【041 まだまだ先は長く】
空がやたら高く見えるこんな日は、ついつい上に手を伸ばしたくなる。
「ん〜っ!」
「英二、それクセだな。」
新しい年を迎えた、冬の晴れ間。
二人とも、暮れも正月も関係なくそれぞれに忙しかった。その代わりというか、何でもない平日の今日、めずらしく二人そろっての休みの日。遅ればせながらの正月気分を味わおうかと言っていたんだけど、冬の晴天のあまりに澄んだ空気に誘われて、ちょっと遠くにあるショッピングセンターまで歩いて行こうということになった。。
「そっかな。」
「ああ。昔っから、こんな天気の日は、かならず天に向かって手を伸ばしてたよ。」
ふと立ち止まって思いっきり伸びをした俺をみて、大石がそう言った。
「んー、なんかあんまり空気が澄んでるとさ、こう、手を伸ばしたら、天まで昇れそうじゃね?」
「・・・・そうか?」
そう言うと、怪訝な顔をしつつ、大石も俺の真似して『うーん』と伸びをした。
「うーん・・・天まで昇れるかどうかは措いといて、気持ちは良いよな。」
「そそ。澄んだ空気を目一杯吸い込むと、ヤニで汚れたお前の肺も、ちょっとでも綺麗になるかもよ?」
「あははは・・・。」
そんなことあるわけないのは解ってるけど、あえて言ってみる。俺は吸わないけど、大学時代から吸い始めた大石は、今や結構なヘビースモーカーになっていた。健康にはもちろん良くないし、一ヶ月の煙草代だって馬鹿になんないんだから止めてくれないかなぁと思ってんだけど、今のところ禁煙する気配無し。昔は、『煙草なんか、百害あって一利無しだろ?英二、絶対吸ったりするなよ!』とか言ってたのに、てめぇで吸ってどうすんだっての。だから、いつもの通り、昔俺に言っていた事をそっくりそのまま言ってやろうと大石の方を見ると、旗色が悪くなりそうな気配を感じたのか、何か新しい話題を探していた風の大石が、思い出したように言ってきた。
「あ・・・そういえば、英二、葉書見たか?」
「葉書?年賀状ならこないだ一緒に見たじゃんよ。」
「いや、年賀状じゃなくて・・・・昨日テーブルの上に置いておいたんだけど、気づかなかったか。」
「あー・・・俺、昨日はすごい疲れててさ、風呂入って速攻寝たから、リビング行ってないんだよ。で、葉書って何の?」
「青学テニス部の同窓会の連絡。3月の第一日曜日にやるらしい。」
「へ〜。随分久しぶりだな。」
自分たちが学生だった頃は、何だかんだで集まる機会も多かったけど、みんな社会人になってしまうとそれぞれが忙しいようで、個々では会ったりすることはあっても『集まる』ってこともなくなった。
「ああ。竜崎先生が勇退されるらしくて、そのお祝いも兼ねてやるらしいから・・・。」
「えっ?!スミレちゃん、まだ先生やってたのか?!」
「お前、失礼な事言うなよ・・・。」
「だって、俺らが中学んときだって、結構な歳だったよなぁ?」
そうだよ。あの時すでに『バァさん』って言われてたんだから・・・って、そのわりに時々、すげぇ格好してたけど・・・。
「さぁ、お歳を聞いたことはなかったからなぁ・・・。」
「だってさ、俺らが中学卒業してから20年近く経つだろ?あの時50歳だったとして・・・今70歳じゃん。」
「な、70歳か・・・。」
「なぁ、普通、定年って60歳なんじゃねぇの?とっくに過ぎてんじゃんよ。」
「まぁ、公立ならそうかも知れないけど、青学は私立だからな。定年なんて、あって無いようなものかも知れないし。」
「あ、そっか。しっかし、スミレちゃんも70歳かぁ〜。」
「いや、それ決定じゃないだろ・・・。」
「あの・・・ほら、何てったっけ?おチビのファンだった子。あの子、スミレちゃんのお孫さんだったろ?」
「ああ、女テニに居た、長い髪をみつあみにしてた子か?」
「そうそう。あの子が既に『孫』なんだからさぁ・・・・やっぱどう考えても、軽く70オーバーだよ。んでさ、あの子が結婚して子供産んでたとしたらさ、スミレちゃん、曾おばあちゃんってことっ?!!何か、すげぇな・・・・。」
「すげぇって・・・・まぁ・・・竜崎先生のお歳は措いといてだな、とにかく同窓会があるって連絡が来てたんだよ。」
「あ、うんうん。同窓会ね。俺らの代のやつ、どのくらい集まるんかな。みんな忙しそうだしなぁ。」
「竜崎先生のお祝いもあるから、みんな、できるだけ都合つけて少しだけでも顔出すって。」
「そっかぁ〜。でも、タカさんは無理なんじゃねぇ?店、空けるわけにいかないだろうし。」
「ああ、それは大丈夫。全体の集まりが終わり次第、タカさんの店に集まることになってるから。」
「なってるから・・・・って、何、お前が取り纏めてんのかよ?」
「何か、みんなそれぞれに俺に連絡よこすもんだから、なんとなくそんな流れになっちゃってさ。」
「まさか、今度の同窓会の幹事やってんじゃねぇだろな?」
「いや、流石にソレは無いよ。俺らの代の取り纏めだけだから。」
副部長やってからなのか、何だかんだ言って、みんな大石にはマメに連絡よこしてるみたいなんだよな。卒業しても、青学の母健在ってところかね。なんたって、あの越前ですら、季節の挨拶を欠かさず寄越すし。
「そうだ。越前も出席できるって。」
「うぉっ?!おちびも来んのかよ?」
「丁度こっちに戻る用事があるみたいで、それに無理やり絡めるって言ってたぞ。」
ん・・・・?言ってた・・・?
