花火
大勢の浴衣姿の人々が通りを海岸に向かって歩いていく。漸く日は傾きかけていた。猛暑だった日中の陽射しの名残で、薄暗くなり始めていても蒸し暑い。どこかで遠くで、まだセミの鳴き声が響いていた。
「‥それにしても、凄ぇ、人混みだな。」
鴆が呆れたようにそう言うと、
「‥うん、夏休みだからね。」
と、少年が相槌を打って振り返った。その顔には昔から見せる人懐っこい微笑みを浮かべている。
「それにしても、ここいらは暑いな。薬鴆堂のある山ん中とはまるで違うぜ。」
鴆が左右の人垣を避けるように、体を捩じって歩きながら、豆手拭いで額の汗を拭った。見ればこちらを振り返っている少年の額にも小さな汗の粒が光っている。人の世界で暮らし、この夏の暑さに慣れているリクオですら、この酷暑が堪えているらしい。
「‥確かに今日は暑いよね。本家は街中にあるけど、結界が張られているお蔭で、母屋の中は、こんなに暑くなることは無いんだよね。」
そう答えながら、リクオは首筋の汗を手の甲で拭う。
本音を言うと、こんなに暑くなるとは思わなかったと、少年は少し後悔していた。手に握りしめたスマホの画面は、今日、今夏最高気温を更新したと速報ニュースを映し出していた。‥道理で日が落ちても気温が下がらない筈だ。せめて、もう少し人が少なければ‥と思う。けれど、その願いとは裏腹に夏休みに入った海岸沿いは人が増えていく一方だった。
―これじゃ、本当に場所を変えた方がいいかな。
海の近くの公園広場が花火を観るには適していると思って、二人で連れだって電車を海岸公園駅で降りた。だが、あまりにも人が多すぎて、花火を楽しむところではなさそうだった。‥自分も読みが甘かった。本家の妖怪連中に場所取りや偵察を頼んでおけば、こんな不手際は起こらなかったと思う。特に本家の威光をもってすれば、簡単に海沿いの高級ホテルの展望レストランの窓際に、二人の席を確保できただろう。
冷静に考えれば、そうなのだが、今夜は、自分としてはプライベートに組に関わってもらいたくない気持ちが強かった。本家の連中は総大将の所在と動向を、常に知りたがる。今、どこにいるか、何をしているか、誰と一緒なのか、護衛は伴なっているのか。
そんな気遣いも、時には苛立ちしか生み出さない。自分は面倒を見て貰わなきゃいけない小学生じゃない。今は、堂々と組を背負って立つ、押しも押されぬ総大将だ。世話係に纏わりつかれるのはごめんだった。
―だが、今夜はそんな独りよがりのプライドが徒となっていた。
連れて来た鴆は、滅多なことでは人混みに出ることのない人間嫌いの堅物妖怪だった。出掛けても、せいぜい、本家関係の行事か、神社の祭り位と言っていいだろう。その上、体力もなく病弱と来ている。全く配慮が足りなかったと思う。
「‥鴆君、取り敢えず、水分を取って…。」
少年が浴衣の袂からスポーツ飲料のボトルを取り出すと、後ろに従って付き従っている下僕の男をもう一度振り返る。けれど、ボトルを握った少年の手は、虚しく宙を泳いだ。
背後には、ただ沢山の人垣が続いているだけで、藤色浴衣の鳥妖の見慣れた姿は無い。
―しまった。
つい考え事に気を取られて、肝心の鴆が付いてこられているか確認できていなかった。これほどの人混み、離れてしまうと探すのは困難に違いない。
予想外のアクシデントに動揺した少年は、人の流れに逆らい、人を掻き分けて、元の駅の方角へ戻ろうとする。だが、小柄な少年はなかなか思う方向へ進むことが出来ない。人波に流されて、再び人々の進む海の方向へ少しずつ押しやられてしまう。
―鴆くん!何処?
