キッチン・コンフィデンシャル

「ここでは料理人がルールだ」

 これは、ニューヨークの有名レストランの現役シェフが書いた、いわゆる内幕もの。料理人、レストラン業界の裏側を軽妙でノリノリな語り口でぶちまけた、奇想天外痛快娯楽ノンフィクションです。

 料理人の書いた裏話なら、もっとこう立派な料理道とか整然とした理論とか美学(?)が展開されると思いきや、筆者ボーデインが暴露したのは、一歩間違えば犯罪者なちんぴらコック達が、汗と血とテストステロンを撒き散らしながら押し合いへし合い働く厨房を、海賊船の船長さながら怒鳴り散らして仕切り、ひと筋縄ではいかない曲者ぞろいの食料品業者をヤクザまがいの恫喝でぐいぐい締め上げる、エネルギッシュでハイパーアクティブなシェフという想像を絶する世界。料理人に対するドリームを抱いていらっしゃる向きには、引かれてしまうかもしれません。私も最初はちょっとビックリした口ですが、読むうちに、ボーディンの話の面白さやその大げさなくらいの豊かな表現に引き込まれて、思わずにやりとしたり、噴き出したり。

 本当は、原書で読んだら、ダイレクトに彼の毒のある言い回しの面白さが分かるのでしょうが、訳もなかなか見事です。何というか、マンガ的で絵として頭にうかぶんですね。『我がレストランとは大違い』のさる三ツ星天才シェフのレストランの厨房で、ドミニカ人の皿洗いが、半分くらいボトルに残って下げられたシャンベルタンを、プロのソムリエばりの仕方でテイスティングするのを目撃しショックだったのを、『近くに壁があったら、私は頭をがんがん打ち付けたい気分だった』と表現するあたり、うまいなぁ。

 ボーデインは、プロの料理人でありながら、多才な人で、大学の創作コースで文章を学んで小説を出版、特に、このエッセイは大プレイクし、ブラット・ピットが主演で映画化も決まったとか。しかし、その後映画の話はとんと聞かないので、もしかしたら、立ち消えになったのかも。このイカレたシェフをブラピがどう演じるのか興味はあります。見たい。

このエッセイのどの章にもへえっと言わされるのですが、最後の方で出てきた東京体験は興味深かったです。ボーデインのレストランの支店が六本木にあって、その助っ人として行かされる訳ですが、アメリカ人の彼の目から見ると、東京も、かくも風変わりでエキゾチックな魔都と化すんですね。そういえば以前、映画『ブラック・レイン』を見た時も、日本の描かれ方について、一体どこの国なの?というような不思議な印象を覚えたんですが、この本でも、日本人とは違うボーデインの視点が、何やらおかしかったです。好奇心旺盛なボーデインは時間の許す限り未知の世界東京を探索します。築地の市場に集められた魚介類の量と新鮮さに感動し、日本のサラリーマンに混じってソバをすする。友人と訪れた穴場っぽいすし屋を『食い尽くす』くだりは、まさに圧巻でした。こうなると六本木にあるという件のレストランを訪れたくなるのですが、東京支店は閉店したとのこと。残念。

 このエッセイを読んでいて1つだけ困ったことがあります。出てくる料理が美味しそうで、おなかがすいてくるんですよ、ホントに!

 料理に興味にある方も、また、そうでない方にも楽しめる一冊です。
 が、ボーイズラブ的な内容は一切ありませんので、念のため。



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