乾清花苑
太白廡
略伝引得
田邊碧堂(1865〜1931)
明治〜昭和前期の実業家、漢詩人。元治元年12月13日生。大東汽船社長、日清汽船監査役などをつとめる。明治31年衆議院議員(当選2回、憲政本党)。国分青高ノ師事。詩文にすぐれ、「絶句碧堂」と喧伝される。また書や篆刻にも堪能。晩年は大東文化学院、二松学舎の教授。昭和6年4月18日死去。68歳。備中出身。名華。字秋穀。号碧堂。 通称爲三郎。
暢懷冊題箋
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