Meeting Agein
「‥バーナビー!」
冬の薄日の中で広場のベンチに座っていた少女は、金髪の背の高い青年がこちらに向かって歩いてくるのを見つけると、広場のベンチから飛び上がるように立ち上がった。
「バーナビー!ここ!元気だった?!」
楓の大きな声に、その青年は少女に気が付いたらしい。プラチナブロンドの癖毛が揺れ、青年が片手を上げた。長い足でゆっくりと近づいてくる。
「‥本当に来てくれたんだ。」
手にしたバックを抱きしめながら、少女は青年に向かって感激のあまり駆け出しそうになる。その青年が漸く少女の傍までやってきた。
「‥久しぶりだね、楓ちゃん。元気そうでよかった。」
「うん、とっても元気。次の春からは6年生だよ。」
その嬉しそうな様子にバーナビーは暫く考えた後、虎徹がよくしていたように、その頭の上に掌を置いた。以前、虎徹がそうやって楓の頭を撫で回していたことをよく覚えていたからだった。恐らく自分の家族にはなかった習慣。虎徹の故郷のオリエンタルランドの習慣なのだろう。
「‥もう、バーナビーまで。私、もう小さい子じゃないんだから。」
少女が頬を膨らます。
「でも、虎徹さん‥お父さんは嬉しそうに撫でいたと思ったんだけど。きっと『カワイイ、タイセツ』って意味で撫でるんだよね。」
「‥確かにそうだけど。どっちかっていうと、それは小さい子に対してすることだから。」
その返答に、バーナビーが長身の背を屈めて優しく微笑んだ。
「‥きっとお父さんは楓ちゃんが可愛いんじゃないのかな。」
「‥でも、しつこいんだよね、いろいろと。私も小さい子じゃないし。お父さんったら全然分ってくれないんだから」
少々背伸びした物言いにバーナビーは吹き出しそうになる。
「‥それより、楓ちゃんは、今日は学校は大丈夫なのかな?本当なら、まだ学校のある時間だよね。」
「‥うん、大丈夫。もう、冬休みだもん。学校は昨日までだよ。」
少女と青年は顔を見合わせて笑った。二人のいる場所からは広場に集う人々がよく見える。広場を中心に町の通りには賑やかなクリスマス市が立っており、温かい飲み物や食べ物、子供たちが喜びそうなお菓子、おもちゃなどが売られていた。店にも通りにも、クリスマスの飾りつけが施され心和む光景だ。
「‥楓ちゃん、折角だから何か食べる?」
飲み物と食べ物を売っている店を指差しながら、バーナビーは楓に尋ねた。
「‥うん!バーナビーは?」
「‥いや、僕は別に。」
「‥じゃあ、私もいらない。」
「‥‥‥‥‥‥‥。」
****
「‥虎徹さん、‥いや、お父さんは元気にしている?」
バーナビーは湯気の立っているカフェオレの入ったカップから唇を離した。
「‥お父さん?うん、元気だよ。‥ていうか、暇らしくて煩くてたまんないの。」
楓はカップの温かいココアを飲みながら、アーモンドクッキーを頬張る。
「‥ああ、美味しい!バーナビーって美味しいものを、本当に色々知ってるんだ!」
はしゃいで喋る少女を眺めながら、バーナビーは、また微笑んだ。
「‥いや、シュテルンビルドのクリスマス市は有名だからね。毎年、賑やかだよ。もし気に入ったんだったら、また来年も来るといい。」
「‥うん、来年も来る!お父さんと一緒に!だって美味しそうなものがいっぱいあるもん。」
満面の笑顔で少女が元気な返事をする。
「そういえば、以前、虎徹さんからは実家のお店を手伝っているって、メールを貰ったけど。」
「‥まあ、手伝っているけど、店番は、伯母さんとおばあちゃんで出来るし、配達は伯父さんがいるし、正直、人手は足りているんだよね。お父さんはヒーローで忙しかったから、いないことを前提として回ってきたお店だしね。」
「‥でも、大怪我もしたし、今は療養しているようなもんじゃないのかな。」
かぶりを振って、少女が青年を見上げた。
「怪我は、もうすっかり大丈夫。それより超煩いの!ちょっとでも学校から帰るのが遅いと迎えに来るし、かと思えば、家でゴロゴロしてテレビばっかり見ているし‥。パパがいないときの方が、上手くいっていたような気がしちゃって。」
バーナビーは虎徹の家庭の事情は詳しく聞いたことはなかったが、離れて暮らしているため、気掛かりなことが多いと聞いたことがあった。その一つに楓のネクスト能力の発動も含まれている。
「‥ところで、楓ちゃんの方は大丈夫なのかな?ネクストとしての能力は何とか使えるようになった?」
「‥う‥ん、まだ少し難しいけど。」
元気だったはずの少女が俯く。
「月に1回はシュテルンビルドのネクスト養成センターにあるジュニアクラスへ来ているんだけど、まだ、次にどの能力が発動するか予測できなくて、困っているの。先生からは、一通りの能力を経験すれば、コントロール出来る様になるって言われたんだけど、なんだか、とっても不安で‥。」
少女の声は先と打って変ったようにか細くなり、何故か力無く目を伏せてしまう。その様を見たバーナビーは両膝にそれぞれの肘を置き、静かに少女の方へ向き直った。
「‥楓ちゃん、僕は先生の言うとおりだと思うよ。一通り経験すれば、コントロールは可能になる。それに、能力が出始めた時は、皆、気持ちが不安定になるのが普通だよ。でも全ては経験によって解決するんだ。」
「‥そうなんだ‥少し安心した。‥そう言えば、お父さんも同じようなことを言ってた。」
