※原作・卒業後、おつきあい前。一生の不覚シリーズ。番外編2008と完結編はなかったことになっています。





腕の中





「沢田君、お疲れさまー。」

「お先に失礼します。」

店員達の挨拶に答えながら裏口を出て、やっと解放された身体をううんと伸ばす。
本屋のバイトは体力仕事だ。
今日は棚出しが多くていつもより体力仕事が多かったから、ぐったり疲れていた。
それでも早上がりなのでまだほんのり明るい。
自炊も面倒だし家へ帰る前にメシでも食っていくかと、時間を見るため携帯を取り出す。
着信ランプが点滅しているから歩きながら開いてみると、
京さんから留守電が入っていた。
バイト中のことだから二時間くらい前だ。

「うおぉい!慎の字ーっ!なんだぁ、俺様の電話に出られねぇってかぁ。
 おーいってばよぉ。うぃー・・・あー、一杯やってっから
 用が済んだら来いよー。じゃあな、だははははは。」

「・・・なんだよ、コレ・・・」

どうやらすっかり出来上がっているらしい京さんの声を聞きながらため息をつく。
来いとだけでどこかもわからないから取り敢えず聞いてみる事にして電話をかける。

「京さん?俺だけど。」

『んん?あーぁ?おぅ、慎の字かぁー。遅せぇぞぉ。』

「この酔っぱらい。何の用だよ。」
『おう、一杯飲ましてやっからすぐ来いよ。』

「はぁ?どこへだよ?」

『ここだよ、ここ。だっはっはっは。』

「ここじゃわかんねぇよ。」

『ここっつったら家に決まってるだろっ!』

「黒田の屋敷に行けばいいってこと?」
『おーそうそう。お嬢も待ってるぜー『ちょっと、京さん、何言ってんの!』
 だはははー。照れるなって、お嬢。いいか、すぐ来いよぉー。じゃあなー!!』

京さんの背後からは賑やかなざわめきが聞こえていて、どうやら皆で飲んでいるらしい。
バイトで疲れていると言うのに京さんの酒に付き合わされるのは勘弁して欲しいと思ったが、
山口も飲んでいると知ってその気になった。

酔っている山口はいつもよりも幼く見えて、
少女の様なあどけなさにどきりとすることがある。
いつも年上風を吹かされて、埋まらぬ年の差を思い知らされている身としては
そんな姿も嬉しかったりする。

「しょうがねぇな。」

口先だけはそう呟いて、実のところ少しだけ弾む足取りで神山に脚を向ける。
すっかり暗くなった通りを歩きながら、山口のことを思って自然に頬が緩んだ。

卒業から一年あまり。俺と山口の間柄は、未だに何も進展無しだ。
それでも側にいることを受け入れてくれるし、ふたりきりで過ごすことも多くなってきた。
こうして家に呼ばれて団欒に混ざっても当然のように扱ってもらえる。
友達みたいなこんな距離はもどかしいと思いつつも、近くに居られるだけでもいいじゃないかと思う自分もいる。
山口としては、6歳も年下の元生徒相手にいきなり色恋沙汰は厳しいだろう。
だから徐々に距離を縮めていければ、今はそれでいい。
誰よりも山口の近くに居て、誰よりも山口の力になれれば、それで・・・



そんなことを思いつつ、黒田の門をくぐって「三代目黒田一家」と書かれたガラス戸をがらりと開ける。

「ちわ。」

家の中は人気がなくてしんとしている。
酒盛りをしているはずなのにやけに静かだ。
事務所を覗いてみても誰もいない。
おかしいなと思いつつ、衝立てを回ると京さんの後ろ頭がソファの向こうに見えた。

「京さん・・・」

声をかけようとして気が付いた。
眠ってる・・・

「・・・んだよ、まったく。」

ソファにもたれ掛かって京さんが寝穢く眠りこけている。
背もたれに回された腕の中には、気持ち良さそうに眠る山口の姿があった。
前のテーブルにはビールの空き缶がずらりと並び、
飲みかけのウィスキーや日本酒が何本も置かれている。
どうやらふたりとも飲み過ぎてつぶれてしまったらしい。

やれやれ・・・呼びつけておいてこれかよ。
俺は眠りこけるふたりの姿を見てため息をついた。

京さんと山口の間には、組長さんとはまた違った強い絆がある。
山口がまだ7歳の頃から、京さんが世話をしてきたのだと言うから
俺なんかが想像もできないような歴史がふたりの間にはあるのだろう。
それが親子の情にきわめて近いものだと言うことがわかっているのに、
俺は心が騒ぐのを止められなかった。

男の腕の中で無防備に眠る山口・・・

その絆が妬ましくて、心を開いてもらえるのが羨ましくて、
俺はぎゅっと唇を噛み締めた。

まだだ。
まだ足りない。
俺が山口の唯一の存在になるには、まだ足りないんだ。
どうしたらそこへ行けるのだろう。

部屋にこもる京さんの鼾を聞きながら、
俺はじっと立ち尽くしたまま、いつまでもふたりを見つめ続けていた。





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こんにちは!
双極子です。
尚様の素敵なイラストを元に切ない片思いを噛み締めるヘタレ慎ちゃんを書いてみました。
ふたりの間には絶対に入り込めないとわかっているから、慎ちゃんも辛いことでしょう。
素敵なイラストを台無しにしちゃっていたらごめんなさい。
寛大な心でお許しくださいませ(汗)。

2010.3.2
双極子



いつも素敵なお話をつけて頂けて感激ですv
こんな色気のない絵から、こんな萌えストーリーを書いていただけるとは!
一歩進んで三歩くらい下がっちゃうような、切ない片思い中の慎ちゃんは大好物です♪
ありがとうございましたvvv
2010.03.05 尚