不動産 札幌 fx


【018 気づかない振り】



 大学に入って3ヶ月。
 学内オリエンテーション、講義選択、新しい環境、新しい友人・・・・。新しくやらなければならないことや覚えることが多くて、とても忙しい毎日を送ってきた。
 しかし、3ヶ月経った今、新しい生活にも慣れてきて、今までは気付かないフリをしてきた事が思い浮かぶようになってしまった。
  
  
 今日中に物理学実習のレポートを提出しなければならず、実習班の代表になっていた俺は、一人で大教室に残ってそれをまとめていた。あまりやる気が起きなかった俺は遅々として進まないペンを置き、何気なく教室の窓から見える校舎の屋上に目をやった。そこには4〜5人の学生が、何をしているやら楽しそうに走り回っている姿が見える。
 「元気だなぁ・・・」
 確実に学内では最年少の部類に入るはずなのに、ついつい年寄りくさいことを考えてしまうのは、疲れている所為なんだろうか。確かあの屋上は立ち入り禁止だったと思ったのだが、いつの時代も、規則は破られるためにあるらしい。自分はついつい規則を守ってしまうのだが、こんなとき『彼』なら迷わずあの学生たちに混じって、嬉々として一緒に騒ぐことだろう。そんな彼を諫めるのが、これまで俺の役目だったのだが・・・。
 レポートに集中できず、何とは無しに屋上を見続けていたのだが、数人いた学生が、気がつけば二人になっていた。
 ぴたりと寄り添うように話しをしている二人。人気の無い屋上。夕焼けも綺麗な夕暮れ時。穏やかに吹く風・・・。
 ここで盛り上がらなければいつ盛り上がるのだ、というくらいのシチュエーション。
 「キスでもしそうだよな・・・」
 普段なら、こう思った時点ですぐさま視線をそらせるのだが、何故だかわからないが、今日に限ってその考えが浮かばなかった。
 「あぁ、やっぱり。」
 案の定、屋上の二人は、どちらからともなく顔を近づけ、キスを交わす。しかも長い。
 「まさかこんなとこから見られてるとは思ってないんだろうなぁ。」
 思わずそう口にしてしまったのは、その二人が、それ以上の行為に及びそうになっているからだ。さすがにそれ以上は見るのも何だなと、一向に進んでいないレポートに視線を落とし、仕上げにかかることにした。
 元来真面目な気質なので、その気になりさえすれば、レポートくらいは直ぐに終わることは分かっている。もともと、実習で採取したデータを見やすくまとめ、最期にそれっぽいことを記入して提出すればいいだけなのだし。
 真面目にまとめて行った結果ようやくレポートの終わりが近づいてきたとき、気が緩んだのか、ふっと口をついて出た言葉・・・。
 「会いたいな・・・」
 独りきりの教室に、存外その独り言が響いてしまい、言った本人がびっくりしてしまった。
 
 
 

 
 