納得したように少女が頷いた。そして、大事なことを思い出したかのように、はっとして顔を上げ、バーナビーを見る。
「‥そうだ、バーナビー。お父さんの事、聞いてる?」
「‥だから、実家のお店を手伝っているってメールを貰ったって。」
「‥やっぱり聞いていないんだ、あの事。」
「‥あの事?虎徹さんが‥どうかしたの?」
戸惑った少女の表情に、バーナビーは、一瞬たじろぐ。‥何かあったのだろうか。虎徹にネクスト能力の減退以外に何かが‥。マーベリックの事件の時には、虎徹は、心ならずも重傷を負っている。順調に回復したと入院先では説明を受けたが、1年近くたって、問題が出て来た可能性もある。
きっと、今、自分は蒼褪めている‥。少女がバーナビーの表情を伺う様に頷いた。バーナビーは自分の息が止まるように感じる。虎徹の怪我には、自分が自身の問題に気を取られすぎ、虎徹の能力の減退に気づきもしなかったという落ち度があった。命を張るバディを組む自分は相棒として失格だった。酷く動揺しているのが自分でもわかる。
****
「‥それで、お父さんの事、わざわざ知らせに来てくれたんだね、楓ちゃん。シュテルンビルドはオリエンタルタウンから遠いのに、わざわざ来るなんて‥て不思議に思っていたんだ。」
盛大に安堵の溜息を吐きながら、バーナビーは、心底ほっとしたように言った。
「‥うん、お父さん、バーナビーの事何も言ってなかったから、どうしたのかなって思ったの。」
円らな瞳でベンチに並んで腰掛ける隣の青年を見上げる。
「実は、僕は虎徹さんからは何も聞いてなくてね。」
「‥やっぱり‥お父さん、復帰すると言っても二部リーグだもんね。お父さんと違って、強くってカッコよくってヒーローMVPに輝いたバーナビーには報告できなかったのかもしれないよね。」
楓の純粋な賞賛に、バーナビーは困ったように微笑んだ。
「それで、お父さんも戻るみたいだし、取り敢えずバーナビーは如何するのかなって聞こうと思って来たの。ヒーローたちは、バーナビーに、またヒーローに戻ってきてほしいと思ってると思う。‥別にお父さんと組んで、って頼みに来たんじゃないの。クラスの友達もバーナビーはどうするんだろうって言っていたし、私も気になっていたから。お父さんは何も教えてくれないし‥。」
両手で温かいカップを抱えて、楓がバーナビーを見上げた。寒さのためか、少女の息は白い。
「‥ごめんね、楓ちゃん、僕の事を心配してくれたんだね。‥でも僕はヒーローに戻る気はないんだ。1年前のマーベリックの事件の事で、まだ気持ちが落ち着かないっていうのかな。それに元々僕はマーベリックの企みでヒーローになったようなものだったしね。こんな状態では、ヒーローの事はおろか、先の事も、じっくり考えられないんだ。‥今は気持ちを整理したいかな。」
「‥そうなんだ‥。」
少女は俯く。
「‥余計なこと言っちゃって、ごめんなさい。」
「楓ちゃんのせいじゃないよ。僕が決めたことだから。それに虎徹さんの所為でもないしね。」
その時、冷たい北風が吹いた。少女がダッフルコートをの中で身を竦めた。
「‥ちょっと寒くなってきたね。‥大丈夫?寒くない?」
バーナビーは自分に巻いていたニットマフラーを解くと楓の首と肩に巻いてやる。
「‥今日は車で送っていくよ、楓ちゃん。日が短くて暗くなるのも早いし、おうちの人も心配するから。」
予想外のバーナビーの提案に、ヒーローに憧れてきた少女の瞳が大きく見開かれた。
「‥ほ、本当?わ、私、ヒーローのバーナビーの車に乗ってもいいの?!」
「‥構わないよ。それに僕はもうヒーローじゃない。可愛いお嬢さんを家へ送るのは、男性として当然だからね。」
「も、もしかして、車の中には彼女の写真とか置いてたりしない?誰にも言わないから教えてもらってもいい?ブロマイドも一番売れたっていうし、クラスメートも、絶対彼女がいるって言ってた。」
興味津々の面持ちに変わった少女に、バーナビーが苦々しく笑った。
「‥僕に素敵な彼女がいると思う?楓ちゃん。」
「‥うん、思う。車の中には彼女からもらったプレゼントとかが一杯あるって聞いたことがあるもの。」
「‥プレゼントが一杯?」
虚を付かれたようなバーナビーの表情。
「‥うん!」
「‥これはまいったなあ‥。楓ちゃんのお父さんの虎徹さんなら、車に乗せたことが何回かあるよ。お父さんに聞いてみてごらん。」
「うん、今度聞いてみる。こっそり彼女が誰かも聞いてみるね。‥同じヒーロー仲間の人?それともアポロンメディアの人?それとも‥。」
矢継ぎ早に質問しながら、物知りたそうに身を乗り出す少女にバーナビーが微笑んだ。
「‥それより、今日はわざわざ知らせてくれてありがとう、楓ちゃん。‥そろそろ帰ろうか。随分寒くなってきたしね。近くの駐車場に車を止めてある。」
青年は立ち上がるとベンチに腰かけたままの少女に向かって右手を差し出した。少女は、その大きな手を暫くもじもじしながら見ていたが、勇気を出してその手に自分の手を差し伸べたのだった。
あとがき
私が書くと、虎兎虎+楓ちゃんチックになるような気がします。
虎徹もいいお父さんだと思う。
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