ゆれる


ゆれる
ゆれる感覚と意識
ふわっと
空にすいこまれるみたいな気がして
目を開けた

ゆれる背中
短い髪
筋肉でひきしまった肩

「だいち」

呼びかけに目の前の頭が少しこちらを向く
「起きた?」
声と
微笑む気配がした
「部室で寝るなんでめずらしいな」
あー・・・
「・・・うん」
苦笑い
大地を待ってて寝ちゃいました
なんて言えないっしょ
ましてや寝てる間におんぶされての帰路

「あ」

思わず漏れた声にどうした?と背負うひとが立ち止まる

「前にもこういうこと、あったよな」
少しの沈黙のあと「ああ」とほんの少しだけ苦い声


そう。1年前の・・・春

GW合宿をひかえたある日の練習
誰が悪いわけじゃない
完全な不注意だった
スパイクの練習をしていた大地とその近くで他の部員のトスあげをしていた俺
スパイク後の着地でバランスを崩した大地
夢中で練習をするあまり少し後ろに下がっていたのに気づかなかった自分
危ない!
そう思って避けようとしたけど時はすでに遅く
避けようと前のめりになった自分の上に大地が倒れてくる形になった
幸い大地に怪我はなかった
主将に怒られながらも内心ほっとしたのもつかの間・・・
立ち上がろうとして異変に気づいた
やべ、足首ひねったかな
顔に出したつもりもなく、このまま今日は隠したまま無難にやりすごそう
そう思った時
肩をつかまれた
「足首ひねったろ」
「え」
「キャプテン、こいつ怪我したみたいなんで責任もって保健室つれてきます」
大丈夫、と立ち上がりたかったけど肩を押さえられて立ち上がれない
そうこうしてる間に大地が主将と話をつけて俺をつれだした
体育館を出たところで突然目の前でしゃがんで「ほら」と手を出した
「え、大丈夫だって」
戸惑う俺にむすっとした大地
これは逆らわないほうが良さそうだと素直に従う
「ごめん」
「なんで謝るんだよ」
返るのはやっぱりむすっとした声
「おこってる?」
「スガに怒ってるわけないだろ」
「じゃあなんで」
「怒ってるのは自分にたいして」
「だいちは・・・」
悪くない。
そう言おうとした時運悪く保健室に着いてしまった
幸いたいしたことなく軽い捻挫
1週間も無理な運動をしなければいいだろうとの保健教諭のみたて
顧問に報告すると部屋を出ていった保健教諭をみおくって
「あのさ」
あらためて謝ろうと口を開きかけたのを遮ったのは大地の手
湿布とテーピングされた足に触れる
「だい・・・
「ごめん」
「だいちは悪くないだろ」
俺の言葉にかすかに首を横に振る
そしてもう一度・・・
「ごめん」
この時
俺は大地が何を考えてたかなんんてわからなかった

ーーーまだ
お互いのことを今よりわからなかった頃の話


「あの時さ大地は黙っちゃうしどうしよってなってさー」
「悪かったよ」
「ううん」
俺も、悪かった
だってさオマエがそんなに俺のこと思ってくれてたなんて気づいてなかったから
「あのさ」
「うん?」
「大地にとってまだ嫌な思い出?」
苦い表情をしているであろう彼に問う
「・・・どうだろうな」
そうやってはぐらかすのはオマエの悪い癖
だからさ
「俺は・・・嬉しいかな」
俺は素直に言ってやるんだ
「大地の気持ち知るきっかけになってくれたから」
なあ
大地?
おまえはどう?
俺は嬉しかったよ
慌てる姿や悔しそうな顔足に触れた優しい手
みんなおまえの気持ちだろう?

返事のかわりに聞こえたのはため息
長いながい息が吐き出されて
「ほんと・・・おまえは・・・っ」
おんぶされたゼロ距離の
この状況じゃなきゃ聞き取れないくらいの声
少し赤みがさした耳
腹の奥から笑みがわき起こる
「だーいちっ、耳あかいぞ」
「うるさい!」
落とすぞ!
そんなこと言いながらもしっかり俺を背負った腕

ゆれる背中
短い髪
ひきしまった肩

ゆれる
ゆれる景色
彼のにおい
伝わる鼓動

澄んだ空すいこまれるような気がして

目を閉じた


end.