 
 高校まで一緒に過ごしてきた恋人とは、今もちゃんと続いている。ただ、お互いに違う環境に身を置く様になってしまったため、今までのように思うように会うことができなくなっていた。これまでは、忙しい日々に追われていた事もあり、無意識に気付かない振りをしてきたのだが、先ほどの屋上の二人が引き金になってしまったようで、今まで我慢してきた事が、つい口に出てしまった。こうなるともう、気付かない振りを続けていられない。向こうも忙しいだろうに、どうしても会いたい欲求を抑えることができなくなってしまった。
 「確か今日は、駅前のコーヒーショップでバイトのはず・・・・」
 電話やメールでのやりとりは頻繁にしているので、恋人の予定は分かっている。
 「今から行けば、顔だけでも見られるな・・・・」
 自分が通う大学から恋人のバイト先まで、原付で30分もあれば余裕で着くはずだ。今書いているレポートをさっさと終わらせて教授のところに持って行くのにも、30分もかからない。だから、小一時間もあれば、会いたくてたまらない恋人の顔を見ることができるはずだ。そこまで算段して、急いでレポートを仕上げにかかろうとしたとき、鞄の中の携帯が震えだした。さっさとレポートを仕上げたいのだが電話を無視するわけにもいかず、視線はレポートに落としたままで忙しなくペンを走らせながら、着信者の名前も見ずに電話に出た。
 「もしもし。」
 知らず、不機嫌な声で応答していたようで、電話の向こう側で息を詰める気配がしたが、要件を早くすませて電話を切りたい俺は、かまわず更に語気を荒げた。
 「もしもし?!」
 「・・・・も、もしもし・・・?」
 相手の応答を耳にした途端、レポートに向かっていた視線はガバっと正面に向けられ、何故だか慌てて椅子から立ち上がる。この大教室の椅子は木製で机に備え付けになっており、人が座っていないとバネの働きで自動的に座面が上がる仕組みになっている。そのため、慌てて立ち上がったりすると、思いのほか勢いがついて、座面が後ろの机に衝突してしまうのだ。普段ならそのことを知っているから、できるだけ静かに立ち上がるようにしているのだが、このときばかりは思いっきり立ち上がったため、静かな教室には、机と座面が激しく衝突した音が、大きく響き渡ってしまった。
 「うぉっ?!!」
 思いもよらない相手からの電話と激しい衝突音でびっくりした俺は、電話をしていることを一瞬忘れ、通話口で思わず大声を出してしまった。
 「な、なにっ?!!どしたの??」
 状況がわからない電話の向こうの人物は、普段滅多に大声などあげない俺が、突然大声を上げたことにびっくりしている様子だ。
 「い、いや、何でもないから・・・。」
 突然のことに驚いての醜態は、向こうには見えていないとは言え、なんとなく気恥ずかしい。
 「そ、そう?ならいいけど・・・・・」
 「うん。本当になんでもないから。」
 怪訝そうな電話の向こうの相手に、いつも以上に冷静さを装って返事をする。
 「大石、今、話してても平気・・・?」
 電話に出たときの不機嫌さを気にしてか、とても静かな声でこちらのお伺いを立ててくる。相手が分かっていたら、もちろんあんな応答で出たりはしなかったのだが、今更遅い。今度からは必ず着信を確認してから出ることにしよう。
 「ああ、大丈夫だよ。それより、こんな時間にどうしたんだ?今日、バイトの日だろう?」
 「うん・・・。でも、ほかの日のシフトの子に代わってもらったから・・・・・・。」
 ワガママなところも可愛い恋人だが、他人に迷惑がかかるようなワガママを言ったりはしない。そんな恋人が、急にバイトを代わってもらうなんて、何かあったのだろうか?急に体調でも崩したのか?!
 「具合でも悪いのかっ?!」
 「・・・・・・・・・」
 「もしもしっ?!」
 「・・・ううん・・・そうじゃなくて・・・・。いや、具合悪いのかも・・・・。」
 なんとなくいつもと違って歯切れの悪い物言いをする恋人を怪訝に思ったが、具合が悪いというなら話は別だ。
 「どこが悪いんだ?熱は?」
 「胸の真ん中あたりが痛くて、微熱がずーっと続いてる感じでだるい・・・。」
 「病院には行ったのか?」
 「ううん・・・。」
 「今日はもう外来は終わってる時間だから・・・・明日にでも病院行って、よく調べてもらって・・・・」
 「・・・・・・・・・」
 電波の状態があまりよくないのか、時々会話に間ができるのがもどかしい。
 「もしもし?!」
 「ううん。今、病院の前まで来てるんだ。これから診てもらおうと思って・・・。」
 時間外診療をしている病院にでも行っているのだろうか・・・。そんなに急を要するほどの病状なのか?!
 「そうか・・・。ちゃんと診てもらうんだぞ?」
 「うん・・・。」
 風邪以外の病気などしたことのない恋人だったから、病院に行くこと自体に不安があるのだろう。応える声に元気がない。どの道会いに行く予定だったので、時間が間に合えば病院に迎えに行くのもいいかも知れない。
