(1)長江流域に住んでいた倭人は戦国時代に敗退し北方の建設工事に追いやられていたが、後漢誕生時の混乱期に朝鮮半島に脱出した。一族は高霊に住み着くことができた。彼らの息子が海岸沿いにある金海(現釜山国際空港の場所)に降臨して国を作った。リーダーは首露王で国名は金官伽耶である(AD42年)。兄のスサノオは高霊に戻ったが将来性を悲観して脱出した。天照大神は首露王そのものであったことを証明した。

(2)スサノオは山奥の何もない環境から脱出して慶州近くの湾から船で出雲に漂着し、国造りに励んだ。6世孫オオクニヌシの頃には中国から近畿地方を含む大きな国に成長した。しかし彼の時天照神から国(列島の中心部)を天照系の国にするよう要求された。

(3)瀬戸内海は当時の手漕ぎ船で九州−難波間の航行は不能だった。倭人が大勢目指す近畿に行くには出雲が玄関口だった。天照神はここを天津神系に譲るようオオクニヌシに交渉した。国譲りにより出雲の軍人や役人が大挙して高霊に戻ってきたために現地は大混乱し、倭国大乱が発生した。

(4)男どもの武力では収まらず巫女であった卑弥呼の霊力で解決した。ここが邪馬台国で卑弥呼女王の所在地であった。ここは卑弥呼と壱与の2代、短期間の存在であった。幸いなことに鉄が大量に見つかり新技術を導入生産できたために豊かな国「大伽耶国」に変わっていった。

(5)日本列島へは天孫降臨の命を受けニニギが三種の神器を持って出発したが対馬で成長2人の子どもを生んだが早死にしてしまった。孫のイワレヒコが糸島に降臨し、神武王朝を開いて開化天皇までここに存在。祭祀を司るだけで国家としての機能は全くもっていなくて周囲に対する影響力もなかった。

(6)ニニギの兄は大和に降臨したが物部大和朝として石上神社を祭祀した。記紀では大臣や宿祢として天皇家のサポートをしたとあるが神武朝同様国としての影響力は無かった。

(7)洛東江沿岸で大量の鉄が生産できるようになりその販売のためツヌガアラシトが丹波にやってきた。この6世孫がタケルであり仲哀天皇。別名役職の武内宿祢(タケル総理大臣)とも呼ばれた。彼らが作った王朝が「大和朝廷」の源流となっている河内王朝で現在につながっている。三輪山から石上神社一帯の大和の豪族は神官ではあったが天皇ではなかった。

*********************************
古事記・日本書紀には大切な歴史の事実が書き込まれている。しかし普通の書物のように読むと間違ってしまう。意図的に事実を隠すために操作が行われているからで、これをわきまえて解読していくと事実が浮かび上がってくる。(時間軸や架空の人物が入り乱れている)
初代の大天皇は蘇我系(スサノオ系)の仲哀天皇であった。これを隠すため彼の名前をタケル・成務・仲哀・武内宿祢などと殺しては違う名前で生き返る操作を繰り返した。天照系の天皇に完全に別系統の景行−仲哀(国津神系)を繋ぎこむための操作を行い、架空の親や子どもを作り上げて混乱させた。これら人物を排除すると本当の姿が現れてくる。日古坐王(ひこいます)などがその例。

(8)大和王朝の始祖とされる崇神−垂仁の二代は全く架空の存在で彼らは全く同じ時期に存在していた仲哀−応神の業績や系図をすっかり取り込んで創作して取り込んでしまった。崇神、垂仁を王朝の系図に取り込ませるためにその三代前からこれまた無理な妻子をたくさん作り出している。また時間の流れもめちゃくちゃにしてしまった。

(9)欽明天皇の時代半島に住んでいた人たちは高度成長期を迎え豊かな生活ができる列島の中心部を目指して移民する人達が激増していた。このため本宗家である金官伽耶王自身半島で国を作っている意義を失ってしまった。そこで新羅にほとんどの部分を譲り渡して日本に移住してしまった。
彼が最後の倭王金仇衡であり日本に渡ってからは欽明天皇である。
 継体天皇の時蘇我氏と組んだ金仇衡王はクーデターを敢行して列島に倭国を正式に移した。


福島 巖 の「古 代 史 珍 説」

 定説とは全く異なる私のポイント

魏志倭人伝の帯方郡からの行程を解読、邪馬台国の場所を確定

倭国は半島金海に都があり、初代首露王が天照大神であった

倭国大乱は出雲の国譲りがトリガーになって半島高霊で起きた

天孫降臨は筑紫・糸島半島にニニギの孫イワレヒコが降臨、神武王朝を開設、伊都国とも呼ばれる。
ツガノアラシト5世孫がタジマモリであり景行天皇であった

伊都の県主イトテ(崇神王)が仲哀天皇に降伏し三種の神器を渡す

関係する項目をクリックすると資料があり解説を付けています

教科書と全く違う点

倭国は朝鮮半島にあった国 倭人が殆ど日本に移住して
倭国=日本になったのは7世紀のこと

魏志倭人伝と倭国
日本通史「倭から日本」
金官伽耶国
出雲の国
邪馬台国
大伽耶
朝鮮三国
イワレ彦誕生まで
伊都国とは
神武王朝の実態
丹波の国とツヌガ王朝
大和王朝
箸墓古墳
古墳について
秦氏の来日と役割
房総の古代
関東の古代
安曇湖と諏訪神社
古代史を解く鍵

卑弥呼が眠る高霊
「池山洞台44号墳墓」


大和初代崇神と垂仁天皇は架空の人

タネコは三輪山一帯の改革者で箸墓に眠る人

9倭の五王は大伽耶国王で大和の天皇では無い


10景行から継体天皇までは蘇我系河内王朝


11金官伽耶(倭国)最後の仇衡王が大和に移りの欽明天皇になった

12入鹿暗殺の主役は中大兄でなく軽皇子(孝徳)