王ご自身がすでに神である。
太陽神(アモン)は王を神と認めた。
ヘファイスティオンなしでは、王は不滅性にさえ耐えられない。
アレクサンドロス、またはアレキサンダーの名前は世界史で誰もが一度は習ったことがあるはず。紀元前4世紀のマケドニアの王で、当時の世界のほぼ全てを征服し史上初の大帝国を築きながら、32歳の若さで謎の死を遂げた伝説の人物。この本は、アレクサンドロスのペルシア侵攻からインドへ渡った東征、そしてその死までを、彼の愛人である小姓バゴアスの視点で描いた歴史小説です。
歴史ものではあるけれど、同時にとても切ない恋物語。主人公の美少年バゴアスはペルシア王の寵愛を受けた宦官であり、ペルシアがマケドニアに征服された後アレクサンドロスのものとなります。バゴアスは、野蛮な征服者に仕えなければならない悲運を初めは嘆くのですが、やがて、『卵からかえったひよこ』のように、アレクサンドロスこそ己の『王』、彼のために己は生まれた、と熱烈で一途な恋に落ちます。ただ、アレクサンドロスには幼馴染の親友であり、将軍であり、恋人でもあるヘファイスティオンが傍にあり、バゴアスは初めから彼のことを強烈に意識。ライバル視してジェラシーめらめら。一度は彼を亡き者にしようとまで思いつめるのですが、アレクサンドロスが愛し、必要とする存在であると、結局は認めざるを得なくなる。アレクサンドロスに自分を一番愛していると言って欲しいと願いながら、それを口に出すことはできず、ひたすら彼を慰め安らぎを与える役目に徹するバゴアスの健気さは胸を打たれます。いつかヘファイスティオンに勝ちたいというバゴアスの密かな望みは、しかし、彼の突然の死によって打ち砕かれます。親友の死の衝撃から狂気に捕らわれたアレクサンドロスを見守るバゴアスの眼差しが哀しい。バゴアスは敗北を悟ったんですね。どうあがていも死者には勝てない。もしかしたらもう少し時間があったら、バゴアスにもアレクサンドロスを得るチャンスはあったのかもしれないけれど、それもまたヘファイスティオンの後を追うかのようなアレクサンドロスの死によって永遠に不可能になる…。
私は個人的にヘファイスティオンが大好きなので、彼の失敗や死を望んだりするバゴアスが時々うざくなることもあったのですが、誰にも入り込めない絆の前に初めから負けるしかなかった、という彼の恋には切なさも感じますね。
また、被征服者であるペルシア人の視点から見たアレクサンドロスという点でも、この物語は興味深いです。バゴアスが王の『蛮族』に対する公平さや寛大さを肯定すればするほど、それは裏を返せばアレクサンドロスの同胞であるマケドニア人兵士らには耐え難い屈辱でもあるわけで。アレクサンドロスは暴君と呼ばれ、孤立し、ついには(おそらく)暗殺されてしまう。アレクサンドロスが望んだ民族の融和、全ての人間が平等に自由に暮らせる世界は、周囲の無理解の前についに夢と消えてしまう。そんなことを考えながら読むとまた面白い。
まあ、この物語全体がバゴアスの一人称で語られているので、見方が偏っているのは否めない。大体バゴアスは『恋する乙女』だから、アレクサンドロスを見る目も薔薇色のフィルターかかってて、客観的に見ると『あいたた』な大王の失敗にも同情的なんだもの。もっと広い視点で物語を読みたいなという気もしないでもない。少なくとも、一番初めに手に取るべき大王小説ではないかもしれない。
何でも、この小説は作者メアリー・ルノーのアレクサンドロス三部作の第二部にあたる作品で、第一部では若き日のアレクサンドロス、第三部ではアレクサンドロスの死後について書かれているとか。映画化に便乗した出版とはいえ、どうせなら初めから訳してください。てか、読みたいので、是非。