 「近所の病院に行ってるのか?」
 「ううん・・・。」
 「どこの病院に行ってるんだ?」
 「・・・・・・・・・」
 「もしもし?電波良くないのか?」
 「あ、うん。そうみたい・・・ごめん。」
 「いや、そんなのはいいんだけど、病院、そんなに遠くないなら、迎えに行こうか?」
 「え?」
 え?って、今の、そんなに驚くところなのか??
 「だって、大石、忙しいんじゃないの?」
 「いや、大丈夫だよ。」
 レポートはほぼ完成しているので、あとはまとめて提出するだけだ。
 「今まだ大学にいるんだけど、30分もしないで出られるから・・・。」
 「でも・・・」
 いつもの恋人からは想像できないくらいの謙虚さで、迎えを断る。こうなってくると、迎えに来られるとまずい事があるのだろうかという気になってくる。
 「・・・迎えに行かないほうがいいのか?」
 「そ、そうじゃないけど・・・・。」
 「じゃぁ・・・」
 「だって、まだレポート終わってないんだろ?」
 「いや、殆ど終わってて、あとはみんなの分をまとめて提出するだけだから・・・・」
 って、あれ?俺、レポート書いてるなんて、言ったっけ・・・?
 「・・・・・俺、レポートのこと、話したっけ?」
 「ぁっ・・・・・・・」
 しまった!!みたいな声が聞こえてくる。
 「もしもし??」
 ブツッ!
 プーップーップーッ・・・・・。
 「もしもしっ!もしもしっ?!!」
 突如として電話が切れてしまった。電波の所為なのか、相手が通話を切ったのか・・・。
 具合が悪いところを俺に見せたくないというのは考えずらいし、かと言って、他に相手が俺に会いたくない理由が思い当たらない・・・・。
 まさか、他に好きな人が出来たとか・・・?
 こんな時間にいきなり電話をしてきたのも、一刻も早くそのことを俺に伝えて、二人の関係を清算したかったとか・・・・?
 「ま・・・まさか・・・・な・・・・・」
 で、でも、具合が悪いような気がするとか曖昧なことを言ってたし、それってもしかして、俺に別れ話を切り出しにくくて、思い悩んでるとか・・・・・?
 「・・・・・・ど、どうしたらいいんだ・・・・。」
 どうもこうも、とりあえず本人の口からはっきりしたことを聞くまでは、こっちの具合まで悪くなってしまいそうだ。病院の場所もわからないのだが、何としてでも会いに行かなければと思い、慌てて帰る支度を始める。この際、みんなには悪いが、レポートの出来については不問にしてもらおう。ほぼ仕上がっているとは言え、普段の自分なら、もう二手間くらいかけてから提出するところなのだが、今はそんなことを言っている場合ではない。
 がたがたと、机に広げていたレポートやら筆記用具などを鞄に仕舞っていたので、誰かが教室に入って来たことにも気付かなかった。
 「ほんとに終わってたんだ?レポート。」
 ここに居るはずがない、今さっきまで携帯から聞こえていたはずの声が背後からして、あまりにもびっくりした俺は、中途半端に手にしていた鞄を引き摺りながら思いっきり後ろを振り返り、狭い机の間にある木製の椅子に膝をしたたかにぶつけ、鞄の中身を床にばら撒いてしまった。
 「があっっ・・・!!」
 「何やってんだよ・・・・」
 あきれた声を出しながらも、ばら撒いてしまった鞄の中身を拾ってくれる恋人・・・。俺はただ、痛む膝をさすりつつ、その様子を大口開けて見ていることしかできなかった。
 現状が理解できない。何で、今ここに恋人がいるんだ?今さっきまで、電話で話しをしていて、病院の前に居ると言っていた恋人。ここは俺の通う大学のはずで、決して病院なんかではないはずだ。ああ・・・もしかして、会いたさが募るあまりにとうとう幻覚が見えてしまったんだろうか??
 「ほい。これで全部かな〜。」
 「あ、ありがとう・・・・」
 暢気に礼を言っている場合ではない。いや、お礼を言うことは大切だけど・・・って、そうじゃなくっ!
 「な・・・なんで・・・?」
 「ん?」
 いつもの、小首をかしげる仕草できょとんとしている恋人。『何でって?』って顔をしている。
 「びょ、病院に居るって・・・・ってか、具合悪いんじゃ・・・・」
 「あぁ、あれね。あれ、ウソだから。」
 「うそ?!」
 「んー。厳密に言えば、ウソでもないけどね〜。」
 「はぁ・・・?!」
 突発的な出来事に弱い俺を知っている恋人は、その話は後でとばかりに、俺に鞄を渡すと、
 「とりあえず、レポート出して来いよ。ここで待ってるからさ。」
 そうだった。いい加減時間が経っているから、早くレポートを提出しないと、教授が帰ってしまう。
 「そ、そうだな・・・。」
 「そうそう。いってらっしゃ〜い♪」
 ひらひらと手を振りながら、俺を送り出す。
 何なんだ一体・・・。会いたさが限界に達して、白昼夢でも見てるのか??
 と、とりあえずレポート提出が先だ!
 
