※原作・卒業後、おつきあい前。刹那の夢の続編です。
番外編2008と2009はなかったことになっています。



夜空に花開いては消えて行く、刹那の夢。
留めておきたいと願っても叶わぬ、夏の夜のあだ花。
俺とお前の・・・





那由他の現





「あああ、腹が減ったな〜」

最後の一発が終わった途端、そんな色気のない声が聞こえる。
と同時に、何事もなかったかのように合わさっていた手をはずされて、俺は少々傷付いた。
いいムードだと思って喜んでいたのは俺だけだったらしい。
せっかくの花火大会の夜、暗がりで寄り添いあっていたと言うのに、
この女にロマンのかけらも通用しないのは何故なのだろう。
やっぱりさっきのは花火が見せた夢だったって訳か。
気が付かれないように溜息をつくと、さーて何食うかなぁなんて言って
既に弁当の事しか眼中にない女を追いかける。
いまだ手のひらに残る、山口の腰の温かい感触を握りしめ、俺は山口に追いついた。


コンビニへ向かう途中、ずっと焼き肉弁当とカツ丼弁当の評論を続けていた山口は、
店へ着くとあっという間に弁当コーナーへ飛んで行った。
いつものように、どちらか一つを選べない山口は、二つ買って半分ずつしようと言ってくるに決まっているから、
弁当選びは任せる事にして飲み物コーナーへと向かう。
山口が最近はまっているロイヤルゼリー入りコラーゲン酎ハイをかごに入れていると、弁当を抱えた山口がやってきた。

「こらこら、違うぞ!」
「何が?」
「お前ってばいつも間違えるんだよなー。」
「は?」
「あたしが好きなのは金獅子ビールの『ロイヤルゼリー入りコラーゲン酎ハイ』だ。」
「だから、かごに入れてあるじゃん。」
「ちっちっち。甘いな。お前が選んだのは小樽ビールの『コラーゲン入りロイヤルゼリー酎ハイ』だろ。」
「あれ・・・でもまあ、大差ないじゃん。どっちもミックスベリー味だし。」
「ちがーう! ロイヤルゼリー入りコラーゲン酎ハイはクランベリー風味が強くて
 コラーゲン入りロイヤルゼリー酎ハイはラズベリーの味が強調されてるんだ。
 あたしゃ、ラズベリーは好きじゃない。」
「ソウデスカ・・・」
「お前、いっつも間違えるんだよなー。しっかり覚えとけ!」
若干の理不尽さを感じつつも、自分の好物を俺が覚えていて当然と言う態度に頬が緩む。


家に着くと、部屋の真ん中にどっかと座り込んだ山口は、
箸もってこいグラスを出せと俺を顎で使ったあげく、大口を開けて弁当を食べ始める。
案の定、どちらも選べなかった山口が買ってきた焼き肉弁当とカツ丼弁当を半分ずつにわけ、
お気に入りのロイヤルゼリー入りコラーゲン酎ハイをグラスに入れると
「ほら、お前も。」
残りを俺のグラスに注ぐ。
「いいのかよ。」
「ん?まあ、お祭りの夜だ。お前もあとちょっとで二十歳だしな。」
「そ?」
気が変わらないうちに遠慮なく頂くことにする。

酔いに上気した浴衣姿が色っぽくて、俺も酔っぱらっちまったら理性がやばいかもとちらと思うが、流れに任せる事にした。
しどけない有様で寛いでいる山口を見ると、もしや誘われているのでは、と思わないでも無い。
そんな俺の緊張感を、知ってか知らずか、山口は俺の側へやってきてちょこんと座る。
上目遣いで見つめられてどきりとした。

