乾清花苑  太白廡  略伝引得

石橋雲來(1846〜1914)
  名は石橋教、増官とも云う。弘化3年4月生。兵庫県揖保郡竜野町、竜野藩石橋定右衛門の次男(実父は竜野藩主脇坂氏とも)。大阪市北区曽根崎中1丁目に住み、晩年は明石市の江井ヶ島に住んだ。漢詩塾『雲来社』を主催。明治15年から40年までの、諸国漫遊・交流をしたためた「雲来詩鈔十四集」、交流した多くの詩人の漢詩集「雲来吟交詩三冊(183家・100編)」「友蘭詩二十集(575家)」他、多数の詩集を編さんした。波多野華涯友交流。大正3年7月歿(森琴石.com)。

云來
冬征七絶