 
 

 
 
 
 狐につままれたような気分のまま、あれはやっぱり俺の願望が見せた幻覚で、教室に戻ってみたら恋人の姿など何処にもないのではないかとか、いや、本人だったとして、わざわざここまで別れ話をしに来たのかとか、もしそうだとしたら、俺は笑って別れを承諾してあげることができるんだろうかとか、あーでもないこーでもないとぐちゃぐちゃになった思考がまとまらないまま、でもとりあえず待たせちゃ悪いと急いで教室に戻ると、果たして、先ほどまで俺が座っていた席に、恋人がちゃんと座っていた。頬杖を付いて、窓の外を眺めている。
 「英二・・・?」
 自分の目に見えているものが信じられなくて、小声で呼びかけてみる。
 「おかえり〜♪」
 かつて、部誌を提出しに行っている俺を待っていてくれていたときのように、おかえりと言う英二。一瞬、ここは大学などではなく、かつての部室なのでは?と勘違いしてしまいそうだ。
 「・・・・本物?」
 それでも現状が信じられなくて、つい確認してしまう。
 「はぁ?!何言っちゃってんだよ、大石。」
 あきれた声でそう言いながら、教室の入り口に突っ立ったままの俺の方に歩いてくる。僅かな風に乗って、英二の匂いまでしてくる。白昼夢にしてはリアルだ。
 「久しぶりすぎて、俺の顔忘れたとか言わないよなぁ??」
 「い、いひゃいよえいい・・・」
 あまりにもぼけっとしている俺の頬を、容赦なくつねる手の暖かさ。思わずその手を掴んで、頬擦りしてしまう。
 「本物だ・・・・」
 「夢見るくらい、俺に会いたかったんだ?」
 俺に掴まれた手はそのままで、そんなことを言う英二。声には笑いがにじんでいるが、間違いではないので気にしない。おまけに、これで英二の手を握るのも最後になるのではという思いが浮かんでしまって、ちょっと泣きそうだ。
 「ああ。すごく会いたかった・・・。」
 「そ、そう・・・。」
 自分から言うときは平気な顔をして言うくせに、俺が応えると、途端に顔を赤くして恥ずかしがってしまう。
 「今日、英二バイトの日だと思ってたから、これからバイト先まで顔見に行こうとしてたんだよ。」
 「え?そうなの??」
 「あぁ・・・どうしても会いたくて、我慢できなくてさ・・・。」
 「そ、そう・・・。」
 更に顔を赤くしているだろう英二は、さっきよりも深い角度で俯いてしまった。耳の後ろから首の後ろまで真っ赤だ。
 「じゃぁ、バイト休まないで、待ってればよかったな・・・」
 「俺は、早く英二に会えて嬉しかったけど・・・・・。」
 これで最後の逢瀬になるかもしれないけれど・・・・・。
 「ね、英二・・・。」
 「なに〜?」
 俺のブルーな気持ちとは裏腹に、あくまで英二は脳天気だ。
 「・・・・どうして急に、俺の学校まで来たの?」
 「え・・・?」
 「何か・・・電話じゃ話しづらいことがあって、俺に直接言いに来たの?」
 「ちょ、ちょっと、何のこと??」
 握った手は放さずに英二の顔を見ると、俺が言っていることが分からないといった風に、きょとんとしている。このまま、なんでもない風に別れ話を切り出されるのかと思うとやるせなくて、握った英二の手に顔を埋めるようにして、俺の方から切り出した。
 「英二・・・・・新しい恋人が出来たの?」
 声は振るえてなかっただろうか?きちんと言えていただろうか?今にも泣き出してしまいそうな俺を、隠せているだろうか・・・・。
 「はぁぁっぁあっ?!!!」
 「隠さなくてもいいんだよ・・・英二。」
 ああ・・・。ここは俺の通う大学だけど・・・夕暮れとは言えまだ明るいけれど・・・・・・。こんなときくらい泣いても平気だろうか?
 「ちょっ・・・大石??」
