「慎ちゃん?!」
どしゃぶりの雨の中、見慣れた赤い髪の毛の後ろ姿をみつけて驚いて呼びかけた俺の声に
振り向いたその目は、いつもの冴えた輝きを失ってただ虚ろだった。
「どうしたの?こんなとこで。」
「……クマ…か……」
「なんだよー。んなガッカリした声出して。
俺で悪かったね!
ヤンクミだったら良かったねー。
なに?待ち合わせ?
こんな雨の中、慎ちゃん待たせてアイツまた遅れてんの?」
わざと冗談めかす俺につっこむこともなく
「…いねぇんだ。」
そう、応えた。
「え?どういうこと?」
「どこにも…いねーんだ。アイツ…本気で俺の前から消えちまった……。」
「なに言ってんだよー。
ヤンクミがどっか行くはずねーじゃん。
白金に行けばいるだろ?」
「……いねぇ…。」
「え?」
「アイツ…本気だ。
俺の為にって……、自分の持ってるモン、全部捨てて…消えちまった。」
「ウソだろ?」
「ウソなもんか!
家からも、白金からも
まるで最初っから存在しなかったみたいに…。
ものの見事に…消えちまいやがった。」
「じ、冗談キツ過ぎるよ…。」
「冗談なもんか!
冗談なら…、夢ならどんだけ…」
俺の声に、
火が点いたように叫んだ慎ちゃんだったけど
次の瞬間、また一瞬で凍りついたみたいにその目は色を失った。
「マジで…いねーんだ…クマ。
どこ探しても……アイツいねぇ。
…俺にゃもう…なんもねぇ。」
俯いた慎ちゃんの肩を掴んで叫んだ。
「俺がいるよ!
慎ちゃんっ、俺達が傍にいるっ!!!
ヤンクミだって…俺らも探すからっ……!」
必死でその肩を掴んでグラグラする程に揺すりながら叫ぶ俺の声も耳に入らない様子で、
慎ちゃんはただ一言しか知らないみたいに呟き続ける。
「…消えちまった…。」
元々薄い茶色の目だけど、曇ったガラスみたいに、そこには何も映してない。
耳にも聞こえてないみたいだった
ただ一つの声を探して
ただ一人の姿を探して
彷徨う慎ちゃんに、俺はそれ以上かける言葉がみつからなかった。
「ヤンクミ!どこに行っちまったんだよー!!!」
空に届けとばかりに叫んだ俺の声は
どしゃぶりの雨にかき消されて。
それでも、負けずに叫び続けた。
「ヤンクミー!
ヤンクミー!!!」
・:*:・゜'★,。・:*:・゜'☆・:
「うるさいよっ!輝夫っ。」
「……へ?」
「ヤンクミ、ヤンクミって…、いつまで高校生の頃の夢をみてんだい!
今日は忙しいんだろ?
さっさと起きて、顔洗って来な!!!」
「え?……母ちゃん?」
「なにが母ちゃん、だい!寝ぼけてないでさっさと支度をおし!
朝から慎ちゃんの引っ越しの手伝いに行くんだろ?」
「…引っ越し…」
「大丈夫かい?
黒田の皆さんの足手まといになるんじゃないよ!
めでたい日なんだからね、お前達、若いモンがちゃーんと先頭で動くんだよっ?」
「うん…。」
「ほら、コレ差し入れだよ!慎ちゃんの荷物がきっちり収まったら皆さんと食べな!!
お嬢には、特にしっかり食べて貰うんだよ。
栄養があるモンがいっぱい入ってるからね。」
「うん…。」
「なんだい、煮えきらない返事だねっ。
そんな元気のないことで、どうするんだいっ!」
「なぁ母ちゃん…ヤンクミと慎ちゃんって…一緒にいんの?」
「お前…っ!!!
ほんっとに目をお覚まし!」
バッチーン!とばかりに、容赦ない平手が頬に決まって
俺はその痛みと共に、今のが夢だったことを嬉しく確信した。
オシマイ!
響子☆
by響子様(10.06.19)