「なあ、おい、沢田ぁ。」
俺の浴衣の袖をつんつんと引く。
「・・・何?」
かすれて上手く声が出ない。
「あたしさ・・・」
「うん・・・」

「ゲームやりたい!」

がっくり・・・

んな色っぽい目をしておねだりする内容がそれかよ!
用意してやると大喜びでコントローラを握り、もう一つを俺に手渡す。
「何?」
「何って、勝負だ!沢田!」
言われて画面を見るとこの間買ったばかりの『路地裏ファイター・ワンダーランド』のオープニング画面だった。
そう言えば、山口がやってみたいと言っていたのを聞いて買ったんだっけ。

それからひとしきりその格闘技ゲームに没頭した。
すぐ脇に座る山口の体温を間近に感じる。
画面のキャラの動きに合わせて大仰な身振りをする山口の身体が俺の腕にぶつかる。
ゲームは三回戦のあげく僅差で俺が勝って、それが悔しい山口は俺に飛びついて技をかけてくる。
って、背後からチョークスリーパーはまずいだろ。胸があたってるっつの////
抱きついてくる腕を下に逃げてくるりと身体を返すと。押し倒して絞め技をかける。
唇が近い。
あっと思った隙に形勢逆転で、そのままばたんと裏返されて関節技をかけられた。
おい、太腿が見えてるぞ。

「イテーッ!イテーよ!!」
「はっはっは。あたしに勝とうなんざ、10年早いわっ。」
勝ち誇っている山口に、染まった頬を見られないかと冷や冷やした。
顔を背けて山口の腕を外すと、一瞬寂しそうな顔をした気がするが、気のせいと思う事にして照れ隠しに立ち上がる。
「コーヒーでも入れるよ。もうそろそろ帰るだろ?」
「おぅ!悪いな。もう遅いから薄めにしてくれるか?クーラーで冷えたからホットがいいな。」
「了解。ブラック?」
「おう。」
誘われているのか・・・
いや絶対にそれは無いな。俺の望みとは裏腹なキビしい現実にそっとため息を吐くと、俺はコーヒーの支度をはじめる。


山口好みに入れたコーヒーと自分用に少し甘くしたコーヒーを持って部屋へ戻ると、山口は大の字になって眠っていた。
あどけない寝顔が可愛くて、もう少し眺めていたいと思った俺は、
サイドテーブルにそっとコーヒーを置くと山口の横に静かに腰を下ろす。
すっと通った眉筋からすんなりした鼻、すべらかな白い頬、
気持ち良さそうに寝息を立てている山口の唇から赤い舌がのぞく。
溜まらなくなって気付かれぬようそっと自分の唇を寄せた。
無防備な山口の信頼を壊すのが怖くて、どうしても触れられなかった。
ぐっと歯を噛み締めて顔を離すと、代わりにそっと頬を撫でる。

「う・・・ん・・・」

山口が身じろぎしてこちらを向くと、
俺の手のひらを頬の下にかいこんで、両手で包んだまま横向きになった。
起きたのかと思ったが、ぐっすり眠っているらしい。
俺はしばらくの間どぎまぎしていたが、山口が起きそうにないから、そのまま俺も横たわる。
反対側の腕を目一杯伸ばして、なんとかベッドの上の夏掛けを引き寄せると、自分と山口の身体にかける。


眼が覚めたら、また現実が戻ってくるんだけどさ。
今、この瞬間だけは山口は俺の腕の中だ。
間近に寝息を感じながら、俺は山口の顔をいつまでも眺めていた。





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こんにちは!
刹那の夢の続編、那由他の現(うつつ)です。
那由他は10の60乗のことです。夢は一瞬だけど現実の方は山のように積み上がっているってことで(笑)。
刹那と那由他、掛け算しても帳消しにならない厳しい現実を抱える沢田君でした。

2009.8.10
双極子



こんにちは!
このシリーズ、なんとめでたくコラボのシリーズ化とあいなりました。今後ともよろしくお願いします♪
ヘタレと誠実の境界線上にいるような沢田と、とっくに沢田を男として意識していて無意識に待ってる久美子さんの
微妙な距離感がたまりません…!

2009.08.22 尚