思わす言葉が零れる。
―リクオ。
何処かで自分を探している男の声が聞こえたような気がした。
「―鴆君!」
焦って流れに無理に逆らって歩こうとする少年の肩が誰かに当たった。その、すれ違いざまの屈強な男二人が、チッと大きく舌打ちをした。
「おい!このガキ!ぶつかんじゃねぇよ!」
「す、すみません、急いでいて。」
少年はちらりと黒いサングラスの二人人連れの男に視線を投げだだけでその横を通り過ぎようとした。
「‥おい!こらっ!無視すんじゃねぇよ!クソガキ!」
怒声に立ち止まった少年が
「‥ご、ごめんなさい、連れとはぐれちゃって。」
と、小さく頭を下げて、再びその場を離れようとした。―早く鴆を見つけなくては‥。気ばかりが焦る。
「おいっ!」
唐突に、日に焼けた厳つい手が少年の襟首と腕を掴んだ。
「‥わっ。」
驚いた少年が小さな声を上げる。
「おい、このガキ!てめぇ、きちんと詫びも入れられないのか!」
「だから、ごめんなさいって言ったよ。今、急いでいて…それに人を探しているんだ。この人混みでうっかりはぐれちゃって。」
だが、男は無言のままリクオの腕を掴んだまま、通りの端へと大股で歩いていく。連れのもう一人の男も小柄なリクオの姿を人通りからを隠すように付いて来ていた。
「こっちへ来い。」
腕を振り解こうとするリクオを、男たちは有無を言わせず、乱暴に引き摺りながら大通りから、横の路地の方へと入っていく。
「‥ちょっとおじさんたち、花火はこっちじゃないよ、あっちの方だよ。海の近くの方がよく見えるし。こんなビルの谷間じゃ‥」
「何言ってんだ、おれ達はあんな暑苦しいところで花火なんか見ねえさ。ちゃんと部屋取ってあんだよ。あのタワーホテルの最上階の展望ルームをよ。」
と路地の向こうに聳える海沿いの高層ビルを指差した。
「‥そう、じゃあ、ボクはこれで」
少年が振り切って通りへ戻ろうとすると、突然男が大袈裟に悲鳴を上げた。
「い、いててててぇ!お前がぶつかったところが居た痛てえ、酷い痣になっているぜ!」
「‥えっ?」
少年は驚く。
もしかして、無意識のうちに妖力でも使ってしまったのだろうか。使えば、人間の姿の時でも、そんなこと位簡単にできる。
「ご、ごめんなさい、気が付かなくて。」
心配になった少年は、男が抑えた腕を覗き込んで見たが、そこには痣などなかった。
「‥あれ?痣は‥」
ぽかんとした表情を浮かべる少年の顔を男が見下ろす。
「あんだろ、ここに。お前の眼は節穴だな。」
再び視線を落とすが、日に焼けているだけで痣も傷も何処にもない。
「‥‥‥‥。」
「じゃあ、この怪我の落とし前付けて貰おうか。」
いわくありげな薄ら笑いを浮かべながら二人の男たちがリクオの前後を塞ぐ。
「‥落とし前って、言われても‥おじさん、怪我なんかしてないよね。」
「怪我の治療費がいるだろうが!」
「だから、怪我なんかしていないでしょ。」
リクオが、さも可笑しそうに答える。そして無垢で円らな焦げ茶色の瞳を瞬いた。
「怪我してんだよ!いてぇんだよ!中の骨が折れてんだよ!」
少年はきょとんとした表情のままだ。
「‥ねえ、兄貴、良く見りゃ、こいつ娘みたいな綺麗な顔してますぜ。」
背後で弟分らしい男が嬉しそうな声を上げた。兄貴と言われた男が少年の顔を覗き込む。確かに少年の童顔は愛らしく、体型は小柄でほっそりとしていた。まるで少女の様だ。
「‥これは確かに上物だな。思いっきり、おめぇの好みのタイプだな。」
「でしょ、でしょ、兄貴。こういう繊細な何も知らない感じの奴が好みなんです。それをいいようにするのが堪らないんすよ。」
「…そうだな、せっかく、花火見ながらしっぽりと思って引っ掛けた女は、まんまと上に取られちまうし。ホテルのいい部屋取ったのに、おれ達は今夜は運がねぇからな。」
