乾清花苑  太白廡  略伝引得

樺島石梁(1754〜1828)

 江戸中・後期の儒者。宝暦4年10月7日生。江戸にでて細井平洲にまなぶ。筑後久留米藩主有馬頼貴の知遇をえて寛政8年藩校明善堂の教授となった。文政10年11月30日死去。74歳。筑後出身。名公礼。字世儀。通称は勇七。別号に万年。著作に「石梁文集」など