ソーダアイスの夏
ドラマ版 在学中 慎→久美子
連日の猛暑日、外を歩けば一瞬のうちにシャツの背中にぐっしょりと汗の染みが広がる。
眉間にしわを寄せて、不快げに彼は額から流れ落ちる汗をぐいと手の甲で拭った。
こんな日に制服を着て外を歩くなんて自殺行為だ。
夏服とはいえ地の厚い黒い学生ズボンは太陽の光を思いきり集めて不快な事この上ない。
本来なら夏休みだが、単位の不足している生徒と進学希望の生徒は一応課外授業に出る事になっている。
以前の自分なら間違いなくサボりを決め込んでクーラーの効いた部屋に篭る所だが、
担任にして彼の惚れた女でもある彼女がそんな事を許す訳もない。
・・・それに、課外授業に出なければ、夏休みの間彼女に会う機会が激減してしまう。
そんな訳で、彼、沢田慎は(遅刻はありながらも)、休まず課外授業に出席していた。
慎を知る者ならば誰もが驚くだろうこの行動。
しかし、クラスの連中は誰もが彼の気持ちを知っていて納得している。
怠さを隠しもせず歩く慎の隣を、
「あっちいな〜。おい。これが地球温暖化ってやつか!?」
なんて言いながら歩いているこの女、山口久美子以外は。
他愛のない話をしながら歩く久美子に慎が怠そうな態度ながらも相槌をうち、
しばらく歩いて行くと、横断歩道で荷物を両手いっぱいに抱えたお婆さんに目が留まった。
「おばあちゃん、どこまで行くの?」
「すみませんねえ・・・。重いでしょう?つい、買い過ぎてしまって。」
「良いんですよ〜。この位。」
「大丈夫です。」
右手に袋を一つ持ち、左手でお婆さんの手を引いた久美子の少し後ろを、両手に袋をぶら下げた慎が続く。
どうやら夏休みで遊びに来る孫にご馳走してやりたいとあれもこれもと買い過ぎてしまったらしい。
「あっ、うちはここだから、少し休んで行って下さいな。」
「いいえ〜。あたしらはここで失礼します。」
「でも、何かお礼しないと私の気が済まないから。ね?」
せめて冷たい物でもというお婆さん。
「そんなお礼される程の事してませんよ。な、沢田?」
「当たり前の事しただけですから。」
「・・・じゃあ、これ一つしかないんだけど、良かったら二人で食べて。」
「「ありがとうございます。」」
何度も礼を言いながら手を振るお婆さんと別れた後、
久美子の手に残されたのはお婆さんから貰った棒のソーダアイスの袋。
「それにしても懐かしいな、これ。」
棒が二本で半分に割れるソーダアイス。
「うちまで行く間に溶けちまうからここで食べてくか。」
ちょうど公園に差し掛かった所だった。
ずんずんと公園に入って行く久美子に慎も当然ついて行く事になる。
ベンチに腰を下ろすと久美子は、半分に割ったアイスを慎に差し出した。
「俺は別に良いから。おまえ一人で食えよ。」
「せっかくのおばあちゃんの厚意だ。これ、ソーダ味でさっぱりしてるから食べろよ。」
そう言われ、慎は受け取ったアイスを一口だけ口に入れた。
甘いけれど、ソーダ味は案外さっぱりしている。
暑さで渇いた喉に心地良い。
「・・・そういえばこんな味だったな。コレ。」
小学生位の頃、食べた事がある。
「食べた事あるのか、沢田?」
「小学生位の時、なつみと半分ずつ食った気がする。」
「ああ!そうだな!これって兄弟とか仲の良い友達とかと食べるよな。
・・・あたしは、一人っ子だったから独り占めだったけどなっ!」
そう言って笑ったヤンクミが一瞬寂しそうな顔をしたのは気の所為か。
ふいにテツさんに聞いた話を思い出す。
大江戸の孫娘だという事でイジメを受けていた事があったというヤンクミ。
立ち向かいイジメを克服したとはいえ、心から打ち解けられる友達は出来なかったのかもしれない。
美味しそうにアイスを頬張る久美子の子供時代の寂しさが透けて見えた気がして、慎は堪らない気持ちになった。
「・・・田!沢田っ!!」
はっと我に返るとヤンクミが俺の顔を覗き込んでいた。
ヤンクミの顔が思いがけない近さにある。
内心の動揺をいつもの表情の中に押し込めた。
「どうした?ぼーっとして。」
「いや、何でもねえよ。」
「そうか?それなら良いんだけど・・・。あっ、アイスっ!!」
パクっとヤンクミの口が開いて、俺が持っていたアイスの半分以上が、ヤンクミの口の中に消えた。
ヤンクミの突然の行動に呆気に取られていると、
「ひゃやくくわねえと、っく、おひちまうぞっ!!」
もごもごしたヤンクミは、どうやら早く食わねえと落ちちまうぞ、と言っているらしい。
棒に残っていた一口程を口に入れた。
「何ぼーっとしてんだよ。」
「・・・別に。」
「あっ、沢田!!!すごいぞ、おまえ!!!おまえって強運だな〜。」
「はっ?何が?」
それ、それとヤンクミが指差す俺の手に握られたアイスの棒。
よく見るとそこに“当たり”という焼き印が。
「もう一個食べれるぞ!ラッキー♪」
「おまえにやるよ。」
「ダメだ!おまえが当てたんだから。」
「いや、俺、アイスとかそんなに食わねえし・・・。今だっておまえがほとんど食ったんだから。」
「また、半分ずつ食べれば良いだろっ!もともと二人で貰ったんだから。」
もしかして、また“半分こ”してえって事?
俺の事、男としてはこれっぽっちも意識してなくても、
アイスを“半分こ”して食べる位には、俺はヤンクミにとって近くにいるって事だよな。
今は、まだこの位の関係でも良いか、とそう思った。
そんな夏の日。
End
(おまけ)
「ちょっと〜。あれ見ました?南さんちの奥さん。」
「ええ!見ましたとも。野田さんちの奥さん!」
「いっそ、付き合ってしまえば良いと思いません?」
「そうですよね〜。内山さんちの奥さんの言う通りですよね〜。」
「「ですよね〜。」」
「良いなあ、慎ちゃん。アイス〜。」
「クマ〜。問題はそこじゃねえから!」
たまたま通り掛かった白金メンバー(笑)
はたから見たらアイスを食べていちゃつくバカップル?
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