「あれはいい女でしたね。腰が括れていて、ケツがこう締まっていて。思わず入れたくなるような。」
腰を振りながら、隣の若い弟分の男が言った。
「確かにタップリ入れてくれっていう、いいケツだったな。噂じゃ、あの女、かなりの淫乱らしいぜ。男に喰い付くとなかなか離れないらしい。」
「‥兄貴、そんな話しないで下さいよ。女に逃げられたばっかりで、ああ、たまんねぇ。」
再び腰を前後に振る。
「お前、腰振るなよ。俺まで振りたくなるだろ。」
「‥そうだ兄貴、此奴は俺に頂きます。声変わりしてないし客取れそうな綺麗な顔だし、」
「おいおい!オレはどうなんだよ!まずは、落とし前、付けて貰わねぇといけないんだぜ。」
不平の声が上がる。
「兄貴には悪いんですが、オレの好みの顔なんで頂きます。金なら、その分、兄貴に払いますから。」
「‥ちっ、横取りする気かよ。」
「まずはオレの入れさせてください。」
「‥何言ってんだ、それなら、兄貴分のオレが先だろ。」
「いやいや、兄貴は容赦ねぇから、後だとコイツ使いモンにならなくなってまさ。」
下品な会話の成り行きに、じりと少年が後ずさった。退路を弟分の男が塞ぐ。
「がっつくんじゃねぇよ。仕方ねぇな、こいつは交代だ。」
と、いきなりリクオの両腕を二人で掴むと路地の奥へと引きずり込もうとし始めた。リクオが腕を振り解こうともがく。
「痛い目にあいたくないなら、抵抗するんじゃねぇ。」
だが、リクオの無言の抵抗は止まない。
「兄貴、いいもん持ってきまさあ。これで眠らせてホテルまで連れて行けば‥。」
「―リクオに触るな。」
凄味のある低い声が響いた。
「‥そいつに汚い手で触るんじゃねぇよ。リクオはお前らが触れられるようなお人じゃねぇ。貸元を沢山従えた立派な組の跡取り様だ。」
その声が不気味な殺気を帯びていた。眼球が燐光の様に暗く光る。明らかに人ではない。
「‥鴆くん。」
突然の鴆の登場に少年が眼をしばたたかせている。
鴆の迫力に動けなくなっていた男の手首を、鳥妖が無造作に掴んで爪を立てて捻り上げた。
「いてててて‥。」
「ほぅ、痛いか。うちの大事な大将に手を出そうとした報いだ。まずは、どこの組か名乗れ。二度とシマに来られなくしてやる。」
ひぃっと悲鳴を上げると
「も、申し訳ありません。大きな組の跡取り様とは‥何も知らなくて。」
必死の言い訳が始まる。
傍らでは弟分が地面に這いつくばって土下座していた。その頭を鴆が思いっきり踏みつける。
「鴆くん、そんなこと‥。それに、この人たち妖怪じゃないよ。」
「リクオは黙っていろ。こういう連中は甘い顔をすると付けあがる。」
冷淡に少年の言葉を遮った。
「す、すみません、今回は見逃してください。‥いてててて。」
「へぇ、痛いか。この爪には毒もあるしな。」
そういってさらに捻り上げる。するとポキリと鈍い音がした
「わりぃなあ、骨が折れちまったみたいだ。折角だから、このまま二つにへし折っていいか。」
ぶるぶると男が首を振った。
「鴆くん、一般の人に乱暴は‥。」
「一般だと?リクオもしょうがねぇ寝言を言いやがって。」
「鴆くん!それ以上は‥。」
「‥‥‥‥。」
少年の咎めるような物言いに男が溜息を付いた。
「‥お前がそこまで言うなら、仕方ねぇ‥か。早く医者に行って診て貰え。早く行かねぇと毒も回るぞ。」
鳥妖が腕を離すと、男がへなへなと地面にへたり込んだ。
「‥鴆くん。」
「リクオ、帰るぞ。」
鳥妖はくるりと背を向けた。
「‥鴆くん、花火は‥?」
遠くで花火の上がる音が聞こえていた。
鴆の返事は無かった。
****
「‥鴆くん、花火が始まっちゃったみたいだよ。」
残念そうに話しかける少年に鳥妖の男は無言のままだ。