「何、大石。おちびに直接聞いたのかよ?」
「ああ。流石に越前は無理だろうと思ってたんだけど、出席するから幹事に伝えておいて欲しいって、昨夜電話があったんだよ。」
「はぁ?何ソレ?何で直接幹事に連絡しねぇの?」
「話しをしたこともない幹事に連絡するのが、面倒だったんじゃないか?」
「面倒臭いって・・・、あいつももういい歳なんだから、そのくらい自分でやらせろよ。」
「まぁ、どうせ俺自身の出欠の連絡もするんだから、ついでだよ。あいつも忙しいだろうしな。」
忙しいって、大石には連絡する暇があるんじゃねぇか。
「そうそう。英二にもよろしく伝えて欲しいって。」
俺はついでかよっ!!
「・・・でも、そうか。」
「何が?」
「ん?いや、俺等が出会ってから、もう20年なんだなぁと思って。」
「何だよ、急に。」
「さっき、英二が言ったろ?中学卒業してから20年弱だって。で、ふと思ったんだけど・・・20年ってことは、俺らが生まれてから出会うまでの年数超えてるんだよな〜と思ったら、何か感慨深くなってさ。」
「な〜に年寄りみたいなこと言ってんだよ。過去を振り返って懐かしく思うなんて、まだまだ早ぇぞ?」
「出会った頃は、こんなに長い付き合いになるとは、夢にも思ってなかったし。」
「そりゃ、お互い様だろ。俺だって、まさか大石とダブルス組んで全国制覇して、いい大人になってからも一緒に散歩するような間柄になるだなんて、微塵も思わなかったしな〜。」
「そうだよな・・・。人生って、何が起こるか解らないよな。」
ん〜っと一つ伸びをして、大石が言う。この高く澄んだ空の、更に上の方を見上げるように・・・。
「何だよ、大石。お前が定年迎えそうな勢いじゃねぇかよ。」
「あはは。英二、俺は、『運命』って言葉が好きじゃない。それは英二も知ってるよな。」
「知ってるけど・・・また急だな。」
「たとえ他人から『運命的』なんて言葉で片付けられても、そこには俺等にしか解らない時間の積み重ねがあるだけなんだよ。その時間の中に、お互いの努力とか忍耐とか・・・いろんなものが詰まってる。俺たちが青学で出会ったのだって、俺たちがあずかり知らないところで定められた事なんかじゃなくって、俺と英二がそれぞれ自分で選んできた事の、単なる結果だ。その結果の積み重ねで、今、俺たちは此処にいることが出来てる。そうだろう?」
俺は、大石みたいに考えた事はないけど、やっぱり『運命』って言葉で片付けたくないってのは同じだ。今、生きている俺の人生は、誰でもない、この俺が自分で選んで進んできた人生なんだ。俺にだって大石にだって、他に幾つでも選択肢はあったけど、その中からおのおの選んできた結果が『今』であり、これから来るであろう『未来』になってく。そうでなければ、生きている意味がない。
「別々に産まれて別々の道を歩いていた年数より、同じ道に乗って同じ方向に歩き出した年数のほうが上になってる。これってすごい事じゃないか?」
「そうだよな〜。ここまで色んなことがあったけど、それでもお互いに方向転換することなく、真っ直ぐ同じ方向に歩いて来たんだよな。」
「まぁ、今だから『もう20年か』って思うけど、お互いもっと歳を取ったら・・・それこそ竜崎先生くらいの歳になったら、20年なんてあっという間だなって思うのかも知れないけどな。」
「ぶっ!!」
「え?ここ、笑うところじゃないんだけど・・・。」
「なんだかんだ言って、大石だってスミレちゃんが結構歳くってるって思ってんじゃんかよ!」
「あ・・・!いや、だって、勇退されるんだから、そりゃ・・・。」
「あ〜あ。今度スミレちゃんに会ったら、言ってやろ〜っと。」
「ちょっ・・・・英二っ!!」
そういう意味じゃなくってっ!!とか何とか、じゃぁどんな意味なんだよってツッコミ入れたくなるような事をいいながら、オタオタしている。こういう処は昔っから変わらない。
出会ってから今まで、色んな大石を見てきた。変わったところ、変わらないところ・・・。きっと、それと同じように、俺自身の変わったところ、変わらないところを大石も見てきている。そんなことの繰り返しで20年って年月が経ったんだなぁ〜と思ったら、さっき大石が言ってた『感慨深い』って感覚がわかったような気がしてきた。
でも、まだたった20年。
俺らの人生、まだまだ先は長いんだから、歩いて来た道を振り返るのは、お互い白髪頭のじじぃになってからでもいいんじゃねぇ?なんて思いながら、まだ何か言い続けている大石の頭をふと見ると、冬の日差しを受けてキラキラ光るものを発見した。
「あ・・・大石、白髪生えてるぞ?」
「えっ?!」
END