カストラートについて

 カストラートとは、変声前の少年の声を保つために人為的に去勢した男性歌手のことである。
 彼らは17、8世紀のヨーロッパの音楽界を席巻し、その人気は王侯貴族もかしずかせるほどであったという。大人の男性の声量と女性の高い音域を持つカストラートは、恐るべき歌手となった。
 しかし、カストラートの起源については謎に包まれている。
 去勢男性は文明が始まった頃から存在し、ハーレムなどで働いたり神職を勤めたりしており、その多くは歌手であったと思われるが、どの時点から子供の声を維持するという特殊な目的で去勢が行われるようになったかは明らかではない。しかし、カストラートの存在に純然たる音楽的理由が与えられたのは、キリスト教が現れてからである。
 「女性は教会では沈黙すべし」という聖パウロの言葉によって、女性は教会で歌うことを禁じられてきたため、女性に代わる高音域の声を教会は他に求めなければならなかった。しかし、少年は扱いにくく、訓練の果てに音楽水準が上がった頃には変声を迎えてしまう。ファルセット(裏声)歌手も存在していたが、特殊な声質をしていて耳障りであり、ソプラノの音域までは達しないのが普通であった。それゆえ去勢男性が用いられるようになったのである。
 カストラートは教会の中で生まれ、17、8世紀のオペラの世界で絶頂を迎え、教会の中で消えていった。
 カストラート。それは、今では決して聞かれることのない、去勢という昏い側面を持ちながらも人をひきつけてやまぬ、魅惑の歌声―





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