「‥もしかして、鴆君、怒っている?」
「…当たり前だ。」
背を見せたままの男が握り拳を作った。
「‥お前もお前だ!さっさとやっつけちゃまえばいいだろ!」
「‥だって、そんなこといつでも出来ると思ったし。それに、なんかバカみたいで面白かったから見てたんだよ。因縁つけてくる上に盛りのついた野良犬みたいでさ。大体、ボクの強さ分っているでしょ。」
われ関せずと言った様子で、のんびりした口調の少年に、男の顔色が変わった。
「―冗談じゃねぇ‥」
その低い声がわなわなと震えている。
「あんな連中が大事なリクオ見て、盛ってんの平気だと思ってんのか!片方は腰振っていやがったぞ!」
険しい形相で睨みつける鳥妖に少年が言葉を失っていた。
「‥本当に冗談じゃねぇよ。」
「それに、お前も逸れるんじゃねぇよ。小学生じゃあるまいし、心配させやがって。随分探しただろうが。」
「‥はぐれたのは鴆君の方だと思うんだけど。」
「―何か言ったか?」
背を向けていて聞こえてなかったらしい鴆が、振り返って不機嫌な表情でリクオを睨みつけた。
「‥う、ううん、何でもないよ、ただの独り言。」
鴆の剣幕に慌てたリクオが取り繕う。
「それにしても、よくボクがここにいるってわかったよね。」
「通りでお前を探してたら、変な連中に路地の方向へ連れて行かれるから、追いかけてきたんだ。途中で、どこの路地に入ったか見失って、焦ったぜ。けどお前は妖気が強いから方角だけはわかった。」
「‥あ、ありがとう、探してくれて。」
鴆が来なくとも、恐らく自分に大事は無かったと思う。変化せずとも、相手を怪我させないで懲らしめることなど朝飯前だ。‥でも。
「しかし、ほんっとにお前は世話が焼けるな。いちいち面倒見てやらねぇと。」
鳥妖はリクオを乱暴に引き寄せると、男たちに襟首を引っ張られて乱れてしまった襟袷を整えてやる。
「折角の色男が台無しになっちまう。」
「ボクは、別に色男じゃないよ。」
「何言ってんだ、雪女や青がが学校でモテると言っていたぞ。」
「‥やだな、モテてなんかいないよ。」
リクオが笑った。
「‥たく、アイツら大事なリクオを触りまわしやがって。おい!脚まで見えているぞ。」
裾前まで整えてやりながら鳥妖がぼやく。
「脚なんか見えててもいいよ。ボク、男だし。それに出入りの時は大立ち回りで、どうせ丸見えだよ。」
「何言ってんだ、隙のねぇ大人の妖の姿ん時は心配しねぇけど、こんな人間の姿の時は‥。」
「鴆くんて、心配性だよね。」
「あのな、人間のお前も、もっとしっかりしていてくれたらな、オレも心配しねえよ。大将なんだからもっと自覚しろ。」
「‥本当にありがとう、頼りがいのある下僕を持ったボクは幸せだよ。」
そういって、リクオは無邪気に鴆に飛びついた。こうやって子供の頃の様に、幼い弟として振る舞うと兄代わりのつもりの鴆が喜ぶ。―
そのことを少年は知っていた。
「‥‥‥‥‥。」
「‥鴆くんさ、あの‥。」
突然、抱きつかれて無言になった男が少年を押し返した。
「‥ボクたち、花火見に来たんだけど。」
「‥そっ、そうだ、花火だ。」
暗い夜空に光りが上がり、爆音が響く。
「‥でも、もしかして鴆君、もう花火どころじゃないんじゃない?」
少年の指摘に真っ赤になった鳥妖が、慌てて視線を逸らした。
「ガ、ガキが何言ってんだ。」
「もう困っちゃうなあ‥。」
「‥お、お前の事で酷く腹が立ったから。それに‥。」
「それに、なあに?‥?」
意味ありげな問いをして押し返された筈の少年が、鴆に歩み寄り、無防備に抱きついて顔を肩口に埋める。
「‥お、おいっ!リクオ!」
「もしかしたら、ボクって余裕のない鴆君が好きかもね。」
言い返すことも出来ずに鳥妖の男は身動きできない。
