桜が咲いた
ことしもこの季節が



     
『―さくらの咲くころ―』



今年の桜は少し早くて
校庭の桜に見送られる三年生達の姿とともに何かに急かされるような焦燥感を感じて
澤村は薄紅色を見上げた

去年の今頃は
内にこもった思いがぐるぐると渦をまいていた

体育館へ向かう途中
持て余した思いを抱えたままやっぱりこの桜を見上げたっけ
そんな事を思い出してその顔に苦笑いをきざむ
我ながら青いなあ・・・
声に出さずに呟いて肩の鞄をかけなおした

ザアッ・・・
強い風が花を散らす
風をさける為にふせた顔をあげると・・・

「スガ」

桜の木の下にいたのは想い人
幻かと澤村は何度もまばたきをする
そんな彼の姿に菅原はおかしそうにくすくすと笑った
「何してんの?」
いつものいたずらっぽい笑顔
でも、はかなくも力強く咲く淡色のそれのもと立つその姿は桜のそれによく似ていて
何か凄みのようなものを感じて息を飲んだ
何も答えない澤村に菅原は顔をしかめる
そして
ため息ひとつ
「前にもこんなことあったよな」
言いながら歩み寄り、桜を見上げる
「あ、ああ」
そう。一年前だ
一年前こうやって桜を見上げてた澤村の前に同じように彼はあらわれて
同じように笑った
「行こう?」
部活遅れるよ
言った白い手が澤村の腕をつかむ
「そうだな」

同じように一年は巡り
今年も同じように咲きほこる花

歩きだそうとして
何かが澤村の唇に触れた
「・・・え」
目を見開く
目の前には舞い散る薄紅の中薄く微笑む綺麗なひと
シーッ
唇に指をあてて
くるりと背を向ける

「おいっスガ!」

走り出す背中
急いで追いかける手

今年も桜は咲いた
風に散る花

本気で逃げていなかった菅原の手は容易に澤村の手の中

咲いた花は必ず散る

それでも振り向かないそのひとに手をひかれるようにして歩く

だから
当然のように散ると思っていた

握った手をもう一度かたくむすぶ

散るはずだった想いは
この手の中に


end.