乾清花苑
太白廡
略伝引得
南部伯民(1770〜1823)
江戸時期の医師。明和7年生。京都の小石元俊にまなび、蘭学も研究する。郷里の周防にかえり開業、清末藩主毛利匡邦の侍医となる。文政4年江戸にいき、もと幕府老中で陸奥白河藩藩主松平定信の侍医となった。文政6年10月22日死去。54歳。名彜。号竜門、積善堂。諡は文匡先生。著作に「技癢録」「倉療須知」など。
痴仙
南部彝
走題 1822