「‥ねぇ、知ってるかな?」
少年が路地を抜けた通りの向こうにあるタワーホテルを指差した。
「たった今、最上階の展望ルームに空きが出来たんだよ。今すぐ予約を入れなくっちゃね。」
「‥な、何言ってんだ。こんな混んでいる日にいきなり上等の宿なんか取れるわけねぇだろ。」
「大丈夫。さっきキャンセル出たから。花火を見ながら、二人っきりで過ごせるいい部屋だと思うよ。」
少年が手を伸ばして鳥妖の男の首筋を撫でた。びくっと男が身体を震わせた。
「鴆君、凄い汗。ちゃんと流さないと。それに顔色も悪いし、涼しいところで少し休まないとね。」
確かに鳥妖の顔色は悪く、暑さによる疲労が色濃く表れていた。‥早く休ませなくては‥
さっと鴆から身体を離すと、くるりと踵を返して、少年はタワーホテルに向かって歩いていく。
「鴆くん、今度は遅れないでね。これから大事な時間を二人っきりで過ごすんだから。」
「おいっ、訳わかんねぇこと言うんじゃねぇ。それにガキが大人を誘うんじゃねぇぞ。子どもがませた事しやがって。‥おいっ!」
リクオは男を置き去りにしてさっさと歩いていく。背後で歳に見合わぬリクオの行為を非難する声が聞こえていた。
「この色ガキ!オレは行かねえぞ!誰が連れ込みなんか‥。」
****
部屋のチャイムが鳴り、リクオはシャワーの蛇口を捻って止めた。そして急いで、脱衣所に掛けてあるバスローブを羽織る。長い髪から滴を滴らせて部屋を闊歩すると、素早くドアを開いた。
「‥思ったより早かったな、鴆。」
自分の勝ちを自覚した主がにやりと口の端を持ち上げた。
「‥い、いや、お前が一人だと心配だからな。さっきの事もあるしよ。」
下僕の懸命の言い訳を聞いて、愉快そうに、ははっと笑ったリクオが、ドアを大きく開くと鴆を招き入れる。
「外は暑いし、早く休んだ方がいい。花火なら窓から見える。さっさと中へ入れ。」
リクオの背後の大きなガラス窓からは、色鮮やかな花火が花開いていた。くくもったような爆音が聞こえ、光が輝く。
「ここは特等席だぜ、鴆。」
そういってデスクの傍の冷蔵庫まで戻ると、その扉を開けてボトルを取り出した。
「まずは、水分を補給しろ。病弱のお前の事だ、放っておけば倒れる。それとシャワーを浴びてさっぱりしてこい。」
「‥‥。」
「‥まあ、オレは花火見ながら一杯やってるからよ。」
そう笑ったリクオが窓際へ戻り、その広い窓縁に優雅に腰かける。部屋の大きな展望ガラスからは辺り一帯が見渡せていた。
「お、おいリクオ。」
だがリクオは花火に夢中になり始めたのか、鴆の声など聞こえていないようだ。
こういうところは、大人の妖の姿になっても幼いと思う。珍しい物を見つけると夢中だ。本人は一人前のつもりだが、やはり年相応の部分は消えない。
暫く、主の返事を待っていた鴆は、とうとう諦めて、渡された冷たいペットボトルを手にバスルームへ向かう。
「―鴆。」
不意に掛けられた言葉に、鳥妖が振り返った。
「‥誕生日、おめでとうな。これからもよろしく頼むぜ。」
‥あっと、下僕は思った。そうか、今日は人の世界で言う誕生日か。だから、リクオはオレをわざわざ薬鴆堂まで迎えに来て、花火に誘ったんだ。
照れているのか、リクオは花火を眺めていて、鴆を振り返らなかった。鳥妖はペットボトルの口を開けて、一口水分を補給すると、気を取り直してバスルームへ向かった。
あとがき
2013の鴆誕です。夏コミの帰り道が花火見物の人達でごった返しているのを見て、セレブに涼しい高級ホテルで花火を見物を〜、みたいな話題が出たので書いてみました♪涼しいところで花火を見たいですよね〜
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