 「大学に入ってから何かと忙しくて、電話やメールでは連絡を取ってたけど・・・・具合が悪くなるまで思い悩んでたなんて・・・・・・。全然気付いてあげられなくて、ごめんな・・・?」
 「大石!!!おーいしってばっ!!!」
 「そうだよな・・・言い出しにくいよな・・・・?俺のほうから察してやらなきゃダメなんだよな・・・・。」
 これ以上口を開いたら、本当に泣きそうだ・・・・。気のせいか、英二の身体が小刻みに震えだした。ああ、英二泣いちゃうのかな・・・・。
 「・・・・っっこんの腐れタマゴがぁぁぁっ!!!」
 突如英二がそう叫ぶと、俺が握っていない方の手で、思いっきり俺の耳を引っ張り上げる。
 「いっいてててててっってて、い、痛いっぃぃ!!」
 「一人でぐるぐるまわってねぇで、俺の話を聞けぇぇぇぇっ!!!」
 英二が泣いちゃうどころか、俺が泣かされるっ!!
 「いっ痛いっ!!痛いよっえいじっっ!!!」
 耳がちぎれてしまうかと思うくらいの勢いでひっぱられ、先ほどとは違った意味で、涙が出てくる。
 「あったりめぇだっっ!!痛いようにやってんだからよっ!!話を聞くのか、聞かねぇのかっ!!どっちだぁぁっ!!!」
 「き、聞くっ・・・聞きますっ!!!聞かせていただきますぅぅぅぅっ!!!!」
 「わかりゃ良いんだよっっ!!」
 ようやく引っ張り上げてたてを放してくれたものの、俺の心はズタズタだ・・・。
 あまりの痛さにその場にしゃがみ込み、引っ張られていた耳をさすっていると、俺の手の上から英二の手がそっと重ねられた。そろそろと顔をあげると、怒っているというよりは呆れ顔の英二が俺を見下ろしていた。
 「おーいしさぁ〜、そのクセ、全然治ってねぇのな・・・。」
 「クセ・・・?」
 「そう。人の話を聞く前に、ひとりでぐるぐるしちゃうクセ。俺、治せって言ったよなぁ?」
 確かに、以前から一人でぐるぐると考え込むクセがあるのは分かってはいるが、そうそう治せるもんでもない・・・。
 「っつかさぁ、何で俺に新しい恋人が出来てんの?」
 「え・・・・?いないの??」
 「だーかーらーっ!!どっからそういう話になるんだよっ!!」
 どっからって・・・、俺の勘違いだったのか??
 「え・・・だって・・・・急に俺の学校まで来るなんて変だし・・・・」
 「それでっ?!!」
 「さっきの電話も、妙に歯切れが悪い内容で、突然切るし・・・・」
 「あとはっ?!!」
 「具合が悪いかもしれないって・・・・」
 そこまで言ったところで、頭上から『はぁ〜』と、盛大なため息が聞こえてきた。
 「何でそれで、俺に新しい恋人が出来たってところに行くかなぁ・・・・」
 「ち・・・違うの・・・か?」
 どうやら完全に俺の勘違いのようだが、念のために確認を・・・と思って聞いたのだが、それがまたまずかったようで、普段から切れ上がっている目を更に吊り上げて、俺を睨むと、最後通牒だとばかりに、こう言った。
 「・・・・・その方が良かったのかよ。」
 「いっいや、そんなわけないだろう?!!」
 「わかりゃ良いんだよ・・・わかりゃ・・・・・。」
 でも、じゃぁ何故急に、ここに来たんだ・・・?理由が分からない。
 そんな俺の考えが伝わったのか、英二の方から話を切り出してきた。
 「俺が今日、急に大石の大学に来たのは・・・・・」
 「来たのは・・・?」
 「お前に用があったから・・・・・」
 「用って・・・・?」
 急にここまで来るほどの用事って、別れ話じゃないなら何なんだ???
 「・・・・・・・・」
 今まで、怒りに顔を赤らめていた英二だったが、今の赤味はソレとは違う感じがする。別れ話の類じゃないようではあるが、どうにも切り出しにくいようなので、この体勢がよくないのかと、
 「とりあえず、立ったままじゃなんだから、座ろうか。」
そう言って、英二の手を掴んでふたり横並びに椅子に座った。
 
