に英二に弟か妹が出来ても、絶対に俺が英二にするような可愛がり方だけはさせまいと、心にひっそり誓ってみる。俺が英二に対する甘やかし方は、兄弟の甘やかし方じゃないって事に、英二は気付いてないからなぁ・・・。
「そうかそうか。それじゃあ、俺が英二の面倒を見る必要もなくなりそうだな。」
「俺の方が、おーいしの面倒見てやるくらいになったりしてな♪」
是非一度見てみたいな、そりゃ・・・。
「でも、面倒を見る人が急にいなくなるのも寂しいし・・・。ああ、そうだ。英二の面倒を見なくてよくなるかわりに、越前の面倒でも重点的に見ることにしよう。」
俺が英二以外の人間に対して、英二にする以上の面倒を見るということを、あいつがとても面白くないと思っていることを知っている俺は、そんな気もないのにわざとこう言って、話しは終わりとばかりに中断していた日誌を書き始めるフリをする。
「え?ちょっ、なんで??」
案の定、今までお兄ちゃんになることしか頭になかった英二だが、このセリフで急にあわてだした。
「だって、お兄ちゃんになる英二には、今まで通りに俺が面倒みなくても大丈夫だろう?その点越前は一人っ子だし、俺から見ればまだまだ子供で危なっかしいしな。テニスの事については助言することないかもしれないけど、普段の生活のこととか、勉強を見てやることはできるだろう?」
「そ、そりゃそうだけど・・・。」
よし。あともう一歩だ。
殊更なんでもないフリで、日誌を書きながら話しを続ける。英二のほうを見ないのがポイントだ。
「その代わり、英二には今日から、お兄ちゃんになる心構えを教えてあげるよ。なかなか大変だから、しっかり勉強して、いいお兄ちゃんになるんだぞ?」
「・・・俺がお兄ちゃんになったら、おーいしは、もう、俺の面倒見てくれなくなっちゃうの?」
現実にそうなったとしても、俺が英二の面倒を見なくなるなんてことはありえないけど、ここは最後の踏ん張りどころ。嘘も方便とは、良く言ったもんだな。
「ん?ああ・・・。だってお兄ちゃんになるのに、俺に甘えてちゃだめだろう?」
ガーンってな音が聞こえそうなくらいに愕然としているであろう英二を横目で見つつ、俺は、あくまでも知らん振りを続けて日誌に集中するフリを続ける。
「じゃ・・じゃぁ、俺、誰に甘えればいいの・・・?」
甘えることが前提なところが、英二らしい。しかし、俺以外にあんな風に甘える英二なんか、俺が許すはずがないだろう?
「ばかだな、英二。お兄ちゃんになる人が、甘えられる対象を探してどうすんだよ?お兄ちゃんは、甘えちゃいけないんだぞ?」
ほんとはそんなことないと思うけどね。
実際、英二は気付いてないだけで、俺は結構英二に甘えてるトコあるし。
「・・・・・・・」
「ん?なに?」
「・・・・・る。」
「何?聞こえないよ、英二。」
「やめるって言ったんだよっ!!」
「え、何を?」
「オトナになるのやめるっ!弟なんかいらない!!俺が末っ子のままでいいっ!!だからおーいしは、おちびなんかにかまってないで、もっと俺を甘やかせっ!!!」
そう言うと英二は、今まで俺の横に座っていたのに、がたがたと椅子をならして立ち上がり、向かい合う格好になるように俺のひざにまたがり、両手を俺の首にまわしてぎゅっと抱きついてきた。
作戦は成功だ。
俺は小さな弟をあやすかのように、背中をぽんぽんと緩く叩きながら、こう言った。
「何だ何だ?大人のオトコになる計画は、どうしたんだよ?」
「俺はコドモのままで生きることにしたっ!!」
「あっははははは!!」
「笑うなっ!!」
どうせ、そう遠くない未来
俺たちは、イヤでも大人にならなきゃいけない時が来る。
だから、
許される今のうちは、
もうすこしだけコドモのままの英二でいてくれよな・・・
END
(2008/06/04初出『オトナとコドモ』を改題)