乾清花苑
太白廡
略伝引得
木堂 犬養毅(1855〜1932)
明治〜昭和前期の政治家。安政2年4月20日生。明治15年立憲改進党の結成にくわわり、東京府会議員。23年衆議院議員(当選19回)。43年立憲国民党を、大正11年革新倶楽部をつくり、憲政擁護運動、普選運動を推進。昭和4年政友会総裁。6年首相となり、戦前最後の政党内閣を組織したが、昭和7年5月15日海軍青年将校らに暗殺された(五・一五事件)。78歳。備中出身。慶応義塾中退。号は木堂。
暢懷冊