乾清花苑  太白廡  略伝引得

松前池田家 
 松前藩士。祖先は後北条氏で、太祖は道照、寛文13年1月2日没、84歳。9代目信央は知義の二男、南部易国間村より渡来松前藩に仕える。
後北条氏     〜1673           
∴安房守・・・・・〇道照・・・・・知義━━━┓
┏━━━━━━━━━━━━━━━━┛
┃松前祖〜1820            〜1873  
┗〇信央━━━━晃定━━━┳晃然━━━━晃淵
                    ┗晃能 亜喃 
美岳 池田晃淵(1847〜1920)
 弘化4年松前福山生、松前藩士で歴史学者。祖父繁右衛門、父も繁右衛門でその長男。通称弦衛。叔父に俳人池田亞喃がある。晃幕末維新期の混乱の中、戊辰戦争に新政府軍側として戦い、戦後は廃藩置県まで藩の実力者として藩政を指導した。しかし疑獄事件によって実権を失った晃は上京し、現在の東京大学史料編纂所に連なる組織に就職し、史料編纂に従事する。それと平行して独自に歴史学の研究にも取り組み、『史学雑誌』を中心に精力的に論文を発表した。後には早稲田大学で歴史学の講義を担当。大正9年没(満73)。

※ 「曉望」七絶付箋に「池田コーエン、文部省資料編集員」とあるにより「松前藩出身の歴史学者池田晃淵書誌─経歴と事跡─」新道透『図書館情報メディア研究第1巻2号』から要約引用。



曉望