 
 

 
 
 
 「で?電話やメールじゃなく、直接ここまで来るほどの用事って、何なんだ?」
 しばらく並んで座った姿勢で英二からの言葉をまっていたが、『あー』とか『うー』とかばかりで、なかなか話出そうとしない。何となく自分からは続きを言い出しづらそうだったので、俺の方から水を向けると、英二はゆっくりと口を開き始めた。
 「・・・・お互い大学生になってから、ばたばたして忙しかったじゃん?」
 「え?あ、ああ。」
 「大石は、学部が学部だから、忙しくなるだろうっては思ってたんだけど、俺の方も、思いのほか忙しくてさ・・・。」
 「ああ、そうだな。」
 「新しい生活に慣れるまでは、平気だったんだよ・・・。」
 「何が?」
 「・・・・大石に会えなくても。」
 そう言って、口を尖らせながら俯き加減で話す英二は見た目は当然大学生なのだが、その姿の向こうに中学生の英二が見える気がした。あのころの英二は、俺がらみで何か拗ねている事があると、決まって口を尖らせて俯き加減に椅子に座り、足をぶらぶらさせながら俺に不満を訴えていた。今の英二がその頃の英二に重なって見える。ということは、今回の突然の訪問も、やはり何か俺がらみのことが原因なのか?
 「でも、最近はさ、大分大学生活にも慣れて来て、今まで気付かない振りを続けてきたんだけど、ふとしたときに、気付いちゃったんだよね・・・・。」
 「・・・・何に?」
 「っ・・・」
 最後まで言わせるなとばかりに、目のふちを赤くしながらキッとこちらを睨む英二。話の流れで英二が言いたいことが分かったが、さっきまで違った方向へ誤解していた俺をしては、最後まできちんと英二の口から聞きたくて・・・・俺の勘違いじゃなく、英二も自分と同じ思いだったんだとはっきりと本人から聞きたくて、意地悪を承知で先を促した。
 「英二・・・何に気付いたんだ?」
 「・・・・わかってんだろっ?!」
 横並びに座っていた俺達だったが、突如英二が身体ごとこちらを向き、赤い顔して牙を剥く。
 「うん・・・でも、英二の口から聞きたいんだ・・・。俺がまた、ひとりで勘違いしてぐるぐるしないように・・・。だから、言って・・・?」
 ぷっとふくらんだ頬を撫で、そのまますべり下ろした親指で少し尖らせている唇をわざとゆっくりとなぞりながら、明らかに今この時間に相応しくない色を声に乗せ、英二の耳元に囁く。普段なら公共の場、ましてや自分の通う大学の教室でこんなことをするはずもないのだが、英二が俺のためだけに、今目の前にいることが嬉しくて、ここがどこだか忘れている俺だ。
 「お、おおいしっ?!!」
 明らかにソレを意図しているかのような俺の囁きに、英二が首をすくめる。二人っきりの部屋の中でしか見せないような俺を天下の教室で見せられ、今まで怒っていたことなど忘れてびっくりしている。
 「言って・・・・英二・・・・・・」
 そんな英二を置き去りに、さっきまでの悲壮感漂う俺とは別人のような行動にでる。不自然に向かい合った英二をこの腕に抱きしめながら、うっとりと先へ進もうとしている俺・・・・。そんな俺に焦ったのか、英二がわたわたと何か言いながら俺の背中をぐーで叩いているが、照れているだけだろうと無視を決め込んで、そのままの体勢で英二に覆いかぶさっていく。そして、お互いの吐息が絡まるまであと5ミリ・・・といったところで、いきなり『ガラッ!!』っと教室の反対側の扉が開けられる音がした。
 「なんだ、まだ誰か残ってんのか〜?!」
 「えっ?!!」
 
 
がんっ!!!
 
