※原作・在学中、慎の片思い。





背中と腕と





晴れ渡った高い空と澄んだ日差し、爽やかな風が渡る屋上には誰もいなかった。
当たり前だ、今はまだ授業中なのだから・・・
そんな訳で、のんびり惰眠を貪っていた沢田慎の安らぎは、
ドカドカと近付いてくる足音に一瞬で破られた。

「おい、沢田!授業中なのにこんな所で何やってる!探したんだぞ!」

寝転んでいる慎を仁王立ちで見下ろしているのは、慎の担任教師・山口久美子だ。

「寝てんだよ、悪ぃか。」

薄目を開けてまだはっきりとは覚めない頭のまま減らず口を叩いていたら、ぽかりと殴られた。

「いってぇ・・・んだよ・・・」

そのままそばに座り込む久美子を見て、慎はため息を付いた。
やれやれ、楽しい昼寝もここまでか。ま、退屈してるよりかはいいか・・・



「あたしさ・・・」

久美子が重い口を開くのを見て、慎は身体を起こした。
久美子と並んで脚を投げ出した格好で座る。
久美子は慎を見上げると、

「と、隣に来るな。後ろ行け。」

しっしっと追い払うように言う。

「はぁ・・・」

「あっち向いてろっ。」

渋々久美子の後ろに回り込み、背中合わせに座ると久美子はほっとしたように気を抜いた。
触れるか触れないかの微妙な距離だが、ほのかに体温を感じて慎はほんの少し動悸が上がるのを感じた。

「で、なんだよ。」



「うん・・・」

しばらく躊躇っていた久美子が話しはじめたのは、久美子の見合いの話だった。
組がらみではない。若い頃に龍一郎に世話になって今は手堅い商売をやっている男が、
ぜひとも龍一郎と縁戚になりたいと、孫の一人を紹介したがっているのだそうだ。
相手は28歳で職業は高校教師、都内の中高一貫のエリート校に勤めており、
姉婿である義理の兄が後継者として父親の会社で働いているそうで、
一人娘の久美子の事情を慮って婿に来ても構わないと言っているのだそうだ。

「で、お前はどうしたいんだよ?」

「う・・ん、ま、もう断ったんだけどさ。」

「・・・」

「でも、考えちまってさ・・・おじいさんが元気なうちは今のままでいいし、
 おじいさんはいずれ組をゆずるつもりだって言ってるし、京さんもいるから・・・」

「ああ。」

「もしあたしがこのまま教師を続けようと思ったら、
 堅気の相手と結婚するか、一生独身か、どっちか選ぶ日が来るんだよな。
 いずれ、あのうちも出なきゃならないって思うとさ・・・なんか。」

「ま、お前もいい歳だしな。」

冗談めかして慎が言うと、久美子は背中越しに慎の頭をペシリと叩いた。

「って・・・加減しろって。」

頭を擦りながら言うと、慎はため息を一つついて続けた。

「お前は、お前の道を行ったらいいんじゃねぇの。
 家とか立場とか、たいしたことじゃねぇだろ?
 下らねぇ・・・最終的には自分だろ。」

そう言うと、久美子はふっと力を抜いて慎にもたれ掛かった。
温かい体温と体重を感じて、慎の身体は緊張する。
普段の力強い印象とは反対に、かけられた体重は軽くて、華奢な身体に胸が痛くなる。
こいつはこんなにも小さいのか・・・

緊張を悟られたくなくて、慎はわざとぶっきらぼうになる。
が、ぴったりと合わせられた背中を避けることは出来なくて、
気付かれない様にそっと力を抜くと、久美子の身体が一層密着する。

「お前は、若いなぁ。」

笑いを含んだ久美子の感懐が聞こえる。

「悪ぃかよ・・・」

莫迦にされたと口を尖らせる慎を、軽く受け止めて、久美子はまた微笑んだ。

「ばーか、褒めてんだよ。」

「ふん・・・」

驚く程優しい久美子の声音にドギマギしながら、慎は精一杯何でもない振りをする。

合わさった背中から、互いの体温が伝わってくる。
久美子は何となく、慎は深い思いで、この温もりを離れがたいと感じながら、
切っ掛けを掴めないまま、ふたりはいつまでもその姿勢でいた。



ふたりきりの屋上を、風が吹き抜けていく。
空が、高かった。





-----
こんにちは!
双極子です。尚様のイラストに挿文です♪
慎ちゃんのむっとした中にも切ない表情がすっごく素敵です。
久美子さんの、恋じゃないけど慎ちゃんに対する信頼が感じられる表情がまた何とも言えません。
素敵なイラスト、ありがとうございました!

2010.9.10
双極子拝



いつも素敵なSSを書いていただけて、私は本当に果報者です♪
高校時代の切ない恋心を久美子さんに向けながらも、
あくまでもさりげなく久美子さんの側にいる慎ちゃんはまさに慎久美の原点だと思います。
双極子様、本当にありがとうございましたv

2010.09.11 尚