紅の粧い
「うわっ」
久美子の部屋のふすまをからりと開けて、慎は驚いた。
出かけると言うのは聞いていたが、まさか着物を着てるとは。
慎が部屋へ入ったとき、久美子は丁度帯締めを結び終えて、
帯揚げを整えているところだった。
控えめに抜いた襟足と小振りにまとめたお太鼓が、
なんとも言えない色気を出していて慎はごくりと喉を鳴らした。
いつもは無造作に結ばれている長い髪はつややかにまとめあげられ、
耳元からうなじへかけての白い曲線が艶かしい。
「ああ、沢田。悪いなぁ。」
慎を見てにっこり笑った久美子は、
普段とは違う日本人形のような上品な化粧を施している。
白い肌が陶器のようで、ほんのり赤い目元が色っぽい。
「そんな格好でどこ行くんだよ。」
ドキッとした慎は思わずぶっきらぼうになってしまう。
慎は出かけると言う久美子に頼まれて、これから車で送っていくのだ。
「あれ?言ってなかったっけ。友達の結婚式だ。
天神町のホテルでやるんだよ。まさかミノルに送ってもらう訳にも行かないしさ。
朝から呼び出して悪かったな。」
なんだか機嫌の悪い慎に久美子は言い訳じみたことを言う。
「別に。」
眩しい装いを見つめていられなくてふっと目を逸らす。
久美子は、そんな慎の顔の前へ回り込んで袖を広げてくるりと回ってみせた。
「ほーら、美人先生の晴れ姿。どーだ?惚れ直しただろ。」
「・・・・」
覗き込まれて、咄嗟に抱きしめてしまった。
いけない、力入れたら着崩しちまう・・・
帯を乱さないよう慎重に手の位置を変え、そうっと抱きしめる。
暖かい吐息を感じて、ついつい口付けてしまった。
帯が苦しいのか、久美子もいつになく息を乱して、慎は夢中になってしまった。
何度も角度を変えて唇を貪り、舌を差し込んで口内をなぞり暖かい舌を絡め合う。
「はぁっ・・・」
「・・・ばか・・・口紅が台無しだ・・・////」
「わりぃ・・・」
今の狼藉で綺麗に塗ってあった口紅が落ちてしまっていた。
白い肌がいっそう白くなって、きちんと着付けた着物と相まって作り物のように見えた。
ふと手の届かないところに行ってしまったように思って少し寂しくなる。
「塗ってやるよ。」
そんな気持ちをぬぐい去るように言うと慎は鏡台の前においてあった口紅を取った。
「ん・・・」
眼を瞑って上を向く久美子の唇に慎は口紅を塗っていった。
紅を差されて、人形のような肌に血の気が戻ってくるようだった。
俺の生き人形・・・
慎はその劇的な変化をうっとりと眺めると、やわやわと抱きしめて静かにほお擦りする。
そっと唇に近づいて紅を落とさないよう、舌先だけでちろりと舐めた。
「さ、送っていくよ。」
「ああ、頼む。」
慎は久美子の手を取って、その存在を確かめるようにぎゅっと握りしめたのだった。
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こんにちは!双極子です。
すっかり恒例となった尚様の素敵なイラストの挿文です。
着物姿って非日常感が強いですよね。
そんな久美子さんに心惹かれて、でもちょっと遠く感じてしまう慎ちゃんでした。
2009.11.27
双極子
またまた双極子様に素敵SSを書いていただいてしまいました!
無声映画のような情緒たっぷりのワンシーンにしていただけて、
すっかり悦に入っている私でありました♪
09.11.30 尚