 「ぐぁっ・・・・・・・!!!」
 「お、おーいしっ?!!!」
 「大石?お前、まだ残って・・・・・・って、何やってんだ・・・・・?」
 うちの大学では、研究室に在籍している院生が、夕方の見回りをするのが常で、たまたま今日の見回りが、俺のことを知っている院生だったのは、不幸な偶然としか言い様が無い。俺も彼のことは良く知ってはいるのだが、いきなりの事態に慌てて起き上がろうとして、机の縁にしたたかに腰を打ちつけた俺は、あまりの痛さに返事すら出来ず、英二の腹のあたりに頭を埋めて唸るのがやっとだ。
 「あ・・・ちょ、ちょっと貧血を起こしたようで・・・大した事ないと思うんですケド・・・・・。」
 悶絶死寸前の俺がアテにならないと踏んだのか、院生の問いかけに対し、英二が適当な言い訳で代わりに応えている。しかし、よりによって貧血って・・・・。若い男の貧血って誤解を生むんだよ、英二・・・・。
 「貧血・・・??大丈夫なのか?」
 「少し横になってれば大丈夫みたいなんで・・・・。」
 「そうか・・?じゃぁ、ほかのところを一回りして、最後にここを閉めることにするから。しばらく休んでから帰れ。」
 「はい。」
 こちらまで来られたらどうしようかとドキドキしていたが、見回りの院生は、そのまま戸口から中には入ってこなかった。但し、大石への思いやりあふれる余計なヒトコトを残して行ったが・・・。
 「大石、恥ずかしがらずに一度行っとけよ?肛門科。」
 ああぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁっ!!!やっぱり誤解されたぁぁぁぁぁぁっ!!!!
 かーっかっかっかっ・・・・と、どこかのご隠居のような高笑いを響かせながら、院生が他の見回りに行く。その笑い声が癇に障るやら、今の自分の状況が切ないやら・・・。 あの院生は悪い人じゃないんだが少々口が軽いところがあるので、おそらく明日中には、かなりの人数に今のやり取りが、面白おかしく伝わっていることだろう・・・。そこまで想像した俺は、先ほどとは違った意味で、英二の腹に頭を埋めながらふるふる震えることしか出来なかった。
 「え・・・?何で肛門科・・・・?」
 そんな俺に追い討ちをかけるように、貧血と無難な言い訳をしたはずなのに何故に肛門科をすすめられているのかが分からない英二は、俺の肩を叩きながら素直に訊いてきた。イヤだ・・・答えたくない・・・・・。
 打ち付けた腰の痛みの所為で意識を手放す事もできず、どう誤魔化そうかと途方に暮れる俺の様子を見て何かを思いついたのか、英二がトドメのヒトコトを俺につきつけた。
 「お、大石・・・・・まさか・・・・」
 あぁ・・・。気付いてしまったのか・・・英二・・・・。
 「まっまさか、さっきの人に、掘られちゃったのかよっ?!!!」
 ぇー・・・・・・・。
 
 
 

 
 
 
 会いたくて、会いたくて・・・・。
 
 とんでもない勘違いをして怒られつつも、やっとの思いで会えた恋人・・・。その恋人にありえない誤解をさせるに至った院生を、静かに心の中で呪うことしかできない自分がとても切ない・・・・。
 
 
END
 
 

 珍しく追記など。
 作中で院生が大石に肛門科行きを進めていたのは、痔を疑ったからです(笑)
 私が学生だった頃は、他に所見がない若い男性が貧血持ちだった場合は、痔を疑え!!と教わったもので・・・。
 今はそんなことないのかも知れませんが^^;
 
【2008/06/30】加筆修正
 途中、一人称と三人称がごっちゃになっていることに気付き、急遽修正しました^^;
 その流れで、大筋は代わってませんが、途中大幅に変更した箇所があります。
 大石がすっごいヘタレになってしまいました(苦笑)